一万回目の織田裕二
「キタァー!」
授業中、宮野はそう叫んだ。窓から見える大きな桜が雨に敗れた翌日の、緑と薄ピンクが混じった、そんな日だった。
教室の皆んながざわつき始める、それもそうだ、彼女は原宿を歩いたらスカウトが百人、いや一万人は集まるほどの美貌なのだ。戦国の世なら織田信長と肩を並べていただろう。そんな彼女が急に喪黒福造と同等の叫びをしたのだ。
「はいみんなー、俺に注目⭐︎」
織田裕二似の田中先生が言う。
流石だ。織田裕二全盛期に顔が似てきただけの事はある。対応力が桁違いだ。きっと初対面の人には必ず「あれ?田中さん織田裕二に似てません?(笑)」と言われてきたに違いない。きっと本人よりもあのセリフを叫んだに違いない。いい気分もしてきたが、嫌な時もあっただろう。そんな織田裕二こと、田中先生が語尾に⭐︎をつけたのだ、当然、生徒の視線は黒板の前に佇むトレンディ俳優に釘付けになる。
よし、これで一件落着だ。きっと宮野も疲れが溜まっていたのだ。授業中にお腹が鳴ったり、屁が暴発してしまうことなんて全国に山ほどある。一発かましたくらいでせいぜい放課後話題になるだけだ、痛くも痒くもないだろう。
「キタァーーー!!」
二発目キタァーーー!
どうした宮野、今のは完全に喪黒福造を凌駕してしまったぞ。宮野、なんでそんな戦場に咲いた一輪の花のような表情ができるんだ。何があった宮野、なぜ田中先生を見ている、どうか田中先生救ってくれ。
「え、なにちょ、え?なに?」
大変だ、目が湿ってきている、昨今忘れ去られたあのセリフ、脳みその奥が刺激され、若い時の甘酸っぱい青春や辛い記憶を思い出してるに違いない。誰か、どうか田中先生を救ってあげてくれ。
「キタァーーーーー!」
宮野が止まらない!
田中先生の目から一粒の涙がポロリと落ちる、どうか目薬でキタだけであってくれ。
「ぐすんっぐすんっ」
「ヒック、ヒック」
クラスの女子達まで泣き始めた。それもそうだ、美少女が突然叫び始め先生を泣かしたのだから、部活の先輩の卒業式や、時折授業中に見る謎の感動番組で泣く思春期の女子には刺激が強すぎる。
だが、まだ男子がいる!男子!いつも授業中うるさくて、休み時間教室の後ろで女子の顔面に点数つけたりしてる男子!今日生まれて初めて世の中の役に立つぞ!頑張れ!
「まぁ、時代だよなぁ」
「うん〜多様性、うん」
「はぁ〜ねむっ」
この野郎!ちょん切ってやろうか!?
駄目だ、思春期あるあるの一つ、俺大人の考えだから的なやつになってしまっている、多様性を意識しすぎて逆に縛りつけられているではないか!
「キタァーーーー!!」
「ひっぐ、ぐすっ」
「はぁねみぃっ」
美女の咆哮、涙と嗚咽、男子のすかした言葉が戦国の馬さながらに駆け巡る。
誰かが天下を取らなければ、戦乱の教室になってしまう、誰か、助けてくれ!
「、、、、、」
いや、俺が行くしかない!今この状況を打破できるのは俺しかいない、この手は最終手段だった、生きて帰れないかもしれないが、皆んなの記憶を上書きするんだ!
ジョボジョボジョボジョボカチッ
ヒューーーボトッ
そう、俺はザリガニなのだ!!!ロッカーの上で一緒に授業を受けていたら、知能が上がった甲殻類なのさ!
さあ!みんな!俺を見ろ!ザリガニが脱走したぞ!あれ、なんか水槽で見るよりでかい!って驚け!あれ、どうやって持つんだっけって困惑しろ!
さあ!!!
びーびー!緊急速報!びーびー!
クラス中のスマホが一斉に鳴る。
「え、なに!?隕石だって!」
「地球の上通過してるらしい!」
「やばいやん!えぐいて!」
「え、あのーじゃあみんな校庭に避難します」
「やばっ俺たち死ぬところだったやん」
「まってあれじゃない隕石!?」
「やばいやん!えぐいて!」
「はよ校庭いこっ」
ドタドタドタッ
「、、、、、」
そうか、俺は窓から見える大きな隕石に敗れたのか、そうだよな、そんな日もあるよな。
いい、ザリガニ生だった、、、悔いはない、、、
「ありがとザリちゃん!」
なんだ!?宮野!?はやく避難しろ!
「あのね、実は私、タイムリープしてたの」
タイムリープ!?
よく真面目そうな男子が、朝読書の時間に読んでる本でありがちなあの!?
「ふふっ、驚いてる気がする、そう、何回やっても地球に隕石が衝突しちゃうの、だからね、色々やった、政府に掛け合ってみたり、悪役令嬢に転生してみたり、パーティの弱そうな魔法使いを解雇してみたり」
!?
「織田裕二も呼んだり」
織田裕二を!?
「でもね、何回やっても結果は同じ、だからヤケクソで叫んでみたら、ちょっとずつ未来が変わっていった、そして千回目!ザリちゃんが水槽から脱走したら隕石が逸れました!拍手」
そうか、ザリガニが世界を救ったんだな、よかった。
びーびー!緊急速報!びーびー!
「隕石が、、分裂した、、、、このままじゃ、また、、、もう、耐えられない、、、こんな孤独、、」
カチッカチカチッ
「?」
カチッカチカチッカチカチッ
「これはモールス信号?まって、今解読する」
カチッカチカチッカチカチカチカチッ
「聞こえるか?ザリガニだ。モールス信号の授業は見ていたが、俺の自慢のはさみで伝わることを祈る。」
カチカチカーチーカチカーチ
「宮野、お前が授業中、必死にノートにマーカーペンを引いていたのは見てきた。なのにテストが赤点だった事にも驚きだ。あれは何の為に引いていたんだ?」
カチカチン、カッチー
「でもな、伝えたいのはそこじゃない、何度タイムリープしても立ち上がる。そんな宮野を俺は尊敬する。人に見られない努力はどれ程苦しくて、大変な事だろうか、きっと宮野は強い人間なんだ。だから俺も頑張るよ。水槽の中でしか生きられない、こんな俺だけど、一緒にタイムリープしてもいいか?」
「ザリちゃん、、、、うん!一緒にしよう!」
カチカチッ
「よし!じゃあ俺を握っとけよ!一緒にタイムリープして世界を救うぞ!」
ドガーーーーーーーーーーーン!!!!
(千五百回目)キタァー!
ドガーーーーーーーーーーーン!!!!
(二千回目)キタァー!キタァー!
ドガーーーーーーーーーーーン!!!!
(五千回目)キタァー!キタァー!キタァー!
ドガーーーーーーーーーーーン!!!!
(九九九九回目)キタァー!
びーびー!緊急速報!びーびー!
「隕石が、、、消滅した!!!!」
「やったな宮野!俺たちタイムリープを抜け出したぞ!!」
「うん、まさか正解が私とザリちゃんのキスだったなんて」
「驚いたよ、九九九九回もやらなきゃ考えつかなかったな」
「いやこっちが驚きだよ、ザリちゃん、人間に進化しちゃうんだもん」
「いやぁ、なんでだろなぁ」
「ふふっ真面目にやってきたからよ」
「はははっ」
「ふふふっ」
「、、、、、」
「ザリちゃん、もう一度、していい?」
「な、何を?」
「、、、キス」
「さ、さっきしただろ」
「さっきのは、仕事、みたいなもんだもん」
「まってくれ、今の俺は織田裕二似の男前かもしれないが、元ザリガニなんだぞっ」
「ほんと、甲殻類っておしゃべり」
ちゅっ
(一万回目)「キ、キ、キ、キタァーーーーーーーーー!」
ザリガニは叫んだ、窓から見える小さな桜が雨に敗れた翌日の、緑と薄ピンクが混じった、そんな日だった。
完
ザリガニを飼い始めて一年になります。
夜中に脱走し、自分の枕元に来た時は、食べてやろうかと思いました。ザリガニってすごいですね。