375 グラ
「そういうわけで、近くの北方民族三部族は討ち取ってきたからもう援軍を要請されることはないと思います」
キルがチューリンでの経緯を説明した。
グラは何か気掛かりがあるようで、表情を曇らせている。
「何か気になるのか? グラ」
「ロムは、統一した北方民族がこのまま黙っていると思うかい?」
ロムとグラは互いに見つめ合い考え込む。
「グラはまだ奴等がやってくると思うのか?」
「わからないんだ………だが可能性はゼロではないと思う」
「かなり遠くにいるんじゃぞ!」
グラは眉根を寄せて語り始める。
「奴等は一日の移動距離がとても大きい。それは代えの馬を使って一日じゅう常に最高速度を維持できるからだ。我々の通常の馬車移動の三倍速いと思って良い。それに、三部族の仇を取らねばリーダーとしての威厳が保てない」
「なるほど………確かにそういうこともあるかもしれんが…………勝てるかどうかの判断は奴等だってできるはず。そう簡単に攻め寄せてこれるとも思えんが……」
グラの意見にロムが反論した。
「かえって殲滅したことは、良くなかったってことでしょうか?」
キルがすまなそうに俯く。
「状況が状況だから、仕方ないんじゃないか? 考えても仕方ないよ」
「攻めてきたら、ギルドに指名依頼が来るはずじゃから、心配ないぞ。クリス」
ロムが心配そうなクリスに言った。最悪北の国境で何かがあれば、ギルドに指名依頼がきて、ルビーノガルツ侯爵が援軍に赴く前に『15の光』が駆けつけて問題を解決する手筈は整っているのだ。
「そうだよ、クリス。援軍を要請する前に指名依頼をしてくれる約束をチューリン領主にマルス・フランシス様に取り付けてあるから、先に俺達で対処できるんだ。任せてよ」
そうなのだ。現地の三部族を殲滅したのが間違いであっても、ちゃんと今後の対策は施してある。キルは自信を持って大丈夫だと宣言できる。ちゃんとクリスの心配の芽は摘んであるのだ。
クリスは二人の話でやっと安堵の表情を見せた。
「よかったっすね! クリス」
「うん。ありがとう。ケーナ」
「よかったね!」
「うん。うん」
「指名依頼がくるまで、しばらくギルドの依頼をするのであるな!」
「そうーねー。することーないーしー」
「またダンジョンの奥に潜りたいなー」
「そう……だね」
モレノとルキアがキルに懇願するような視線を送った。
確かに最近ダンジョンには潜っていないーーというよりモレノとルキアは対獣人戦依頼あまり手応えのある戦いをしていないのだろう。モレノとルキアは、ダンジョンの深部でドラゴンと戦っていた時の充実感が恋しいのかもしれない。
だが、今の状況は、指名依頼に備える必要もあるし、長い間ダンジョンに潜るのはあまり望ましくはない。
どうしたら良いか迷ったキルは、グラに助けを求めるように視線を向ける。
「そうだね……」
グラが下顎に拳を当てて少し考えてから言った。
「ダンジョンに行くグループと指名依頼に備えるグループに分けることにしたら?」
『15の光』は、13人の神級冒険者がいる。並のダンジョンなら数人のパーティー編成で攻略が可能な実力者揃いだ。仮に二手に別れても戦力的に心配はない。
近くのダンジョンなら、昔やっていたように七日くらいの日程で最深部まで往復できそうな気がする。指名依頼が入ったら遅れてきてもらえば良いだけだ。
待機のメンバーは一日でこなせる依頼をして過ごすも良し、街をぶらつくも良し、好きなことをしていれば良いのだ。
今となっては、働かなくても暮らせるだけの金は、皆んなが持っている。
「それが良いじゃろう」
ロムもグラの意見に賛成する。
「私、ダンジョン!」
「…………」
モレノとルキアが手を挙げる。
「ワシとホドで引率しよう」
ロムがホドには目配せし、ホドが頷く。
「じゃあ、私も行って良いですか?」
「私も……」
エリスとユリアが遠慮がちに手を挙げる。
「私も行きたいのだがな」
ユミカがマリカの顔色を伺う。
「私ーはー、ここでーコロコ、お料理ーをー、したいーなー」
「分かった。私もここに残ろう」
「それで良いかしら? ダンジョン組はロム、ホド、エリス、ユリア、ルキア、モレノね。居残り組は私とグラ、キル君にクリス、ケーナ、ユミカ、マリカね!」
キルがクリスを見つめる。クリスは納得したことを示すために笑顔を見せた。
「居残り組は、適当に依頼でもこなして過ごしてくれ! クッキーちゃん、ダンジョン組の食料を用意してね!」
グラが全員に目配せして指示を伝える。
「はい! 料理はお任せです!」
クッキーもやる気を見せる。
「マジックバッグは必要なだけ中身も確かめて忘れずに持っていってくれよ。ロム、チェック頼む」
「まかせろ」
やはりグラは頼りになる実質的クランリーダーだった。頼りになるなとキルは憧れると共に安心するのだった。