第3話 拷問3人目
映像には、如月先輩が映っていた。
如月先輩は、会社の三十過ぎの綺麗どころである。そして、唯一の売れ残りだ。
化粧は厚めであったが、めちゃくちゃ綺麗。
ただし、如月先輩が好きになる人は全員もれなく既婚者だったため、結婚したら最速で、めちゃくちゃ寿退社するブラック企業で、お局様に片足突っ込み始めている残念美人。
こちらの世界には日焼け止めがないため、お肌がやけるのを極度に恐れて、鍔の大きなトンガリハットをかぶっていて、真っ黒なローブを着こんでいる。
パーティーで唯一魔法が使えるため、魔法使いといえるだろう。
そんな如月先輩は、上の空で椅子に縛り付けられている。
そこに、下半身と髪が蛇になっているメデューサが現れた。
メデューサである彼女にも、僕は手出し出来なかった。
なぜなら、美人だったからだ。
というか、魔王軍幹部美人ばっかりじゃないか。
僕にどうやって倒せというんだ。
「今から拷問を始めます」
メデューサは妖艶に言った。
如月先輩は、椅子に座ったまま震えていた。
「怖くて震えているのね」
如月先輩は、あいかわらずなにも言わない。
なにかを求めているように、視線をさまよわせている。
「うふふふ、あなたには、まず毒ガスを浴びてもらいましょうか」
プシューと音がでて、部屋の中が、煙で満ちていく。
「……これは?」
如月先輩が、うつろな目をして呟いた。
「ふふふ、これは、約5,300種類の化学物質が含まれており、そのうち70種類以上は発がん性の有毒ガスを発生させる草を燃やしているのよ」
なんだって!?
大量の毒が含まれている煙!?
「魔族である私には無害。だけど、人であるあなたに耐えられるかしら?」
メデューサは、自慢げに言う。
白い煙は、恐ろしい勢いで、部屋を埋め尽くしていく。
そんなものを吸って無事で済むわけがない……。
(ああ、如月先輩……)
綺麗な先輩が苦しむ姿を見なければいけないなんて……。
僕が戦々恐々としていると、毒ガスのなか、如月先輩はみるみる目に輝きを取り戻していた。
なんだか元気になってるような?
「あの毒ガスに含まれているものは、一体……」
僕の質問に対して、魔王が答えた。
「ふっふっふ。代表的な有害物質であるニコチン、タール、一酸化炭素だ」
ニコチン!?
もしかしてあの煙は……。
僕は、あの白い煙に見覚えのある気がしてきた。
あの煙は……タバコだ。
如月先輩の目に輝きが戻ってきた理由が分かった。
如月先輩はあっちの世界でヘビースモーカーだった。
久しぶりのニコチンを浴びて、元気になっている。
「次は、この毒を飲み干してもらいましょうか」
メデューサは身動き出来ない、如月先輩に毒といった飲み物を飲ませる。
「この飲み物を飲むと動悸、呼吸困難、胸痛、低血圧、頭痛、不穏、めまい、目のかすみ、嘔吐、口渇を引き起こすのよ」
なんだその恐ろしい毒薬は!?
「そして、まっすぐ歩けなくなるのよ」
まっすぐ歩けない?
「二十歳までは、著しく脳の発達が遅れるので、飲まない方がいいわ」
それって……。僕は一つの解答にいたる。
アルコールかい。
確かに飲みすぎは、毒に違いない。
ただし、如月先輩の頬は少し血色がよくなり、震えが止まっていた。
僕は知っている、如月先輩が震えていたのは、禁断症状だ。
元の世界でも、夜遅くなると、会社で酒をのみながら仕事をしていた。
労務違反であるが、会社も労働基準法を守っていないのでおあいこではあった。
こちらの世界に来てからは、ひたすら手に入れたエリクサーを飲み続けて、震えを抑えていた。その所為でなのか、おかげなのかはわからないが魔力に目覚め、パーティーで唯一魔法が使うことができる。
「これから、魔族である私と同じ量の酒を飲んでもらう」
「……望むところよ」
メデューサには、強がりに聞こえたのだろう。
如月先輩にとっては、何ヶ月ぶりかのアルコール。
飲みたくて飲みたくてたまらないといった感じに、目が血走っている。
メデューサは、如月先輩の手を自由にすると、ショットで飲み始めた。
~一時間後~
「いいわぁ。いい飲みっぷりね」
「あなたもね」
そこにいるのは、ぐでんぐでんに泥酔した美女が二人。
二人は仲良く意気投合していた。
拷問部屋には、いくつもの瓶が転がっている。
美女二人なので、目の保養になっているが、ただの飲み会を見ているだけとか僕の方が、拷問なのでは?
そう思っていると、メデューサの目の色が変わった。
「仲良くなったが私とお前は違う種族、相容れることはない」
なんだ?
ちょっと展開が変わったぞ。
「お前には、この薬を飲むか飲まないか選んでもらう。もしも飲まないを選べば、石になって死んでもらう」
如月先輩に究極の選択が迫っていた。
これは……。
肉体的ではなく、精神的な拷問だ。
如月先輩は、心を蝕まれてしまい……。
「この飲み物を飲むと私はどうなると言うの」
お酒の力で、如月先輩ははっきりした口調でメデューサに聞いた。
「これを飲めば、年が10歳若返り、二度と年をとることはない。普通の人として、生きられなくなる。つまり、我らと同じ魔族になるのだ。飲めないといえば、死んでもらう。どちらを選ぶかは、よく考えて……」
如月先輩は、すごい勢いで瓶をつかむとアルコール以上の早さで飲み干した。
みるみるうちに、お肌が張りを取り戻し、少しあったシミやシワが消えていく。髪もシルクのように艶やかになった。
映像には、完全美人の如月先輩がいた!
これが、若かったころの如月先輩!
そこには、会社一美人と言っても過言ではない女性がいた。袖にされるのがわかっていても、一度は交際を申し込みたい!!!
如月先輩は、自分の頬に触り、若返りを確かめた。
「鏡を見せなさい!」
「自分の変わってしまった姿を見て驚くといい」
メデューサは、如月先輩に、自分の姿を見せた。
「なんてことでしょう若かりしころの私が! これで、私は魔族! つまり、美魔女です! さあ、行きますわよ」
あまりの勢いに気圧されるメデューサ。
思わず、拘束を解いていた。
「どこに行くのよ?」
「転移直後に、私に年増のおばさんといった王女と名乗った小娘に特大魔法を喰らわせてあげますわ!」
「今から?」
「私は、もはや魔族! なにも気にする必要はありません!」
如月先輩は、最速で人類を裏切っていた。
拷問部屋を出て行くところで映像は途切れた。
そして、魔王は勝ち誇ったように僕に言った。
「ふっふっふ、彼女の心は少しずつ魔族のものに変わっていく。人でなくなっていく自分自身に葛藤するだろう」
少しずつって何のこと!?
もうすでに闇落ちしてましたが!?
葛藤とか何一つ感じませんでしたが!?
「さあ、これでお前の仲間はみんな拷問された。苦しむ様を見てどう感じた?」
どう感じたか、だって?
それは……それは……。
正直、うらやましいと思いました。
なんたこれ?
どんな感情なんだ。
僕が混乱していると、魔王が僕に近づいてきて宣言した。
「これから、お前に、拷問を行う!」
なんだか、少し楽しみな自分がいるが、僕だけは、本当に拷問かもしれない。
覚悟を持って臨まないと……。
そう思っていると、魔王は、僕に言った。
「お前への、拷問は私自ら行ってやろう」