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帰れずの橋  作者: λμ
4/6

立体と仮説検証

 朝、疲れで霞む目を擦りながら登校したコヨリを待っていたのは、


「バカなの?」


 というアキホのツッコミだった。反論はない。コヨリ自身も呆れている。

 工作を始めたら眠れなくなってしまった自分に。

 放課後の空き教室にアキホを連れ込み、コヨリは鞄から糸を結んだ割り箸の束を出した。


「……模型って言った?」


 完全に引かれている。

 そりゃそうだ、とコヨリは頷く。私も私に引いてるんだから。


「や、気付いたんだよね」

「……何に?」

「まあ見てよ」


 コヨリは壁にアキホ兄妹がつくった橋の図面を貼り付けた。そして、上に重ねるようにして、マスキングテープで継ぎ接ぎつくった大きな紙を貼る。橋に接続している車道や線路の図だ。


「……これ何か意味あるの?」

「あった」

「え?」


 アキホが驚いたように目を瞬いた。調べ尽くした気でいたのだろう。コヨリも書いている途中で思った。すでに通った道では、と。

 でも、意地になって完成させたとき、奇妙なことに気付いた。


「この橋、全部の道が繋がってんだよね」


 どうだと顔を向けると、アキホは訝しげに眉を寄せた。


「……全部?」

「そうだよ。全部」


 言って、コヨリは糸を結んだ割り箸の束を振った。深夜のテンションで家のを使い、朝、怒られてから来た。


「入り口の数は西から東に十二」


 言いつつ、コヨリは割り箸をお菓子の空き箱の片端に突き刺し、立てていく。


「北と南の間に川があって、」

 

 菓子箱の真ん中に糸をからめた十二本、さらに端っこに十二本。


「それぞれの入り口に、高さを示すアルファベットがついてる」


 コヨリは糸の結び目を指差した。箱の端――橋の出入り口に相当する割り箸すべてに、同じ高さの傷がつけてある。

 だが、そんなことを口で説明しなくても、


「……何これ」


 アキホの呆然とした声に、コヨリは今度こそ胸を張る。


「規則性ありそうだし――」

()()()()()()()()()


 そう。一つの入り口は必ず対角線上を僅かに外し、別の入り口に繋がる。便宜上、借りた地図を参考に中央を一列十二本で表しているため、実際にはもう少し列が必要となるが――、


 ()()()()()


「これ……」

「うん。たぶん、渦巻かな」


 糸の集合は、橋の最下層、水路の中心に降りていく螺旋を幻視させた。


「たしかめたいから、もってきたんだ」


 コヨリは糸と割り箸をさらに出し、歯を見せた。それを鞄に詰め込んできたがために、今日の彼女は授業中ひたすら寝るしかなかったのだ。

 ――もちろん、睡眠不足の影響も少くないが。

 

   *


 土曜日。数日のあいだ雲一つ浮いていなかったからか、空で輝く太陽以上にアスファルトが熱くなっているような気がした。そこに川から流れ込んでくる水気が絡み合い、汗がとめどなく流れ落ちる。

 コヨリはたまらずハンディファンのスイッチを入れたが、小さな羽はやかましく回るばかりで、生ぬるい空気をかき混ぜただけだった。


「ごめ。遅れた?」


 疲れた顔のアキホが、後ろからコヨリの肩を叩いた。


「おー……や。時間通りかな」

「……マジで行くの?」

「この前はやる気だったじゃん?」

「まあ、ね……新発見だったし」


 数日前にふたりで作った模型――もどき。

 橋の中央を更に細かく三列に分割し、交差する車道や高架を考慮に入れて、予想される位置に糸を結んでみた結果、糸同士の交差する点は予想通り螺旋を描いた。

 しかし、学校などでは一方向への通行が指定され、出口から真っ直ぐ引き返すと別の入口に出る。

 言い換えれば、道中で分かれ道ないし合流点が見過ごされている。

 コヨリとアキホは、それを確かめようというのである。

 また、もし見つけられたら、その先も――。


「じゃ、行こっか」

「……いいけどさ」


 いつぞや、学校帰りに帰れずの橋を渡ったときと同じ道。日に焼けたブロック塀の前に点々と並ぶ水の入ったペットボトル。蝉が煩い森のような庭の家。その裏のかび臭く朽ちかけた木戸の向こう側。

 行き交う車と電車の騒々しさが全ての音を掻き消す。


「      !」

 

 アキホに手を引かれ、コヨリはE7の入り口から橋に侵入はいった。二人の手元には自作の地図のコピーがあり、腰には歩幅の調節をした万歩計がある。

 二人は騒音が不思議と消え始める点を目指して歩き続けた。

 そして。


「      ?」

「       」


 二人は顔を見合わせ会話めいたものを交わした。互いに――少なくともコヨリには音が認識できない。予想では、ちょうど中間点にあり、もう少し先に下へと続く合流点と、上へと繋がる道があるはずだった。

 コヨリはベルトにロープを結んでアキホに渡し、背を向ける。

 ぐん、と引かれる感触を頼りに、ゆっくり、地図を見ながら後ろ向きに歩いた。

 二人がだした仮説は、()()()()()()()()()だった。

 AからBへの道なりが、Bから入るとCにつながる。単純だ。

 しかし、予想は正しかった。

 コヨリは足を止めた。

 ぐん、と引かれる腰紐。足を踏ん張った。


「      」

 

 ちょうど目の前で道なりの正面が変わった。

 ついさっきまで歩いてきた道が突然に視認できなくなり、別の道が伸びていた。

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