第12話『また、この風に会えるなんて』
晴歌は地図を片手に、ひとり森を歩いていた。
(サーチは慣れてきたけど……黒い神の言葉が離れない。「壊した後を誰が守るのか」……私は正しいことをしてるのかな)
魔力の揺らぎを避けつつ進むが、迷いのせいで空間の歪みを見落とすこともある。リュゼルと別れてから、小さな遺跡や砦のダンジョンを壊したが、王都へはなぜか辿り着けなかった。
(道そのものに拒まれてるみたい……これも私の力のせい?)
その瞬間、森全体がぐらりと揺れ、木々の奥から巨大な影がうねるように迫ってきた。
反射的に晴歌は両手を突き出す。
だが、影は目前で止まり、空間が歪み、淡い光とともにダンジョンの入り口が姿を現した。
「ここ……」
奥へ足を進めると、懐かしい風と緑の香り。
草葉が揺れる音や湿った土の匂いまでもが、かつて双子のエルフに出会った森の記憶を呼び覚ます。
「……嘘、ここは……」
「それは、こっちのセリフだよ」
聞き覚えのある声が、風に溶けて届いた。
信じられず振り返ると――そこに、双子エルフのティオが立っていた。
変わらぬ無表情の中に、どこか懐かしい気配を漂わせて。
「ティオ……」
名前を呼んだ瞬間、胸がきゅっとして、こらえていたものが一気にゆるんだ気がした。
◇ ◇ ◇
「落ち着いて。お茶でもどうぞ」
木陰の席で、湯気の立つカップを受け取る。ティオはじっと晴歌を見て、口元だけがわずかに動いた。
「前より顔が明るい。誰かを考えてる顔だ」
リュゼルの握手の温もりが脳裏に浮かび、頬が熱くなる。
「まだよく分からないけど……誰かが心配してくれるのは、嬉しい」
「それは良いことだ。ハルカの心は川の流れのようだ。澄めば光を映し、濁ればすべてを壊す。でも今は、澄んでいる」
ティオの比喩に、晴歌ははっとした。
◇ ◇ ◇
夜、焚き火を囲んで晴歌は黒い神の問いを話した。
「『壊した後を誰が守るのか』……まだ答えが見つからなかった」
「でも気にするようになったのは、人を考えるようになった証拠だ」
ティオの静かな言葉に、少し救われた気がした。フィアナは別の調査で森を離れていたが、そこには不思議な安心感が漂っていた。
焚き火のはぜる音と夜風に揺れる木々のざわめき、そして炎が照らすたびに浮かんでは闇に溶けていくティオの横顔。その光と影の揺らめきが、二人の沈黙を優しく包む。
(でも……なぜ私はここに来られたの?)
焚き火に照らされたティオの表情には、まだ語られぬ何かが潜んでいた。
◇ ◇ ◇
晴歌は久しぶりに森で眠り、翌朝、ティオに起こされた。
「よく眠れた?」
「うん。ひとりじゃないって思えたから」
朝食の後、鳥の声が重なり、朝靄の奥から差し込む光がティオの横顔を縁取っていた。彼は立ち上がり、真剣な眼差しをまっすぐに晴歌へ向ける。
「少し来てほしい。確認したいことがあるんだ。――君の力についてだ」
昨夜までとは違うその響きに、晴歌は息をのんだ。




