346 訪問者2
クリスはホールにある6人掛けのテーブルにクリーブランドをつかせるとクッキーがお茶を運んできた。
「お口に合うかどうか?」
クッキーが丁寧にお辞儀をして厨房に戻っていく。
テーブルにはゼペック、グラ、ロム、キルとクリスが席についた。
ギルバートはクリーブランドの後ろに毅然と直立している。
「お父様、実はここに戻る途中、北方民族の動きに異常があるような話を耳にして心配していたのです」
「そういう話は聞いていないが……何かあれば救援要請がくるだろう」
クリーブランドが右手でティーカップを持ち口に運んだ。
「うん。美味い」
満足そうに香りを楽しむ。
「良かった」
クリスがほっと胸を撫で下ろす。
「だが……」
クリーブランドは遠くを見つめて思案を巡らした後ギルバートに視線を向けた。
「どう思う? ギルバート」
「は! 北方民族と交易をしている商人の話では、数年前から頭角を現す者がおるそうで、統一の動きとも取れると聞き及んでおります。統一が成りますと侮れない勢力の出現となりましょう」
「北の国境を脅かすと?」
「可能性は……」
沈黙の時間が流れる。
クリーブランドが咳払いをして話し出す。
「情報も少ないのだから結論はだせまい。何かあれば援軍を求めてくるはずだ。心配はない」
クリスはまた心配そうに顔色を曇らせる。
「やはりそういうことは商人から情報を仕入れる者なんですね?」
グラが何か考えありげに質問した。
「うむ。北方民族の情報となるとその地を行き来する者からしか得られぬからな。どうしても商人の情報というのは少ない情報の多くを占めるのだ。商業ギルドの長も私が任命しているから部下のようなもの。詳しく情報を集めるように指示しておこう」
クリーブランドはぐいと茶を飲み干し話を変える。
「ところで、ロマリア王国の西から獣人どもが押し寄せているそうだな。私はそちらの方が心配だ」
厨房の方からくすりと笑う気配がする。少女達が聞き耳を立てていたのだろう。
クリーブランドが視線を向け、仕方ないなと笑顔になる。
「ザンブク王国は本当に亡んだのか? ロマリア王国は滅びておらぬよな? そちらから返ってきたのなら何か知っていないか?」
クリスとキルが視線を合わせてくすりと微笑む。グラとロムもどうするかと顔を見合わせている。
「グラさんから報告してください」
キルがそう言うと、クリーブランドは表情を固めて視線をグラに向けたが、クリスとキルの微笑みを見て良い情報に違いないと思っているようだ。
照れくさそうに頭を書いてグラが切り出す。
「えーと。獣人軍は、ロマリア軍と戦い亡びました。我々もその戦いに加わりましたので間違いない情報です」
「なんと!」
クリーブランドが石像のように硬直する。ギルバートもその後ろで顔色を変えている。
「ザンブク王国は本当に亡びてしまいました。ロマリア王国が亡びると今度はベルゲン王国との戦いになります。キル君はベルゲン王国が戦争に巻き込まれるのを嫌って敗戦確実のロマリア王国軍に手を貸したのです」
グラが固まった二人に説明を続けた。
「キルが言い出さなかったら、そのまま帰省していたじゃろうな」
ロムも顎を摩りながら思い出すように言った。
「本当に、あの時は驚きましたね。それまで帰るつもりでいましたもの」
「ごめんね、クリス。早く帰りたかったろうに、俺がわがままを言って」
「いえ! 返って心配が消えて良かったと思ってます。ああしなかったら確実に父は戦争に招集されていましたから」
クリーブランドも頷いている。
「本当に助かった。私も従軍は覚悟していたのだ。どう考えてもロマリア王国だけでは獣人達を撃退できないだろうからね」
「そう言ってもらえると気が楽になります」
「それにしても君達の戦力は一国にも匹敵するんだね。君達が我が領内にいてくれるだけで心強いよ」
グラとロムが顔を見合わせて苦笑する。
はっきり言って神級冒険者は国の最強戦力だ。その人数がその国の戦闘力を表していると言っても過言ではない。そして神級冒険者が13人も一つの国にいたことなどかつてなかったのではないだろうか。
実際ベルゲン王国の将軍だけで見れば神級の実力者は数人だ。『15の光』とベルゲン王国が戦えば『15の光』が勝つだろう。
クリーブランドはその最強クランのホームでこの人達との関係は最重要なものだと改めて実感し、身の縮む思いをするのだった。
「獣人軍が亡びたのなら、心配なのは北方民族だけだ。国境も接していないし当面安心かな」
クリーブランドが冷や汗を拭きながらここでは神妙にした方が良いなと考える。
「何かあったら協力をお願いしたいのだが、良いだろうか?」
「クリスの実家を助けないなんてあり得ませんよ。正義に反しない限りにはね」
グラはクリスを意識しながら答える。協力するのは正義に反しない限りにはという条件付きだ。
クリーブランドが野心のために協力を要請するとは考えていない。ただの一般論だ。それでも正義、不正義は立場によって違ったりするもの。クリーブランドはその答えを重く受け取った。
「お父様……私達は全国を旅してエンペラードラゴンを倒そうと思っています」
唐突に、そして真剣に、クリスの口から想像もできない目標が語られた。クリーブランドは自分の耳を疑う。
「ですから……ここにとどまっている時間より出かけている時間の方が長いかもしれません。ですがお父様の危機には駆けつける所存でございますので安心してください」
クリーブランドは立派になった娘を見て目頭が熱くなるのを感じた。
「そうか、私は良い娘を持った」
今にも涙が出そうになるのを必死で堪える。
「皆さん、食事の用意ができました。食堂にお越しください」
クッキーが入ってきて頭を下げる。開いたドアから美味しそうな匂いが入ってきて食欲をくすぐった。
「クリーブランド様、どうか食べていってくだされや」
ゼペック爺さんが腰を上げた。
「お父様、もう少しご一緒しとうございます。どうかお食事を……」
「そうだな。いただこう」
食堂に移動すると皆んなが席について待っていた。
食事をしながら雑談に花が咲く。楽しい時間が過ぎていく。
クリーブランドは上機嫌で帰っていった。




