第1話 ファルコナーから王家へ
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王都。
アル達がオルコットの領都で、アリエルから逃げ回っていた頃。
一人の女性が『ギルド』を……コリンを訪ねてきている。王都に敷かれた石畳を彼女が歩く度、こつ、こつ、と杖をつくような音を引き連れている。それはコリンからすれば懐かしき音であり姿。故郷の匂いを纏う者。『ギルド』の付近まで来ていた彼女をコリンが出迎える。
「シャノン! 手伝いは貴女だったのか!」
「はは。久しぶりだね。コリン」
ヴィンス一族の年少者を受け入れ、下働きや身請けの調整、それとなくの情報収集など……『ギルド』を運営していたコリンだったが、かつてのアルと同じ。手が足りなくなってきていた。
もちろん、身請け元へ巣立っていった子たちも手伝いを申し出てはくれるが、コリンはそれを良しとはしなかった。『ギルド』の為に、身請け元の子弟となった者に時間を取らせるのは本末転倒だと。
コリンとサイラスで回せているが、もう一人くらいは諸々を任せられる人材を……と考えた末に、出した答えもかつてのアルと同じ。
ファルコナー領に泣き付く。
そしてこれまた焼き直しのように、伝書魔法で連絡を受けた女傑クラーラ・ファルコナー男爵夫人は、即決即断で人材を選出した。
コリンへの返信はただ一言。
『相応しい者を遣わせる』
それだけ。もっとも、コリンは伝書を送った時点で、その後のことはあまり心配していなかった。身内にはとことん甘いのもファルコナーだ。
そして、暫しの時をおいて、シャノンという女性が王都に参上したという次第。クラーラの鶴の一声で選ばれたという相応しい者。
「人選で心配はしてませんでしたが……まさかシャノンが来るとは……」
「ま、流石に前線の戦士を遣わせるわけにもいかないだろうからね。その点、私なら暇を持て余しているからさ」
「……はは。確かに、考えれば適正な人材ではありますね」
そうは言いつつ、コリンは若干腰が引けている。
シャノン。ファルコナー私兵団の戦士長の娘。
本来は貴族に連なる者として家名があるのだが、さる事情にて彼女は戦士に非ず。戦士として任務に就くことがない為、ファルコナー領では平民として仕事に従事している。
コリンからすれば二つ、アルからは三つ年上であり、幼き頃は、同年代の中ではガキ大将的なポジションだったのがシャノンだ。……しょっちゅうぶん殴られていた身であるコリンなどは、未だに若干の苦手意識があったりもする。
「コリンさん。この方がファルコナー領からの助っ人ですか?」
「……へぇ。中々に筋が良いじゃない。コリン、こっちの子にもファルコナーの技を?」
「ええ。基礎の基礎だけですけどね。あ、シャノン。この子はサイラスです。非魔道士の範疇ではあるけど、俺よりもマナの保有量が多いし、模擬戦の中ではかなり優秀ですよ。サイラス、彼女はシャノン。俺やアル様とは昔からの馴染みなんだよ。戦士として私兵団に所属していないけど、俺は当然のことながら、模擬戦ではアル様相手でも勝ち星を譲らない猛者だ」
コリンは、不意にもたげた自分の苦手意識にこそ苦笑しながら、サイラスとシャノンを交互に紹介する。
「はじめまして。サイラスと申します」
「サイラスか。良い名ね。私はシャノンよ。ま、いまはただの街娘ね」
朗らかな微笑みを湛えながら、シャノンはまだ遠慮がちなサイラスに歩み寄り、その手を取って無理矢理掴んでぶんぶんと激しい握手をする。その際にもこつりと杖をつくような音。
「……あ、ありがとうございます。そ、それにしても……アル様でも勝てない?」
「はは。信じられない? ま、コリンが大袈裟に言ってるってのもあるけど、体術に限ってはまだまだアルには負けないかな。もっとも、距離を取られると手も足も出ないけどね」
実のところ、サイラスはアルから修練の手ほどきを受けたことは少ない。手合わせもほとんどが教練のようでしかなかったが、初対面の時のイメージが鮮明に焼き付いている。アルとヴェーラの不意の戦闘。ほとんど動きを追うことも出来なかったが、尋常な力量ではなかったことだけはハッキリと覚えている。ある程度のファルコナーの技を習得した今だからこそ、当時を振り返るとアルの異常さが際立つ。
サイラスは目の前にいるシャノンを見やる。
淡い栗毛にぱっちりとした大きな瞳。整った顔立ちの綺麗なお姉さんという印象だが、いまのサイラスには解かる。感知できる。シャノンは快活に笑っているが、その内面はアルやコリンと同種。揺らぎがない、波風のない鏡面の湖のような静かなマナ。
ファルコナー流の門前の小僧である彼にでも、その制御の質が一級であるのが解かるほど。
ただ、それでもサイラスには、体術のみとは言えど、目の前の彼女がアルやコリンを上回る遣い手だとは思えない。視線が向く。
「はは。素直な子ね。その素直さは捻くれたアルやコリンに見習わせたいよ」
「アル様と一緒にされるのはちょっと心外ですけど……」
「あ……ご、ごめんなさい。シャノンさんに失礼な態度でした……」
慌ててシャノンに謝罪する。
彼は無意識にも疑いを込めた視線を向けてしまっていた。彼女の右足に。膝から下は血の流れる肉の足ではない。その代わりに副えられているのは義足……先端は杖のような形状となり、動く度に床を打つ。
彼女が戦士として任務に就くことがない理由。それは片足が無い……隻脚というシンプルで分かり易い理由。
「サイラス、時間のある時にシャノンに手合わせを願うと良いさ。……俺の言っている意味がすぐに分かる」
「……は、はい」
軽い口調だが、コリンの目は笑っていない。真剣そのものだ。『油断したら死ぬからな?』という警告の色が強い。いまとなっては、彼もコリンとの間にその程度の以心伝心は可能だ。『あ、コレはマズいやつだ』と即座にサイラスは理解した。自然と背筋が伸びる。
「もう、コリン。そんなに脅かさなくても……私だって“外の子”相手にいきなり打ち込んだりしないよ」
「……はは」
コリンは乾いた笑いしか出ない。
豪風のシャノン。
戦士でもない街娘に二つ名があるという事実。それもファルコナー領でだ。ソレが全てを物語っている。
アルもコリンも……同年代の者で、シャノンにぶちのめされて意識を失わなかった者は一人も居ない。必ず一度以上は地べたに這いつくばるという結果を味わっている。
そして、それは幼い頃の腕比べではない。現在進行形でだ。
大森林の前線、深部域に到達する程の戦士であっても、未だにシャノンに勝てない者は多い。
アルはもうまともにはシャノンとやり合わない。体術の手合わせと言いつつ、平気で距離をとって『銃弾』を乱射するのが基本……と、その他にも姑息な手に終始していたりする。ちなみにコリンは暗器と毒まで使う。体術の手合わせという定義が歪みまくっている。
シャノン自身は謙遜してるが、アルやコリンがそこまでしても、最後に立っているのは彼女の方だったりする。
「ま、まぁ……手合わせ云々は措いておくとして、とりあえず部屋を用意しているのでそちらへ。何だかんだと言って長旅で足に負担もあるでしょう?」
「そうね。とりあえず旅装を解くわ。あっ……と、そうだった。クラーラ様からの伝言を預かってたんだ」
「? クラーラ様の?」
「ええそうよ」
それはごく軽い口調であり、ちょっとした忘れ物を届ける程度のこと。
シャノンが預かった、ファルコナー領を切り盛りする真の立役者であるクラーラからの伝言。
『コリン。王都の腐った実は地に落とせ。クラーラ・ファルコナーが許す』
……
…………
………………
ある日、とある隻脚の女性が王都に来訪した。
彼女は、身寄りのない孤児などを養い、下働きや身請け先の調整などをしている、匿名のさる篤志家が運営しているという『ギルド』の手伝いを行っていた。
外民の町や民衆区でよく見かけ、よく笑い、女だてらに気風も良い。隻脚ではあるが、歩くのに苦労はなく、何なら忙し気に町を駆ける姿もみられるほど。
それまでは男衆が主として活動していた為か、孤児についても女児は『ギルド』を頼るのを躊躇していた面もあったのだが、彼女は積極的に女児にも声を掛けて行った。
その彼女曰く『女に活気がない国、街、組織ってのは衰退する一方だからね』とのこと。
周りの者も明るくする。そんな雰囲気を纏う彼女は、瞬く間に外民の町の住民を虜にした。
だが、ほとんどの者は気付かない。
彼女が、シャノンが『ギルド』で活動し始めたころを境に、黒い噂のある都貴族、そんな都貴族家の息の掛かった裏組織、違法な取引が横行する商家、託宣を追い求めて強硬手段に出ようとする教会関係者……等々。
そんな連中の手勢が徐々に削られていることに。
気付いている者はごく僅か。
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……
…………
………………
間合いの外から一気に踏み込む。
元より実力差は明白。躊躇しても仕方がないこと。
ただ、流石に想定もしていなかった。踏み込んだと思った足が空を蹴るとは。
視界が回る。
踏み込みの足を払われ、車輪のように回転させられた。そのことにサイラスが気付いたのは、回転中に追撃を受けて水平に吹き飛ばされてからだ。
痛みの感覚よりも先に視界が回り、身体を制御できない。させてもらえない。
ようやくに自身の感覚と身体の制御が一致した時には、痛みで動けず、その上でげぇげぇと嘔吐くのみ。
シャノンとの手合わせ。
じっくりと、お互いの動きを見ながら一手一手に対応していく。そんなコリンとの手合わせとはまったく違う。
二つ名である豪風。ほんの欠片ほどではあるが、サイラスはその意味を身を持って知る。
アルが好む戦闘スタイルは、静から一気に動へ……という一撃必殺一撃離脱。
ヴェーラはその魔法の特性から、相手とある程度の距離を保って、手数の多さから、死角からの攻撃という形をとることが多い。
シャノンはまた少し違う。コリンとも、アルとも、ヴェーラとも……サイラスが知る強者とは違う動き。
「……おっと。少し強く入った? 大丈夫?」
「げぇ……だ、大丈夫です……す、すみません。せっかくシャノンさんが手合わせしてくれているのに……」
そう言いながら彼は立ち上がる。マナの制御は拙い。技も未熟。ただ、ヒョロッとした優男風な見た目ではあるが、かなり打たれ強く、持久力もある。粘り強く強者に追い縋るような戦い方ができる。
「ふふ。アルのような捻くれた戦士よりも、サイラスの方がよっぽど正統派ね」
「……ふぅ、あ、ありがとうございます?」
褒められたのかそうでないのかが分かり難い。口では礼を言うが、サイラスの思考は既に次の一手の組み立てに向けられている。
目の前にはゆらゆらと揺れているシャノン。強者。
彼女はとにかく止まらない。動き続けている。片足が義足であり、足を止めて打ち合うと、どうしても踏ん張りが効かないという理由もあるのだが、コリンに言わせると『落ち着きがないからだ』とのこと。ちなみに、その言葉の後にコリンはキッチリとぶちのめされた。
攻め手のどのような動きにも、シャノンは回転……円を描く動きで対処して捌く。サイラスの中には多少の躊躇もあったが、軸足として使用する瞬間に義足の方を狙ったりもしたが、まるで相手にならなかった。『馬鹿ねぇ。弱点を狙われることくらい想定するでしょ?』と、床に倒れた上から、からからと笑われてしまった。
シャノンはどちらかと言えば小柄な体格。成長過程のサイラスと同程度であり、だったら力技だと彼は考えたが……浅はかでまるで見当外れもいいところ。
魔法が……「身体強化」の質が違い過ぎた。踏ん張りが効かないと言いながらも、サイラスごときの力技ではビクともしない。シャノンはサイラスの狙いを知った上で、敢えて足を止めてくれたが、挑む側のサイラスはまるで山を相手にしているかのような錯覚に陥った。
数少ないアルとの手合わせにおいても、サイラスはここまでどうしようもない力技の差を感じることはなかった。
サイラスが知る由はないが、瞬間的に出せる限界強度で比べるとアルの方が上を行くが、常時展開する「身体強化」の強度はシャノンの方が上。
そして、単純な“技”においても彼女はアルやコリンの上を行く。『銃弾』のような飛び道具が無く、隻脚というハンデもある為、シャノンは純粋に技を磨くしか活路が無かったという消去法的な理由ではあるが。
ファルコナー領において『戦士ではないが戦士よりも強い』……それが豪風のシャノン。
「……はぁッ!!」
頭で考えてもどうしようもない。
サイラスは徐々に発揮しつつある脳筋の考えで飛び込む。
「その意気は買うけど……まだまだ!」
迫る拳を見据えつつ……義足を軸にコマのようにその場で回転し、拳の持ち主を身体ごと弾く。
「く……ッ!?」
吹き飛びながらも体勢を変えようと藻掻くサイラス。
「ほらほら、止まらない止まらない!」
「う、うわッ!?」
追撃とばかりに、藻掻くサイラスを追うシャノン。
そんな二人の手合わせを眺めながら、コリンは思う。
「(クラーラ様は何を求めておられるのか? 腐った都貴族たちを不埒な賊として始末するのは願ったりだけど、わざわざシャノンまで寄越して下さるとは……ただ、彼女はアル様よりも考えなしなんだけどな……)」
能力は飛び抜けている。常識的なことを言えばアルよりもマシ。人に好かれる雰囲気があり、町に溶け込むのには打ってつけ。そして、中身はともかくその容姿は人目を惹きつけて目立つ。つまりは時には陽動としても動けるし、色香に惑った馬鹿を誘き出して狩るという手も使える。
ただ、コリンには悩みどころがある。もちろんアルもだが……シャノンも、その場のノリでやらかすことが多い。コリンからすると、もう少し落ち着いた人選でも良かったんじゃ? と、不敬ながらもクラーラに内心で文句の一つも考えてしまう。……決して口には出さないが。
魔族奴隷の取引現場を押さえた際など、『可哀想でしょ?』というシャノンの一言で、商品として扱われてた数名を『ギルド』で引き取ることになった。
都貴族の粛清では、無関係を装っていた使用人にアッサリと騙されて見逃しそうになったり……かと思えば、不埒な賊を目撃した瞬間、後先考えずに容赦なく屠っていたり。
ついこの間は、通っていた酒場の歌姫と仲良くなり、そんな彼女のヒモをやっている売れない舞台俳優をタコ殴りにした。
流石にコリンが『あまり目立つ暴れ方をしないでくれ』と注意をすれば、『今回は死んでないから大丈夫』というファルコナー仕様の反論がくる。
シャノンは割と好き勝手にやっている。コリンは頭を悩ませ、サイラスは面倒見の良い彼女に懐いている。
三者三様ではあるが、クラーラ・ファルコナー男爵夫人の伝言は着々と果たしつつある。
アルとコリンが、目立たないように時間をかけて……と考えていたことを実行に移しつつある。
シャノンが携えてきた伝言。
その後も、伝書魔法や人を通じてクラーラからの指示や細かい助言は続いた。
中には、コリンらが把握していない王都の裏組織情報まであった。
シャノンを加えた『ギルド』は表に裏にと動く。
コリンたちは知らない。
自分達の動きが、クラーラから王家へのささやかなメッセージだということは。
元よりブライアンを監視するために遣わされていた、王家の信任ある女傑。元・王家の影。
クラーラは辺境に居ながらも、王国の揉め事の情報も得ている。そして彼女はアルの母だ。
混乱に乗じて民の害悪を排除する……その考えも母子で似通う。
アルと違うのは、そっと王家にも伝えていること。
『いつまでもゴタゴタを収められないなら、“契約”に縛られてない連中を放つぞ』
王家は超越者を封じてはいるが、同時に常に試されてもいる。
超越者を従えるに相応しいかを。
国家の舵取りを任せるに相応しいかを。
民の安寧を預けるに相応しいかを。
そして、王家にとっては残念なことに、超越者以外にも頭のネジの外れた実力者が……ファルコナーには少なくない。
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※次回は4月27日 午前7時です。




