表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第6話番外編:あの日、牙を向けた理由

 塔の魔力反応は、微かだが確かだった。

 廃墟となったはずの監視塔に残る"痕跡"は、 この国の誰かが、まだそこに執着していることを示していた。


 リュゼル・ヴァレイドは、任務の途中で立ち寄っただけだった。

 だが―― "異質な気配"を感じた瞬間、体の奥に眠る警鐘が鳴った。


(まさか、噂の……)


 "壊す者"。


 その存在は、まだ確証もない噂にすぎない。

 けれど、冒険者たちの間で語られていた―― ダンジョンを跡形もなく塵に変え、静かに消える少女の話。


 信じていなかった。

 けれど、目の前の少女の魔力は、確かに"それ"に似ていた。


(もしも彼女が……ならば、止めなければ)


 名を告げるよりも早く、警告を放った。


 ◇ ◇ ◇


「止まれ。その魔力をすぐに解け」


 彼女は驚いたように振り返った。


 年若く、穏やかな表情。

 肩までの黒髪に、黒い瞳。

 この国ではあまり見かけない顔立ち。


 それでも、本能が告げていた。

 ――あの魔力は、ただの探索者のものではない。


(何かを……隠している。いや、"力"そのものが異質だ)


 つうっと汗が頬を伝う。


(もしかして……俺より強い?)


 否定したい。だが、確信が持てない。


「それはダンジョンじゃない。壊さないでくれないか」

 静かな威圧感を込めて、そう告げた。


 何か言いかけた彼女の声を、遮るように詰め寄った。

 冷静さは失われていた。 恐れが、判断を曇らせていた。


「この塔は、王都の警戒網の一角だった。  崩れていても、我々にとっては未だ役割のある地だ。勝手な破壊など――許されない」


 それは半分、建前。


 本当は――


 "この少女に、何かを壊させたくなかった"。


 けれど、彼女の瞳に浮かんだのは―― 戸惑いと怯え、そして、深い失望。


 泣き出しそうな顔だった。


 ◇ ◇ ◇


「お前が……"壊す者"か」

 断罪のような重みを込めて呟くと、彼女の表情が凍りついた。


「……ならば、力で証明しろ」

 空気が震える。魔力を解放し、一気に彼女へと向かわせた。


 その瞬間―― 突如、彼女の体の中で青白い光が輝いた。


(なんだ、あれは……!)


 だが次の瞬間、何かが違った。

 彼女から放たれたのは、破壊の力ではなく――


 淡い光の膜が彼女を包み込み、 リュゼルの魔力を静かに打ち消していく。


「……なに?」


 驚きとともに、戦意が溶けていく。


(攻撃……じゃない?)


 それは防御魔法だった。


 彼女の魔力は、祈るように静かで―― けれど、深海のような"底知れなさ"を湛えていた。


(……なんだ、この感覚は)


 沈んだ湖の底に、そっと触れたような―― 優しさと、恐ろしさが同居する魔力だった。


 目を見開いた瞬間、彼女はすばやく塔の裏手へと回り込んだ。

 そして、先ほどの防御魔法を応用したような"遮蔽の魔法"を展開し―― 淡い光の膜が空気を揺らし、一瞬のうちに彼女の姿を隠していく。


 追う足は動かない。

 そのまま、彼女は消えた。


 残されたのは、沈黙だけだった。

 ⸻


 ◇ ◇ ◇


 風が吹く。

 さっきまでいた場所から、少女の気配が消えていた。

(……なぜ、逃げた?)


 本当に"壊す者"なら、こちらを倒すこともできただろう。

 なのに――

(あの魔力があれば、俺なんか……)

 拳を握る。


 "なぜ、自分は彼女を信じなかったのか"。


 "あれほどの力を持ちながら、彼女はなぜ、優しさを選んだのか"。


 胸の奥が、きゅっと痛んだ。


 ◇ ◇ ◇


 夜。焚き火を囲んで任務仲間に報告する。


「……不審な魔力反応があったので、警告を与えた。  戦闘にはならなかったが、調査対象としては注意が必要だ」


 言葉は冷静だった。

 だが―― 心の中では、違う想いが渦巻いていた。


 ――名前も聞けなかった。


 ――あれは、敵だったのか?


 火の粉がぱちんと弾ける。 あの子の魔力が放った"青白い光"のように。


 消すことも、傷つけることもなく―― ただ、通りすぎた優しい魔力。


(……また、会うかもしれない)


 できれば、次は―― 剣ではなく、名を呼ぶ声で向き合いたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ