388 指名依頼 5
「千キロ先に二十万の大軍か〜。まだ感じませんね」
索敵を働かせながら風を切る。時速150キロ近いスピードで飛行する『15の光』だが、これが全速力というわけではない。
「おそらく接敵するのに六〜七時間かかるだろう。日暮れ近いな」
キルの言葉にグラが答える。眼下には見渡す限りの大平原が続いている。北に行くほど植物の成長が遅いため、パリスやルビーノガルツ近辺の大草原とは草の密度が薄く感じる。もっと北に行くと砂漠地帯もあるらしい。そしてその遥か北には一面の針葉樹林が広がると聞いていた。
「攻撃は明日にして、適当なところで野営しない?」
サキが疲れたんですけどと匂わせる。
「そうだね。現実的に攻撃は夕方から始めるより早朝からの方が良いだろうね」
「そうじゃな! 明るい方が此方には有利じゃろう」
「索敵で敵軍を見つけたら、野営のための水場を探しましょう」
グラ、ロムがサキの意見を入れたので、キルもそれに従って野営地候補をチェックしながら飛行する。大平原に散在する水場は敵の駐留地の候補であり戦場になる可能性が高い場所である。
二時間飛び続け昼食のために一旦着陸、マジックバッグからクッキー手作りの昼食を取り出し腹ごしらえをする。そして再び飛行を再開、四時間後に敵軍を察知して引き返し一時間ほど距離をとった水場で野営の準備に取りかかった。
「二十万の敵ともなると遠くからでもまるで絨毯を敷き詰めたように見えるんだね」
グラが上空から遠方に見えた敵軍の印象を話し始める。
「そうですね。馬も百万頭いたようですし、とんでもない大軍ですよ。広域大魔法といえどもあれだけの敵を殲滅するとなるとどれだけ撃ち続けなくてはならないのか?」
キルもあまりの大軍に驚きを隠せない。
「一気に全滅させようなんて思わないことね! いいじゃない。最初は一万くらい削れれば」
サキは気楽に考えているようで、もうくつろぎ始めている。
「確かにサキの言うとおりじゃ。どうせ一気には片づけられん。気負っても仕方なかろう」
ロムも驚いているキルをリラックスさせようと、諭すように言葉をかける。
「それに今度はサキにクリス、ケーナとマリカもついている。この前のように一人で魔法を撃つわけじゃないんじゃぞ」
自覚していなかったが、気負っているように見えるらしい。キルはもう少し皆んなを頼ろうと思い直す。
考えてみれば、どうやっても一度で敵の全てを殲滅することはできない。後方の部隊は逃げるに任せるしかないのだ。囲い込める大きさではない。相手が向かってきてくれれば、それだけ多く魔法を放てるが、一目散に脱出、四散されたら多くの敵は倒せないだろう。
(何度も攻撃を繰り返し完全撤退に持ち込めば良しとするくらいのつもりで臨もう……)
当然殲滅できればそれに越したことはないだろうが、戦意を消失させられればそれでも目的は達成されるのだと思い直す。キルは明日に備えて十分休むように心がけることにした。
「キル先輩!」
ケーナとクリスがやってきてキルの隣に座る。
「明日どうなるっすかね?」
ケーナがラテ色の瞳を心配そうに曇らせていた。絨毯のように広がった敵軍の量に圧倒されないほうが無理なのかもしれない。二十万対十三の戦いが、明日始まろうとしているのだ。隣に座ったクリスもキルの返答をワインレッドの瞳で待っている。
「ちょっと大変だけど少しずつ端からきれいにしていくだけさ。ミノタロスの大量発生の時を覚えているかい? あの時も一面を埋め尽くしていたじゃないか」
「そうでしたね。あの時も……」
思い出すようにクリスが俯いた後、コクンと頷く。そしてじっとキルを見つめる。
「大丈夫だよ。作業量が多いだけで、難しいわけじゃないから。地道にこなそう」
「そうっすね。敵の攻撃は届いてこなさそうだし、高いところから攻撃してればいいだけっすかね」
ケーナも少し気が楽になったのか笑顔を見せる。
「大きな目標は持たないで気楽に、でも油断せずに敵の攻撃には気をつけて」
「敵にも神級騎兵がいるようですし、空くらい翔てくるかしら?」
クリスの言葉でキルもケーナもハッとする。確かに乗っている馬によってはあり得る話だ。魔物のバトルホースも高レベルの個体はそういうスキルを持つものもいる。もしバトルホースに騎乗していたら十分あり得る仮定である。
だが、その時は空中戦で迎え撃つくらいはできそうだ。此方には剣士や槍使い、盾使いもいるのだ。少し敵を甘くみていたかもしれないという思いがキルを襲う。明日は敵軍にバトルホースがいるか注意してみることにする。
「それは失念していたよ。クリスのお陰で意表を突かれないですみそうだ。ありがとう」
「いえ」
キルの突然の感謝に戸惑うようにクリスが笑顔を見せる。
「明日は、俺、頑張るからね!」
「自分も頑張るっすよ! クリス」
二人がルビーノガルツに影響が及ばないように頑張ると言っているのがとても嬉しいクリスだった。




