第4話:ゲームスタート
「プレイヤーネーム『sin』を登録しました。それでは続いて『メインスキル』の設定です。メインスキルの候補は現実世界にある概念のほとんどが選択可能となっております。ですが、全体のゲームバランスを考えるうえでインフレーションを引き起こすような能力、『無敵』などのスキルは選択できませんのであらかじめご了承ください。こちらがスキルのリストです。慎重にお選びください」
進の前に画面が表示され、『検索』と表示されている。
「まあ確かに、現実世界の概念を一個一個リストアップしてたらキリないよなぁ・・・・・・該当する単語打ち込んでくしかないか」
これはかなり時間を食うぞ、と進は思いながら検索を始める。
とりあえず『あ』と打ち込んでみると画面いっぱいに『あ』から始まる単語がびっしりと表示された。
「『アーカイブス』『アーチャー』『アート』・・・・・・うおっ、『アイデンティティー』なんてスキルもある。どんな能力だよこれ・・・・・・」
わけのわからない謎スキルを多く見つけるたび、こんな無数にあるスキルの中からたった一つしか選べないのが悔しいと思いながら進は無作為に検索を続ける。
「・・・・・・お?」
ふと、進の目に止まったスキルがあった。
「『高速移動』か。なあアリス、この『高速移動』ってスキルは序盤じゃどんくらいのスピードが出せるんだ?」
「『高速移動』のスキルは序盤では時速約百二十キロ、現実世界の自動車と大差ないものとなっております。強化すればよりスピードが上がります」
「序盤でそいつはなかなかいいな。強化すればジェット機並みのスピードを出せることも・・・・・・うん、悪くない。よし、これに決めた!」
迷いのない進の選択に、今まで無表情だったアリスが初めて人間のように驚いた表情をした。
「そのような決め方で大丈夫でしょうか?まだまだ候補は多くありますが・・・・・・」
「そのときいいって思ったものを選んだほうが今の状況的にいいだろ。そんないちいち選んでられないし、これはβテストだろ?ちゃんとしたスキルは正規発売されたときにゆっくり選ぶさ。とにかく、スキルは『高速移動』にする」
「かしこまりました。メインスキル『高速移動』を設定致しました。これで最初の基本設定は完了となります。それではこれより、戦闘に関するチュートリアルを開始します。準備はよろしいですか?」
「いや、チュートリアルはいらない。メインスキルの発動方法だけ教えてくれ」
進は落ち着き払った様子でアリスにそう言った。
「それだけでよろしいのですか?戦闘方法やパラメータの表示等説明がありますが・・・・・・」
「大丈夫。俺、チュートリアルスキップする派なんだ。格ゲー、FPS、RPGは体感で覚えられるし、細かい説明聞く暇があるなら早くプレイしたいしな」
小さいころから多くのゲームに触れてきた進は、大抵のゲームのシステムを感覚で把握できるようになっていた。
ありとあらゆるゲームをプレイし、傾向を掴む能力が養われ続けていたことも、進がチャンピオンに上り詰めた所以と言えるだろう。
「そう、なのですか。ではご要望通りスキルの発動方法を説明させていただきます。スキルの発動には二つの方法がございます。一つは『強く念じる』ことです。頭の中で使用したいスキルを強くイメージすることによって、その脳波をサーバーがキャッチしスキルが発動いたします。もう一つは『詠唱』です。これは使用したいスキル名を詠唱することによってスキルが発動いたします。詠唱にはいくつか種類があり、内容によって効果が変化するもの、強化されるものがございます。以上がスキルの説明となります。不明な点はございませんか?」
「大丈夫だ。それじゃあ早速ゲームを始めさせてくれ!もう楽しみでうずうずしてるんだ!」
「かしこまりました。それでは『デザイアクロニクル』を開始いたします。これからあなたはこの世界で多くの出会いを経験し、様々な困難と向き合っていくことになるでしょう。幸せを掴むのも不幸を掴むのもあなた次第です。健闘を祈りますいってらっしゃいませ、神代進様」
そう言ってアリスは笑顔を進に向けた。
瞬間、進の世界が歪み始める。
「くっ・・・・・・」
光が進の視界を覆い、進は思わず目を瞑る。
光が弱まり視界が開けたとき、進の目の前の世界は一変していた。
「なんじゃこりゃあ・・・・・・!」
そこはまるで、近未来の世界。
空中の至る所にホログラム映像のモニターが映し出され、「DESIA CHRONICLE」と表示されている。
東京の新宿を彷彿とさせるその街並みは、進が知っているものとは少し異なっておりどこか異質な雰囲気を漂わせている。
街を歩くNPCの服装は現代のものと変わらないもので、建物はADAM本社によく似たものが多く立ち並ぶ。
普通の大きさのビルもあるがとてつもなく大きな建物、いわゆるメガストラクチャーもあり圧倒的存在感を放っている。
その未来感溢れる世界を目の当たりにし、進の興奮は最高潮に達した。
「すっっっげぇぇぇ!!!これが新型VRゲームの世界!最高すぎるだろ!!」
思わず大声を出してしまい、街のNPCが一斉に進を凝視するが、sinは恥じらうことなく街を疾走し始める。
「どこに行ってもホログラム!未来感満載の街並み!たまんねぇ!ゲームでここまでリアリティがある感覚ないぜ!」
街を散策していると、ひとつの広告が目に入った。
「『エネミー対策ギルドBRIGHT隊員募集中!希望者はBRIGHT本社へ連絡されたし』か。やっぱりこういう世界にはギルドがいないとダメだよな。気が向いたら参加してもいいかもなぁ」
進が再び街を散策し始めようとした時、広告を映し出していたモニターの画面が切り替わり、アリスが姿を現した。
「ただいま、世界中から集められた全てのβテストプレイヤーのログインが全て完了致しました。プレイヤーの皆様はこれから大切なご報告させていただきます。よくお聞きください」
しばらくの沈黙の後、アリスが言った。
「皆様はこれから五年間、このインビジブルデザイアーの世界からログアウトすることはできません」
「・・・・・・は?」
周りの何人かのプレイヤーがざわめき始める。
アリスは間髪入れず説明を続ける。
「このゲームは、とある目的のために制作された特別なゲームで皆様はその被験者となって頂きます。その間、このゲーム内では何をしても構いません。違反警告も強制ログアウト等もございません。ですが、このゲームには『コンテニュー機能』が搭載されておりません。つまり現実同様、この世界での死は一生の終わりと言うことです。ゲーム内で死亡が確認された時は、ログインの際に皆様の頭の中に埋め込んだチップが高圧電流を流し直接脳を破壊、現実世界での死亡が確定致します。もしくは五年間の任期を終えた瞬間、まだゲームがクリアされていなかった場合にもチップが作動するようになっておりますので、そのことをお忘れなく、五年間自分の命を大切にしながらゲームクリアを目指して下さい。それでは、ゲームスタートです」
辺りのざわめきがより一層増し、不安が立ち込める。
「おいふざけんなよ!新作ゲームのβテストだって言うからわざわざ東京まで来たのにこんなのありかよ!」
「明日には彼女とデートする予定があるんだ!それなのにいきなり五年間ゲームから出られませんだなんて冗談じゃねぇ!」
皆口々に怒りと困惑の声を上げ、不気味がってその場を立ち去るCPU以外の正規プレイヤー達の顔は絶望へと変わっていった。
・・・・・・たった一人を除いて。
「・・・・・・っはは」
進は困惑どころか、目を輝かせて高揚していた。
その様子に周りのプレイヤーたちはCPU同様に不気味がり、周りの世界が統一される。
「おい、何笑ってるんだよ!気色悪いことしてんじゃねえ!俺たちプレイヤー皆ここに閉じ込められちまったんだぞ!わかってんのか!?」
プレイヤーの一人がしびれを切らして進の胸倉をつかんで怒声を上げる。
だが進はその行動に一切動揺せず平然としていた。
「わかってんのかって、説明聞いたろ?わかってるに決まってるじゃねえか。考えてもみろよ、俺たちゲームの世界に閉じ込められたんだぜ?こんなにワクワクすることってあるかよ!まるで漫画やアニメの主人公じゃないか!最ッ高だろ!?」
進の熱弁を聞き、そのプレイヤーは呆気にとられつい胸倉を掴んでいた手を放してしまう。
進はしわになった部分を直しながらぶつぶつと続ける。
「あのおっさんたち、何が『すまない』だよ。むしろ感謝したいくらいだぜ。こんな最高のステージを用意してくれるなんてよ・・・・・・よし、んじゃ散策続けるかな」
そう言って、進はほかのプレイヤーたちに背を向け歩き始める。
「おい、お前怖くないのかよ・・・・・・この世界でゲームオーバーになったら現実でも死んじまうんだぞ?」
先ほどのプレイヤーが進に問いかける。
進は顔だけを向けて、自信たっぷりに言い放った。
「要するに、どんな形でも『死なずに勝て』ってことだろ?コンテニュー不可能って言ってもそこらのゲームのハードモードと何ら変わりない難易度設定だ。それに俺は死なない。なぜなら俺、こう見えてもチャンピオンなんで」
「チャンピオン・・・・・・?」
進はプレイヤーたちに向き直り、意志の籠った強い目で宣言した。
「あんたらの命、俺が五年以内に救ってやるよ。だからよく覚えておけ。俺がこのゲームの主人公キャラsinだ!誰も俺には、追いつけねぇ!」
進はそう言って再び反対を向き、ざわめきと不安が立ち込める近未来のゲーム世界を歩みだした。
これから進、いやsinの物語が始まります。お見逃しなく。