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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編版】ヤバイ愛情

作者: 綴

公式企画「秋の歴史2022」にあわせた短編です。

 ここは国で最も歴史が古く、約1,000年前の創立当初からどこの国に属さずに現在まで周辺の国々から自治権を認められた『オーセンティア学院』の図書館。

 「意欲ある者全てに門戸を開くように」という学院創立当初から在る規律に従い、幼い初等部の学生から博士号を持つ大学院の学生まで広く利用できる学院自慢の施設である。


 この図書館の地下には無数の書庫がある。


 3年前に増設された書庫が最も新しいもので地下中央にある古い書庫は創立当初に作られたという記録があり、中にある1,000年以上前に書かれた書物は今では理解する者も少ない古代文字で書かれているため余程の物好きでなければ中央の書庫にはまず来ない。


 放っておくと部屋は空気が淀み、魔法で保護してあるとはいえ皮や紙製の書物にも悪影響が出てしまう…そのための改善策としてできたのが罰掃除。


 学生へのお仕置きの定番である。


 罰掃除については、指示する先生と抗う学生の長い戦いの末、魔導具の製作に長けた教師が空間探索魔法を応用して空気中のほこりの量を観測する鍵を開発したことで、問題のある学生たちを中に放り込んだあとは鍵をかけて掃除完了するまで出て来なくさせるという物理的な手法が長くとられている。


 因みに、ここの扉を破壊して出てくることは世界一の魔法使いでもできない。


 この学院では他国からの侵略を防ぐため、一部魔法の練習をする施設を除き、物理攻撃は効かない、魔法も効かない、ついでに学ぶ意欲がない者と悪意を持つ部外者は自動的に排出されるという強力かつ理想的な結界がはられている。


 つまり、ここの罰掃除の強制力はすさまじく、罰を与えられた者は渋々であっても掃除しなければいけない状態に陥るのだったが、生徒の方にも少しだけ幸運による抜け道があったりする。

 

 それは超真面目な奴が罰掃除の原因たる騒ぎや悪事に紛れ込むことである。


 最も多いのが騒ぎを起こす奴らを止めようと間に入るパターンで、そういう奴は掃除もまじめにやるので特に苦労なく外に出ることができるのだ。

 悪辣ではあるが打開策が無いのが現状で、ある先生はそれを防ぐために「誰が集めたほこりなのか」分かる様に鑑定魔法を組み込もうと励んでいるらしい―――学生も先生も努力を怠らないところが本当に素晴らしい。


 さて、この日も真面目な高等学院生が書庫の罰掃除に放り込まれた。


 彼は此処の仕組みを熟知しており、真面目な自分もまきこまれるかもしれないと一応諦めてもいたので、他の奴らを一切期待しないで掃除に励むことにした。


 要はほこりの総量を減らせばいいので、比較的ほこりが多そうなところ、つまり棚の上を集中的に掃除することにした。

 「浮遊魔法が使えればなぁ」と思いながら梯子に上り、「風魔法ってやっぱいろいろ便利だなぁ」と思いながら棚のほこりを箒であつめて袋に入れていく。


 そして5つ目の棚に移動したとき、一緒に閉じ込められた馬鹿者がふざけていて真面目な彼がのぼっている梯子にぶつかった。

 ぐらりと揺れた体制に真面目な彼が慌てて、石の天井に手をついて体を支えようとしたとき、


「え!?」


 信じられないことに天井の石が音もなく一つ消えて、一冊の本が真面目な彼の手の中に落ちて来る。

 驚き過ぎて声も出ない間に、全ての学院が身につけている学院の徽章に付与された魔法が展開されて真面目な彼は本を抱えたまま無事に床に降り立つことができた。


 この日、彼が発見したこの本は世界中に注目され、世界中の歴史学者が『世紀の発見』と叫んで研究に乗り出すこととなった。



 ***



「へえ、『大帝国キルシュの呪われたシルヴェスター王は奇跡の遺児がいて、“あの手紙”は彼がその子に出したもの』って説が有力視され始めたみたいだけど…本当、シルバー?」


 マリーの質問に、窓枠に座り外を見ていた背の高い黒髪の男性、シルバーが振り返る。


 その端正な美貌とホープダイヤモンドをはめ込んだような神秘的な瞳は魅力的なのだが、マリーは10歳にもならないうちからこの男と10年以上の付き合いであるし、呆れていることを隠さない表情に平然としていた。


『はあ?そんなのいるわけがない。』

「あら、分からないわよ?だって記録にはシルヴェスター王の後宮には50人近い美姫と1000人近い女官がいたって書いてあったもの。どのくらい手を付けたか知らないけれど、それだけいれば遺児の100人くらいは、ねぇ。」


『公爵令嬢が“手を付けた”なんて言葉を覚えて使うとは…教育も良し悪しだな。』

「この学院のおかげです。感謝いたしますよ、シルヴェスター・フォン・キルシュ陛下。」


 『ふん。』という声がマリーの頭の中に響く。


 この男、マリーは10年以上前から「シルバー」と呼んでいるが、シルヴェスター・フォン・キルシュは800年ほど前に滅びた大帝国キルシュの国王で、この学院に憑いている幽霊だった。

 そして30年ほど前に、マリーの父親が学院の書庫の天井から偶然見つけた本の間に挟まっていた『世紀の発見』と言われる手紙を書いた男である。



 ― 永遠に愛してる。 ―


 古ぼけた手紙に入っていた飾り気のない紙に書かれていた一文は、腐るほどある恋の戯曲で耳にタコができるほど使い古された文言だった。

 当初、将来マリーの父親になる男子学生から天井に隠されていた本を渡された担任教師は「よくある古い恋文だろう」と一笑にふそうとしたが、あることに気づく。


 この学院を包む強大な結界により学院の施設を傷つけたり壊したりすることはできないようになっていて、例え剛腕自慢が鉄の玉を窓ガラスに投げつけても防御魔法でヒビ一つ入れることができないようになっている。

 学院内の建物を増築もしくは拡張する場合、30人の理事立ち合いの元で学院長が結界を張っている魔導具(見た目から通称『水晶玉』)にその必要性を訴え、最低限の範囲の結界解除を水晶玉にお願いしなければいけない。 


 そこまでやらなければならない場所に隠すのが「よくある古い恋文」なわけないと担任教師は即時否定、学院内の研究部門に紙の分析を依頼すると驚くことに1000年以上前の素材でできた紙と判明。


 担任教師と共に「1000年以上前にできた紙と思われる」と聞いたアニーの父親は、担任教師と共にある仮説を立てた、「この恋文を書いたのは学院の創始者であるキルシュのシルヴェスター王ではないか。」と。


 その仮説にキルシュの歴史研究家やシルヴェスター王オタクたちは大笑いした。


 何しろキルシュのシルヴェスター王は『呪われた最後の王族直系』と言われ、誰も愛さなかった王として有名なのだ。

 シルヴェスター王には数多の妃がいたが、王と関係を持った妃や侍女は長くても半年以内に王が自ら処刑したと言われている。


 「そんな記録が残る王が恋文など書くわけがない。」と世界中に全否定された仮説だったが、アニーの父親はその仮説が捨てきれず、結果として30年以上シルヴェスター王が書いた手紙を研究している。



「お父様の中の貴方は『一人の女性を一途に愛した孤独な王』になっているんだけどさ。残っている記録と幽霊の貴方から分析すると“ただのヤバイ王様”だと思うのよ、私。」

『20歳のいき遅れ令嬢の将来を心配する優しい俺に“ヤバイ”とは何だ。』


「あ、もうすぐ“いき遅れ”じゃなくなるから。」

『ん?』


「言い忘れていたんだけど、私、結婚することになったから。」

『言い忘れられたお前の旦那が気の毒だが―――どこの誰だ?』


「隣国、プレヴォ公国の公子様。私を見染めて、と言いたいところだけれど国同士の政略よ。それでも彼は穏やかで好感の持てる人だったし、私は幸せになれるわ。」


 公爵令嬢として生まれたマリーは特に政略結婚に対して忌避感もなく、あっけらかんとしているマリーにシルバーは珍しくふわりと笑う。


『お前ならどこに行っても大丈夫だろう。私はここから離れないため逢えなくなるのは残念に思うが、ここからお前の幸せを願っているよ。』

「あはは、ありがとう。それじゃあ餞別に“あの手紙”の真相を教えてよ。あ、安心して。お父様には絶対に言わないから。」


 歴史研究家の中には答えを知るためでなく過去のことを想像して楽しむロマンチストが少なからずいて、父はそのタイプだとマリーは思っている。

 一方で自分は謎を解明しないとスッキリしないタイプだということも理解できている。


『仕方があるまい、お前の父には絶対に言うなよ?あの手紙はオーセンティアの第二王女、カミーユ姫に宛てた手紙だ。』


 オーセンティア、この学院の名前にもなったこの国は元々学院のある地域を治めていた小国だが1000年以上前にキルシュ帝国に滅ぼされている。


『戦争狂だった父が即位するまではキルシュもオーセンティアと特に変わらない規模の国でな、友好と協力の証しとして俺とカミーユ姫の婚約が決まった。』

「でも、その姫の名前って貴方の長~いお妃様リストにないよね。」


『妃になる前に亡くなったからな。俺が12歳のとき父がオーセンティアを滅ぼし、当時妃教育で俺に国に滞在していたカミーユ姫は毒殺された。父はカミーユを何の益も生まない姫と判断し、俺にもっと旨味のある姫をあてがうために手の者に殺害を命じたらしい。』


 シルバーの父親には益のない姫でも、シルバーにとっては大事な婚約者であり、将来について語り合い永遠に共にあることを願った愛しい姫だった。

 たかだか幼子の恋と周囲は軽視したが、シルバーにとってただ幼い頃に出会っただけの永遠の恋の相手だった。


「…お父さんを毒杯で処刑したのはそのときの恨み?」

『まあな…ただ、父には殺される理由があったが、カミーユには無かった。無念だったと思う…彼女には夢があったんだから。』


 カミーユの夢は誰にも強要されずに学問や思想を学べる場所を作ることだった。


 毒で苦しみ暴れた末に絶命した父の躯を見下ろしながら、シルバーはカミーユの夢をかなえることに決め、大陸の頂点に立つことを決めた。


『俺は父にとって国力増強のための道具だった。戦場では一騎当千の働きをして自国に勝利をもたらし、王宮内では政略結婚のていの良い駒だ。実際に国の内外から自薦他薦で多くの妃候補が俺の宮にやってきて、勝手に序列を作って上位の者が我が物顔で支配し始めた。歴史的には俺が妃たちを殺したことになっているが本当に俺が殺したのは10人もいない、それも寝所で俺に刃を向けてきた者だけだ。』


「謀殺に誅殺…殺伐としてるわねぇ。でもそんなに御妃様がいたのに子がいなかったって…シルバーって種がないの?」

『本当に何を学んでいるのやら…まあ、いい。種は自ら、作る機能を壊す薬を呪術師に秘密裏に作らせた。カミーユと作る未来(子ども)ではないから、俺にはいらなかったから。」


 大陸を二分する闘いに勝利したシルバーは後継者候補を数人選出し、自身は事実上引退することにした。

 「大陸統一で陛下はお疲れだから。」と多くの者が心配の声をあげたが、その目には「もう武器は要らない、次は権力が欲しい。」と書いてあった。


 終の棲家として旧オーセンティアの領地を要求したシルバーに、国の者たちは「どうぞ、どうぞ」とリボンをつけかねない勢いで下げ渡した。

 数十年前に滅びたこの国の領内には人もおらず、ただ古くて荒れた畑があるだけだった。


 シルバーはまず隣の領地との境に結界で壁を作り始めた。

 いまの学院に敷かれている結界と似ていて、害意や悪意のあるものをはじき出す結界だった。


 そして日がな一日呑気に過ごし…と思っていたが、今までの勤勉な性格が災いして『暇』に耐え切れず、シルバーは自分の優れた身体能力と魔法を駆使して『普通の生活』から『快適な生活』にすることに目標を変えた。

 本当にシルバーは勤勉で、改良により畑の実りは良くなり、麦の収穫量も増えた。


 ここにきて二年目、旧オーセンティア国の話を聞いた者たちが荒れた地元を捨て移住するようになった。

 勤勉なシルバーは彼らに仕事を作り、一人だった町は徐々に領地となっていった。

 国が荒れても此処だけは安心、そんな売り文句で旧オーセンティア国のシルバーの領地に逃げてくる者はどんどんどんどん増えていった。


 あまりに民が増えるスピードが速かったので、シルバーは急いで領の中心に大きな学院を作ることを決めた。

 後から作ると多くの領民から家や畑を奪うことになるからで、こうして今から1,000年前『オーセンティア学院』が誕生した。



「シルヴァスター王が書いた恋文って聞いたときからヤバそうな気がしたけど…シルバーの愛情って重い。あとシルバーが有能過ぎて怖い…普通そんな簡単に領地も学校もできないから。」

『魔法があるからな。炎の魔法で邪魔なもの全て焼いて、土魔法で地面を均して建物を作って…って感じだ。費用に関しては冒険者ギルド登録して魔物狩りで稼いだ。』


「…シルヴァスター王が晩年ハンターに、それも最上位のS級ハンターになったことも長年の謎だったのに―――アッサリ解決した。」


 まさか学院の備品等を買うためだったのか、とマリーは脱力してしまった。



 ***



 この日、学院の西にある聖堂でプレヴォ公国の公子の結婚式が行われた。


 公国で結婚式を挙げるものだと思っていたマリーは公子の提案に驚いたが、「実は私もあの学院で学んだのですよ。」という公子の言葉に頷いた。

 学院で式を挙げればシルバーにも見てもらえると思ったからで、実際に花嫁の控室にポツンと置かれていた白い、光の加減で銀色に見えるバラ一輪を見たときには笑ってしまった。



『久しぶりだな。』


 シルバーの声に振り返ったのは銀色の髪に紺色の瞳をした長身の男で、彼が身につけた白い礼服の胸元には琥珀色のバラが一輪飾られていた。


「お久しぶりです…私が学院を卒業して以来ですから、5年ぶりでしょうか。」

『…そのくらい、か。』

「私も結婚すると思っていませんでしたが図書館でマリーを一目見たときに“ああ、彼女だ”と感じたので―――まあ、隣国の公爵が愛してやまない娘を娶るためには少々無茶をしました。

『穏やかで好感が持てる、ねえ。マリーもカミーラも男心に疎いな。』


「実際は俺がカミーラ姫のオーセンティア王家の末裔で、マリーがあなたのキルシュ王家の末裔なのに…血の巡りとは愉快なものですね。」



 『お前のヤバイ愛情は俺似だよ。』と言いながらシルバーは姿を消した。

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[良い点] 秋の公式企画から拝読させていただきました。 不思議な関係が心地よく、スムーズに流れが分かる構成。 楽しませていただきありがとうございます。
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