353 従魔 2
「世界を旅して回る!」
キルは今までザロメニア王国とロマリア王国の近辺しか行ったことがない。その先にどんな国や地域があるのかも知らなかった。
ゼペック爺さんが突然発したキルの言葉にハッとする。
「突然どうしたのじゃ?」
キルは声を発してしまったことに気がついて頭を掻いた。
「いえ。今まで世界と比べたら本当に狭い場所で生きてきたんだなと気がついたもので」
「なにいってるんじゃい? キルさんは結構方々に飛び回っておるほうじゃぞい」
確かに一般の人間と比べれば広い地域を捜索している。生まれた村や街だけで一生を終える人の方が圧倒的に多いのだから。だが世界から見ればそれはとても狭い地域に違いなかった。
世界の果てはどうなっているのだろう。それはどのくらい離れたところにあるのだろう。誰に聞けば分かるのだろう。止めどもなく疑問が湧き上がる。
「それはそうですが、でも世界の果てはどうなってるのか行ってみたくなりませんか?」
「それは無理じゃろう。世界の果てじゃぞ。そんなもん、本当にあるかも分からんのに……」
キルは無理だと断ずるゼペック爺さんの言葉にしゅんとする。
「遠くからやってくる商隊の人間に聞いたら少しは世界のことが分かるかものう。ただ世界の果ては分からんじゃろう」
「そうですか……後で少し聞いてみます」
キルは、後で商隊の護衛任務でもやってみようかと思う。
(なんか、美味そうなものが並んでるな? あれはなんだ?)
プニプニが露天の串焼きに興味を示す。
キルは串焼きを始めてみるプニプニの様子に愛らしいものを感じた。
(食いたいか?)
(食って良いのか?)
(今買ってやるから待ってろ)
(買う?)
プニプニは買うと言う行為を知らないらしい。
(買うっていうのはお金と物を交換することさ。物と物を交換しても良いのだが、それだと話し合いがまとまりずらいし金を使うと便利なんだ)
(奪えば良いんじゃないのか? めんどくせー)
(それじゃあ戦いになるだろう)
(当たり前だ。強いものが奪うのは自然だろう。俺は強い。お前には負けたがな)
(人間の世界はそうじゃないんだ。戦いになるようなことは、してはいけない。人間は極力戦いを避けるようにして生きてるんだ)
プニプニに当惑の気持ちが広がるのが分かる。
(そんなふうには見えんがな。そう言うことにしておくさ)
キルにもプニプニの考えが理解できないわけではない。確かに人間は魔物と見れば殺そうとするし、人間同士でも戦争をするし、盗賊が村を襲って全てを奪う。
それでもプニプニに人間のルールをわきまえてもらわないと連れて歩けない。
(許可なく戦ってはいけないぞ!)
キルは強く念を押す。そして串焼きを買うために露天の屋台を覗き込む。
ゼペック爺さんが突然串焼きに興味を示すキルをおかしな物を見るような顔をした。
「これを10本ください」
「へい! まいど」
「腹減ったのかえ?」
「いえ、こいつが食いたいって」
金を払いながら串焼きを受け取り、プニプニを指差す。
「そうかえ」
「ゼペックさんもどうぞ」
ゼペックに串焼きを差し出しもう一本てにする。
(早く、食わせろ!)
プニプニに串焼きを突っ込みながらもう一本を自分の口に入れる。
(立場はわきまえろよ。お前は俺にテイムされてる身だぞ)
(すみません。すみません。今のは命令したんじゃないです)
(分かった。次やったら消えてもらうよ)
従順でない従魔など危険極まりない。
(人間襲ったりしたら分かるからな。考えただけでもな)
(やりません。やりません。滅相もない)
「どうしたのじゃ? キルさん」
心配そうに見つめるゼペック爺さんにキルは答える。
「俺も従魔を持つのが初めてなもんで、ちょっと慣れなくて……」
テイムした従魔はテイマーが死ねば消滅する。だからプニプニがキルを襲うことはあり得ないが、周りの人間を襲わないとは言い切れない。主人を守ろうとして人間と戦った例は限りなくある。
そういう意味で、テイマーの連れている魔物には近寄るべきではないというのが冒険者の常識になっている。強い魔物を連れているテイマーはパーティーに入りずらいといわれていた。
プニプニはその実力に反して、見た目弱そうなので警戒されづらいが、並の冒険者など一飲みだろう。きっちり言含めておかなければ危ないのだ。
「美味いのう。串焼き」
「どうぞ、もう一本」
(あんまり食べるな! クソジジイ)
(おい、ゼペックさんは俺の師匠だぞ)
(すいません)
「可愛いスライムじゃのう」
「そうですか〜」
(俺にも、もう一本ください)
(いっぱいあるから大丈夫だ)
「従魔というやつは、主人には絶対服従なんじゃろう?」
「それはそうですが、結構油断ならない部分もありそうです。慣れるまでは……」
(大丈夫ですよ。俺、主人に逆らうことないですから)
(人間と魔物の常識の差が危ないんだよ。慣れるまではキツく当たるからそのつもりでな)
(分かりました。気をつけます)
「おとなしそうで、可愛いやつじゃのう」
「ま、まあそうなんですが……」
冷や汗を流すキルであった。




