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帰れずの橋  作者: λμ
5/6

頂と原点

 コヨリはスマホを見た。電波なし。唯一あるのは、

 

 キィィィィィィン……


 と響く金属を擦り合わせたような音ばかり。ただの耳鳴りなのか、全ての音をかき消す何かか。

 コヨリは騒音測定アプリを起動する。所詮はアプリ。マイクもないし正確ではないだろうが――。


(ゼロ)db(デシベル)


 その表示にコヨリは安堵の息をついた。ただの耳鳴りだ。無音だ。怖くない――。

 まだ、出入りの激しい構造物の内側で(ゼロ)db(デシベル)を計測するのがどれだけ異常か、理解していなかった。

 コヨリはリュックのサイドポケットからメモとペンを出す。


『マーキングするね』


 書いて見せると、アキホが頷き、リュックから赤いガムテープを出した。最初はスプレーも考えた。でも橋は公共物だ。万が一、監視カメラがあったりして補導されたら困る。だがテープなら、帰りに剥がしてしまえば痕跡は残らない。

 コヨリは足元に二股の矢印をマークし、アキホのマークを見てから歩き出した。

 いくぶん、ゆっくりと。

 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと――。

 異様に足が疲れた。特に右足。真っすぐ歩いてるだけなのに、と地図と模型の写真を見て納得する。おそらく、曲がり、登っているのだ。

 後ろからロープを引かれコヨリは振り向く。アキホが足元にテープを貼った。


『やってみよう』


 見せられたメモ帳に、コヨリは親指を立てた。汗を拭い、スポーツドリンクで喉を潤し、ハンディファンを回す。

 アキホに引かれて後ろ向きに歩き、矢印を越えるかどうか――。

 急に、視界が変わった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 コヨリは足元にマークをし、現れた右に折れていく道を選択する。繰り返し、やがて耳鳴りを忘れかけた頃。


 ゴォォォォォォ……


 と、橋全体が揺れるような振動があった。音を測定すると五十デシベルを超えていた。ということは。

 コヨリはアキホと顔を見合わせた。

 高架の下か、上にいる。

 二人は進んだ。

 やがて先が白み、そして。


「        !」


 汗を吹き飛ばす強風。白い塗料の剥がれた鉄柵。湿気った空気で霞む街並みが足元に広がっていた。振り向けば高い壁と長い梯子があり、恐々と鉄柵の向こうを見下ろすと、橋に呑み込まれていく車道があった。

 傍に、赤いスプレーでH1とある。メンテナンス用か、もしくは避難用の通路なのであろう、地図にはない出入り口――。


『やったね!』

 

 コヨリは急いでメモを書き振り向いた。アキホも同じことを書いていた。

 どちらともなく手を上げ、打ち合わせていた。

 音はなかった。

 爽やかな風を浴び、コヨリとアキホは腰を下ろした。時刻は昼を過ぎ。一休みしたら下りだ。通路の交差点が描く螺旋あるいは渦巻の、始点を目指す計画だった。

 アキホが、胡座をかくコヨリの太ももをペチンと叩いた。


「      」


 はしたない。そう唇が動いた。

 アキホはリュックを探りビニール袋をコヨリに手渡した。記憶にある香りは、大きな鶏皮の唐揚げだった。

 予想外のサプライズに苦笑し、コヨリは持ってきたサンドイッチの半分をアキホに渡した。まずは唐揚げにかぶりつき、


「    」


 口と心でカロリーと呟き笑いあった。

 まあ、たっぷり歩いたし、また歩くんだし。

 呑気にそんなことを考えていた。夏のちょっとした冒険のつもりで、小学生の頃に戻ったみたいな気分で、帰り道の心配はしていなかった。

 登る作業を下りに変換。渦巻は左巻きで、最下層の始点は、川の真上にくる。

 分かっていても、似た音が延々と鳴る通路を歩くのは苦痛だった。道中のマークを外し、下り、マークを外し、下る――。

 進んで、進んで、進んでいく内に、ふとコヨリは足を止めた。


『最後にマークしたの、いつだっけ?』


 メモを見て、アキホを首を左右に降った。


ゴォォォォォォ……


 と、低い耳鳴りが頭蓋を反響している。目元に痛み。スマホを見ると二時間も歩き通しだ。


――おかしい。

 

 二人とも気付いていた。万歩計の表示からして、最後の分岐は越えたはず。つまり、ここからは、ひたすら下るのだ。

 強まる頭痛に耐えて、歩き、歩き、歩いた。

 そして。


「     」


 金属扉を見て、コヨリは身震いした。

 赤錆の浮いた扉に、


『開放厳禁』


 と書き殴られていた。一、二、三――十三もの錠がある。

 入ってはならない。いや、なんとか封鎖したというべき扉。

 それが、最下層にあったのだ。

 寒気と怖気は、拍子抜けといっていいのだろうか。

 扉を手押してみると――、


ガンッッッ!!


 と内側から強烈な勢いで叩かれた。

 何かが、奥に、いる。

 思うと同時にまた叩かれた。


「     !!」


 コヨリとアキホは顔を見合わせ、上へと駆けた。

 マークに差し掛かると剥がし、上へ、剥がし、上へ――上へ?

 コヨリは足を止めた。

 ビン、と突っ張るロープ。

 振り向いたアキホが涙目でメモを書きなぐった。


『何』


 コヨリは書いた。


『たぶん、もう、全部、剥がした』


 そうでないと、歩いた距離と時間としておかしかった。

 背後から、ガン、ガン、と扉を叩く音が聞こえた気がした。

 どう、帰ればいい?

 帰り道は、もう目に見えなかった。

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