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帰れずの橋  作者: λμ
3/6

地図

 コヨリは汗の浮いたコップを置き、喉を鳴らした。アキホに兄弟がいるなんて初めて聞いた。いや、考えてみれば、家族の話をした覚えがない。小学校の話や、他の友達の話も――。


「えっと……ご、ご愁傷さま、だっけ?」


 アキホは上目遣いでコヨリを見た。フォークで、増えたケーキの角を切り取る。銀色の歯が皿に当たり幽かに鳴った。


「何が?」

「……お、お兄ちゃん?」

「……小学校にあがってすぐだったかな。あの橋って不思議でしょ? 自由研究で調べたいって言って。低学年の頃は通るのも禁止されてて調べられなくて」


 レアチーズケーキの一欠けを突き刺し、アキホは口に運んだ。下唇を湿らせ、アイスコーヒーのストローを咥える。黒い水面が高さを下げ、氷の山が崩れた。


「古い万歩計でしょ? 兄貴は三年生から準備を始めてさ。私も子供だったし、面白いことやってるって思ってて。実際に調べだしたのは四年生から。少しずつ、少しずつ、三年かけて調べてね」


 コーヒーが半分ほどになると、ガムシロップ二つとミルク一つを入れて混ぜた。


「笑っちゃうけど、調べるのは夏休みの間だけで。三年かけても終わらなかったから私が引き継いだんだ」


 アキホの声質のせいか、話が頭に入ってこなかい。地図帳をめくるも、古いボールペンの線や、数字の几帳面さや、材質や温度や欄外に書き込まれた印象や――、


 目に映るすべてが、禍々しく思えた。


 コヨリはノートを閉じ、伏し目がちに尋ねた。


「お兄さん、なんで死んじゃったの……?」


 聞かなければならなかった。もしや、まさか、そんなはずが。内心で否定を重ねても正しい答えを得なければ落ち着けない。せめて事故や病気であってくれ。思った次の瞬間には、それらの遠因が橋にあるのではという不安が浮かぶ。

 アキホがストローで氷を突いた。ガムシロップとミルクが混ざり木星の色をしていたコーヒーの底に氷が沈んだ。

 しかし、すぐに白めいた顔を出した。

 

「……コヨリ」

「な、なに……?」


 完全に声が震えてしまっていた。

 アキホが、唇の片端を吊った。


「勝手に殺すなし。兄貴は留学中だよ」


 沈黙。

 コヨリが吠えた。


「は!? はあ!? 何!? 何なん!? ビビった! すごいビビった!」


 涙目だった。

 アキホは肩を揺すり、残り半分のレアチーズケーキをコヨリの前に押し出した。


「ごめんごめん、これお詫び」

「――んんんんぅ、カロリー……」


 コヨリは身悶えしつつも、結局ケーキに手をつけた。

 結構おいしかった。

 鶏皮の唐揚げにチーズケーキにスペシャルドリンク。満腹感で頭は働かないし、場所も時間も相談に向かない。それに、


「それ、貸してあげるよ」

 

 とアキホに言われては続行不可能。コヨリは正しく資料を拝借し、今日は解散となった。別れ際、アキホが橋を通って帰るならと番号を教えてくれたが、遠くに聳える黒い塊に入る気はせず、コヨリは腹ごなしに遠回りして帰った。

 そして、夕飯いらないと言って怒られ、お風呂の順番を飛ばされ、ようやく髪を乾かし終えた頃、ふとケースが気になった。

 スマホは、二十三時と表示していた。


「……寝ようよ。お肌に悪いよ」


 我ながら年寄りくさいと思いつつ、ベッドに横たわり、しばらくして。


「だぁ! 存在感!」


 コヨリは弾かれたように飛び起きケースを取った。A4サイズの、百均でも買えそうなクリアケースが、異様なほど重く感じる。

 ぐぬぬぬぬ、とひとしきり唸り、ヨコリはケースを開いた。乾いた埃の匂いが鼻をつく。ファミレスでは気にならなかった泥に似た臭いも。とりあえず、ノートを手に取るが、


「……まあ、こっちだよね……」


 お風呂に入る前にやるべきだったと後悔しつつ、コヨリは模造紙を出した。四つ折りでA4――つまり、Aゼロが二枚。破れないように注意して開き、余っていたドクロマークのマスキングテープで壁のポスターの上に貼ってみる。


「……うわあ」


 一枚目の模造紙は階層ごとの平面図で、二枚目は北側から見た立面図。設計図はテロ防止で公開されていないとアキホは言っていたが、これがそうじゃんと思った。もちろん、小学生の仕事だから正しい書き方じゃないだろうけど。

 

「ほへー……」


 感心と呆れ半々の息をつき、コヨリはベッドの上であぐらを組む。もうこのままレポートにしちゃえばいいんじゃ。さすがにアキホが許さないか。


「なら、これで模型を作っちゃうとか」


 それじゃ図画工作か。コヨリは苦笑しながら横になり、立て肘に頭を乗せた。見れば見るほど凄い。歩道だけでも巨大な蟻の巣。または迷宮――。


「あ」


 コヨリは呟く。


「そっか。これ、歩道だけなんだ」


 下に川が、中心部に車道、上に高速、間に電車の高架があるはず。不自然な空白にそれらが収まる。

 胸の奥で、ポツ、と興味が湧いた。スマホがある。水路も、道路も、電車の路線も描き加えられるのだ。


「……やっちゃう?」

 

 自問にさしたる意味はない。

 そんな時間かかんないっしょ、と考えていた。

 大誤算だ。

 ()()に気づくなんて。

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