10 ソロ冒険者の生活 6
宿屋に戻ると引越しの為に荷物を全て持つ。
と言ってもたいしたものはないのでいつもとたいしてかわらない。
冒険者は移動をよくするので荷物を極力簡素にしているものだ。
キルは宿屋の主人に別れを告げてゼペックさんの工房に移動した。
ゼペックさんは工房の外で椅子に腰掛けてボーっとしていた。
何を眺めているのだろうか?
「ゼペックさん引越しと支払にきましたよ」
キルが近くに来て声をかけるとゼペック爺さんは驚いたようにキルを見返した。
全然気が付いていなかったらしい。
「中でな」ゼペックはそう言うと工房の中に入っていく。キルも続く。
「ゼペックさん、クリーンの魔法で6000カーネル稼げましたよ。
前借りした10000カーネルと合わせて13000カーネルです。はい」
キルがゼペックに金を渡した。
「だいぶ儲かったのう。1日で3000カーネルの利子がついたと
言うことじゃな。ムフフフフ」悪徳商人ゼペックの微笑みだ。
「明日もクリーンで稼いだら半分ですか?」
キルが聞くと、ゼペックは「今日借金を完済したのじゃからあとはキルの取り分じゃぞ」と言った。
「エ!ア!そうか、そうですね。後、今日はこれから晩飯の買い出しなんですけど何か食べたいものがありますか?」
「そうじゃのう、六角亭の肉饅頭が食べたいのう」
「わかりました。今日はパンの代わりに肉饅頭で、あとは何かお惣菜を買ってきますね」そう言うとキルは買い出しに出かけた。
クリーンで臨時収入があったので今日は贅沢しても問題無い。
六角亭で肉饅頭を4つ買い後は惣菜屋で惣菜を多目に買う。
肉饅頭は1つ400カーネルだ。肉と野菜で作られた餡がめっちゃ美味いしボリュームも有る人気の逸品だ。
肉饅頭が400カーネル、クリーンが500カーネル、うん、適正価格だったなと思うキルだった。
食材を抱えて工房に帰る。
工房ではゼペック爺さんが机の上の何やら道具を出して作業中だった。
「ただいまゼペックさん。何を始めたんですか?」
「魔石の粉末を作っているところじゃ」ぶっきらぼうに答えるゼペック。
見れば皿の底が平らなヤスリのようになっている道具に何かの魔石を擦り付けているようだ。
皿の中のは削られて粉になった魔石の粒と手には削り掛けの魔石が有る。
どうやらゼペック爺さんはスクロール作りを始めていたようである。
「ゼペックさん、それ、スクロールを作ってるんですか?」キルがたずねる。
「魔石の粉末を作ってると言ったじゃろう。」怒ったようにゼペックが返事をした。
ゼペックはゴリゴリと魔石をヤスリにかけて粉末状に加工し続ける。
その様子をキルは黙って観察し続けた。
ゼペックは削り粉を極め細かいフルイにかけて大きすぎる粉を取り除く。
そして出来上がった粉を小瓶に入れた。
「晩飯にしようかのう。こうてきたんじゃろう?」
「あ、はい。六角亭の肉饅頭、買ってきましたよ。はやく食べまし
ょう」キルが肉饅頭と惣菜を取り出して奥の狭いダイニングキッチンの部屋に入って行った。
そこには小さな竈門と水瓶と椅子と食台があった。
肉饅頭と惣菜はこの食台に置かれ2人は椅子にすわって肉饅頭にかぶりついた。
「これ美味いっすネ」
「そりゃあ、六角亭の肉饅頭じゃもの。美味いに決まっておろうが」
「師匠が食いたいって言うだけのことはありますね」
「アン?まあなあ」師匠と呼ばれたことが少し嬉しいのかもしれない、ゼペック爺さんは照れているようだ。
「師匠、惣菜も食べて下さいよ」
手掴みで惣菜も食べるゼペック爺さん。
「うん、コレもまあまあじゃのう」
「そうですか?」キルも嬉しくなって微笑んだ。
なんとなく新しい家族ができたような気がした。
「キルさんや、魔石の粉末を作っといてくれんかのう。
やり方は見ていてわかったじゃろう。
わしの作った粉とは混ぜるなよ。
お主の作った粉が使えるものかどうかチェックしたるけえのう」とゼペック。
「ハイ!わかりました。喜んで」
本当にキルの顔には喜びの色が浮かんでいた。
「コレは何の魔石ですか?」
「ゴブリンじゃよ。
何の魔石でも良いんじゃが、強い魔力を必要とするスクロールは高ランクの魔石の粉が必要になるのう。
ファイヤーボールとかならゴブリンの魔石で充分じゃ。
クリーンのスキルスクロールとかだともっと強い魔物の魔石でないとできないけれどものう」
ゼペック爺さんの顔がニヒルでカッコ良いと感じてしまうキルだった。
キルはその後もゴブリンの魔石をヤスリにかけ続けるのだった。




