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第2話 始まりの事件(3)

───────────────────


『では、よろしいですか』


『まさか今の人が彼にこれほど興味を持つだなんてね』


『実在するお方ですね?アスティマ卿は』


『ええ、当然よ。彼無くして人魔大戦における人類の勝利はなかった。けれど人の世界は彼を讃えることもなく忘れ去ってしまった』


 取材を受ける人物はこの世のものとは思えない美声だったが、エイトはどこかで聞いたことがある声にも思えた。


「綺麗な声だなー、この声どこかで‥‥‥姉さんどう?」


「エルフの女王様じゃない?」


「ホントだ‥‥‥ていうかエルフの女王様ならその時代から生きてるじゃん」


 声の聞き分けに関する特別な力を持つレナにそう言われ、すぐに納得できた。周りの皆も特に何も言わない。インタビューは粛々と続いていく。


『大変恐れ多いことですが、あなたはアスティマ卿が人類の歴史から抹消された理由をご存知なのではありませんか?どうか、お話しいただけないでしょうか』


『知っていると言うと語弊があるわ。彼を隠す人々に訊いたわけではないから。けれどきっとエリー‥‥‥聖女エレノアのことが関係しているのでしょうね。あの二人の間には特別な絆があった、それを認めたくない人が大勢いるのよ、昔も今も』


『特別な絆?それは、その‥‥‥‥‥‥』


 相手の女性があまりにも物議を醸しそうな事をさらりと言うものだから、教授も流石に面食らっていた。


『ふふっ、私の口からはそれ以上は言えないわ。どちらも認めたくなさそうだし、アスティマは怒ると怖いもの』


『‥‥‥私が目にした記録では、アスティマ卿が暴威を振るったのは人々を虐げる権力者とその取り巻きに対してであり、同胞にとっては慈悲深く畏敬すべき騎士であったと』


『それはそうだけど、いつでも近寄り難い雰囲気はあったわよ。あなたはどう?アスティマに会ったら色々と訊いてみるの?』


 その意図の見えない質問に、教授は戸惑いながら答えた。


『は、はい?そ‥‥‥それはもう。お会い出来るならお聞きしたいことは数えきれないほどありますとも』


『そう、きっと叶うわ』


『それは一体どういう‥‥‥‥‥‥?』


『アスティマが歴史から消されたなら、その秘密を守ろうとする人々は私が彼について証言することを当然快くは思わない、だから今まで黙してきた。それなのに私がこうしてあなたのインタビューを受けたこと、不思議に思わない?訳を話すと長くなるけれど』


『それはもちろん考え及んでおりましたので、言い方は悪いですがダメ元‥‥‥望み薄と承知で申し込みました。差し支えない範囲でお話しください』


『そうね、どこから話そうかしら‥‥‥やはり、あの出来事からでしょうね。アスティマは人魔大戦終結の三ヶ月ほど前に突如として行方知れずになったの。彼は多くの人に恨まれていたから、己の力を過信するあまり敗死したのだと世界中から嘲笑された。でもね、私はこの目で見たわ。魔王聖伐から戻ったエレノアの手に聖杖アルテミシアは無く、代わりにアスティマの愛剣レムナントが握られていた。彼は決戦に駆けつけたのよ』


『アスティマ卿は間違いなく魔王聖伐には加わり、しかしお戻りにはならなかったと』


『イーサンは言ったわ、魔王の究極魔法によって顕現した魔王の精神世界は、本人の死後も膨張を続けこの世界を飲み込もうとした。アスティマはその膨張を押し留めるために負傷した体を顧みず、独り精神世界の内側に残った‥‥‥と。イーサンのあんなに苦々しい顔を見たの、後にも先にもあれきりだった』


『勇者一行の犠牲は無かったと伝わる魔王聖伐の影で、そのような悲劇が‥‥‥』


『そう、でも‥‥‥誰一人として諦めていなかった。エレノアはね、アスティマを帰還させるためには途方もない準備と魔力が必要だと語ったわ。アスティマの知己が彼に会いたいと強く願う想いと、たくさんの人々がアスティマの帰還を祈る思いが折り重なって生じる魔力。それを束ねて強大な魔法に変換する装置。けれどね、あの時代では肝心の魔力が足りなかった。何故だか分かる?』


『前者はともかく、後者は言い換えれば民衆の支持‥‥‥ということですか?私の知る記録や今のあなたのお話を鑑みるに、当時の民衆がアスティマ卿の帰還を手放しに望むとは‥‥‥‥‥‥』


『そう、それが理由の一つ。アスティマは死んだ、最終決戦に合流したという話は勇者様の優しい嘘だ、そう思い込みたい人があまりに多かった。再会したいと強く願う者も私を含め数えるほどしかいなかったと思うわ、彼の戦友や彼を軍神と崇める人々の多くは戦死してしまったから』


『平時には強大な力は恐怖の対象になるという理屈は分かります、アスティマ卿が邪悪な権力とそれに従う人間に対してあまりにも苛烈だったという記録も目にしました。ですが彼は世界を救った英雄だと言うのに、それではあまりにも‥‥‥‥‥‥』


『ただ一番の理由はそこではないの。純粋に人口が足りなかった。魔王の究極魔法をどうにかするためには、あの時代の全人類が一斉にアスティマの帰還を願い、その祈りに紐付いた多くの魔力が集まったとしても足りたかどうか‥‥‥。それなのに当時では人々の意志を統一させる手段もなかった』


『アスティマ卿を帰還させるための魔力を捻出する人口がそもそも足りなかった‥‥‥お待ち下さい、この話は何故あなたが私のインタビューを受けて下さったのか、その理由でしたよね?』


『ええ、そうよ。今はあの頃と違って世界中見渡す限り溢れかえっているわね、人が。それに直接あなたの放送を観ていない人たちにも情報は伝播していくことでしょう』


『それは‥‥‥まさか、その』


『これだけ多くの人が一斉にアスティマへ興味を抱けば、膨大な魔力が集まる。好奇心というのは侮れないもの』


『ええ、私を突き動かす原動力の一つです』


『それに今はまた人同士の戦争もしているし、各国で政治への不満も高まっている。かつて邪悪な権力を尽く討ち倒した英雄がこの世界に降臨したなら‥‥‥そう夢想する人も多くいることでしょう。インターネット、アレクサンドリア‥‥‥人類はつくづく偉大な発明をしたと思うわ。奇しくもアスティマの帰還を願うエレノアが造り出した機構に良く似てる』


 思いがけない言葉にそれまで画面へ釘付けになっていたエイトとレナは思わず声を漏らした。


「んんん?待ってよ‥‥‥なんかそれだと」


「アスティマ様は‥‥‥」


 スクリーンに映るウィルソンも珍しく声を張り上げる。


『お、お待ち下さい!あなたは先程から、まるでアスティマ卿がご存命だという前提でお話しされているような‥‥‥』


『そうよ、彼は生きているわ』


『は‥‥‥800年ですよ!?もうそれだけの時間が経っているというのに、あなたはアスティマ卿が未だ異空間で御健在であり、この時代ならば凱旋が叶うと!?!?』


『信じ難いでしょうね。彼の強大さを良く知る私だって、レムナントを手にしたエレノアを見た時に思ってしまったもの、それは形見なのではと。あの剣をアスティマが手放すとは思えなかった』


『そ、それからさらに800年ですよ?確証はないのですよね?』


『もちろん、今生きている彼をこの目で見てはいないわ。でもね、あれからのエレノアを見て私も信じることにしたの。これは大切な人たちを信じ切れなかった私の罪滅ぼしでもある』


『リスクを犯そうとアスティマ卿の帰還のために行動することが罪滅ぼしと‥‥‥。しかし彼に会いたいという強く純粋な想いについてはどうなのです?当時でさえ足りなかったその想いも、圧倒的な量だけで賄えるものなのですか?私自身も会えるものならお会いしたいと強く願っておりますがそれは好奇心であり、あなた様や共に死線を潜り抜けた戦友の方々とは質が違います!!』


『それはね、あなたも良く知っている物で補完するの。あの時代を生きた英雄たちの魂の欠片が封じられた奇跡の円盤「メダリオン」。現存するあれらをエレノアが生み出したという話は伝わっていると思うけれど、その理由まで考えたことはある?だって魂への介入はエレノアが身を捧げたアルテナ教の禁忌に触れるのよ?メダリオンに魂を封じられた英雄はね、私が知る限りアスティマの帰還を強く願いそうな人ばかり』


『‥‥‥エレノア様が禁忌を犯してまでメダリオンを生み出したのは、アスティマ卿との再会を強く願う方々の魂の欠片を保存し、その想いを遠い未来まで届けるためと‥‥‥?地上が人で溢れ返るこの時代まで』


『これで分かったかしら?私があなたのインタビューを受けた理由。本来なら私自身があなたの役を担うべきだったのでしょうけど、きっと多くの血が流れてしまうから。ごめんなさいね』


『い、いえ、こちらこそ‥‥‥本来でしたら御目通りも叶わぬ立場の私などに貴重なお話をお聞かせ下さいましたこと、心より感謝いたします』


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