◆第2話 稲妻色の同居人と始業ベルは鳴りやまない
夜の街を雷雲が覆い、細い雨がネオンを滲ませていた。
俺――冬月颯人は、ラムネ瓶を両手に抱える稲吹深音と並んでアパートへ帰る。築三十年、六畳一間の狭い部屋。鍵を開けると、湿気と本の匂いが混ざった“いつもの空気”が出迎えた。
「……ここが御主の巣か」
深音が部屋をぐるりと見回し、帯電した髪先が蛍光灯をパチと弾く。
「ま、貧乏学生の砦だ。豪華じゃないけど雨風は凌げる」
「十分じゃ。余は雲の上で独りだった。屋根があるだけで贅沢ってものよ」
肩を竦める深音。その袖はまだ破れ、薄桃色の肌が覗いている。
「とりあえず着替えろよ。……俺のジャージで良ければ」
差し出すと彼女は軽く首を傾げる。
「借りよう。恩は雷に懸けても返すからな」
――言い回しが豪快すぎる。
ユニットバスの扉を閉めた直後、静電気がバチッと弾けた。
「痛っ」
思わず声を漏らすと、扉越しに深音も「ぅあっ!?」と悲鳴。――中で脱いだ巫女ロリータ装束のレースが帯電し、身体に貼り付いて離れないらしい。
「くっついて……抜けぬ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
俺はタオルを取り、僅かに開いた隙間から差し入れる。
次の瞬間、パチン!と強烈な放電。風圧で扉が開き、深音がタオルごと倒れ込んできた。
黒髪は逆立ち、ジャージは胸元に張り付き、帯が腰までずり落ち――。
(目のやり場が……!)
「見たな!」
音霊装置がドン!と低音を鳴らし、俺の心拍もドン!
そして朝――
翌朝五時。隣で眠る深音の髪が帯電の名残でふわふわ浮き、頬に触れた。
「……おはよう、深音」
「ん……ラムネ……」
寝言。瓶を抱いて離さない。
――可愛い。
七時、トースターが稲妻で爆ぜ、食パンが炭になった。朝食は結局コンビニおにぎり。
「雷力を抑える訓練が要るな」
「余もそう思う。……まずは学校とやら、同行させよ」
「えっ?」
結論――深音は俺の学校に“保護観察”という名目で臨時転校することに。教頭には「遠縁の神社の巫女がホームステイ」という苦しい設定を押し通した。
登校初日。制服は女子用を急遽通販、だが到着は明日。仕方なく俺のワイシャツを着せ、上からパーカー。丈が足りず~絶対領域が眩しい。
校門前、そよ風。
——パァン! 静電気でパーカーのチャックが弾けた。
「ひゃっ!?」
ワイシャツ一枚、しかもボタンが上から二つ吹き飛んで谷間が。
「待っ、深音っ、走るなスカートが――」
「ベルが鳴っておる! 遅刻は敵じゃ!」
雷鳴のような下駄音を響かせ、彼女は校舎へ突っ込んで行った。
かくして俺の平穏は完全に終了。《ゲームスタート》を告げる始業ベルは、確かに鳴りやまなかった。