◆第3話 雷哭の苗床と銀猫の射手
臨時転校二日目の朝。玄関に届いた段ボールには、深音用の女子制服一式が収まっていた。
「……これが学園の正装か」
白のブラウスに紫ネクタイ、グレーのプリーツスカート。雷紋をあしらった校章が意外と気に入ったらしく、深音は珍しく満面の笑みで鏡を覗き込む。
しかし放課後――彼女は弓道部の体験入部に備え、学校支給の体操着ジャージへ着替えていた。新調した制服を汚したくないという理由と、帯電による誤放電を抑えるための顧問の指示である。
深音は“雷抑制”という名目で運動部を転々とし、今日は弓道部へ体験入部。《矢羽根》が帯電すれば電磁投射になるんじゃ?という顧問の不純な好奇心だ。
弓道場に足を踏み入れた瞬間、空気が張り詰める。
紫のジャージ姿でも存在感は隠せない深音。その袖口からのぞく雷紋入りのサポーターが、帯電抑制のため淡く発光していた――。
床を掃く袴姿の少女が一人、こちらを向いた。灰銀の髪をポニーテールに束ね、翡翠色の瞳に凛とした光。胸元の名札には――
《シャルトリュー・フェルクレール》
「見学か?」
低いアルト。日本語は流暢。
「えっと、俺は深音の付き添いで……」
彼女は深音を一瞥した。
「雷哭の巫女か。噂は聞いた。的を射抜けるか試してみるといい」
挑発的な笑みに深音の瞳で雷紋が弾けた。
「望むところじゃ! 絶対外さぬ」
体験用の弓道着は間に合わず、深音はジャージのまま。上着だけ脱いでターゲットに向かい弓を引いた瞬間、雷が矢に沿って走る。放たれた矢は音速を超え、的を粉砕。
衝撃波で砂塵が舞い、汗に濡れた白タンクが透ける――。
(やばっ……!)
シャルトリューは感嘆したように口角を上げた。
「完敗だ。“銀猫”と呼ばれた私の矢を超えていた」
「銀猫? 余は雷姫じゃ」
二人がバチバチ火花を散らす。文字通り。
放課後の帰り道。シャルトリューが俺たちを追ってきた。
「颯人、そして深音。君たちの力、学園都市の冒険者ギルドで試すつもりは?」
「ギルド?」
「賞金、名誉、そして――異世界へ通じる門。私は“神域”に近づきたい」
“神域”の言葉に深音が立ち止まる。
「……余の故郷」
シャルトリューは弓を肩に立て掛け、猫のように目を細めた。
「雷哭の姫が追われる理由。知りたいだろう?」
俺と深音は顔を見合わせる。
平穏を望む俺の胸が、冒険への高揚で跳ねた。
「行こう。……答えはギルドにある」
深音がラムネ瓶を掲げ、雷色の笑顔。
「決まりじゃ。余らの旅、ここより始まる!」