第15話
仲間たちの焦る叫び声が、工場内に響き渡る。その刹那、再度、場の空気が凍り付く。しかし、さっきと違うのは、周囲の男たちが目くばせをして合図をしている。男たちは何かに備えているのか、辺りに転がる鉄パイプやらを握り始め、殺伐とした空気が流れる。
扉の向こう側は無数のバイクのヘッドライトで輝き、暗い夜を照らしていた。マフラーを吹かす爆音も聞こえる。な、なんか、ヤバい雰囲気……
「ウチらがカチコミに来たってのに……」
眩しくてはっきりと分からないが、全員が統一された派手な特攻服に身を包み、マスクをしている。男たちとは対照的な綺麗な髪やスタイル……って、女の子⁉
「お前ら焦んなや! 刃美乱の意地見せたれやぁぁっ!」
総長の声と共に、男と女の抗争が幕を開ける。間もなくして男たちが騒いでいた廃工場が、男女入り乱れる喧嘩の戦場へと変化する。雄叫びを上げて素手で殴り合ったり、鉄パイプを振り回したりと混沌に包まれる。
そんな地で何もできずにボクは立ち尽くす。しかし、このままだとヤバいと思い、両軍に挟まれた位置で、全速力で逃げ惑う。どうしたらいいか分からない。
「ちょこまか逃げてんじゃねぇよ! ビビってんのか⁉」
マスクをした長い茶髪の女の子に胸倉を掴まれ、殴られそうになる。
よく見たら、白い特攻服の胸のあたりに、『副総長』って書いている……終わった。
「ま、待ってください! ボクは無関係です! 家に帰してくださぁぁい!」
すぐに両手を上げて、戦う意思が無いことを伝える。そして、必死に助けを求める。
「アンタ……見た感じ刃美乱じゃないね?」
「……え? わ、分かるんですか?」
彼女が振り上げていた拳を下ろす。その様子に一筋の希望が見えた。でも、どうして、ボクが敵じゃないと思ったんだ?
「だって、ハゲじゃないし」
そこで区別しているのか。
「いやでも、新人の可能性も……」
「ち、違います!」
「くたばれぇぇっ! 要茉穂っ!」
彼女の背後から男の声⁉ すると、あのメガネの顔が一瞬見える――
「う、後ろ!」
「……ちっ」
ボクの胸倉を掴む手を離した瞬間、相手の顔面に彼女の強烈な裏拳がクリーンヒットする。メガネの男は予期せぬ一撃で完全に気を失っていた。口から泡吹いているし、完全にのびている。
「つ、強い……」
彼女の行動に、とんでもない所にいるんだと再認識する。
すると、彼女がじっとボクの顔を見つめて、
「アンタ、どっかで会ったことない?」
「あ、ある訳ないでしょ!」
記憶が戻っても、この人とは面識はない……はず。
「姉御~コイツどうします……っていないんだった」
あれ? その呼び方、どこかで聞いたような……
「どっかで見たことあるような気がするんだよね~」
「は、はぁ……」
「分かった! この人、姉御の――」
「副総長の首、獲ったで! 雑魚ばっかやから、早う終わらさなアカンな」
死角から刃美乱の総長が現れ、彼女の顔面を容赦なく殴る。
「大丈夫か? 早う帰らんから、こういう事に巻き込まれんねん」
「お前、やっぱり刃美乱の……テメェ、そっち側だったのか!」
族の新人だと勘違いしたのか、彼女が怒りに満ちた目をボクに向ける。
「違います!」
「えっ⁉ お前さん、武陵桃源のスパイやったんか?」
総長が驚いた様子でボクを見る。両者から敵意を向けられ困惑する。や、ヤバい……
「スパイじゃない! でも……女の子の顔を容赦なく殴るようなヤツの味方じゃない」
考えるより先に身体が動き、彼女の前に立ち庇おうとする。
「なんやそれ? お前さん、足震えてんで? そんなんで守れんのか?」
「ま、守れる! ボクだって……」
その決意を後押しするように、ポケットにあるピックを思い出す。そして、ホノカの顔が脳裏によぎる。また平穏な日常に戻るために……やるしかない。
「ほお……やったら言わなアカンわ。『ひょろくて弱さそう』なんて憶測で言うてスマンかったな……せやから、肝座った漢として、拳で会話しよか」
総長がポキポキと拳を鳴らして、準備を始める。
生まれて一度も人を殴ったことが無いボクでも、守れるだろうか。
でも……やるしかない!
「始めようや!」
総長が特攻服を脱ぎ捨て、鍛え抜かれた強靭な肉体が露わになる。体中に刻まれた痛ましい痣は、たくさんの修羅場を越えてきたことを表しているようだ。
勝算は0に等しい。拳に力を込めようとすると、緊張で震えが止まらない。
「や、やめなさい! アンタには無理よ!」
彼女の強い忠告でも、覚悟が崩れることはない。
この勇姿……ホノカに見て欲しかったな。怖がりだったボクが、成長したんだよって。
「うわああああっ!」
恐怖で声が震える。弱弱しい雄叫びを上げて、全身を奮い立たせる。
「やる気十分やんけ!」
ボクの声を聞いて、総長がボクに殴りかかって来る。
右か? 左か? 蹴りの可能性も……思わず目を閉じてしまう。そして、ボクは闇雲に腕を振り回す。
「……っ!」
その時、抗争の空気を断ち切るように、爆音のクラクションが鳴った。その音でボクは瞼を開けると、総長の左回し蹴りがボクの鼻先ギリギリを擦る。あ、危なかった……
「おい、誰やねん! 楽しい時間に水差すなやボケ!」
緊張の糸が切れたのか、ボクは腰を抜かして座り込んでしまう。も、もう立てない。
「おい、コラっ‼ 早う下りてこいや!」
総長が喧嘩を邪魔された怒りを抑えられないのか、車のドライバーに指示する。
すると、後部座席の扉が開き、誰か下りてくる。
「おいおい……女の子は喧嘩相手じゃなくて、愛でるものだっての……」
この声……勅使河原くん?




