第1話 『帰り道は、まだ、どこにも見えなかった』 前編
――あの日、私は“壊す者”になった。
ただ、帰りたかっただけなのに。
◇ ◇ ◇
春の終わり。
中学三年生の目黒晴歌は、学校からの帰り道を、ちょっとしたご褒美のように楽しんでいた。
「帰ったら勉強の続きしなきゃな……」
進学校を目指して、毎日ぎゅうぎゅうに詰め込んだスケジュール。
小さい頃からの夢は、医師になること。
祖父が亡くなったとき、何もできなかった自分が悔しくて――
それ以来ずっと、命と向き合う道を目指してきた。
辛いこともあるけれど、自分で決めたこと。
家族や友人も応援してくれている。それだけで、頑張れる気がしていた。
「晴歌! ぶつかる!」
不意に腕を引かれて我に返ると、目の前には電柱があった。
「お前、今どき電柱にぶつかりかけるやついないぞ」
「……陽翔……」
朝倉陽翔。赤ちゃんの頃からの幼なじみ。
家は向かい同士で、親同士も同じくらいの時期に妊娠していたことから、気づけば家族ぐるみの付き合いに。
誕生日も二日違いで、名前の響きも似ていたことから、よく「双子なの?」と聞かれるほどだった。
同い年だけど、他の男子より落ち着いていて、何かと世話を焼いてくれる。
まるでお兄ちゃんのような存在だ。
「ん? これまだつけてんのか?」
晴歌のカバンには、ちょっとヘンテコなキャラクターのキーホルダーがぶら下がっていた。
春休みに家族同士で温泉旅行に行ったとき、陽翔とおそろいで買ったものだ。
「なんか、憎めないんだよな、こいつ」
「わかる。地味に愛着わくよね、こういうの」
クラスは違うけど、くだらない先生の話とかで笑い合えるのが心地いい。
他愛ない会話をしながら、家の前に着く。
「晴歌」
「ん?」
「……あんま、頑張りすぎんなよ」
「……!」
「ちゃんと寝ろよ。あ、ニキビできてんじゃん」
「!!」
「姉ちゃんが言ってたぞ。“寝ないと顔ボロボロになる”ってさ」
「なっ……!」
「ふはっ、姉ちゃん見てりゃわかるだろ。じゃーな、また明日」
笑いながら手を振って去っていく陽翔の背中に、小さく「ありがとう」と呟いた。
恋愛感情ってわけじゃないけど――
こうやって隣にいてくれる幼なじみは、やっぱり大切な存在だ。
鍵を出そうとカバンを探ったときだった。
――歌が、聞こえた。
どこからか、風に乗って届いた優しい旋律。
幼い頃、母が歌ってくれた子守唄にどこか似ている。
不思議と懐かしくて、胸がぎゅっとなった。




