第1話 拷問の始まり
僕は勇者。
長い旅の末に、魔王と対決していた。
僕に魔王は倒せそうになかった……。
なぜなら、魔王が――美しすぎるから。
ドラゴンとか化け物とかだったら頑張って倒そうと思ったけれど、魔王は、角があること以外は、パッチリおめめの黒髪で、スタイル抜群の超絶美人のお姉様。
「くっ……!」
城にいたお姫様より、断然美人で、僕にドストライクだ。
童貞で、年齢イコール恋人がいない歴である自分が美人を殺すというのは、無理がある。
魔王城までの道のりだって、なんとか可愛い女の子モンスターをどうにか避けてたどり着いたのだ。
「くっくっく、どこを見ている。全然集中できていないようだな」
それは、そうだ。
魔王の服は露出が高い。
特に胸の谷間を誇張する服装なので視線が勝手にそちらに吸い寄せられるのだ。
悲しい男の性だ。
童貞である僕には、どうすることもできない。
隙をつかれて魔王の一撃を受けた僕は、手に持っていた聖剣を落とした。
「大事な武器を落とすとは情けない」
分かっている。
勇者が聖剣を落とすなんてあってはならない。
僕は、魔王を見た。
彼女のパッチリした大きな瞳が僕をじっと見つめてくる。
やっぱり美人すぎる。
こんな美人を殺すぐらいなら、僕は死ぬ。
もういいよ。
人間の負けで。
「どうするのだ? 降参か?」
魔王は、僕の聖剣を取り上げた。
ここまでこれたのは、僕自身の頑張って鍛えた剣術も多少は貢献しているけれど、ほとんどは聖剣のおかげだ。
聖剣がなければ、僕は元の世界と同じ無力な男でしかない。
「降参します……」
僕はうなだれて、そう言った。
きっと僕は惨たらしく殺されるのだろう。
まあ、それもいいか……。
人生の最後を美人の魔王に飾っていただけるなら、それもいい。
僕が諦めたのを見て、魔王がいった。
「お前が負けたら、捕らえられた他の仲間達はどう思うだろうな」
その言葉で、僕は気力を取り戻した。
「仲間は、まだ生きて……!」
パーティーメンバーは、一緒に異世界転移してきた会社の先輩方だ。
完全ブラック企業で、苦しみ、さらに理不尽な異世界で一緒に頑張ってきた仲間だ。
いくら魔王が美人だからといって、見捨てるわけにはいかない。
だが、決断するには、遅すぎた。
聖剣は、すでに魔王の手の内にある。
「仲間達が拷問を受けている姿を見せてやろう」
魔王が水晶を掲げると、城の別の部屋と思われる場所が映し出された。
「江美さん!」
一人の女性が、鎖につながれていた。
会社の3つ年上の先輩だった。
「身ぐるみをはがされたあられもない姿をよく見るがいい」
下着同然の水着しかきていない。
たしかにあられもない姿といってもいいかもしれない。
ただ江美さんの場合は……。
(ああ、脱ぐことができたんだ)
江美さんは、城で与えられた防具が、呪われていて脱ぐことができずにいた。
ビキニアーマーという。
体を覆う布地の面積が少なければ少ないほど、力があがるという効果があった。
魔王城に近づけば、近づくほど、ビキニアーマー以外を脱がなければならず、もうただの痴女だったので、今の方が布地の面積が多いぐらいだ。
江美さんは、『お嫁にいけない』といつも泣いていた。
悲しいことに独身である僕にそう言っているのだから、僕は結婚対象として見てもらえていなかった。
まあ、元の世界でも、朝6時から、夜中の12時まで顔をつきあわせていて、なんなら寝泊まりもしなければいけないほどのブラック企業だったため、普通の恋人なんかより一緒にいたので、おかしな気分になっていたのは確かだ。
そんな限界OL江美さん。
ただでさえ、不幸を体現したような人なのに、今から拷問されるなんて。
今から奮起して、魔王を倒したところで拷問は止まらないだろう。
なんて僕は無力なんだろう。
「お前は大人しくそこで、あの女が拷問されるところを見ておけばいい」
魔王軍は、装備が呪われていたことに気づかずに取ってくれたことは、僥倖だったが、今から拷問が行われることには違いがない。
江美さんの近くに現れたのは、人型スライムのお姉さんだ。
緑で透明な体だったが、人間女の造形をしていて、僕が剣を向けることがどうしてもできなかったので、江美さんが相手になってくれた。ただどうやら負けてしまったらしい。
さすがは魔王軍幹部、江美さんでは勝てなかったようだ。
「くっ。殺せ」
江美さんは、女騎士のテンプレみたいなセリフを言っている。
拷問については、今からが本番だということだろう。
スライムのお姉さんは、口元に残虐な笑みを浮かべている。
「あたしの粘液は、あなたの肌を溶かすのよ」
なんだって。
江美さんがでろでろの見るに耐えないドロドロの姿にされてしまう!?
「特に表面の古い部分だけを綺麗に溶かすことができるのよ」
うん?
それただのあかとりなのでは?
「さらに、体に蓄えられた高濃度の毒液で、あなたの体を作り替えてしまうのよ」
体の表面を綺麗にするのは、毒の吸収を早めるためか!?
「私の体は、どうなってしまうのだ!?」
江美さんが、青い顔をしている。
「傷一つないツヤツヤのお肌にしてしまうのよ」
「なんということだ! それでは今までの傷が消えてしまう!」
それただの回復薬。
というか、江美さん嬉しそう。
防具がビキニアーマーだった所為で生傷たえなかったし。
「さらーに、今からあたしの体であなたの体で覆い尽くすわ。あたしは体を自在に、堅くしたり柔らかくしたりできるので、拷問も、腰を重点的に、肩を重点的に、全身をくまなくなど、自在に拷問する事ができるのよ」
「その能力で、私をどうするというのだ」
「凝り固まった筋肉をひたすら揉みほぐす!」
いや、マッサージチェアかな?
「ま、まさか、足重点的、腕重点的などもできるというのか」
「そのとおり!」
高級マッサージチェアかな?
「さらに、お前のわずかな背骨の歪みまで感知する事ができるわ」
高度AI付きのマッサージチェアかな?
「初回は一つだけ、あなたにお好みでためさせてあげるわ」
家電量販店のお試しかな?
「私は騎士だぞ。一番きつい拷問でも耐えきってみせる」
「ふふふ、いいわ。ならば、全身くまなくをくらいなさい」
スライムのお姉さんはは形をかえると、江美さんの顔意外を飲み込むと、全身を……揉みしだく。
「私の拷問する部分は、人肌程度に温まり、六つの固い玉のような部分が、人の手を完璧に再現することができるわ」
完璧すぎる。
夢のマッサージチェアだ!
「くっ、殺せ。今までの厳しかった戦いの日々が……」
極上の癒やしですべて忘れてしまう。
チーン。
「あまりの苦しさに、気を失ったようね」
江美さんは天にも昇る顔をしてすやすや寝息をたてていた。
映像が途切れる。
「ふっふっふ」
そんな江美さんの醜態を見て、魔王は笑っていた。
「これはまだ拷問の序章に過ぎない」
それはそうだろう。まだ拷問は始まってもいないと僕は思う。
極楽に持ち上げてからの、地獄こそが本当の拷問だろう。
僕は、生唾を飲み込み、魔王に問うた。
「江美さんはこれからどんな目に……」
「彼女には、この後、海でとれた手がハサミになっていて茹でたら赤くなる気持ち悪い生物をひたすら食べてもらうのだ!」
それ蟹!
高級旅館かここは!
「あの女はもう二度と戦いの日々に戻ることはできないだろう」
「そうだなぁ」
だってここは天国か?
前世ブラック企業の僕らには、癒やしの効果が強すぎる。
きっと江美さんは二度と戦えないだろう。
「次は、こいつだ」
そうだ。
僕にはまだ仲間がいる。
魔王軍の勘違いで、江美さんは無事のようだが、次もそうとは限らない。
映像には、男の平先輩が映し出されていた。