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第8話 序盤のフリークエスト

:-:-:-:-:-:-:-:



 アルが王都に来てから二ヶ月が経過。

 今ではすっかり外民の町で顔が知れた。主に悪い方で。


 曰く、


・血に飢えた男。夜も昼も区別なく裏通りに現れては、喧嘩を吹っかけられるのを待っている。これまでに一度も敗けたことが無い。

 相手が居なくなった今では、裏通りで目を合わせただけで襲い掛かってくる。危険人物。


・何故か孤児院や教会の周辺をブツブツ言いながらウロついている。もしかすると人身売買組織の調査員なのでは?


・安酒場に現れては店内を舐め回すように観察して閉店まで居座る。店主が追い出そうにも金払いは良い。何を収入源としているのか?


・突然居なくなったかと思えば、下水路の奥から現れたこともある。もしかすると他国の密偵なのか? 王城への秘密通路を調査しているのでは?


・王都で管理する公園の壁に張り付いて何かを調べていた。薄気味悪い。


・次の大会では良い所までいくという噂がある、外民の町の歌姫である少女を厭らしくニヤニヤ眺めていた。


・度々民衆区に行くが、その行く先を誰も知らない。何度か追いかけた者もいるが、誰も最後まで尾行できなかった。


 などなど。


 当然の如く、それらの噂はアルの耳にも入ってくるが……


「(うーん。やり過ぎたかな。ちょっと都会に出てきてタガが外れた。うん。魔物との戦いを考えない日々がこれ程の快適だとは……ゲームの方も、何人かはイベントキャラも確認したし……もう確実に本編の時代ど真ん中だ。コレ。後は主人公だけど……流石に辺境貴族家出身なら、都貴族よりはマシだろうし……ゲームのようにスクスクと成長してもらわないとなぁ……)」


 アルは王都での暮らしの中で、思っていたよりも都貴族やそれに連なる者たちが腑抜けていることに気付いた。


 流石に当主までを確認した訳ではないが、民衆区や貴族区をブラついた際、貴族に連なる者たちを見る機会がある。


 マナ量やその質自体が強大な者も確かに居たが、余りにも動きがなっていない。

 常在戦場どころか、そもそも鍛え方が全然足りていない様子。


 都貴族たちは強大な魔法を使えるかも知れないが、距離を詰めて普通に殴ったら、自分でも……いや、コリンでも勝てそうだ。

 その距離を詰めさせないために護衛や私兵がいるのかも知れないが、その護衛たちも腑抜けている。ファルコナー私兵団の新兵レベル。

 しかし、あくまでも自分が確認しただけの範囲。まさかコレが全てな筈もない。……と、アルは同時に楽観もしている。


「さて……最近は裏通りに行くと皆逃げていくからなぁ……教会にでも行くか?」


 行動の理由が他者にはまったく理解できない。

 傍から見ると完全に危ないヒトと化したアル。

 今日も彼は王都を彷徨う。



:-:-:-:-:-:-:-:



 王都の第四地区。


 通称「外民の町」と呼ばれる元貧民窟。

 今は様々な都市機能が整備されており、当然ながら在住する者、商売をする者たちはキチンと税を納めている。


 外民の町がいまの形となってから、既に五十年は経過するが、それでも第三地区である「民衆区」に住む者たち……王都民からの謂れなき差別が根強く残る。


 そんな場所にあっても、女神は気に掛けて下さると、教会はそう説き、差別の解消にも尽力しているが……なかなかそう簡単にはいくはずもない。ヒトの心を変えるなどと。


「……女神様……私はどうすれば良いのですか……?」


 外民の町のとある教会。

 助祭と思われる青年が、女神エリノーラの像の前に跪き、救いを求めている。

 慈愛に満ちた表情で女神像は青年を見守ってはくれるが、その微笑みのまま沈黙を保ち、決して答えを授けてはくれない。


 ……

 …………


「……くっ……こうなれば……仕方ない……のか……ッ?」


 長い時間を祈りに捧げていたが……ある時、青年は苦虫を噛み潰したような表情で決意する。恐らくは後ろ向きな決意。


 意を決して青年が立ち上がる。……と同時に、教会の扉が静かに開かれた。


「……あの〜祈りを捧げに来たのですが……よろしいでしょうか?」

「……え、ええ。構いませんよ。祈りを捧げることに女神の徒である私どもの許しは要りません。女神様は常に貴方と共にあります。どうぞ、中へ」


 現れた祈りの信者。アルは教会に踏み入る。

 歩く度に軋む床板。

 埃っぽく、湿った空気。

 どこか饐えた臭いまでする。

 外観も大概な傷み具合ではあるが、中身も同じく傷んでいる。ハッキリ言えばボロい。廃屋の三歩手前と言うところか。


「……私がこのようなことを申し上げるのも失礼ですが……何故にこの教会へ? 第四地区であっても、他にも行き届いた教会はあるでしょうに……」

「……王都……外民の町に来てから日が過ぎたのですが……宿から一番近い教会が気になっていたのです。さほど信心深くない身ではありますが、やはり腰を下ろした場所に一番近い教会で女神様にご挨拶せねばと参じた次第です」


 外行きの顔で対応するアル。

 この教会へきた目的は一つ。

 目の前にいる助祭の青年。

 一応はイベントキャラ。

 ただし、彼のイベントは、正規ストーリーを進めるにあたっても特にクリアする必要のない……所謂クエスト的なお使いイベントの一つだが。


 本編が開始され、チュートリアル的なイベント後、ある程度自由に動けるようになってから出てくる初期のフリークエスト。それが『廃教会の主』というエピソード。


 アルは今の時代がゲーム本編の時代と被っていることを確信しているが、微妙にズレがあることにも気付いた。


 そのキッカケが目の前の助祭の青年。

 何故なら、ゲーム本編では既にこの教会は廃教会となっており、かつて教会の復興に尽力したという青年助祭の死霊が住み憑いていた。

 その死霊を祓うためのクエストが、最序盤のフリークエストであり、アルの記憶にも引っ掛かっていたのだ。


「(多分、これから諸々があってこの教会は廃棄されるんだろう。ただ、助祭の方が死霊となって憑き、それが町の噂となるには……かなり時間が掛かるのでは? もしかすると、今はゲームより数年は前の時代なのか? だとしたら、僕が学院にいる間に主人公たちは入学して来ない可能性もあるか?)」


 アルは女神像の前で跪いて手を組み、目を閉じて真摯に祈る……フリをして考える。


 その姿を見て、助祭の青年が『この教会にも、これほど信仰厚き人が来てくれるのだ……女神は私を見てくれているのだ』と感激していたりもする。騙されている。



 ……

 …………



「ありがとうございました。心静かに女神様と向かい合うことが出来た気がします。

 ……それで……一体、何故このような状態に……?」


 祈りという名の黙考を終えたアルは、助祭の青年に挨拶をするついでに話を振る。

 話を振られた青年も、その質問を想定していたかのように溜息を一つ。


「……言ってしまえば、王都民からの外民の町への嫌がらせの一環です。哀しいことですが……」


 彼は語る。


 元々この教会は貧民窟の者たちへの救済院……食糧支援、医療の提供、仕事の斡旋、緊急的な寝床の提供……などを行ってきたとのこと。


 いまは町として整備され、普通の教会となったものの、やはり過去に世話になった者たちが多く……この教会は、外民の町にあるにも関わらず、第三地区の教会よりも目立っていた。


 本当にくだらない話。


 第三地区の教会……というより王都民はそれが気に入らない。なので、わざわざ外民の町に教会をいくつか作ったのだ。全て王都民の御布施で。

 いくらエリノーラ女神教会が、信仰があれば女神は平等中立などと謳おうとも、運営する側としては、いくら教会自体が外民の町にあっても、スポンサーである第三地区の、王都民の意向に顔を向けることになる。


 当初はそのような動きに反発する住民も多かったが、やはり金の力は偉大。

 徐々に、元々あったこの教会だけが取り残されて寂れていく。そうなれば人の心も離れていき、ますます金がまわらない。悪循環に陥り今に至ると。


「……外民の町に長く住む人なら誰でも知っている話です。はじまりは私が生まれる前のこと。もはや王都民も既に何故このような事をしているのか? ……という理由を知っている者の方が少ないのではないでしょうか? ……つまりはそれほどに“どうでも良いこと”なのです。他人にとっては」


 疲れた青年の横顔。諦念が貼り付いて剥がせなくなってしまったようだ。


「すみません。女神様を讃える場所で、このような話を聞かせてしまい……しかし、これらも人の業が招いたモノ。女神様はさぞ嘆いていることでしょう」


 青年は静かに頭を垂れて祈る。


「(何だか、本当にくだらない話だ。子供が砂場で『僕の方が大きい山が作れたよ!』と競い合う精神から変わってないよな。まぁ多少は都合の悪い話を隠しているにしても……いま現在の話としては、割りを食ってるのは助祭様一人か……そりゃ人の世を恨んで化けて出たくもなる……か? ちょっとパンチが足りない気もするけど……人それぞれなんだろうな)」


 ゲームではそこまで語られたかも覚えていない。記憶にない。だが、アルは知っている。救済院の内実を。

 それこそ裏通りで少し話を聞くだけで出てきた。

 かつてのスラム時代に存在していた救済院だが、実は人身売買や売春、変態共の玩具など……救いを求める者たちを商品として取り扱っていた……という後ろ暗い歴史がある。


 そして、その“商品”の顧客は王都民。

 時折、貴族やそれに連なる者も御忍びで現れたらしいが……顧客の大半は、普通の顔をした、普通に生活をする、普通に家族を愛する、普通の王都民だった。


 救済院から教会へ。

 スラムから外民の町へ。

 その転換期、救済院に属していた者たちが、顧客であった王都民を脅迫することなど日常茶飯事。

 結局、それらの反撃として、王都民から手痛い一打を受けたというだけ。手を出したからやり返された。それだけのこと。


 アルに言わせればどっちもどっち。お互い醜いニンゲン同士。隣人としてはお似合いだろう。そんな感想しかない。


「……なるほど。そのような過去が……女神様は尊く慈悲に満ち溢れていますが……我々ヒトはまだまだ未熟な存在ですね……」


 苦しげな顔でそれらしいことを吐く。


「……助祭様……は、どうされるのですか? ……失礼ですが、何やら思い詰めた……決断をされたようにお見受け致しますが……」


 コレはアルの本音。

 彼は助祭の顔に“死兵”の影を観た。

 激情ではない。助祭の青年には、覚悟を決めた者の、ある種の穏やかさがある。


「……不思議です。貴方は少年と呼べる年齢でしょうが、何処か父のような深さを感じます。もしかしたら、今日の出会いは女神様のお導きなのかも知れません。

 ……本当に先程のことです。私は一つの決意をしました」


 助祭の青年。

 フランツは更に語る。


 現在、彼はある話を持ちかけられている。

 さる高貴な方から『一夜を共にしないか』と。

 女神に仕える身として、清廉を共に真面目に過ごしてきた。そんな彼にとっては、心底悍ましい、とても許せない提案。


 しかし、さる高貴な方は言う。

 支援をすると。それも一回だけではない、継続的な支援を。

 王都民? 私には彼らなど眼中にない……そう言ってフランツを誘惑する。悪魔の囁き。


「……その提案を飲まれるのですね? 貴方は女神に仕える身でありながら……教会を立て直すため、女神の救済を必要とする民のためにその身を汚す……その決意をされたのですね」

「…………」


 もう否定も肯定もしない。

 助祭フランツはただ静かに微笑むのみ。


 嫌な予感がアルの中に芽生える。


「(これ……約束を反故にされるんじゃ? それで、結局立ち行かなくなり廃教会へ……失意の助祭は非業の死を遂げる……とか?)」


 目の前の青年が、そう遠くない内に死んでしまう。まだ可能性ではあるが、ストーリーが動けばそうなると……何故かアルは確信している。アル自身にもその確信が何処から来るのか分からないが。


「(流石に……このままっていうのは寝覚めが悪いな……まぁどうせフリークエストだし、本編には影響はないだろ。少し追いかけるか。助祭様の物語を……)」



:-:-:-:-:-:-:-:

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