第2話 接近するそれぞれ
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「当主様。例のベナーク殿が陣の修整に成功したと……」
「ふぅ……もはや今更じゃのぅ……魔族の中の魔族。真の魔族たる魔人。その力を人為的に引き出す為の陣じゃったが、ソレを天然の魔人に仕上げてもらうのは違う気がするわい」
ジョナス・ビーリー子爵。
東方辺境地の一部と数えられるが、寧ろ王都圏の方が距離は近い。
大峡谷から離れており、魔物との戦いは日常とは遠いところとなっている。勿論、私兵軍を大峡谷の前線に差し向けており、他家と協働してバランスは取っているが。
アルはビーリー子爵家が外法の魔道士を支援していると考えていたが、実際はビーリー子爵家に連なる者が代々で取り組んでいる題材。外法。今代は魔族の研究に傾倒している。
当主であり研究者でもあるジョナスは、自らを『都貴族のような退廃的な趣味の悪さは無い』……と、評価しているが、研究の為に必要であれば平気で一線も二線も超える。括りが外道であることに違いはなく、どんぐりの背比べという奴に過ぎない。
そして、その研究や途中経過で得られた成果が、建設的なモノに転用されることもない。むしろ、研究で得られた邪法や外法は裏社会へと流され、ある種の劇薬として蔓延していく。
「……魔族の因子を持つ者に目星は付けていますが、修復した陣は如何されますか?」
「んな? ……あぁ、もうよい。一度失敗した研究じゃ。いつものように資料としてまとめて金に換えよ。後は野良の研究者が勝手に改良しよるじゃろう。頃合いをみてその進捗を確認する程度で良い。
それにしても……魔人を研究素体として使えれば、また違う研究が出来そうじゃが……流石にベナーク殿は協力者じゃしのぅ。魔族領はちと遠すぎるわい。おまけに独立派が余計なことをする故、動きにくくて仕方がないわ」
当主は研究者ではあるが、自らの研究に固執はしない。次に次にと興味を引くモノを探すのみ。被験者となり、その人生を変えられた者達からすると、彼のその節操の無さには二重三重の怒りを覚えるだろう。
だが、良くも悪くもそのジョナス・ビーリー子爵の節操の無さが故、彼は抱え込んだ。外法の求道者一味を。
当初はお互いに得るモノがあったというだけだったが、その協力関係は強固なものとなっている。
特に、独立騒動により大峡谷が封鎖され、潜んでいた外法の求道者一味はヒト族の領域に取り残され、彼等は動こうにも動けない状況となってしまった。結果として、ビーリー子爵家の庇護の下で雌伏の時を過ごすことに。
ただ、それが間違いだった。外法の求道者一味は無理にでも東方辺境地から離れるべきだった。あるいは大峡谷を押し通って、魔族領へ戻るか。
彼等はまだ知らない。自らに破滅をもたらす者達。その足音が鳴り響いていることを。
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……
…………
………………
「辺境地の領都とは言いながら、規模に違いはあれど王都の民衆区とあまり変わらないな。当然、ファルコナーの領都とは比ぶべくもないか……」
ビーリー子爵領の領都。
アリエル一行は緊張感を持って臨んだが、特に問題もなくすんなりと領都へ入れた。王都から出立したという証明書を確認しただけで、特に荷を改められることもない。むしろ、そんなので大丈夫かと思ってしまうほどのザルさ。
もっとも、アルは当然に辺境に馴染みがあった為、アリエル一行がしきりに不審がるのを横目に、まぁそんなモノだろうとアッサリと受け入れた。
街中に見える人の流れは、王都の外民の町寄りな雑多さがあるも、その活気は民衆区のそれと変わりはない。東方辺境地の独立騒ぎや王都内の混乱の余波などはここにはない。
当主やその周辺が良からぬ研究者ではあるが、領政に関しては至極真っ当だというのが、アリエル達が知らされているビーリー子爵家に対する評価となっていた。
実際に領都の治安は良く、民衆が圧政に苦しむというような街並みではない。少なくとも来訪者が軽く見るだけでは荒んだ様子はない。
アリエル一行からすれば、ビーリー子爵領の繁栄については、いまはきちんと補給が出来ればそれで良いというだけというのもある。
そして、補給を必要としているが、それ以上にアリエル一行が欲するのは情報。
宿を取り、ふーやれやれと休んでもいられない。
「アルバート殿。思いの外、ここは緩いようなので……一度、独立派に連絡を取ってみようかと思います。先触れのような形で。そうすれば、この先の道中で味方側の手違いで襲撃を受けるようなことはない筈です」
「その情報が利用されて、襲撃者が更に増える可能性もありますが?」
「……致し方ないと諦めます。アルバート殿とヴェーラ殿には負担をお掛けすることになりますが……」
「まぁ、分かった上でなら構いませんよ。コレも“貸し”ということで……」
アリエル一行のアルへの貸しが積み上がっていく。旅に必要なモノは全てアリエル側が提供しているが、それ以上にアル側の活躍……襲撃者の撃退が大きい。
「(……まさかここまで次々に襲撃を受ける羽目になろうとは……完全に見誤っていた。クレア殿は確実に私を殺しに来ている。この事実を公にするか、それとも取引として利用するか……情報が足りない私では上手く扱えない)」
既に人外の兵……クレアの契約者の存在をアリエルは知っている。同じ系譜の者が襲撃者として現れれば、差し向けたのはクレアだとなるのは当然のこと。
だが、現状の独立派騒動について、クレア側の働きは大きい。
もとより託宣の脱却までの共闘であり、いずれは道が別れると承知の上の関係ではあるが、クレア側と決定的な対立を迎えるには時期を見る必要もある。アリエルはそう考える。そして、情報の足りない自分ではその時期の判断ができないこともだ。
自らの命すら大局の為の駒。アリエルもまた、正しく都貴族、それも大貴族に連なる者。
「これまでの動きを見るに、流石に領都内でも油断はできないでしょう。どうします? 手薄になるなら、護衛として僕かヴェーラがアリエル様に付きましょうか? 他の方々もそれぞれにやることもあるでしょうし……」
「……そうですね。では、ヴェーラ殿にお願いできますか? もちろん、これも私への貸しとして積み上げておいて下さい」
アリエルはもう遠慮はしない。
アルとヴェーラは一級の遣い手であり、敵に容赦はしないが、敵対せずに礼節を持って接するなら礼を返してくれる。貸し借りをキチンと清算するという、至極当たり前の誠意を見せればそれ相応の相談もできる。条件を釣り上げようと駆け引きを出してくることも無い。
取引相手としては、むしろ好印象を抱く誠実な相手。都貴族であれば、体よくカモにしようとさえするだろう。もっとも、カモにした都貴族がその後どうなるかは想像に難くないが。
「畏まりました。私がアリエル様の供として動きます」
「よろしくお願いします。……とは言っても、私も出来る限り外へ出ないようにはしますが……」
既にアルとヴェーラの力量やその気質は、アリエルの護衛や従者も疑ってはいない。ただ、心情的に座りが悪い。
「アリエル様。ヴェーラ殿の力量を疑う訳ではありませんが、私も残ります故……」
「ええ。ランドン、お願いします。……他の者もそれぞれに」
「「はッ!」」
「承知致しましたッ!」
そして、アリエルも上に立つ者として、決して付き従う家臣たちを軽んじることはない。彼等が供として居てくれるからこそ今があることを忘れはしない。
「(アリエル様一行の士気は高く、結束も固い……ヴェーラが守りに残るなら、多少は離れても良いか?)」
アルの方もアリエル一行の護衛の力量を侮ってはいない。そして、以前ほど前のめりではないにせよ、気になることがあるのも事実。
黒いマナの気配と死と闇の眷属の気配。その双方を感じる。流石に無視できない程の強い気配。それも複数。
何よりも見過ごせないのは、死と闇の眷属の気配の中に燦然と煌めく女神の気配。神子セシリー。間違いないと、アルが確信できるほどに近くに居る。
「アリエル様。ちなみに独立派の中での神子の扱いはどうなっていますか? その辺りはクレア殿の範疇ですか?」
「……神子ですか……ダリルはクレア殿たちと行動を共にしています。セシリーの方は、王国や教会への落としどころとして、託宣をなぞるように動いてもらう予定だった筈です」
表面上は変わりなし。ただ、アルはアリエルのマナの揺らぎを感知していた。敢えてそれを指摘するような野暮な真似もしない。彼女が神子二人に対して、並々ならぬ強い想いがあることは流石に分かる。神子二人に対しての現状の立ち回りが、決して彼女の本望ではないこともだ。
ただ、残酷ではあるが、伝えるべきことは伝える必要がある。個人の感傷では済まない状況となっている以上は。
「単刀直入に申し上げます。アリエル様。この領都にセシリー殿が居ます。恐らく、死と闇の眷属としてはビクター殿と同等以上の者と共にです。それ以外の者については流石に離れすぎて感知できませんが……」
「ッ!? セ、セシリーが……ッ!」
「ええ。あと、黒いマナの遣い手……こっちはビーリー子爵家……領事館にいくつか気配があります。コソコソと事態を掻き回していた外法の求道者集団でしょうね」
ここにきて、アルの女神や冥府の王由来の力を感知する機能が“イベント”の到来を告げる。
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……
…………
………………
「……ベナーク。今後の動きは? このままビーリー子爵の研究の手伝いを?」
「未だに総帥や他のメンバーと連絡が取れない。……不本意だが仕方あるまい。ビーリー子爵は“人形”や魔人である俺にも興味があるようだからな。今しばらくは支援を引き出す事も出来るだろうさ」
冥府の王ザカライアの顕現を目指す、外法の求道者達。
開戦派を騙り、魔族領本国が侵攻する際の根回しとして東方辺境地へ潜んでいた一味。もっとも、その目論見は独立派の動きに封殺されることになってしまい、彼等一味も閉じ込められた。東方辺境地に。破滅の始まり。
「……シグネにも連絡はつかない?」
「ああ。シグネもだがフロミーもだ。他の王都のメンバーにも連絡はつかない。狩られたか、深く潜んでいるか……恐らくは狩られたのだろう。独立派とやらは魔族領本国の連中とも通じていたようだしな……俺たちの存在も露見したとみるべきだ。本格的に総帥の下を離れるときも近い」
ベナーク。壮年の男。魔族であり魔人。見た目はヒト族と変わりはないが、その膨大なマナ量に加えて、黒いマナを総帥から賜り、東方で潜む一味のリーダー。
彼自身は元々、魔族領の困窮を何とかしたいが為に活動しており、ヒト族の領域を切り取るべきだと主張する開戦派だった。
だが、開戦派の中においても、その過激な振る舞いにより弾かれ、結局力在る者に靡き今に至るという、時勢を読めなかった男。
ただし、生存本能的な直感は鋭い。既に自分達が死地に居るということは薄々気付いている。もう少しだけ……もしも、あとほんの僅かでもその感度が鋭ければ……彼は単独でビーリー子爵家を去っていただろう。
「……私は元々総帥とやらには恩も義理もない。帰る場所もない。別に切り捨てられてもベナークを恨むこともない。……好きにするさ」
「まぁ待て。総帥の下を離れて潜むにしても、戦力は在るに越したことはない。……ナイナ、お前は人形を操れる才覚がある。一人でも有益な戦力だ。……俺と共に行かないか? 俺とお前の二人なら、この先もどうとでもなる。逆方向……西方の辺境地にでも逃れるというのはどうだ? 何なら、そこから海を渡り別の国へ出るのも良い」
「……考えておくよ」
そしてナイナ。運が良いのか悪いのか……彼女は生き延びていたが、その傍らには常に破滅の陰が差す。
王都を脱した後も、彼女はシグネの命令を果たすだけの自暴自棄な人形。ただ死にたくないという思いだけで動いている。
組織から切り離された、連絡が取れない、東方の独立騒ぎの中で、一部のヒト族と魔族が手を組んだ……そんな情勢もナイナには響かない。
「(……はは。無理だ。ベナークだって判っているだろうに……ここが終着点になりそうだ。何も遺らない。私にはお似合いだ……)」
死にたくはない。だが、どうしても抗えない流れを感じている。
彼女はベナークよりもほんの僅かに直感が鋭かった。死の影はナイナを囚えて離さない。
糸の切れた操り人形。その果て。行き着く先は近い。
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