第二十三話~ゴールデンタイムラバー②~
第一章最終回その②
初の長編連載でここまで書ききることができたのも読んでくれる皆様のお陰です。
これからも何卒よろしくお願いいたします。
次回より新章開幕。
上総煬がメインとなる予定です。
『皆様、本日は羽田発、新千歳空港行き、ANAL航空810便にご搭乗くださり誠に───』
「ママ~、見て見て!
人が空飛んでるー!」
「なに馬鹿なこと言ってるの……もうちょっとで北海道なんだから散らかした玩具片付け……って、えええええええっ!!?!?」
上空1万メートルを悠々と飛ぶ旅客機。
その主翼に張り巡らせた蜘蛛の糸をパチンコの要領で弾ませ、俺たちは弾き飛ばされるように一気に降下する。
飛行機の窓から見える乗客たちは驚きのあまり開いた口が塞がらない様子だった。
「けいぐぅぅぅん!!!
さむいでずぅぅぅぅっ!!!」
「ダシィも凍っちゃぅぅぅ!」
「ナガメ、ダシィ!
見てみろよ!この広い世界を!!」
上空1万メートルからの景色。
エベレストよりも遥かに高いその場所では、俺たちの暮らす下北半島の全体はおろか、その先の北海道や関東の目映い都市の輝きまで見えていた。
「……すごい、綺麗」
「ナガメ、ダシィ、俺はお前たちにもっと見せてやりたい。
この“広い世界”を、たくさんの美味しいものや楽しい場所を。
一緒に行こう、俺たちはどこへでも行けるんだ」
「繋くん……!」
ナガメが力強く俺の手を握った。
俺も、返すようにナガメの手を強く握り締める。
「……でもなナガメ、お前を本当に縛りつけているものは俺なのかもしれない。
一千年前のあの時、俺はお前に生きて欲しくて……生命の摂理から外れた選択をしたんだ。
結果的に、俺はお前を苦しめてしまった。全部、俺のエゴのせいで。
そして今も……俺はお前の人生を縛ろうとしてる───」
ナガメの薬指に光る物を撫で、切れ長の目をじっと見つめる。
瞳の奥に写る俺は……なんて情けない顔をしているのだろう。
「だから、だからなナガメ。
お前が自由の身になれて、お前が望むなら、もう、俺から解放されても───」
「───馬鹿ッ!!
何度言わせれば気が済むんですか!
私はあなたのことが大好きなんですッ!!
私の夢は繋くんのお嫁さんになることッ!!
他の誰でもない!あなたが……繋くんじゃなきゃ嫌なんですッ!!
平和になったこの世界で、ようやく私たちは安息の地を得られた!これ以上の幸せなんてありません!!
繋くんと……ダシィちゃんのいない世界なんて、私はいらないっ!!!
……それに、約束してくれたでしょう?
一緒に……“映画”を見に行こうって───」
頭からまっ逆さまに落ちていく俺たち。
ああ、お前との恋はいつもこんな感じだった。
女神のようなナガメの笑み。
いつだって俺はその魅力に取り憑かれ、誘われるままに堕ちていった。
叶うはずもなかった……膨れ上がった果てなき夢が、ようやく成就する。
月を背景に、シルエットとなった俺とナガメは熱く、深い口づけを交わし、強く抱き締め合った。
「ダシィ、そろそろだ!
神社の御神体目掛けて突っ込めェェェッ!!!」
「わかった!
いっくぞ~!!
パパとママのイチャイチャアターーーーックッ!!!」
巨大化したダシィが俺たちを抱えながら、某巨大ヒーローのようなポーズで勢いよく神社跡へと突っ込んだ。
……ひとつ言わせてくれダシィ。
変な技名を作らないでくれぇぇぇ!!!
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隕石のように落ちてきた巨神が神社のあった場所へと突っ込むと、辺りは地震と地割れが襲った。
「奴らめ、一体何を───!?」
突如として襲ってきた衝撃波が、驚愕していたスサノオの表情を更に歪ませた。
防御のために咄嗟に翳した十拳剣が、衝撃を受けたと共に瞬く間にひび割れたのだ。
「と、十拳剣がッ!?
馬鹿な!日本最強格の宝剣がひび割れるなど!?」
「───素戔嗚尊が八俣遠呂智の尾を断ち切ると、十拳剣は瞬く間に刃毀れを起こした。
尾の中から出でるは……偉大なる天叢雲剣……!!
伝説の通りだな、スサノオ!」
クレーターの底から現れたのは、巨大化したダシィの手に乗った俺とナガメ。
俺たちの手に握られているのは……十拳剣をも上回る最強の神器、“天叢雲剣”!!
剣に呼応するかのように、夜空は瞬く間に暗雲が立ち込め月を隠し、次に暴風と猛雨が襲ってくる。
「何故だ!
何故それがこんなところに!?」
「これこそがナガメをこの地に縛りつけていたもの!
田村麻呂から離れたこの剣は眠りについたナガメに深く結び付いてしまっていたのだ」
「出雲族を守護する神器……!
なるほど、八俣遠呂智をこの地に根付かせ、地縛神として存在が潰えぬようにしたのか!」
それは天叢雲剣の意思なのか、他の人為的工作か、それとも単なる偶然なのか。
今となっては最早推測することしかできない。
一千年前、まだ気力の残っていた俺とは違い、瀕死となったナガメは妖として不安定な存在となっていたのだろう。
十拳剣によってつけられた傷は確実にナガメの魂そのものを蝕んでいたのだ。
一歩間違えば眠っている間にこの世から消えて無くなっていただろう。
しかし、天叢雲剣がそれを阻んだ。
ナガメ……八俣遠呂智の魂に深く突き刺さった剣は彼女に神格を授け、地縛神として魂をこの地に縛りつけた。
結果的にそれは功を奏し、ナガメの傷を全快する猶予を与えた。
が、デメリットとして彼女は桜幡の地から一歩も外へ出られない体となってしまったのだ。
そして、その剣があるとすれば……俺たちが深い眠りについた場所に違いないと踏んだのだ。
「これでナガメは自由だ。
初めてお前に感謝する、須佐彦!
お前が来てくれなければ、俺はこの真実に辿り着くことはできなかった!」
光の速さで俺とナガメは須佐彦へと詰め寄り、天叢雲剣で斬りつける。
須佐彦は慌ててそれを十拳剣で防ぐが、またしても刃には大きなひびが入った。
「あり得ない!!
そんな神器が貴様らの元にあるなど!!
単なる偶然だ!!!」
「違うッ、これが俺たち家族に結ばれた“運命の糸”!!
強大な力に阻まれようと、決して切れない金剛の糸だッ!!!」
「私はもう絶望しません!
繋くんと一緒に……広い世界を見たいからッ!!!
ですので須佐彦さん……あなたを倒しますッッ!!!」
「笑わせるなァァァッ!!!
貴様らに自由など与えてなるものかぁぁぁッ!!」
稲妻と共に再び数多の分身たちが姿を現す。
体力も限界に近い俺たちが、この数を捌ききることは果たして可能なのか───。
「否、俺ならできる。
俺は……ナガメのためなら何にでもなれる!!」
天叢雲剣からの妖力をふんだんに使い、高速で蜘蛛の糸を束ねていく。
そして出来上がったのは───。
「なんだと……!
貴様も分身を!?」
───蜘蛛の糸で作られた、俺の姿を模した質量を持った残像たち。
俺はそれを意のままに操り、スサノオの分身たちへと突撃させる。
「小癪な真似を……!
行け、我が分身たちよ!」
スサノオの分身たちは次々と俺の残像を切り裂いていく。
が、一人ずつ、確実に俺の残像たちは分身へと群がり消滅させていった。
「ええい、焦れったい!
お前たち、奴の分身を徹底的に抑え込め!
俺様は八束彦たちを直接叩く!!」
痺れを切らした須佐彦が此方へと突進してくる。
俺たちはそれに立ち向かい、お互いの剣が激しくぶつかり火花が散った。
「こんな時まで仲睦まじくしやがって……!
殺し合いの場だぞここは!」
「僻むなよ須佐彦。
だから貴様はモテんのだ」
「黙れ黙れッ!!
貴様らのような奴を見ていると虫酸が走るのだッ!
戦場で我ら兵士が地獄を味わっている時に、呑気に乳繰り合っているような貴様らがいると考えると臓腑が煮え繰り返るッッ!!」
「……お前はそんなんだから幸せを取りこぼしたんだ。
今、楽にしてやる───」
俺たちは勢いよく踏み込み、須佐彦を弾き飛ばす。
その衝撃で十拳剣は完全に折れてしまった。
「おのれぇぇぇ!!!」
それでも再び此方へと突っ込んでくる須佐彦の前に、俺の残像たちが立ちはだかる。
「クソッ……!
分身たちめ、皆やられたか!」
折れた剣で勇猛果敢に残像たちを斬りつけ打ち倒していく須佐彦。
やはり英雄神か、剣が折れようともまるで勢いは弱まらない。
「先輩、起きてください!
ひとつ頼みがあります!!」
「むにゃむにゃ……ああ?
って、何がどうなってんだこりゃ!?」
「説明してる余裕はありません!
先輩次第で俺たちの勝敗は決まります!!」
「失敗したら殺しますよ女狐!!」
「ああもう!寝起きなのに困惑と怒りで頭がおかしくなりそうだ!!」
俺は手早く先輩に依頼を伝え終えると、覚悟を決めナガメの耳元で囁いた。
「ナガメ……もし死ぬことになっても、俺たちはずっと一緒だ」
「……ふざけないでください。
私に……広い世界を見せてくれるんでしょう……?」
切り返すように、ナガメが俺の耳元で囁く。
その目には、一切の迷いなどなかった。
「……すまん、忘れてくれ。そうだ、そうだな。
俺はお前を……拐う。
この広い世界へとッ!!」
互いの手を握り締め、天叢雲剣を須佐彦へと向ける。
そのまま勢いよく地面を蹴り上げ、脇目もふらず突撃した。
そして───。
「うおりゃあああッ!!リア充爆発しろぉぉぉッ!!
玉藻之狐火ッッ!!!」
───俺たちの背後から先輩の火炎放射が見舞われた。
鉄すら溶かすほどの業火が俺たちを包み込む。
「馬鹿が!!
こんな時に仲間割れかぁ!?」
嘲笑する須佐彦が十拳剣で火だるまになった俺たちへと斬りかかる───。
「……なんてな。
本体はこっちだろう!!」
───此方へと向かってくる大きな火の塊ではなく、それを囲うようにして現れた両横の残像へと剣は振り下ろされた。
斬り倒された二つの残像からはおびただしい量の赤い液体が噴き出している。
目を凝らして見てみると、八塚繋のものと思われていた残像のひとつが櫛田ナガメの顔へと変わっていた。
「……フハハハッ!!
貴様らは火炎に包まれたと見せ掛けて二手に別れ、残像に成り代わっていたのだよ!
残念であったな、俺の勝ちだッ!!」
「───少しは思慮深くなったか。
だがそれがお前の敗因だ」
「ッ!!!?」
燃え盛っていた火だるまの炎が一閃と共に立ち消えたかと思うと、気づけば須佐彦の心臓には剣が突き立てられていた。
「ば……か……な……ッ!?」
「天叢雲剣のもうひとつの名を知っているだろう。
それは……草薙剣」
スサノオに次ぐ日本神話最強格の大英雄、日本武尊が敵の火計により絶対絶命となった際、窮地を救った神器。
気象を自在に操る天叢雲剣のもうひとつの側面。
草木を一瞬で刈り取るように、地獄の業火をも瞬く間に消し去るという破格の魔剣。
故に、俺たちを焼き尽くすはずだった先輩の炎も、この剣の一閃で完全に無力化することが可能だったのだ。
「俺たちは敢えて炎に飲まれた……お前を錯覚させるためにな。
そしてお前が油断した瞬間を見極め、草薙剣で俺たちに纏わりつく炎を打ち消した」
「体力の限界が近い私たちが、まさか本当に身を焼くような真似はしないと踏んだのでしょうが……繋くんの方が一枚上手でしたね」
十拳剣で斬られた俺たちのダミーには、山に生えていた山葡萄をふんだんに詰め込んでいた。
斬られたことで噴き出した真っ赤な果汁を、出血であると錯覚させても無理はないだろう。
「……認めん……こんな……最期など……ッ」
力尽き倒れ込む須佐彦を……俺は受け止めた。
既に剣を握る力すらなく、無機質な音を立て、剣は石畳の上へと落ちる。
「もう終わりだ。終わりにしよう須佐彦……須佐兄」
「……フッ……その名で呼ばれるのは……いつ振りか……」
喀血と共に、須佐彦は足元から光となって消えていく。
神器によって斬られたのだ。神とはいえただでは済まない。
「……トドメを刺せ、八束彦……お前の仇をようやく殺せるぞ……」
「……ずっとお前を殺したかった。
お前が殺した我が母と姉の仇のために……。
だが、これで俺はお前を二度殺すことができた。
一千年前と、今日だ。
二人の仇はもう討てた。
だから……もういい」
「……よいわけがあるか……ッ!
お前の母と姉を、俺は辱しめ、汚し、そして殺したッ!!
報いは……受けねばならない!!」
「もう十分だ、十分だよ須佐兄。
初めてお前を殺した時、俺がどんな気持ちだったかわかるか?
ただただ虚しかったよ。
母と姉……父の顔も名前も忘れてしまったのに、今でも思い出すのは須佐兄と田村麻呂様のことだけだ」
「……甘ったれめッ」
「なんとでも言え。
俺はな須佐兄、あんたはナガメを……櫛名田比売を、本当は助けてくれたんじゃあないかと思ってる。
滅ぼされた国の妃と姫を匿うなど、いくらお前が帝の落胤であったとしても、簡単に許されたこととは思えない。
あんたは……命懸けでナガメたちを救ってくれたんじゃあないのか。
俺の……母と姉の贖罪のために───」
「……清々しい程の、勝手な思い込みだな……。
そう思いたければ……そうするがよい……」
「……ああ、そうするよ」
光の粒となって消えていく須佐彦を、俺は初めて抱き締めた。
すべて時代が悪かったんだ。
お前を歪ませたあの暗黒の時代が。
お前は……救われるべき被害者だったんだ。
お前は、一度身内と認めた者には深い情があった。
死んだ仲間たちのために、誰よりも裏で涙を流し、弔っていた。
夜になるといつもお前は悪夢に魘され、許しを乞うていた。
死んだ後も、お前はなりたくもなかったであろう神として祀られ、今日まで人間たちの道具にされていた。
もう十分だ。
十分、罰は受けたんだ。
「……お前はもう自由だ。何にも縛られず……平和なこの世で、今度こそまともな人生を謳歌するがよい。
……俺のような存在が必要とされなくなる世を……お前は見届けよ……」
「須佐兄……!」
首だけとなった須佐彦が目を閉じようとした時、俺の背後から小さな影……ダシィが駆け寄ってきた。
「……おじさん、消えちゃうの?」
「……ああ、ようやく地獄へ行けるのだ。悔いはない」
「でも、この人たち、おじさんのこと助けたいって」
「……なにっ?」
ダシィと共に現れたのは……消え去ったはずのスサノオの分身たちだった。
分身たちは須佐彦を囲い、温かな光で俺たちを覆う。
「須佐彦様、我ラノ魂ヲオ使イクダサイ」
「我ラハアナタニ感謝シテイル。
歴史ノ彼方ヘト消エ去ルハズダッタ我々ノ魂ヲ、アナタハ守ッテクダサッタ」
「馬鹿を申すな……!
俺は貴様らを利用していただけだッ!
決して貴様らを守った覚えなどないわ!!
……だから……俺を助けたりなどするな。
お前たちこそ真の英雄なのだ。俺の分まで素戔嗚尊として崇められていればよい!」
「須佐彦様、アナタ様ニハ我ラトハ違イ、喪ワレテイナイ名ガゴザイマス。
アナタ様ノコトヲ“覚エテイテクレル者”モ───」
「アナタ様ニハ償ッテモ償イ切レヌ罪ガアル。
死ンデ許サレルコトデハナイ……。
ダカラコソ、アナタ様ハ真ノ英雄神トシテ、人々ノタメ奉仕セネバナラヌノデス」
「……手厳しいな。
まだ俺に生きろと申すか」
須佐彦の目には大粒の涙が滲む。
ああ、彼らこそ英雄なのだろう。
名も顔も、人生も忘れ去られた古代の英雄たち。その思念の集合体が素戔嗚尊。
荒れ狂う荒神でもあり、慈悲深い善神でもある。
神も人間も、あらゆる顔を持っている。
歴史の……神話の真実など、重要なことではないのかもしれない。
本当に重要なのは、今ある歴史や神話から何を学ぶか……何を後世に伝えていくかなのだろう。
「……八束彦、俺はもう一度生まれ直してみることとしよう。
忘れ去られた彼らの分も……犯してきた罪を今度こそ償うためにも……。
俺は……真の英雄神となってみせようぞ」
そう言って須佐彦たちは天上の世界へと消えた。
大きく光る月が、境内に残された俺たちを明るく照らしている。
「……まったく、いい年したおっさんが今更になって更正かよ……遅すぎるんだよバカタレ」
さらばだ宿敵。
そして戦友……兄弟よ。
望むべくは、次は味方として会えるといいな……。
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「繋ッ!!ナガメちゃんッ!!
ダシィちゃんッッ!!!」
神社を後にした俺たちを出迎えたのはかっちゃの熱い抱擁だった。
警察や対策局の車両に囲まれ、親父も複数の男性たちと共に此方へと歩いてくる。
「ありがとう親父。課長から聞いたけど、本当に助かった」
「いいってことよ!
愛する我が子たちのためならなんだってするさ」
親父の横にいる人たちはよく見ると見覚えのある顔だった。
なんと彼らは親父の同級生で、隣接市であるむつ市の市長と警察署長だ。
「暫く見ない内に大きくなったなぁ、繋くんにナガメちゃん。
それにもう女の子まで生まれてたとは!」
「寛の奴が血相変えて俺たちに助けを求めてきた時は驚いたけど、まさかここまで大変なことになってたとはなぁ」
親父の決死の働きにより、彼らが動いてくれたことで須佐剛彦の陰謀を見事に打ち砕くことができた。
本当に感謝してもしきれない。
「繋坊、派手に暴れたみたいだな!」
むつ市に本拠を置く怪異対策局下北支部の機動鎮圧課を率いて来たのは親父とかっちゃを匿ってくれた命の恩人、百目鬼猛さんその人だ。
彼が広沢のスマートフォンを解析してくれなければ、ナガメの潔白は証明できなかったであろう。
「さて櫛田ナガメさん、事情はわかっていると思うが、君には一度対策局で取り調べを受けてもらう必要がある。
様々な運命のいたずらがあったとはいえ、君が危険怪異であることには変わりはない」
俺たちの後ろから神妙な面持ちの北条課長が声をかける。
ナガメを罪に問うことはできないが、危険怪異として対策局の監視がつくことは避けられないだろう。
「課長、私が全責任を持って櫛田を取り調べます。
この件は私に任せてくれませんか」
北条課長へと深く頭を下げる上総先輩。
俺もそれに続き頭を下げる。
「課長、俺からもお願いします。
身内を庇うわけじゃあありませんが、対策局の一等官として俺が責任持ってナガメのことを面倒見ますから」
「……ふふ、面倒見るもなにも、君たちもう夫婦なんだろう?
うらやましいね!
もちろん、彼女のことは君たちに任せるよ。
後のことは俺が処理するから安心しなさい」
そう言った北条課長は後ろ手を振りながら車へと乗り込んだ。
……本当に、いい上司に恵まれたよ俺は。
「あ、いい忘れてたけど。
荒脛神社を全焼させた件については始末書を頼むよ上総特等?
文化財保護の関係で、キミこのままじゃ警察のお世話になっちゃうから」
「……マジかよ」
去り際の課長の言葉に先輩は頭を抱えるのだった。
まあ、俺も手伝うから心配ないですよ先輩。
「ってか、え、お前ら……結婚したの?」
思い出したかのように素っ頓狂な声をあげる先輩。
あ、そうだ。本当は今日婚姻届出しに行くはずだったんだ。
「そうですね、今日はもう遅いんで明日には婚姻届を出しに……」
「……お、お前ェェェェッ!!
そんな大事なことなんで私に内緒にしてやがったぁぁぁ!!
あのまま櫛田のこと討伐してたらめちゃくちゃ後味悪かったじゃねえか!?」
「喧しい女狐ですね……あなたごときに私が討伐されるわけないでしょう」
「んだとぉ!?」
俺の胸倉を掴んで声を荒げる先輩を余所に、ナガメは涼しい顔でそう呟いた。
「……まあ、あなたには少しだけ感謝しています。
先ほど対策局の偉い方に私のことを弁護してくれたことや、スサノオの分身たちを倒してくれたこと……。
それに、須佐彦との決着の時は、あなたがいてくれなければどうなっていたか」
「……お、おお。
お前から感謝されるってなんか新鮮だな」
ナガメからの意外な言葉に、先輩は少し照れ臭そうに頬を赤くして頭を掻いた。
犬猿の仲だった二人がここまで仲良くなるとは……少し微笑ましいな。
「───ああ、神社のことについてはこれで勘弁してあげます」
「……へ?」
ドッゴォォォォンッッ……!!!
突然、大蛇へと豹変したナガメは公民館に停めてあった先輩の赤いスポーツカーへ……その大きな尾を叩きつける。
スポーツカーは無惨にも鉄塊と化し、ひしゃげたタイヤがコロコロと此方へ転がってきた。
「あ……アァァァァァァァアァァァァッッ!!?
私のランエボがァァァァァァァァッッ!!!!」
先輩の顎が外れんばかりの絶叫が響き渡る。
……やっぱり根に持ってるよなナガメ……大事な神社を燃やされちまったんだから。
「この蛇女ァァァァァァァァッッ!!!
やっぱりお前は私が討伐してやるぅぅぅぅぅッ!!!」
「望ムトコロデスヨ女狐ッ!!!」
周囲の笑いに包まれながら、二人のキャットファイトが始まるのだった。
俺は肩を竦め、それを眺めていることにした。
「ねえパパ、ダシィね……パパとママに昔会ってたことぜんぜん思い出せない」
俺の肩に登ってきたダシィが少し俯きながら、そう呟く。
一千年前、ダシィは記憶を犠牲にして俺たちを助けてくれた。
体と魂はそのままで眠りについた俺たちとは違い、ダシィの記憶が戻ることはないのかもしれない。
……でも、それでいい。
「ダシィ、気にすることなんてない。
これからパパとママと……家族皆で楽しい思い出をたくさん作っていこう」
「……うん!ダシィ、みんなのこと大好き!!」
笑顔で抱き着くダシィを力一杯に撫で回す。
ありがとうダシィ……偉大なるアラハバキ神よ。
あなたのお陰で俺たちは魂で救われた。
一千年前に果たせなかったことを、これからやり直していこう。
俺たちはどこへだって行ける。
俺たち家族なら、どんな困難だって乗り越えられる。
───これは、蜘蛛と蛇と縄文の少女たちが織り成す、少し不思議な怪異奇譚───。
第一章【蜘蛛と蛇と縄文と】……これにて閉幕。
───東北日報より抜粋───
6月○日未明、青森県むつ警察署より京都府警へと護送されていた元怪異対策局京都総本部所属・機甲鎮圧隊隊長の須佐剛彦氏(41)が何者かによって殺害されたことが判明した。
同氏は怪異対策法における怪異取扱法違反、及び殺人教唆の疑いが持たれていた。
事件当日、京都へと護送される途中、警視庁での取り調べを受けるため東京都千代田区霞ヶ関一丁目の道路で信号待ちをしていた際、護送車を何者かが単独で襲撃した模様。
同氏は頭部を外部からの強い力でねじ切られており、病院に運ばれたが死亡が確認された。
同乗していた警察官2名は犯人の襲撃の際に突然気を失っており、状況を把握できていなかったという。
なお、付近の防犯カメラは襲撃の数分前にすべて破壊されていた。
警察は聞き込みなどを通じ手掛かりを探っているが、依然として犯人へと繋がる証拠は見つかっていないとのこと。
警察は強力な怪異またはそれに準ずる者による犯行とみて、怪異対策局と共に捜査を進めている。




