370 クムタイ族
「残りはクムタイ族ですね!」
「次いっとくか? それが終われば一段落つくじゃろう」
ロムの言葉に笑顔で頷く。これが終わればホームに帰れるという思いがキルの心を軽くする。
さっき発見したクムタイ族はだいぶチューリンの方に移動している。
「急ぎましょう。もうひと頑張りです」
キルはまた空に舞い上がる。
クムタイ族はもう少しでチューリンに攻撃を仕掛けられるところに到達していた。
城壁の上では騎士団長のホーエンが特級剣士のリオと共にクムタイ族の様子に神経を尖らせていた。
「敵はおよそ六千か……」
「さっきまでの爆発音と閃光は、ガムタイ族とSランク冒険者の戦い……終わったようですね」
「ああ、勝っていれば良いのだが、三対一万ではな……」
あまり期待は持てないという表情でホーエンが呟く。
上級騎士ホーエンには三人で一万の敵を屠るイメージが湧かないようだ。事実上は一人でその大半を屠っているのだが。
「魔法ってやつは、凄いものですね」
リオがしみじみとした口調で爆発のあった方向を眺める。
「何か飛んできますね? 人か?」
「まさか? 人が飛んでくるだと。ありえんーーて、人だな」
ホーエンが驚きながら事実を認めた。
飛んできたのはキル達三人だ。だんだんとその姿ははっきり人だと分かるようになってくる。
キル達はクムタイ族の上を飛び越えて城塞都市チューリンの上空を旋回すると、ホーエンとリオを認めてホーエンが指揮官だろうとその服装で判断した。
「まだ戦いは始まっていないようですね。今のうちに爆撃してしまいましょう」
「そうじゃな! 乱戦になると面倒じゃ。チャッチャとすませてくれ」
キルは高度を上げると『流星雨』を唱える。
クムタイ族の上空に巨大な魔法陣が展開する。
クムタイ族の兵士たちが頭上を見上げてさわぎはじめる。
真っ赤に燃えた隕石が無数に形成され、高速で落下を始める。
グワーーン! ドカーーン! ゴゴーーン!
閃光と共に地響きと捲れ上がった地面が弾け飛ぶ。
ホーエンとリオを始めチューリンの兵士達が眼前に展開される地獄絵図に息を呑んで硬結する。
キルは広域大魔法を二十分間撃ち続けた。
ロムとホドはボロボロになりながらやっと逃げ出したクムタイ族を待ち構えて高速で移動しながら討ち取っていく。一人たりとも逃さない構えだ。
戦いが終わると静寂が訪れる。城壁で守りについていた兵士達も三人の戦いを見て固まったまま動かなかった。
キルが戦場に天空から降り立ちロムとホドがその両脇を固める。そしてチューリン城塞の方を向く。
「味方で良かった……」
呆然としたホーエンがポツリと呟く。その声に反応して周りの兵士が動きを取り戻していく。
「ス、スゲーー!」
「夢じゃないよな?」
「人間じゃねー」
「あれが広域大魔法……」
口々に支離滅裂な言葉が飛び交った。
その声にキルは苦笑する。
「あれがSランク冒険者か?」
リオが遥かな高みを目の当たりにしたかのように表情を引き締めた。
キル達三人はまた飛行してチューリン城壁城のホーエンとリオの元にやったきた。
「ガムタイ族、クムタイ族の討伐を完了しました。近くの北方民族は全て打ち取りましたので安心して良い出すよ」
キルがホーエンに敵の全滅を伝える。
「ありがとうございます。あなた達のおかげで誰も死なずに済みました。本当に助かった」
ホーエンが両手でキルの手を握る。リオもロムとホドに次々に手を差し出した。
「では俺たちは冒険者ギルドに報告に行くのでこれで失礼します」
キルが頭を下げ、ロムとホドに目配せした。そして再び舞い上がる。
冒険者ギルドに向かってゆっくり飛ぶキル達に兵士や住人から賛美の声があびせられる。キルも少し嬉しくなった。
冒険者ギルドでも、キル達は大歓声で迎えられた。歓迎のために押し寄せる人混みをかき分けてギルマスの部屋に移動する。
ギルマスの部屋ではコンノがにこやかな笑顔で待っていた。
「ご苦労様でした。さすがはSランク冒険者様です。本当に助かりました」
「まさか、ここまで戦うことになるとは思いませんでしたよ」
キルは苦笑しながら答える。北方民族全てをキル達が倒したことになる。それほど強いものがいなかったので、大した抵抗も受けなかったから獣人族と戦った時のような危機感は感じなかった。
はっきりいって楽な戦いであった。まさに蹂躙したといっても差し支えない状況である。
だが全てを丸投げされたようだし、マルス・フランシスの掌で踊らされたようで釈然としない気持ちもわずかだがあった。
これで安心してホームに帰れると思えば、結果的には戦って良かったのだ。
「今回はドラゴン退治と北方民族の討伐、ありがとうございます。報酬と買取代金をご用意致しますので少しお待ちください。また依頼をしたいですので、マルス様に少し色をつけていただきました」
「そうですか? あの人がよく納得しましたね」
「いえ。マルス様から言い出したことです」
キル達は呆気に取られるように違いの顔を見合わせる。
「こちらをお受け取りください」
受付嬢が運んできた袋には何個もの金塊が入っていた。
「それでは明日、俺たちはルビーノガルツに帰ります。マルス様にはよろしく言っておいてください」
踵を返して立ち去ろうとするキルは、扉の前で振り返ると言った。
「あと泥棒には気をつけるようにと忠告しておいてください」




