第5話 王都への道
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寄り道は懲りごりだと、気を取り直して王都への道を行くアルとコリン。
馬車もあるため、野営もそれほど苦にならないのだが、あくまで苦にならないだけであり好んでいる訳でもない。我慢しているだけ。
少なくとも、ベッドがあるならそれに越したことはない……と、アルはそう考えている。その辺りはコリンの方がタフであり、ベッド? 野営で良いでしょ? というスタンス。
「コリン。もう野営は流石に嫌なんだけど……?」
「アル様。もう二日もすれば王都ですよ? この辺りの村で一泊するより、ちゃっちゃと王都で体を休める方が良いのでは? 行商の人も言っていたじゃないですか。王都周辺の村は素泊まりでも足元を見て礼金を吹っかけてくるって……」
残念ながら南方から王都へ向かう際……つまりは王都に比較的近い南方部には、あまり大きな街はない。
王都の南には広大な農場や田園地帯が拡がっており、その一帯は王国の大食糧庫とも評されている。
しかし、あくまで農業が中心であり、地域一帯には村々が点在しているのみ。
流石に王国の食を支える地域であり、街道はきちんと整備され、警備も厳重で治安はとても良い。いかにも牧歌的な風景が続くのだが、旅の者が訪れて特段に楽しい場所ではないのも確かだ。
それぞれの村で、旅人や行商の者を泊めることはあるが、王都に近ければ近いほど、その礼金が高くなっていくという慣習もある。
食糧の輸送関連で通過する者たちは、近隣の村に頼ることはなく、足を延ばして街まで行くという。
生活にそれほどの差異はないものの、『うちの村は他所よりも王都に近い』というのがおらが村の自慢となっているらしい。
「ええぇ……! 何だか行軍訓練みたいでもう嫌なんだけどさぁ~」
「アル様! ちょっと我がままが過ぎますよ! 常在戦場は何処へ行ったんですか! ピシッとして下さいよ! ……ホントにもう……」
流石にアルも飽きてきたのだ。それに、もうすぐ王都。コリンのように、こうして気の許せる存在が誰も居ない場所。そこで数年を過ごすことになる。その不安もある。
ファルコナー領についてはアレコレと不満もあるが、何だかんだと言って誰もが顔見知りであり、周囲の脳筋具合に気が休まらないにしても、それほど気を遣うこともなかった場所。故郷。
旅のはじめは領地を離れることができる解放感もあったが、ここに至っては、先の不安の方が大きくなってしまう。ホームシックのような状態。決してアルは認めないが。
「……あれぇ? もしかしてアル様、王都に着くのが怖いんですか? ファルコナー領へ帰りたいとか?」
「ち、ち、ち、違うわいッ!!」
分かりやすい。
キャッキャウフフと、アルとコリンはそんなやり取りをしながら、馬車は整備された街道をスムーズに進んで行く……はずだった。目の前に行き倒れの少女が居なければ。
……
…………
「これまたベタな展開だなぁ……」
「アル様! 何を呑気に! 助けないと駄目でしょう!」
馬車を停め、サッと御者台から飛び降りて少女の元へ駆けていくコリン。
既に自然体なままに身体強化済み。
ファルコナー家には秘伝の魔法はないと言うが、実は他家からはそのスムーズな『身体強化』こそが、既にファルコナー家の特有の魔法だという声もあるという。勿論、アルはそんな他家の声など聞いたことはなく、自覚もない。
コリンが駆けて行くに合わせてアルもまた自然なマナの流動により『銃弾』を構成。
流石に修羅の国の者。既に狙うべき標的は捉えている。
「もし! 大丈夫ですかッ!?」
「……うぅ……み、みず……を……」
見れば、薄汚れているが整った顔立ちの赤毛の少女。アルたちよりも年下……十代前半と思われる。弱々しい声と仕草。確かに助けを必要としているように見える。
これが修羅の国……ファルコナー家に連なる者相手でなければ、少女達の企みは功を奏していたのかも知れない。もはや無意味な仮定となってしまったが。
コリンは荷物から水を取り出して少女に差し出す。……と同時に首元へ短剣の刀身を押し当てるのも忘れない。流れるような動き。瞬きの間の出来事。
「……あ……えッ……?」
当事者である少女ですら、一瞬理解が追いつかない状況。
「どうしました!? ほら! 水ですよ!?」
「(悪趣味だなぁコリンは……)」
声と表情は行き倒れた少女を心配する純朴な少年のそれ。しかし、その押し当てた短剣は微動だにしない。少女はようやく理解する。『マズい相手だ』と。
「……あ……に、逃げてッ!!」
逃げられない。
街道の外れに隠れていた三人の少年少女の足元にアルの『銃弾』。着弾の瞬間、ぼごッと地を穿つ音と共に土が弾け飛ぶ。
コリンに動きを封じられた赤毛の少女を助けようとしたのか、逃げようとしたのかは分からないが、動き出す前の機先を制され、誰も動けなくなる。
「(王都にも近い、豊かな農村地域の筈なのに、野盗の真似事をする浮浪児の少年少女たち。うーん。ワケありっぽいし、これもイベントか?)」
……
…………
修羅の国……ファルコナー領の者と言えど、まともに戦う力のない、年端のいかぬ子供たちを問答無用で害するようなことはしない。
もっとも、これがアルたちから見て“まとも”に戦う力を持っていたのであれば、その年齢に関わらずに見敵必殺。……街道横に四つの墓標が築かれていただろう。
「それで? 何故こんな真似を? いくら非魔道士と言えども『生活魔法』くらいは使えるだろう? 水を求めた行き倒れ強盗が上手くいくと本気で思っていたの?」
「……あっ……!」
アルとコリンは特段に少女たちを拘束はしない。ファルコナーの『いつでも殺せる奴を縛るのは縄が無駄だ』という流儀に従っている。
この世界には魔法が存在し、魔物と戦うための強力な魔法は、王侯貴族やそれらに連なる者たちのモノだと言われている。
魔法とは、ヒト族をはじめとした非力な種族が魔物の脅威から身を守るために、女神が授けた慈悲の現れなどとも言われている。
そして、非魔道士である一般人であっても、教会での洗礼などによって女神の祝福……『生活魔法』を使えたりもする。これは『引水』『発火』『土掘』『微風』『活性』『手当』『清浄』……という小規模な魔法であり、概ねは皆が皆すべてを扱うことができる。
特に『清浄』は一瞬で入浴+洗濯のような効果があり、アルは『前世よりも便利だ!』と感激したという。
そもそも、極少量のマナ量であっても使用できる『生活魔法』の『引水』により、飲み水に困ることは少ない。
「……本気で考えた末に、こんなマヌケなことを仕出かしたってことは、野盗の真似事に慣れている訳じゃないでしょ?」
「……こ、今回が、は、初めて……で……す」
四人の少年少女。
一番年長なのは行き倒れ役の赤毛の少女。その他は十歳くらいの男の子が二人。残り一人が更に年下の女の子。
赤毛の少女もだが、それ以外の三人は更に怯えているため、これ以上脅かす必要もないとアルたちは無視を決め込んでいる。
先ほどの『銃弾』。本物の魔法……“魔物と戦うための魔法”が、自分たちに向けられたという怖さが残っているようだ。
「君たちにも事情はあるんだろうけど……こういう場合、通常は殺されて街道横にポイッ……で、終わりだからね? 君たちを殺しても僕たちには何のお咎めもない。むしろ礼金がでる場合だってある。……そういうこと、分かってた?」
「……え……?」
この子たちには常識がない。前世の記憶持ちで辺境育ちという出自のアルですら分かるこの世界の常識。
ここは既に王都へと通じる街道。王家の管理下にあり、この街道での野盗行為など、問答無用で殺されるのが普通だ。むしろ、取り逃がした側が罰せられる可能性まであるほど。
よくよく見ると、彼女たちは薄汚れているが、決して貧相な身体付きではない。むしろ発育は良い方だ。少なくとも、いまよりずっと幼い頃から浮浪児だったというわけではない筈。それにこの世界は浮浪児でもそれほど薄汚れていない。『清浄』があるから。
なので、薄汚れている=何らかの事情がある……と、喧伝しているようなモノ。
それに、年長の赤毛の少女。アルはこの子が魔道士だと勘付いている。いまもアルのマナ流動を丁寧に追いかけて、魔法の発動を気にかけている。本人は隠しているつもりだがバレバレだ。
オドオドした態度を取っているが、その実、冷静にアルの挙動に目を光らせている。
「(惜しいね。これでもう少し実力が伴っていれば……いや、そうだとしたら、さっきのやり取りで既にコリンに殺られてるな……)」
惜しいと思いつつ、アルは思い直す。彼女たちは戦う力がないからこそ生き延びているのだと。
「(うーん……この子たちが、実はやんごとなき御方のご落胤ってのが……ベタな展開か? ……いやいや、見る物や出会う者全てをゲームに絡めるの危険か? それにこんな子供たちは正規ストーリーには出てきてない……と、思うけど……結局はマルチストーリーだから全くアテにならない。そもそも全然別時代ならともかく、数年の違いでゲーム本編と被っていたら、実はこの子たちがメインキャラの一人でした! ……とかも在り得てしまう……考えるだけ無駄か……)」
アルの良くも悪くもな考えるクセ。
やれやれとばかりにコリンが代わって問う。
「君達には帰る場所はあるの?」
「ッ! ……あ、ありませんッ!」
あるのか。
本当にこの子たちは何者なんだろう?
生まれついての浮浪児ではなく、一人は貴族に連なる者。そして常識に疎く、嘘も下手。
アルはボンヤリと考え続けるが、面倒くさくなる。
「……コリン。もう面倒くさい。とっとと王都へ向かおう。関わるだけ気になってしまう」
「はぁ。アル様がそう仰るなら構いませんけど……この子たちは放置で? 未遂とはいえ、王家管轄地の野盗ですが?」
「別に良いよ。誰が見てるわけでもないし……」
「いたぞォォッッ!!! あそこだッ!!」
はぁ。何なんだよ……もう。
……
…………
「その子供たちを此方へ引き渡してもらおうかッ!!」
何故か、少女たちはアルとコリンの背に隠れる配置。喚く者たちからすると、アルたちが庇っているようにしか見えない。
「(この……やってくれたな。もしかするとコレが目的だったのか?)」
アルはチラリと赤毛の少女を見やるが、サッと目を伏せられる。完全に何らかの事情がある状況にアルとコリンは巻き込まれていた。
「ええと……まず、貴方は何処のどちら様で、どのような事情があるのでしょう? なにぶん田舎者であり、この子供たちとも先ほど見知ったまででして……あ、私はコリンと申します」
まずはコリンが下手に出て、相手の出方を観る。「戦う者」としては大したことのない連中。しかし、彼らは五人全員が馬上の人物であり、もし騎士であれば、一般・魔道の区別なく、面倒なことにしかならない。ただの野盗退治という訳でもない様子。
「貴様らには関係のないことだッ!! その子供たちを此方へ引き渡す! それだけが今この場での貴様らの役割だッ!」
アルは確認する。マナの流動が明らかに薄い。一般の兵であり、こいつらは魔道士ではない。礼儀的にも国に属する正規の騎士や兵士でもない。せいぜいが貴族家の私兵。
「はぁ……しかし、貴方様たちの所属が分からない以上はなんとも……もう一度名乗りますが、私はコリンと申す者です」
「ええいッ!! 貴様ッ! この場で叩き斬られたいのかッ!?」
連中の長と思われる者が抜剣した。
「(アホだな、コイツ。王家管轄地で名乗りと共に誰何されて応じない……だけならともかく、いきなり抜剣するとは……コレが貴族家の私兵か? イロイロと抜け過ぎだろ?)」
沈黙するアルとコリンに対して、馬上の男は二人が剣をみて震えあがっていると判断した。
「さあッ!! 邪魔をするでないぞッ! ……おい! ガキどもを捕らえろッ!」
「「はッ!」」
五人の内、二人が下馬して、子供たちを捕らえようとする。その手には縄と麻袋があり、彼らが準備をしていたことが窺える。
「……アルバート・ファルコナー男爵子息だ。お前の名は?」
「……ん?」
アルは名乗り、改めて馬上の男に誰何する。
「……よし、コリン。コイツは名乗っていないな?」
「はい。あの男はアル様の名乗りに対して応えていません。未だに名乗りもしていません。王家直轄地において名乗りに応えない者は賊です」
馬上の男の頭が吹き飛ぶ。
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