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第8話『精神の迷宮、二人で』

王太子と別れ、宿《天空の宿り木》に滞在する晴歌。

だが地下で異常が発生し、リュゼルと共に“精神の迷宮”へ挑むことになる――。

王太子ルディアン・ロア=グレンは、護衛と共に王都へ一度戻ることになった。


「……また会おう。君の判断を、信じてるから」


最後にそう言って馬車に乗り込んだ彼の笑顔は、どこか名残惜しそうだった。



◇ ◇ ◇


「本当に、こんな立派なホテルに泊まってもいいの…?」


王都近郊にある宿泊施設──その名は《天空の宿り木》。


かつて高位冒険者たちの拠点として栄え、今では一般客も受け入れる格式ある宿。ロビーらしき広間には、さまざまな種族の冒険者や親子連れの姿が見える。


晴歌は、獣耳をつけたヒトや、ドワーフのような小柄なヒトがいることに気づき、この世界の広さを改めて知った。


「……まぁ、宿泊代はあいつ持ちだから。一泊でも二泊でも好きにしろ」


なぜかリュゼルも同じホテルに泊まるよう薦められたようで、隣でぶっきらぼうに言いながらも、晴歌の様子を気にしている。


そのとき――足元が揺れたような感覚。晴歌は立ち止まる。


(……いま、揺れた? 私だけ……?)


リュゼルも眉をひそめた。彼の鋭い感覚が、空間の微細な魔力の歪みを捉えていた。


そこに、角と丸メガネが印象的な執事風の人物が現れた。


「リュゼル様、お待たせいたしました。お久しぶりでございます」


「……久しいな。何かあったのか?」


「はい。少し、アクシデントが」



◇ ◇ ◇


三人はロビーの隅に移動し、小声で話を始めた。


「……地下に異常があったって話か?」


「はい。『試練の間』が、少し不安定でして」


地下には今も"試練"と呼ばれるダンジョンがあり、宿泊者の訓練や試験に使われている。だがその空間は周期的に魔力の流れが変わり、未だ完全には制御できていなかった。


「四日前から、地下の魔力が乱れています。そして……従業員が一人、清掃に入ったまま戻ってこないのです」


「姿が見えなくなったのか」


「入り口付近の清掃ですから、本来ならダンジョンの奥に入ることはありません。ですが、今は結界の様子も不安定で……」


「それでも、放っておくわけにはいかないな」


リュゼルが立ち上がる。その表情に、晴歌は少しの変化を感じ取った。最初に出会った時のような警戒心ではなく、むしろ義務感のようなもの。


「……来たばかりで申し訳ありません。あ、そのお方は?」


リュゼルは一瞬、晴歌を紹介するかどうか迷った。が、現状を優先して答える。


「あ……私は、晴歌といいます。よろしくお願いします」


「ハルカ様ですね。《天空の宿り木》のオーナー、エベル・ミューレンと申します。以後、お見知り置きを」


晴歌とリュゼルを交互に見つめ、ふっと柔らかく微笑む。


「……オーナー」


「はい?」


「こいつとは何もない。たまたまルディに勧められただけだ」


「それは失礼。あまりにお似合いだったもので、つい……」


耳まで真っ赤になったリュゼルは、咳払いして立ち上がる。


「おい、準備できたら行くぞ!」


「えっ!? 私も!?」


(……一緒に行くなんて、一言も言ってないのに!)


「君の力をもっと理解したい。それに……」


リュゼルが少し言い淀む。


「冒険者として、まだ場慣れが必要だろう。精神系のダンジョンは独特だ。経験しておいて損はない」


そう言いながらも、リュゼルの視線は晴歌の安全を気遣っているようだった。そして何より、もう少し一緒にいたいという気持ちが隠しきれずにいた。


オーナーの案内で二人は地下へと向かっていく。その背中を、宿の従業員たちが不思議そうに、ある者は驚きのまなざしで見送った。


「リュゼル様……あんな顔するんだな」


小さくつぶやいたスタッフの声に、誰かがクスリと笑う。



◇ ◇ ◇


「ここまでは結界がありますので、安全です」


地下に入ると、そこは石造りの回廊と扉が連なる、静かな迷宮だった。空気がぴりつく。結界内にいるはずなのに、何かが"いる"気配がする。


「それでは、どうかご無事で……よろしくお願いいたします」


二人は結界の外に足を踏み込んだ。


「ここは『精神の迷宮』と呼ばれている。様々な生き物の精神が集まる場所だ」


リュゼルが説明する。


「魔力が弱い者には幻影として、魔力が強い者には実体化して現れる。俺たちには……おそらく実体として見えるだろう」


「……たしかに。森のダンジョンと、似てるようで違うかも」


何度も同じ通路に戻されながらも、慎重に進む。その間、リュゼルは晴歌の後ろを歩きながら、彼女の魔力制御の様子を観察していた。


(この子……前に会った時より、ずっと安定してる。そして…)


彼女の成長と、その力の奥に潜む可能性に、リュゼルは改めて興味を抱いていた。


やがて、かすかな声が――


「……助けて……誰か……!」


リュゼルが即座に走り出し、倒れていた従業員を抱き起こす。彼は幻影を見せる魔力に晒され、震えていた。


「幻影か……にしては、強すぎる」


晴歌は違和感を覚える。


(この魔力……誰かの"意思"が混じってる?)


青年を保護し、脱出ルートを確保しようとした、その瞬間。


空間の一部がぐらりと揺れ、封鎖された。


「……完全に起動したか。歓迎されてないみたいだな」


リュゼルが剣を抜く音が響く。晴歌の足元にも魔力が集まっていく。


"誰かと一緒に乗り越える"試練が、動き始めた――

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