第2話 今に至る過去のこと
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至尊区。
王城をはじめ、大貴族家の邸宅に国家運営のための施設や設備が集中している区域。物理的に王都の中心でもあり、その行政能力を考えると、紛うことなき国家の中心である。
ただ、ここ最近は、東方辺境地の独立騒ぎに端を発した、王家の影をはじめとした暗部組織の瓦解、託宣に拘る連中の台頭、教会内の次を見越した権力争い、騒ぎに乗じての都貴族家の派閥争いの激化……などなど。
至尊区は憂いのヴェールに覆われている。
そして、いつまでも憂いてばかりもいられない者達もいる。責任者だ。国家の。
つまりはマクブライン王家。
実のところ、フィリップ王とその側近衆や大臣たちは見誤っていた。
この世界においては、女神エリノーラ教会が宗教……信仰を一手に引き受けており、土着の精霊崇拝などもあるにはあるが、特別に組織だって権勢を振るうことはなかった。教会も教義に反する事柄には神経質ではあるが、他の『信仰』そのものを否定することもない。
対立が生じるのは、教義に反する死霊術のような禁術崇拝の場合だ。だが、そんな者達はあくまで少数派であり、歴史的にも、多数派として民衆の支持を得ることは無かった。
女神エリノーラ教会の分裂。
信仰を異として、多数と多数が相争う……そんな状況をマクブライン王国は知らなかったのだ。その苛烈さを。熱狂を。信仰に殉じる覚悟を。
計算できなかった。
教会の上層部には、権力と富に侵された俗物も多い。
所詮は腐敗した都貴族と同じだと高を括っていた王家だっだが、俗物と目していた者が、積み上げてきた富も、名誉も、権力も、果ては己の命まで投げ捨て、信仰に殉じる姿を見せつけることもあった。勿論、安定の俗物を継続……という者も多かったが。
「……認めなければならんな」
憂いを祓う為に、まず最初に至尊の冠を頂く者がすること。過ちを直視して飲み込む。非を認める。
「陛下……どのように収拾をつけましょうか?」
「ふん。信仰を平らげるまでよ。いっそ教会を根絶やしにしてくれるッ! …………と、どこぞの辺境貴族家のように言えたら良いのだがな。そうもいくまい。後に禍根を残すぐらいならと少々急ぎ過ぎた。託宣の残党連中の結束と狂信を舐めておったわ。奴らは腰を据えて対処する必要がある」
「……つまり、独立派との決着を急ぐと?」
王が静かに首肯する。
フィリップ王以下、マクブライン王国の首脳陣は思い知った。信仰による結束と狂気を。連中は何処にでもいる。教会の中だけではない。貴族家の中にも、民衆の中にも、王家に近しい者の中にもだ。貴族家のように血縁や派閥などはない。見分けがつかない。
アルが知れば露骨に嫌な顔をするだろう、泥沼の魔女狩り。
この世界の王国史には未だに刻まれていないとは言え、託宣の残党狩り……安易な密告が横行すれば、その行き着く先がどうなるかは、流石に王国首脳陣には想像がつく。『アイツは託宣の残党だ!』『いやソイツこそだ!』と、罪を擦り付け合う泥仕合。
「恐らく独立派も……ダンスタブル侯爵も連中の危険性には気付いているはずだ。いまは国を割っている場合ではない。正統な教会を認定し、極端な行動に走る託宣の残党連中を封じられるよう、各所との連携や法整備を急がねばならん。……それに、チマチマと圧を掛けてくる奴らもいることだしな……まったく忌々しいッ!」
「ほほ。クラーラ殿ですか……陛下が王太子の頃に近衛侍従まで務めた者が、いまや我らの尻を叩く側とはのぅ……」
「クリフ老……ッ! アイツの名を出すな! くそ! ブライアンを思い出す! あのクソ野郎が……ッ!」
「ほほほ。陛下、口が悪ぅなっとりますぞ」
フィリップ王の苦い思い出。
当時は王太子であり、彼の近衛侍従であった王家の影出身のクラーラ。そして、王太子直属の手勢たる信頼すべき兵たち。
王家の秘儀で縛ったブライアン・ファルコナー。その監視としてフィリップはクラーラと直属の兵たちを付けた。問題は起こらない筈だった。
当時は王太子の身で、超越者を封じる任を与えられたことを誇らしく思ったものだが……それが間違いだったと気付いたのは割とすぐ後だ。
造反。しかも堂々と。
クラーラは『惚れた。ブライアンの妻になる』という男前な伝書一つで王家の影を去った。
ブライアンとしばらく行動を共にしていたフィリップ直属の兵たちなどは、態々戻ってきて『王太子殿下、時代は辺境ですよ!』という頭の足りない言葉を残した。目はキマッていた。
ブライアンと王家との契約は『双方に利益のある取引以外は不可侵』が基本。
その契約を盾にブライアンは『クラーラや兵たちの件は、今以上に俺の忠誠を買うという取引だよな!』と、言ってのけた。
当時の王……先代は『その程度で化け物に首輪がつくなら安いものだ』と一笑に付して流したが、手勢の中でも特に信頼していた者達を、まるっと引き抜かれたフィリップが「ぐぬぬッ!」っとなるのは当然のことだろう。しかも『いずれは情婦にでも……』と、クラーラのことを憎からず思っていたというオマケつき。……当時を想えば、アダムがアリエルへの情に引っ張られる程度は可愛いものだ。
「……へ、陛下。魔族領や大峡谷で争っている連中は如何いたしましょう?」
若かりし頃とはいえ、フィリップが一方的に煮え湯を飲まされた数少ない事例の一つ。
当時を思い出し、沸々と怒りを湛える王に進言するのは勇気がいることだ。ただ、ここに集まった者達は、いまは陛下のご機嫌取りどころではないという理性もあった。
平時ならともかく、有事の際に王個人への忖度は必要ない。腐敗した都貴族を放置するなど、色々とやらかしてはいるが、マクブライン王国首脳陣は優秀ではある。
「くっ! …………捨て置け。それこそ独立派に後始末をさせる。いざとなればルーサム家の“契約者”を使えばいい。確か……ダスティンが担当だった筈だ。契約内容を確認次第、すぐに向かわせて現地で待機させろ」
「……はッ!」
フィリップもまた、己の感情だけで、集まった者達の時を浪費することを是とはしなかった。自分を律することくらいはできる。
「……この際だ。狂信者どもより、まずは王国の掃除だ。託宣の為にと目を瞑ってきた、腐りきった都貴族たちに教会の俗物……当たり障りのない切り捨て予定者のリストを流出させろ。こちらの関与を消した上で証拠も流せ」
「ほほ。何だかんだと言いつつ、結局は尻を叩かれて動くことに変わりありませんな」
「黙れ……ッ! あくまでついでだ! あと、アダムとカインに“秘儀”の段取りをさせてダスティンに同道させろ!聞けば忌々しいブライアンの倅がオルコット領都に居るらしいからなッ! ガチガチに契約で縛っておけッ! 二人がかりで能力に空白を作らないつもりなら出来るだろッ!」
「陛下、私情が混じっておりますぞ? 王家の秘儀を対象者以外に、しかもそのような事に使えるはずもないでしょうに……ま、両殿下にはルーサム家を知るためにも、東方には向かってもらいますがの」
王国首脳陣は動く。動き続ける。彼らの“物語”は終わらない。区切りも無い。止まることが許されない。それは国を、民を背負う為政者の義務。
常に試され続けている。
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……
…………
………………
マクブライン王国には、王都を中心として、東西南北に過酷な辺境地帯が存在する。
北方の大山脈。
年中雪深い、その名の通りの山脈地帯。特殊な魔石が産出されるため、領土に対しての人口比率は他の地域に比べて低いが、この地につぎ込まれている王国の予算は他地域よりも多いとも言われている。魔物は強靭な個体が多く、その戦いは苛烈ではあるが、まずは厳しい環境との戦いが先という地域ともいえる。
西方の大湿地。
魚人族の領域。教会は魚人族を魔物と認定しているが、現地の者は誰もそうは思っていない。魚人族は亜人種という認識。王国領土では唯一、組織だった亜人種との本格的な“戦争状態”にある地域。
西方は大海原への玄関口であり、肥沃な土地で開発もされ都会化が進行しているが、前線では血で血を洗う戦争状態にある。他の地域とは少し毛色が違う。
南方の大森林。
昆虫型の魔物が主であり、まさにヒト族と魔物との生存競争が日夜繰り広げられている。油断をしていると、爆発的に数が増える昆虫型の魔物が相手であり、領民皆戦士という地域。
殊更にファルコナー領は頭がオカシイと言われているが、実のところ、ファルコナー以外の南方貴族領も、他地域と比べれば十分に頭がオカシイ連中ではある。
東方の大峡谷。
ゴブリン、オーク、オーガなどの魔物……これも西方の魚人族と同じく、教会の認定に過ぎない。現地の者は彼らを亜人種として遇している。
西方のように、種族全体のまとまった一大勢力のような組織はない。資源の奪い合いで氏族同士での小競り合いが多発してるという程度。ときにはヒト族とゴブリン氏族などで、強力な魔物へ対処するために共同戦線を敷くこともある。
種族ではなく、あくまで氏族単位の集まりが多く、同種族であっても別の氏族との縄張り争いや、魔物との生存競争が繰り広げられている。
一言で辺境地といってもそれぞれに特色があり、そこで生活する人々……治める貴族家によっても違いがあるのは当然のこと。
ただ、それでも共通する匂いのようなモノはある。辺境地で暮らす者が『あぁそうだ。この感じだ』となるモノ。
そんなモノをアルも感じ取っていた。
「匂いですか?」
「そうそう。こう……なんて言うか、魔物との殺し合いの匂い……みたいな?」
もっとも、彼の場合は一般の者が感じ取る『辺境の匂い』とはまた別物だろうが。
アルとヴェーラは十日ほどを掛けて、オルコットの領都からルーサム伯爵領へと差し掛かっていた。既に大峡谷の領域内とも言える場所。
遥か遠くからみればV字の巨大な谷と大河が続いている様が見えたのだろうが、か弱きヒト族のサイズ感では、峡谷……谷というよりは、大きな運河沿いに森が延々と続いているようにしか感じられない。
アルからすれば、懐かしき大森林の景色を微かに感じられる。前世の記憶に引っ張られていた頃は『地獄だ』と絶望した景観ではあるが。
「はは。物騒なことを言うお客さんだ。ま、アンタらがそれなり以上に戦えるのは判っているが、ここから先は気を付けなよ? 最近は魔族領で戦が繰り広げられているらしいからな」
大峡谷の領域内のとある村……という名の“砦”。
特別に隠している訳でもないが、現状アルは、非魔道士並にマナを制御している。……が、宿の主人には一目で『戦える者』だと看破された。村に居る連中は皆が戦士と呼ぶに相応しい力を持っている模様。ファルコナー領と似たようなもの。ルーサム領においても領民皆戦士の気質がある。
「ルーサム家私兵団の最前線……魔族領付近はここからどのくらいですかね?」
「……そうさなぁ……二つほど手前の砦までなら船で半日ってところだな。以降は川も私兵団管理だから、そこから森の中を七日……いや、お客さんらなら五日といったところか? 資源運搬用の道を使えればその半分だな」
「資源運搬用の道……私兵団の管理で勝手には通れませんよね?」
「当たり前だな。許可を得られれば大丈夫だと思うが……今は魔族領側でかなり派手にやり合ってるらしいからな。厳しいとは思うが……船で行けるギリギリの砦で聞いてみれば良いさ」
大峡谷内に点在する砦。
それは即ち、他の領でいうところの村であり町。
まずは次の砦を目指し、所々で情報を集めるしかない。もっとも、アルはルーサム家やクレア一派が共同し、派手にやり合っているという戦自体に興味はない。その相手……“物語”の敵役である、外法の求道者集団については多少の興味はあるが……。
連中との戦いがすんなり終わるならそれに越したことはない。“物語”に描かれた冥府の王……ラスボスの顕現を無事に食い止められたら、それこそ終息だ。
ただ、アルは思う。『たぶんそう上手くは行かないだろうな』……と。
「アル様。まずは船ですね」
「だね。とりあえず、川沿いの船着き場へ行こうか」
「あ! そうだお客さん。少し前に来訪した大人数が船を使ったそうだから、もしかすると船が足りないかも知れねぇ。船着き場の近所にも宿はあるし、しばらくの滞在も覚悟しといてくれよな!」
宿の主人に礼を言い、アルとヴェーラは船着き場へと向かう。ここは砦……という名の村ではあるが、その広さはかなりのもの。ほとんどが資材置き場ということを差し引いても、それなりに賑わっている。
村の中を歩いていると、ヒト族の中にゴブリンやオークと言った亜人種もチラホラ目にする。
ヒト族と他種族の子供同士が、走り回って遊んでいる光景なども視界に入って来る。
大森林では決して見られない光景。
「魔物……いや、亜人種か」
「どうかされましたか? アル様?」
アルは自然と立ち止まり、目が向いてしまう。
「特にどうと言うこともないんだけどね。大森林では、ヒト族以外は全てが敵だったから。それにファルコナー領では村や町にも他種族がほぼ居ないからさ。こうして異種族同士が共存している光景をみると……どこか嬉しい。この世界も捨てたもんじゃないと思えるからね」
肌や髪の色が違っても、意思疎通ができるならお互いに分かり合える筈だ! ……前世で空々しく響いたそんな理想論をアルは思い出す。
ただ、この世界においてはどうだ。肌や髪の色で済まない。そもそも種族が違う。姿形や寿命まで違う。差別に殺し合いも多々あるが、そんな連中同士が社会を形成しているというのは、奇跡に等しいのかも知れないと……アルはふと思う。
「この世界ですか? ふふ。アル様は時々、まるで神の視点を持つかのような話をされますね」
「はは。神なんて冗談じゃない。僕はただのニンゲンに過ぎないよ」
アルからすれば久しぶりの感覚。この世界と一線を引く気持ち。
「……ニンゲン? ……ですか?」
「そう。僕はニンゲンだよ。神の似姿なんて呼ばれる、惰弱で醜い生き物さ。この世界のヒト族と似たような姿だけど……根本的に違う感じかな?」
望郷というには遥かに遠い前世の記憶。“物語”周辺のこと以外を思い出すことも少なくなっている。アルが“昔”を思い出そうとすると、それはファルコナーで過ごした日々だ。
幼少期は前世の記憶が主であり、この世界を受け入れることが難しかったが、いまは違う。この世界を現実として受け入れている。
ただ、自分はこの世界の『ヒト族』ではないのだという思いはなかなか拭えない。
ファルコナーの者。貴族に連なる者。戦う者。
そんな認識はあるが、『ヒト族』ではなく『ニンゲン』。それがアルの本音。
何故にこんな思いを抱くようになったのか、アルも心当たりはない。いつの頃からか……幼少期からある思い。
果たしてソレはアルのモノか?
『ようこそニンゲン。前はどうだか知らねぇが、この世界も割と捨てたもんじゃねぇぜ?』
ノイズが走る。
視界にチカチカとナニかが明滅する。
アルの脳裏に『本当にそうか?』……と、疑問が湧く。
彼には前世の記憶があった。この世界に生まれた時から。
「……いや? 子供の頃? ……待て。僕には生まれた瞬間から自意識があった筈だ……前世の記憶も……その頃は『ニンゲン』がどうのという認識なんて無かったはず? いつから……変わったんだ?」
「アル様?」
いつもの黙考や独り言とは毛色が違う。
珍しくアルのマナにさざ波が立っているのをヴェーラは感じる。感情とマナが共に乱れている。そこには混乱がある。
アルの動悸が激しくなる。不意に……触れてはいけないモノに触れたような感覚。
ノイズと共に音がする。何かが開く音。繋がる音。
「……なんだ? ニンゲン……来訪者? いつだ? 僕の意識……こっちの世界で、戦士として自覚を持ったのは……雑用係のときだ。シャノンが……僕を庇って戦士の道を絶たれた……守る?」
「……ア、アル様……ッ!?」
マナの乱れが激しい。
一般の魔道士であれば特別なことでもない範疇ではあるが、普段のアルバート・ファルコナーのマナ制御では有り得ない。珍しくヴェーラも狼狽してしまう。
「あの時……僕も重傷を負った……待て……待てよ!? なんで僕は生きている!? あの場の戦士は皆死んだッ! 残ったのは僕とシャノンだけ! 生き残れる筈がない……ッ!」
何度も何度も、アルの頭の中で音がする。ノイズに紛れて、カチリ、カチリと何かが繋がっていく。
雑用係。ファルコナーの基本の技を会得した子供の仕事。
戦士と共に大森林へ赴き、戦士が倒した魔物から魔石を取り出す。それを持ち帰る。戦場の雑用。
アルはシャノンと同じ班。
深部域の魔物……大蟷螂が、はぐれとして浅い領域に出てきた。
襲われる。戦士が死ぬ。当然、雑用係も逃れられない。
『アルッ!! 逃げなッ! 私がアンタを守る! 力無き者を守るのが戦士だ……ッ!』
守れる筈もない。
大人の戦士すら屠る相手。子供が……雑用係がどうにかできる相手ではなかった。
案の定、呆気なく片足が斬り飛ばされる。不完全とはいえ大蟷螂の一撃を凌いだ……死ななかっただけでも大したものだが。
子供は……シャノンは足を失っても呻き声一つ上げない。虚ろな瞳。反撃のような動きまで見せる。もっとも、その決死の動きは大蟷螂にアッサリと躱されてしまい、彼女も前のめりに突っ伏すように倒れる。次の一撃は無理。起き上がれない。
アル。当時は五歳の幼児だ。何もできないまま。死を待つだけ。自分を庇ったシャノンが殺されるのを、ただ見つめるだけ。
『あ……嫌だ……』
そこでアルの意識は途絶えた。
……
…………
次に気が付いた時に終わっていた。何も分からないままに。
『ようアルよ。まさか基礎の習熟の前に“開く”とはな。だが、まだ身体も出来上がってねぇお前にゃ無理だ。いまは忘れろや』
『……ち、ちちうえ……? でも、“コレ”があれば……僕は戦える。力無き者を守れる。皆の仇も取れる……』
『ちっ、馬鹿野郎が……。ファルコナー領で“仇”なんて口にするんじゃねぇ。死んだヤツは戦士として戦って果てた。そのことだけを讃えろ。……ま、いまは良いか。とにかく、もうお前の身体はボロボロだ。片足を失ったシャノンより酷い。オレに抱えられてることにすら気付いてねぇだろ? オレが“活性”を常時使用して命を繋いでいる状態だ』
『……アレ? 僕の身体ってどこにあるの? なんだか動かないけど?』
『はぁ。こりゃダメだな。アルよ。一旦“閉じる”ぞ? お前のマナが邪魔で治癒が浸透しねぇ』
『あ……ダメだよ? せっかく“開いた”のに……閉じたら……“コレ”は……もう終わり……なんでしょ?』
『驚いたな。そこまで認識しているのか?』
『……だって……覚醒イベントのお約束……でしょ? ……ほら、ゲームとかアニメとか……あれ? ここって何処だっけ?』
『………………そうか。お前は“知ってる”のか。ま、安心しろや。閉じてもまた開けばいいだけのことだ。ちっとばかし遠回りになるがな。そもそも“至る”ヤツの方が少ないんだ。遠回りしても変わりゃしねぇさ』
『……また開けられるの? コツとか忘れない……?』
『心配すんな。自転車と同じだ。一度乗れたら、しばらく乗らなくてもコツは忘れねぇさ』
『……そっか……ち……ちうえ……? なんだか……ねむい……』
『いまはもう寝ろ。しばらくは身体を休めろ。お前はよくやったよ。シャノンの命を繋いだのは、間違いなくアルのお手柄だぜ。まったく……来訪者のガキにしてはなかなかやるじゃねぇか』
『……ニンゲン……?』
『ようこそニンゲン。前はどうだか知らねぇが、この世界も割と捨てたもんじゃねぇぜ』
それは閉ざされていたアルの遠い記憶。
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次回は4月30日 午前7時です。




