第1話 『帰り道は、まだ、どこにも見えなかった』 後編
瞬きをした瞬間、世界が変わっていた。
空が青すぎて、眩しい。
冷たい風。濃く香る草木。
現実とは違う、感覚のすべてが研ぎ澄まされていた。
「え……ここ、どこ……?」
足元が崩れ、光と闇が混ざるような渦に飲み込まれる。
落ちる――。
気づけば、目の前には“それ”がいた。
若い男性。
髪も瞳も、肌も服も、すべてが白い。
神々しいほど美しく、けれどどこか、寂しそうな瞳をしていた。
『お前に与えるは、不老不死の肉体。そして、破壊の力』
『この世界に点在する百のダンジョンを破壊すれば、元の世界に戻れる』
『その時、一つだけ――望みを叶えてやろう』
意味がわからない。
声を出そうとした瞬間、再び足元が崩れた。
落ちるように、吸い込まれる。
そして――意識が、遠のいた。
◇ ◇ ◇
目を覚ました場所は、崩れかけた石造りの建物だった。
周囲は静かで、外からの光だけがうっすらと差し込んでいる。
壁には蔦が絡みつき、天井の一部は抜け落ちていた。
晴歌は慎重に、奥へと進んでいく。
「……なに、あれ……」
這うような音。そして、何かが飛びかかってくる気配。
人間ではない。生き物の形すらあやふやな影。
「来ないでっ!!」
恐怖で目を閉じ、腕を思いきり振った――。
次の瞬間。
影は塵となって、消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「なに……? 今の……私が……?」
手のひらが震えている。
恐怖。罪悪感。理解できない“力”。
そのとき、地面が揺れた。
壁が軋み、天井が崩れ、空間が震えはじめる。
「これって……まさか……」
崩れていく。いや、崩してしまったのだ。自分が。
◇ ◇ ◇
駆け出して、ようやく建物の外へ。
振り返ると、遺跡は音もなく崩れ、光の粒となって消えていった。
「何……これ……」
さっきまで、陽翔と笑っていたはずなのに。
家に帰ろうとしていたはずなのに――
その時、目の前にウィンドウのような透明な表示が浮かび上がる。
【壊した数:1】
「あと……99個……?」
青空の下、ひとり立ちすくむ晴歌。
帰り道は、まだ、どこにも見えなかった。




