第二十一話~コラテラルダメージ~
第一章セミファイナル。
───思い出した……全てを。
俺は……我は……八束彦。
土蜘蛛……八束脛の子孫などではなく……そのもの。
真祖だ
そして───。
「ナガメ……否、櫛名田比売!!
お前も……思い出したんだろ……!」
須佐剛彦に吹き飛ばされたナガメは大蛇から元の人間の姿へと戻っていた。
炎立つ神社を背に、ナガメは地に着いていた膝を伸ばし立ち上がった。
「繋くん……いえ、八束彦様……。
私は……八俣遠呂智、そのひとつ頭。
……素戔嗚尊……の元となったであろう、須佐彦と呼ばれた武者に一族を殺された……出雲の王族、その生き残りです……!!」
「なにを……何を馬鹿なことを……!!
素戔嗚尊は日本神話最高の英雄だ!!
貴様らの勝手な妄想なぞに付き合っていられるかぁッ!!!」
激昂した剛彦は十拳剣に全体重を込め、剣を抑えていた俺の足を一気に押し返す。
それに合わせ俺は一気にナガメの元へと跳躍し、そして抱き合った。
「遅くなってすまない、ナガメ!
怪我はないか!?」
「……痛かったですよ。
今までずっと、心も……体も……。
……でも、ようやく思い出せました。
あなたの……繋くんと、ダシィちゃんとの約束を!」
───オレは……なんどうまれかわろうと……また、あなたを……つまに───
───わたしも……なんどうまれかわっても……あなたを……おっとに───
───ダシィ、力使ったら……きっとパパとママのこと忘れちゃう。
でもね、パパとママはきっとダシィのこと見つけてくれるって信じてる───
───三人で美味しいごはんを食べよう───
───美味しいお魚や山菜を食べましょう───
───ダシシ!たのしみ!───
「ああ……ああ!
俺はもう最初から夢を叶えていたんだ。
お前とダシィがいてくれればそれで良かった……これ以上の幸せなんていらなかった!
だから……だからな、ナガメ。
今度はお前の夢を叶えてやる───」
「繋くん……!
私はもう何もいらない。夢なんていらない。
あなたとこうしてまた出逢えて、ダシィちゃんとも家族になれて……これ以上の幸せなんて───」
「───否……お前には夢がある。
一緒に……“映画”を観に行こう」
───繋くん、映画ってスゴい!
私、こんなに楽しいと思ったのはじめて!
……繋くん、あのね?来年もまた繋くんと一緒に───
───ナガメ、桜幡ではもう映画はやらないらしいの───
───やだやだっ、行きたい行きたい!ポケビーの映画観に行きたい───
───ナガメ、お父さんたちと一緒に映画を観に行こう。大丈夫、今度は繋くんとも一緒に行こう───
───お弁当にナガメの大好きな甘い卵焼きをいっぱい入れたのよ。映画を観たら、一緒に食べようね───
「……っ!!
どうして……どうしてそんな昔のことを……ッ」
「俺を突き動かしたのはいつだってお前だ。
お前の……“願い”だ……!
俺はお前が望むなら何だってできる。
何にだってなれる!!」
体の内から熱いものが噴き上がる。
それはまるでマグマのように、すべてを焼き尽くさんばかりに俺の中で燃え続け……そして表出した。
「須佐剛彦ッ!!
俺は貴様を……討滅するッ!!!」
俺の背中から突き出すは四本の大蜘蛛の脚。
眼は紅く染まり、瞳は金色の光を放ち、髪が逆立つ。
「妖怪風情が……!
ヒーローにでもなったつもりか!」
「……俺はヒーローじゃあない。
ヒーローってのは自分や愛する者を犠牲にしてでも世界を救う奴のことだ。
───俺は違う。
俺は愛する者のためなら世界を滅ぼすことだって厭わない」
「なっ!!?」
剛彦の足元から突如巨大な蜘蛛の脚が突き出す。
十拳剣でなんとかそれを防ぐが、剛彦の体は勢いよく宙へと舞い上がる。
「な、なんだこの力は……っ!
そもそも何故貴様のような妖怪ごときが神聖なる我が十拳剣を押し返せる!?」
「まだわからんのか。
それは俺が……神話そのものだからだ!!」
「ふざけたことを抜かす───がはっ!?」
間髪を入れず、大蛇となったナガメの牙が背後から剛彦の背に傷をつけた。
本来の人間の姿であれば確実に即死するはずの傷。
しかし、素戔嗚尊の加護により傷は一瞬で塞がり、何事もなかったかのように治癒した。
「大蛇……!
確かに十拳剣で切りつけたはずなのに、何故動ける!?」
「スベテ、ダシィチャンノオカゲデス」
「確かに、昔の俺たちであればその十拳剣で傷をつけられればひとたまりもなかっただろう。
───だが、今は違うッ!!」
俺はギュッと力強く握り締めた拳を、着地しようとする剛彦の鳩尾目掛け叩き込んだ。
「グッ!!?」
いくつかの内臓が確実に破裂する衝撃をまともに喰らうも、剛彦は僅かに血を吐くばかりで致命傷には至っていない様子。
やれやれ、こいつは骨が折れる。
「一千年前、十拳剣の一撃を受けた瀕死の俺とナガメは、ダシィ……アラハバキ神と共に永い年月をかけ黒曜石の結晶の中で眠りについた。
そこで、俺たちはアラハバキの神格を共有したんだ。
ダシィは縄文時代の旧き神。
日本神話で語られるような神器や神格は彼らよりずっと後世に規定された存在。
つまり、その規定にそぐわない俺たちにはその武器の力は及ばないということだ!!」
日本神話が形成されたのは奈良時代~明治にかけてと比較的新しい。
それらの神や神器の能力・効果は陰陽五行など大陸由来の思想に基づき定義され、妖怪や都市伝説もこれに基づき対処されている。
しかし、俺たちは違う。
神格が陰陽五行思想到来以前の存在であるため、日本神話の高名な神や神器であるほどその威力は薄くなってしまう。
例えるならば、カードゲームで周りの者たちが同じルール、同じカードで戦っているのに対し、俺たちだけは将棋や囲碁を指しているようなものだ。
ルールどころかそもそも競技が違う。
旧すぎる神というのはそれだけ脅威なのだ。故に鎮圧するより対話や封印で解決されることの方が多い。
「おかしい……そんなイレギュラーがあってよいはずがない!!」
「わからないか?
これこそが“運命の糸”で結ばれた俺たち家族の力なのだと……!」
俺たち家族が一千年の後、現代で再会することができた理由。
互いに顔も名前も忘れていたはずの俺たちが、こうしてまた巡り合えた理由。
───全ては、あの時から決まっていたことなのだ。
「黙れッ!!
貴様らなぞ、所詮は国津神!穢らわしい土着神に過ぎない!!
この日本という国を護り、必要とされるのは古来より天津神、由緒ある神道の神々と決まっているのだ!!
貴様らのような忌々しい東北の夷狄、蛮族は日本から出ていけッ!!!」
剛彦の振るった十拳剣の一閃がダシィと上総先輩のいるブナの木へと迫る。
が、その斬撃による衝撃波をダシィはものともせず…………ぱくりと食べた!
「あむあむ……まずっ」
「……はぁぁぁぁ!?」
まるでギャグ漫画の如く、眼球が飛び出す勢いで剛彦は目を見開いた。
無理もない。
十拳剣のような日本神話最強クラスの神器ほど、ダシィのような旧すぎる神に対しては相性が悪すぎる。
「チッ、こうなれば……“特科”!!“ヘリ部隊”!!
こいつらを排除しろッ!!
荒脛神社とその周辺を徹底的に潰せッ!!!」
剛彦は耳に着けたインカムでどこかへと連絡を取る。
特科……つまり砲兵のことか!
「貴様……袖山地区に砲弾の雨を降らせる気か!
まだ住民も……貴様の部下の機甲鎮圧隊員も大勢残っているだろう!!」
「はははっ!!
そんなもの、コラテラルダメージに過ぎん!
日本の未来を守るための尊い犠牲だっ!!」
その余りに邪智暴虐な発言に、俺の糸の拘束から解放された機甲鎮圧隊員たちが怒りの声を露にし、銃口を向けた。
「隊長……あなたという人は!」
「ふざけるな、民間人に砲火を浴びせるなど許されないッ」
「その考え!人格が悪魔に支配されている!」
「雑魚どもめ……黙っていろッ!!」
十拳剣から繰り出される斬撃が隊員たちを襲う。
……が、寸でのところでそれをナガメとダシィが割って入り、衝撃波を打ち消した。
「オ怪我ハアリマセンカ皆サン」
「……なんで……俺たちはあんたを殺そうとしたのに」
「……アナタ方ガ職務ニ忠実ナダケノ公僕デアルト理解ッタカラデス。
私モ……対策局員デアル繋クンノ妻ナノデ」
命を賭して自分たちを庇ったナガメたちに隊員たちは涙を浮かべ、持っていた武器を地面へと置いた。
「おじさん、この人たちはおじさんにとってダイジな人たちでしょ……?
どうして殺そうとしたの……!」
普段のダシィからは想像できないほどに、笑顔であるはずのその表情から恐ろしい怒気が滲み出ていた。
ダシィの怒気に同調するかのように、神社のある山全体が震えだすのを肌で感じる。
「ふんっ、私にとって大事なのはそいつらのような雑魚ではない。
例え身内であろうと切り捨て、国体を護持することこそが私の役割!
そのためなら家族だろうが部下だろうが、取るに足らない民間人の命であろうが切り捨てるッ!!
どうせ生産性のない爺や婆しかいないだろこんなド田舎は!そんな奴らが何人死のうが知ったことか!!
選ばれた優秀な人間たちさえいればこの国は安泰なのだよッ!!」
「……とるにたらない命なんてないッ!!
どんな人でもだれかをささえて生きてる!
野菜つくる人、お魚とる人、牛さんや豚さんそだてる人とそれをお肉にしてくれる人!!
お洋服つくってくれる人、電気や水道やガスを引いてくれる人、火事を消してくれる人や悪い人つかまえてくれる人、ちっちゃい子やお年寄りや病気の人たちをお世話してくれる人!!
そして……ダシィのことを愛してくれるパパとママ、じーたんやかーしゃんがいてくれるからダシィは幸せにくらせる!!
そんなたくさんの人たちがいるから、おじさんだって生きていけるんでしょ!!
たくさんの人たちがおしごとしてくれるから、えらい人たちもごはんが食べられて生きていける!
えらい人たちだけの“ムラ”なんて、すぐにほろんじゃうッ!!」
金色の瞳が輝き、神々しい光を纏ったダシィは15メートルの巨人へと姿を変える。
そしてその大きな手で神社の周りを旋回していた対戦車ヘリコプターをすべて鷲掴みにしてしまった。
『メーデー!メーデー!メーデー!!
CP!こちら京都機甲鎮圧隊所属のコブラ、アタッカーワン!!
謎の巨大生物に掴まれメインローター破損っ!!飛行不可!!』
『こちらアタッカーツー及びアタッカースリー、コントロール不能ッ!!
た、助けてくれぇぇぇっ!!!』
ダシィが掴んだ衝撃で主回転ブレードは尽く捩じ曲がるか吹き飛んだことで対戦車ヘリの飛行能力は完全に奪われ、その姿はまるで羽根を捥がれたトンボ。
憐れなヘリはダシィの手により森の中へと安置されたが、幸い乗員は全員無事のようだ。
目の前でとんでもない光景を目の当たりにした剛彦は信じられないものを見たかのように驚愕の声をあげる。
「あ、あり得ない。
これがアラハバキ……あらゆる生命を司る原初の地母神だと……!?
日本の神々よりも旧く強大な存在……?
そ、そんなものが存在してよいはずがない!!
特科、何をしてる!早く神社を消し炭にしろッッ!!」
剛彦はインカムで特科へと砲撃を急かす。
しかし、無駄なことだ。
ダシィがヘリの対応をしてくれたお陰で時間に余裕ができ、俺の“糸”を広範囲に広げることができた。
広範囲に広げられた俺の糸はあらゆる振動、音、風の流れ、微弱な電流をキャッチする超高感度のレーダーとなる。
───聴こえる、聴こえるぞ。
戦車より大きな砲塔の旋回音……大きな砲弾が装填される音……そしてディーゼルエンジン特有の大きなエンジン音。
……これは、自走砲!
そして場所は───。
「上総先輩!その木の上から桜幡高校の校庭を狙撃できますかっ!!」
「……おう!
場所さえわかりゃこっちのもんだ!!」
先輩は桜幡高校のある小高い山へと照準を合わせるように右手の人差し指を突き出し、銃の形にして狙いをつける。
「私の“炎”はちょっとばかし熱いぜ……!!」
「な、何故特科の位置が特定された!?
やめろ!!
上総特等、貴様っ!特科の隊員たちを焼き殺すつもりか!?」
「須佐特等さんよ、私はダシィや八塚たちみてえに甘くねえ。
あんたは八塚たちだけでなく、自分の部下までも殺すつもりだったじゃあねえか。
……それだけじゃあねえ。
お前ら機甲鎮圧隊は罪もない民間人を簡単に殺そうとしてる。
コラテラルダメージだぁ?
ふざけんじゃあねえっ!!!
そんな糞野郎どもは私が直々に討伐してやるよ……!!」
「よせっ!!
こちら須佐!特科、直ちに攻撃を中止し退避せよ!!
逃げろ“八雲”ッ!!」
これまでの冷酷な言動が嘘のように剛彦は取り乱す。
その尋常ではない焦りように、奴の素の顔が露になったのを感じた。
「“玉藻之送火”ッッ!!!」
先輩の指から放射された一閃の炎。
超長距離を飛んだそれは遠く桜幡高校の校庭へと見事に着弾し、弾薬が炸裂する大きな爆発音がこちらまで轟いた。
「やめろぉぉぉぉッッ!!!!」
十拳剣を振るうことすら忘れ、膝を着き哀叫する剛彦。
俺はその表情から……奴にも真に“守るべき者”がいることを悟った。
「……八雲……すまない……私がお前をこんなところまで連れてきたばかりに……っ」
既に剛彦には覇気はなく、目映く輝いていた神のオーラも霧散し、どこにでもいるような中年男性そのままの姿となっていた。
「……安心しろ。
特科の隊員たちは無事だ」
俯いていた剛彦は、俺の言葉に驚愕の表情を浮かべた。
「な、なんだと!?」
「彼らは上総先輩の攻撃を受ける前に、全員俺の蜘蛛の糸で退避させた。
まあ、力任せだったのでほぼ全員負傷は確実。戦線離脱は避けられないな」
「……あの一瞬でよくそこまで」
「俺と先輩はバディなんでね。
これくらい阿吽の呼吸さ」
「……ヤッパリ、アノ女狐ハ死刑ガ妥当ノヨウデスネ」
後ろからなにやら腹に響く恐ろしい声が聞こえてきたが……うん、聞かなかったことにしよう。
「……私の……敗けだよ」
十拳剣は光と共に消え去り、剛彦は両手を上げ降参の意を示す。
他の隊員たちも全員が武器を捨て、敵意がないことを伝えた。
「しかし八塚一等、我々が降ったところでそれは一時的なものに過ぎない。
そこの八俣遠呂智が殺人を犯したことに変わりはない。いずれ我らに次ぐ大軍が押し寄せ───」
「残念だが、その心配はいらない」
剛彦の言葉を遮るように、石段を登ってくる一人の男が現れた。
そのシルエットに、俺は見覚えがある。
「貴様は……北条明特等!?」
「久しぶりだね、剛彦くん。
まさかこんな形で君と再会になるとは」
現れたのは怪異対策局下北支部桜幡庁舎の鎮圧課課長、北条明特等だった。
そんな彼に、いつの間にか木から下りてきていた上総先輩が豪い剣幕で詰め寄る。
「北条課長!
あんたこんな大事な時にどこほっつき歩いてやがった!!
お陰で八塚と殺し合う寸前になるわ櫛田に殺されかけるわ散々だったんだぞ!?」
「そ、そんなに怒んないでよ上総ちゃん。
色々裏を嗅ぎ回っててようやく仕事が片付いたんだってば」
上総先輩をなんとか宥めた北条課長は懐からあるものを取り出した。
……それは、まさか。
「八塚一等、君がキーマンだったわけだ。
先程、寛くんと猛くんが訪ねて来てね。
この広沢耕太郎の携帯電話に記録されていた証拠の数々を渡してくれたんだ」
猛さんと共に隣接市であるむつ市へと避難した親父たちは、あろうことかむつ市警察署と市役所へ駆け込んだのだという。
そして警察の協力の元、スマートフォンから広沢の残した京都から俺に対する殺害指示の証拠を抽出した。
その他にも様々な怪異絡みの犯罪が記録されており、そのすべての証拠を集めた後、市役所を通じて親父は青森県庁へとこのことを報告。
青森県知事からは青森県怪異対策局本部と京都総本部への抗議の電話が入れられた。
そのうえなんと警察まで動き出すこととなり、京都府警による対策局京都総本部への捜査が入ることになったのだという。
大きな声では言えないが、公務員同士というのは仲が険悪である場合が多い。
特に警察と怪異対策局は仕事がかち合うことが多く、警察が担当していた事件でも怪異絡みだとわかればすぐに対策局が引き継ぐなどといったことがザラなため、昔から手柄を横取りされるという意識から警察と対策局は犬猿の仲なのだ。
「剛彦くん、君が広沢をけしかけたことの裏は取れてる。
それに加え、広沢が近くの工事現場からダイナマイトを窃盗したこともな。
神社の敷地はその地を守護する神こそが絶対のルール。昔から言うだろう、触らぬ神に祟りなし、とね。
罪のない無抵抗の人間を大蛇が喰らったというのならばいざ知らず、不法所持の爆発物を利用し殺人未遂という禁忌を犯した広沢に彼女が手を下したとしても、我々には裁くことはできない。
つまり、櫛田ナガメに罪はないということ。
君もそれをわかっていながら、無理矢理この作戦を強行したのだろう。
いずれ真相が暴かれたとしても、櫛田ナガメと八塚くんを殺せればそれで君の大願は成就するのだからな」
「ぐっ……!
だがしかし、広沢がダイナマイトを使用しようとした証拠など───」
「だいじょうぶ!
この山の木霊たちが全部みてた!」
ダシィが声をあげるのに合わせ、境内の木々からわんさかと小さな影が飛び出してきた。
彼らは木々に棲む、所謂妖精や精霊といった存在だ。
「ソウダソウダ!我ラハ見タゾ!」
「火薬ノ面妖ナ臭イガシテオッタ」
「櫛田様ハ不届キ者カラ八塚様ノ家ヲ御守リナサッタノダ!」
木霊たちの思念がホログラムのようにその場に写し出される。
そこにはスマホから何かしらの指示を受けた後、懐からダイナマイトを取り出し火を着け、俺の家がある方へと投擲しようとする男の姿があった。
これは木霊たちの記憶。
間違いなく、ナガメが無実である証拠だ。
「ば、馬鹿な……!
こんな妖怪どもに足元を掬われるなど……!」
「妖怪じゃあ……ねえッッ!!!」
この期に及んでまだ俺たちを虚仮にする剛彦の顔面に目掛け、いきり立つ拳を全力で叩き込んでやった。
「ごはぁっ!!!?」
勢いよく吹き飛んだ剛彦はそのまま後方で待機していた機甲鎮圧隊員たちに受け止められ、完全に失神する。
「ここでは貴様ら大和の息がかかった連中こそが妖怪!!
この地の豊かな自然を守護する、木霊たちのような神々を愚弄することはこの俺が許さんッ!!!」
ナガメ、俺はようやく気づいた。
俺はこの桜幡が好きだ。
面倒くさい田舎の人間関係も、面倒事を起こす妖怪や神々も……ナガメやダシィ、親父やかっちゃ、大切な友人と相棒たちがいるこんなどうしようもない田舎町が……故郷が大好きなんだ───。
……須佐剛彦は失神したまま、駆けつけた警察に手錠をかけられ、パトカーで連行されるのだった。
────────────────────
「……繋くん」
「パパ!」
機甲鎮圧隊の者たちも去り、神社には俺と先輩、北条課長、そしてナガメとダシィだけが残された。
ナガメとダシィは俺の元へと駆け寄り、そして抱き着いた。
「全部終わったんですね。
私たちはもう離ればなれになることはないんですね……!」
「そうだよ!ねぇ?パパ」
そう言って安堵の表情を浮かべる二人。
……しかし、俺は不吉な……そして懐かしい気配を感じ取っていた。
「……否、まだだ。
まだ、終わっていない。
───そうだろ……須佐彦」
突然、雷鳴が響き渡り、龍の如き雷が神社跡へと落ちた。
視界は目映い光に包まれ、目を開けるとそこには───。
「───久しいな、八束彦。
地獄から舞い戻ったぞ」
やはり、貴様とは決着をつけねばならないようだな。
我の因縁の宿敵にして……同じ釜の飯を食らった戦友。
そして……兄弟。
「神になった気分はどうだ、素戔嗚尊よ。
派手好きの貴様のことだ、さぞ嬉しかろう」
「笑わせるな八束脛。
神などろくでもない。あんな無能に力を貸さねばならぬくだらん仕事しかできんのだからな。
……それにしても、まさか貴様が現世で肉体を保っているとは……そこの小さな旧き神のお陰か」
金色の鎧を身に纒い、手には“真の十拳剣”を携えているのは日本神話最高にして最強の英雄神、素戔嗚尊。
剛彦の体で我と戦うだけでは満足できず、こうして現世へと顕現してしまったようだ。
「……八束彦よ、あの時の続きをしようではないか。
今度こそ、櫛名田比売を我が物としてくれようぞ」
「いいだろう。
今度こそ貴様を確実に殺すッ」
神となった我たちの……最初で最期の激突が、今始まったのだった───。
これが……我と須佐彦の……最後の怪異奇譚。
荒脛
・小さな怪異少女、ダシィの真名。
・縄文時代から信仰される謎の神。人類最古の文明ともいえる縄文時代に生まれた原初の地母神にして英雄神。
・何故英雄神の側面を持っているのかは調査不十分のため明かされていない。
・あらゆる生命を司る力を持つ。命を与えもし、時には奪いもする。それは自然界で唯一医療を以て命を救うことができる人類という種が、超自然的に神格化されたことに由来しているのだろう。
・神の御利益には対価が求められる。故に八束彦と櫛名田比売は記憶と大人の体を失い、永い年月を黒曜石の中で眠った。しかし、本来ここまでの効果を発揮するには確実に二人のどちらかの命を犠牲にしなければならなかった。だが、ダシィはその犠牲を肩代わりすることによって二人を守った。二人との楽しい日々の思い出という、己の記憶を犠牲に───。




