◆第15話 ラグドール司祭ラジアと月虹の黙示録
新大陸沿岸に漂う月虹礁は、夜明け前になると朧な月虹を礁全体に架ける。舟底を擦る暖流の音が鼓膜の奥をくすぐり、俺は寒さより甘い酩酊を覚えた。
礁の中央で待つのは、白銀の祭壇と蒼衣の司祭――Ragdoll・Raziah。柔らかさを宿した微笑が、夜霧ごしに淡く輝く。
「杯を奪われたままでは、蒼海門は完全に咲かぬ。どうか力を」
ラジアは胸元の聖印を握り、深音と視線を重ねた瞬間、紫と虹が重ねた光が波紋を描いた。
杯を奪ったのは月虹礁地下に眠る古竜の亡骸、骨の迷宮だ。通路は湿った珊瑚の匂いで満ち、滴る水滴が遠雷のように反響する。
「気を抜くな。骨の影が動く」――焔豹がハンマーをかざすと、雷骸虫が牙を剥く。
戦闘でラジアの蒼衣の肩紐が裂け、透ける肌が灯りに浮かぶ。逢月が「修繕」と布を渡そうとしたが、ラジアは首を振る。
「これは試練。月虹は欠けてこそ満ちる」
彼女の囁きは潮騒より静かで、しかし確かに熱を帯びていた。
最深部。宙に浮く杯を守る雷骸虫の王。りんせの白拳が風を裂き、深音が雷哭の詩を唱う。俺は皇器で二人の稲妻を束ね、紫白の双閃を放つ。
轟音の後、骸虫は塵となり、杯が月虹色に脈動した。
地上へ戻ると夜明け。月虹は朝日に溶け、ラジアは祭壇に膝をつき、瞳に涙を宿す。
「杯はあなた方の旅路を祝福する。どうか私にも、その未来を看取らせて」
深音が頷き、ラムネ瓶を捧げる。透明な泡が虹光を映し、三人の唇へ甘い炭酸を分けあった。
――こうして杯は取り戻され、蒼海門の開花へ一歩近づく。
しかし俺の胸奥で皇器は静かに震えていた。月虹の色は美しいほど脆く、そして――何かを予兆する。