幽霊と人間はどちらが怖いでしょうか
幽霊とは、人間に恐れられている存在である。ただし、本当に恐れられているのは、人間の心の方なのかもしれません。幽霊が恐ろしいのか人間が恐ろしいのか。その答えは、この物語の最後の1行を読めば、わかるかもしれません。
真夜中の学校には、いくつもの怪談話がある。それは、平成時代末期ですっかり風化したようにも思えるが、令和時代にも一部の学校では怪談話のうわさがあちこちで出ている。この『万歳三小学校』にも七不思議のような怪談話が多数存在することを俺はつかんだ。
「いいか、この万歳三小学校にはなんでも幽霊、とりわけトイレの花子さんや口裂け女が出るっていうわさが蔓延している。そのためか、この学校に通う児童は幽霊に怯えているに違いない。だから、俺たちの手でこの噂の真実を確かめようじゃないか。そして、幽霊を退治して、安全な学校生活を児童たちに送らせてあげようじゃないか」
時刻は午後11時を少し回った頃、俺は友達の松野と黒井の男2人とともに、深夜の万歳三小学校に調査として乗り込むことにした。むろん、これは幽霊退治である。よくニュースで報じられている、女子児童のリコーダーを舐めるといったために学校に忍び込む下衆な行為では決してない。
「なぁ、桜田。この小学校と俺たちに何の関係がるんだ?」
松野が俺に目で訴えているのを感じた。
「この小学校は、高校でお前たちと出会う前、つまり、俺の小学生として過ごした学び舎だ。この小学校が幽霊が出る噂で危機を迎えているのであれば、卒業生であるこの俺が助けない訳にはいかないだろう」
これはもちろん俺の本音だ。俺がこの学校を救わなければ、誰が救うのだ。俺がやらなきゃ誰がやる。その熱い想いが伝わったのか、松野も黒井も口角を上げて微笑んでいるのが感じ取れた。
世は令和時代で、デジタル情報化の流れがムーアの法則の如く、数年で何倍にも加速している情勢であるにも関わらず、万歳三小学校は昭和時代の面影をそのまま残している。まるで成長していないと言わんばかりの外観である。この外観は、俺が小学生のときに通っていた校舎と何も変わらない。木造3階の建物は、廊下を歩くだけでキシキシと木がこすれる音がする。火災が起これば瞬く間に燃え広がることだって当時から気にしていたが、職員がほったらかしているのかそのままであった。
だが、変わっているものも少なからずある。久々に母校に戻ってきたが、真夜中の小学校に入るのは初めてだ。そのためか、辺りには不気味な空気が漂っていた。高校になれば部活や学祭で夜になっても学校にいることはあったが、小学生の時に夜まで学校にいたことがないからか。
「灯りのないとなんか不気味だな。昼間と世界が違うよな」
不安に駆られていた俺は、松野と黒井に同意を求めた。どうやら2人も同意したようだ。表情を見ればこの2人のことは大抵わかる。小学校は違うと言えど、俺たちは同じ高校だ。ツーカーで通じ合う間柄だ。
「まずは定番の女子トイレに行こうじゃないか」
本当に定番中の定番じゃないか。松野と黒井はそう思ったに違いない。だが、彼らは特に突っ込むこともなく、俺の後についていく。やはりこいつらは頼もしい。
や がて女子トイレの前にたどり着いた俺たち3人は、女子トイレに潜入した。昼間であれば人がいるため男が女子トイレに入ることなどないが、無人の学校となっては、誰にも見られないため遠慮なく女子トイレの扉をしらみつぶしに開けていた。無論、これは幽霊退治のために女子トイレに潜入するのだ。よくニュースで報じられている、トイレにカメラを仕込むといった下衆な行為では決してない。
思えば、男が女子トイレに入るのは一種の罰ゲームのような感覚だった、それは小学生だから許されるのであって、大人になれば罰せられる。小学校を卒業して以来、女子トイレに入るのはもちろん初めてだ。断じて本当である。
トイレのドアをしらみつぶしに開けるも、幽霊や人影のようなものは見えない。
「トイレの花子さんの噂は噂でしかなかったか」
俺が懐中電灯で辺りを照らしながら呟いたときだった。
「・・ら・・しや・・・」
何か声が聞こえた。人間ではないような声が聞こえた。さらには、女の声が聞こえた。松野も黒井は正真正銘男だ。つまり、周りには女がいることはない。つまり、女が近くにいるかトイレの花子さんの声が聞こえたのか。
それにつられて松野と黒井も同調する。
「おい、今確かに声が聞こえたよな?」
松野と黒井に話しかけたときだ。
「うらめしやー」
今度は確かにうらめしやと聞こえた。これは、紛れもなく幽霊だ。トイレの花子さんだ。来る。俺たちの前に姿を現す。俺はトイレの花子さんの登場に身を構えた。心臓の鼓動が速くなっていくのを感じだ。トイレの花子さんは俺たちに対してどんなことをしてくるんだ。呪い殺すのか? よくよく考えれば、トイレの花子さんは人間に対して危害を加えるような行動はしていない。あくまで噂だが。だが、『うらめしやー』と言うからには、明らかに俺たちを挑発する行為だ。それであれば、やはり俺たちに危害を加えるつもりなのか。だが、ここで引くわけにはいかない。
すると、入り口から3番目のトイレから徐々に声が大きく聞こえてきて、微かな光を灯していた。このドアは開いて中を確認したにもかかわらずだ。そして突然トイレのドアが開き俺たち3人の前に姿を見せた。
「うわわぁぁぁ!!!」
突然姿を見せたトイレの花子さんに、俺は硬直した。恐怖を極限まで感じると動くことができないというやつか。声は上げたが、自分でも何を言っているかわからなかった。松野と黒井もその場で腰を落としていたのが見えた。
トイレの花子さんは小学1年生くらいの見た目で、白いシャツと赤いスカートという、典型的なトイレの花子さんの格好をしていた。それじゃあ、トイレの花子さんは、実際に見た人がキャラクターを作り出したということか。それでなければ世間一般のイメージするトイレの花子さんと目の前の幽霊はあまりに酷似している。
さらに、気になったこともあった。トイレの花子さんはどんな顔をしているのだ。恐怖心がありつつも、俺はトイレの花子さんの顔を見ることにした。
懐中電灯でトイレの花子さんの顔を照らした瞬間、俺は凍り付いた。顔が人間離れしているとか、化け物の表情とかいう類ではない。それはれっきとした人間の表情だった。それも、俺の記憶の奥にある引き出しから、突如引っ張り出された。あの時の思い出がよみがえってきた。その時だ。俺の脳内に電流が走ったのだ。目の前の幽霊と思い出の人が結びついた。そんなバカな話があるかと、自分でツッコミを入れたかった。だが、目の前の幽霊は明らかにあの子だ。
「あ、あれ、君はもしかして、美代子。美代子ちゃんじゃないか? ほら、僕たちが幼稚園の頃に近所の公園でよく遊んでいた桜田だよ。覚えている?」
頭の中で整理する前に、勝手に言葉が出てきた。突然のカミングアウトに、呆然とする松野と黒井だった。
「美代子ちゃんは俺が幼稚園の頃、近所の公園でよく遊んでたんだ。だけど、ある日美代子ちゃんは交通事故で亡くなったんだ。それから俺は、美代子ちゃんと毎日会うことができなくなって寂しかったんだ。今まで忘れていてごめんね。だけど、こうして俺の前に現れてくれて嬉しいよ」
「いいえ、あなたとは初対面ですが・・・」
目の前の美代子ちゃんは冷静に人違いであることを俺に伝えた。そんなはずはない。美代子ちゃんと過ごしたあの日々は、間違いなく俺の宝物だ。
「な、なんだってー? 俺だよ。桜田だよ! 覚えてないか?」
「いいえ、覚えていません。あなたみたいな変人は決して忘れることはありません」
幽霊に冷静にツッコまれてしまった。となれば本当に人違い、いや、幽霊違いか? しかし、あの面影は間違いなく美代子ちゃんだ。間違いない。
美代子ちゃんとの出会いはふとした瞬間だった。帰り道の交差点で声をかけた「一緒に帰ろう」と。美代子ちゃんは照れ臭そうに鞄で顔を殴りながら、「本当に本当に嫌!」と言ってどっかに走ってしまった。おかげで僕の顔は、肩にかけていた園児バックのキャラクターであるアンパンマンのようにはれ上がってしまった。
だから、俺に対してひどい仕打ち、あの塩対応は間違いなく美代子ちゃんそのものだ。
「やっぱり、君は美代子ちゃんじゃないか。あれだけ俺のことをけなす振る舞いは美代子ちゃんそのものじゃないか」
「しつこい人ね。消えなさい、悪霊退散!」
「のわああぁぁぁぁぁ!!!!!」
なぜ幽霊に成仏させられなければならないのか。俺はれっきとした人間であるにも関わらず。本当にトイレの花子さんは美代子ちゃんじゃないのか。
あれ、何だが意識が遠のいていく。松野、黒井、俺を助けてくれ・・・
———自称高校生 深夜の小学校に忍び込む———
○○市内の万歳三小学校の校舎に無断で侵入したとして、男が警察に現行犯逮捕されました。建造物侵入容疑で逮捕されたのは、住所不定無職 桜田 昭雄容疑者(42)です。桜田容疑者が万歳三小学校の女子トイレに忍び込み意識を失っていたところを、校内を巡回していた職員が発見。駆けつけた警察官に対し、桜田容疑者が無断で校内に入ったことを認めたため、現行犯逮捕しました。調べに対し桜田容疑者は、「俺は高校生だ。幽霊から児童を救いたくて、俺が卒業した小学校に忍び込んだ。共犯者の松野と黒井はどこに行った? 奴らも同罪だ。なぜ、奴らも逮捕しない?」などと供述しています。現場の状況から、桜田容疑者の単独での犯行として、警察は侵入の動機や経路など捜査を引き続き進めています。
登場人物
桜田 昭雄 42歳 住所不定無職
松野 42歳 桜田の架空の友達
黒井 42歳 桜田の架空の友達
トイレの花子さん 幽霊
END