相談
バリバリと、手のひらほどもある鶏皮の唐揚げを齧りつつ、コヨリは遠目に巨大な立体交差路を眺める。
「……ありゃ何なんだい」
「帰れずの橋ですが」
アキホも鶏皮を噛み砕き、ついでに買った黒烏龍茶を一口飲んだ。
「なんも面白くなかったでしょ」
「いやいやいやいやいや、私は興味惹かれたね。冷や汗ドバドバ」
「やっぱ怖い?」
「そりゃ怖いよ! 音は聞こえないしドコ歩いてんだか分かんなくなるし!」
コヨリはガリッと鶏皮を噛み切る。
「あのE7とかって何なん?」
「入り口の番号だってば。聞こえてなかった?」
「無理。うるさすぎ」
アキホはため息交じりにカリカリと食べ進める。
「アルファベットは高さかな。番号は西から東に1から12まで。飛び番もあるんだけど」
「……めちゃ詳しいじゃん。地図とかあるん?」
「青写真は見つからなかった」
「ブループリント?」
「設計図。テロ対策とかじゃない? ネットにはなかったし、工事会社も年代ごとに違う。管轄も道ごとにバラバラ」
唐揚げを齧るアキホの目は、立体交差路を見つめていた。
どこかで蝉が鳴いている。もう出てきたのか。うざったい虫が。まだ沈みきらない日差しが熱を帯びて肌に刺さった。
「調べたことあんの?」
「昔ね。自由研究で」
「それ使えば課題も楽勝じゃない?」
「さすがにまとめ直さないと、ちょっとね」
「……見たいって言ったら怒る?」
必殺、おねだりの視線、とばかりにコヨリは上目遣いにアキホを見る。
ガリッ、と歯を立て、アキホは眉間に細かな皺を刻んだ。食べかけの鶏皮をコヨリに突き出す。
「飽きた。残り食べてくれたらいいよ」
「……カロリー」
呟きつつもコヨリは受け取る。
「取ってきますか。まだどっかに置いてあるでしょ」
「お。やった! ありがとうアキホ! 大好き!」
苦笑し、アキホは黒烏龍を口に運んだ。
コヨリは自分の分の鶏皮を平らげ、渡された分に息をつく。
「あざすーだよ、あざすー。もしかしてアキホの家に行くの初めてじゃない?」
「いや、家には上げないけど」
「え!?」
「そこまで仲良くないし」
バリ、と食べかけの鶏皮を噛みちぎり、残りを口に詰め込んで、コヨリは言った。
「ふゅうひはひひふふほぇ(急に刺してくるよね)」
「そりゃ急さね」
アキホは小さく鼻を鳴らした。
「刺すぞ刺すぞって顔してたら逃げられちゃうし。刺すなら、素知らぬ顔して近づいて、グサ、だよ」
腹を刺す真似をした。
コヨリは口の端を下げ、アキホの手から黒烏龍をもぎ取った。
そして。
アキホの家の近くのファミレスに入店してから十五分の間に、コヨリは三度ものドリンクバーとの往復をすませ、混ぜすぎてよく分からない味のするスペシャルドリンクの炭酸に口の中でゲップを吐いた。
「なーにやっとるのかね」
寝ているスマホを指で叩き起こし、左端の数字が増えてないのを確認して。もっかいドリンクバーに行こうかと思った頃、私服のアキホがA4のファイルケースを手に戻ってきた。
「なんで着替えとんのじゃい」
コヨリはストローに紙袋を装填、吹き矢みたいに飛ばした。空中でくるりと円を描いた皺だらけの袋を捕まえ、アキホが対面の席に座る。
「探すの手間取っちゃってさ」
「着替える時間はあったのに」
「だから、ごめんって」
言って、呼び出しベルを押した。アキホは店員から個包装のお手拭きをもらい、レアチーズケーキとアイスコーヒーを頼んだ。伸びるビニール袋に舌打ちしつつ、お手拭きでケースの外側を軽拭った。綿埃でお手拭きは灰色になった。中には、電池の切れた万歩計と、古ぼけたノート一冊と、丁寧に折りたたまれた模造紙が入っていた。
「……なんだっけ、これ。見たことあるわ」
コヨリの脳裏に、永遠に続くように思われたがしかし一瞬で過ぎ去り二学期初日に絶望した、ありし日が過ぎった。
アキホはくつくつ肩を震わせつつ、店員からケーキとコーヒーを受け取った。
「自由研究?」
「それだ!」
ビーン、とコヨリは手を伸ばした。
アキホはケーキの突端をフォークで任意の角θを計算しにくくすると、小さな口に運び、目を閉じて、満足気に頷いた。
「見ていい?」
「見ないんならなんで持ってこさせたのって話」
「だよねえ」
テロリとノートを開くと、
「……うっわ」
引いてしまった。
ノートの、各ページの欄外に1A-1だの1A-2だのと書かれ、ページ一杯に拡大した橋の絵が描かれていたのだ。几帳面に、定規と製図用のペンを使い、歩数から逆算したであろう長さも書き込まれている。
そんなのが、何ページも、何ページも続いていた。
これはあれだ。
地図帳だ、とコヨリは目眩をこらえるように上目向いた。天井の一点に、人の顔のようにみえる油汚れがあった。
「これ、ひとりでやったん?」
「まさか。私は二代目」
「――にだ!?」
どういう意味だ。
がばちょと姿勢を正すコヨリに、アキホは薄笑いで答えた。
「先代は兄貴。もういないけど」
コヨリは口に含んだスペシャルドリンクの味が分からなくなった。
――元からよくわからない味だったけれど。