352 従魔 1
「キルさん、無事に戻ったかえ」
「はい。なんとか勝ちました」
「謙遜せんでも良いぞえ。キルさんが負けるはずがないからのう」
ゼペック爺さんが眉根を寄せて喜ぶ。睨んでいるようにしか見えないが、キルにはそれがわかる。
『ウルフの牙』のタルトがすり寄ってくる。
「ゼペックさん、一緒に仕事ができて嬉しかったまたぜ。またよろしくな」
「また、よろしくの」
「オークを卸してきますので、金は均等に分けますから待っててください」
キルの言葉に冒険者達の顔がパッと明るくなる。
キルが買い取り所でストレージからオークを多量に取り出すと周囲のものから驚きの目で見られた。
精算を済ませてゼペック爺さんと一緒にクランのホームに帰ろうとする。ゼペック爺さんは今日のレイドを楽しめたようで、満足そうな表情をしていた。キルも満足だ。
「キルさんや。その肩のスライムはなんなんじゃ?」
「今回戦った魔物です。命乞いをされたので、テイムしました。」
キルの言葉にゼペック爺さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。
「おおかたは消滅させたので、大分小さくなりましたけどなにか食べれば大きさはすぐ戻るでしょう。初めは俺より大きかったですから、今のサイズのままの方が可愛くて良いと思いますけどね」
「そうじゃのう。あの強そうな気配がここまで弱体化しとるのか? おもしろいのう」
「テイムした魔物の考えはなんだか全て分かるようで、悪さをしようとすれば分かりますし、なんなら体を遠隔操作することも可能なようです。リモコンを握っているようなものですね」
「テイムというのは、そういうものなのじゃのう。初めて知ったわい」
(俺は小さくはなれるから、あの大きさまで戻ってもこのサイズにはなれるぜ。戦力として使うなら戻しておく方が良いぞ)
(分かった。分かった。そのうちな)
スライムがなにか食いたいと思っているのが分かる。勝手に食うなと命じる。
「街でも歩いてみませんか?」
「そうじゃのう。気晴らしに見て回るかのう。そのスライムの名はなんというのじゃ?」
「アメイジングスライムと言うそうです」
「そうではのうて、個体名じゃ。種族名でのうて」
「まだつけていません。何か考えなくては……」
(俺に名をつけてくれるのか? ありがてー)
名前をつけると絆が強まり知覚を共有することも可能になる。使いようによってはとても便利だ。
ゼペックが面白そうにスライムを指でツンツンしながら微笑む。
「プニプニしとるのう。可愛いやつじゃ」
「プニプニ……良いですね。こいつの名はプニプニにしましょう」
(お前は今からプニプニだ)
(俺の名はプニプニだと!)
(そうだ。プニプニだ。気に食わんか?)
(俺の気持ちは分かるだろう。気に入った)
プニプニの気持ちをキルは感じ取っている。それがテイムするということだ。
(よし。プニプニ! よろしくな)
プニプニがプルルンと揺れる。
「プニプニか……なかなか良い名じゃ」
ゼペック爺さんもその名が気に入ったようだ。
ギルドを出て、街を歩く二人。プニプニもキルの肩の上から街を見学している。
(これが人間の街か。初めて見るがこんなに人間はたくさんいるんだな)
プニプニの驚きが伝わってくる。そんなことに驚くのかとおかしくなる。
(ヌーヌーの群れとかもっと多いだろう)
(ヌーヌーってのも見たことはないな)
(プニプニはあの森から出たことはないのか?)
(そんなことはないが、だいたいあの辺りにいたな)
(意外だなあ、もっと方々をあらしまわっていたのかと思っていたよ)
(俺はあの森で生きてきた。強い奴が来たら戦いを挑んで、倒して食ってたんだ。お前に負けるまではな)
(そうか、お前の世界は意外と狭かったんだな)
(そうかもな。これからはお前に広い世界を見せてもらおう)
プニプニの喜びが伝わってくる。キル自身、世界全体のほんのわずかな範囲でしか行ったことはないし知識すらない。世界ってどのくらい広いのだろうと思う。
「ゼペックさん! 世界ってどのくらい広いんですか?」
キルも自分の世界が狭いことに気づいてゼペック爺さんに問う。
「分からんのう。世界にはては、どうなってるとかもよく分からんからのう」
ゼペック爺さんは興味の無い表情で答える。
「世界の果てには大きな海があって越えられぬとか、大きな山で越えられぬとか、高い壁があるとか、誰も見たことがのうて勝手なことを意とるようじゃ」
「とにかく広いってことですね」
キルは分かったように頷いた。その広い世界にたった一匹のエンペラーゴラゴンを見つけるのは、世界を見てまわらければ不可能だ。エンペラーゴラゴンを見つけることの難しさを改めて思い知る。
(エンペラーゴラゴンを見つけたいのか? 俺もお前と旅をしたいぜ! 世界は広いらしいからな)
プニプニの声が頭に響く。
「世界を旅して回る!」
キルは目から鱗の落ちる思いがした。




