第4話 都貴族のルールの外
:-:-:-:-:-:-:-:
「ヴェーラ。もしかすると裏組織の残党にウロウロされるかも知れないから周辺に気を付けてくれ。僕は連中が父子を届けたという屋敷を張る。いけそうならそのまま乗り込む。コリンはサイラスが逃がしたという双子の兄の方の保護を頼む。
二人とも、残党や双子を追う貴族の手の者と判断したら始末しろ。治安騎士に言い訳が立つようにやるか、証拠を残さずにだ」
「承知致しました」
「サイラスにある程度場所は聞いていますので、すぐに出ます」
父と双子の妹はとある貴族家が管理する邸宅へ連れて行かれ、既に数日が経過している。
アルには手遅れだという覚悟もあるが、双子の持つ虹の瞳を所望する変態貴族は、彼等を生きたままの観賞用の奴隷とする心積もりがあったという情報もあり、多少の希望は持っている。
「(まぁ裏組織の奴らが命欲しさに吐いた情報だ。どこまで信用できるかは分かったモノじゃないけど……それでも助けられるなら助けてやりたいね。今回は貴族家の当主が相手。都合が悪くなれば奴らが自分たちで証拠を隠滅するだろうさ)」
アルは都貴族家の“生態”を多少知った。連中には連中のルールがある。逆に言えば、そのルールの外に居る自分に対して対処が遅れるだろうという目算もある。
アルが彼等を理解できないように、彼等も狂戦士を理解できない。
利得を超えた動き。力無き者を援ける……それが平民であっても。貴族の本懐を持つ者。そして、手段は直接的な暴力。
自分たちの戦場での習い……彼等が感情を超えて矜持を持つ姿勢に、アルは一定の敬意は払う。ただし、ソレは来訪者が現地の文化や風習に配慮するようなものと言ってもいい。
敬意を払いはするが、常に自分が同じルールを守るという気はない。それとこれとは話が別。アルには、自身の持つルールが優先される場がある。今回のように。
これまでも陰に潜みながら、腐った都貴族家の手の者を始末することはあったが、あくまで嫌がらせ程度であり、アルは貴族家当主にまで影響が及ぶとまでは考えていなかった。もっとも、彼の知らぬ間に影響を与えていたことはあるのだが……
そもそも、アルとしては貴族家当主にまで手を出すと後々が面倒だと思っていた。
当然の思考。辺境の田舎者でも分かること。
むしろ、南方では氏族内での繋がりや結束が強く、当主を殺されでもすれば、相手の一族を根絶やしにする勢いで苛烈にやり返す。それがお互いに判っている為、そのようなトラブル自体が滅多にない。魔物がすぐ横にいるため、ヒト族同士で争っている場合でもないという現実的な理由もある。
王都の都貴族家には無法不法がまかり通っている。
仮に現当主が暗殺されたとしても、その全てを官憲に委ねることは稀だとアルは知った。一族総出の報復なども中々にない。それは他家に付け込まれる隙。
都貴族は他家に弱みを見せる際には、予め周到に準備をする必要があるということ。
それに、アルも詳しい所までは知らないが、都貴族の中では直接的な殴り込みや暴力による暗殺はナンセンスだという風潮がある。手段としてはもちろん暴力を使うが、嫌がらせ程度に止めるという。そして、自身の家に連なる魔道士をそんな下賤なコトに使うのは家の恥という認識。
その代わりに乱用されるのが毒殺。……暴力と毒殺でどう違うのか? その違いは平民はもとより、アルにも判らない。
あくまでも、謀略により経済的な破綻を目指して鎬を削るのが都貴族の雅な暗闘。
もっともその為には違法な取引をするのは当たり前。ダメージを与えるために敵の取引現場や商取引の相手への襲撃なども常套手段だというから、アルやコリンには全く持ってその線引きが判らない。もはやソレが都貴族家の文化としか言いようがない。
「(見つからないに越したことはないけど、バレたところでね。白昼堂々と正体不明の賊に踏み込まれ、当主が呆気なく殺されました! 禁制の取引を邪魔されました! ……ってなことを準備もなしに自ら吹聴する訳にもいかないだろ。舐められたら負けってのは貴族の基本でもあるしな。非合法な報復合戦になるならいっそのことソレでも良い。こっちとしては、真正面から治安騎士に踏み込まれるよりはマシというもの)」
アルはコートネイ家の変事の後始末に関して情報を集めていた。
先代コートネイ伯爵は魔族組織との取引についての嫌疑は濃厚であり、隠滅できなかった証拠も残っていたが、都貴族家は一致団結して治安騎士や教会の介入を防いだという。そして、それは今なお続いている模様。協力してせっせと証拠を消している。
「(都貴族の矜持と言っても、突き詰めればコートネイ家の先代伯爵を守るのは、自分たちの腹も探られたくないという保身もあるだろ。これまでの利害を超えて一致団結するのも分かる。
大森林の一部の虫ケラにも似たような習性があった。恐らく、元を辿れば強大な外敵に対抗するための集団での防衛反応。彼等が生き残る為には必要な習性だったんだろうさ。
ただ……こっちもそろそろ鬱憤も溜まってたところだ。不埒な賊は民の敵。今回はファルコナーの流儀にも少し付き合ってもらう)」
アルの中には怒りがある。義憤だ。
サイラス達が持ってくる情報。クエストの予兆。そのほとんどに禁制の取引をする犯罪組織……つまりは紐の先に都貴族家が居た。
人身売買、魔族を原材料とした趣味の悪い剥製、違法な薬物、王都内へ持ち込みが禁止されている魔物の取引、死霊魔法の研究用の材料なんてモノまで……中には大通り沿いの店の中で、普通の商取引の如く堂々とやり取りをしていることもあった。共通するのは、『力無き者を食い物にする強者』という図式。
その全てに介入が出来たわけでもなく、指を咥えて見てるしかできないモノも多かった。そして、腐った連中を始末しても、所詮はほんの下っ端という虚しさ。
あまりにもな偏り具合に、アルは女神の意図のようなものまで勘繰ってしまうほど。いや、むしろ女神の采配ならまだマシだと。これが普通、ただの偶然だとは思いたくもない。だとすれば、それこそとんでもない数の“取引”が為されている証左。
そして今回も。アルも流石にいい加減にしろと言いたくもなる。
都貴族家の“生態”に則って動く。自らの怒り、その上で生き残る為の算段を踏まえて……
アルの答えは貴族家へのご訪問。
:-:-:-:-:-:-:-:
……
…………
………………
「(なるほどね。駒の一つが潰されたことで警戒はしているという訳か。つまり、この屋敷で引き渡したという情報は当たり。
この警備具合だと“コレクション”はまだ動かしていない? それとも、この屋敷自体がコレクションハウスなのか? 引き渡しをした裏組織が外注なら油断し過ぎだけど、もしかすると連中すら自前で用意していたのかもな)」
民衆区の富裕層の邸宅が立ち並ぶ一画。その中でも、元々日当たりが悪く不人気な区画にある地味な屋敷。とある貴族家が所有する別宅。
庭には恐らくは意図的にかなりの数の植樹がされており、鬱蒼とした雰囲気がある。もちろん、外から中を窺い知ることは困難。
アルが締め上げた裏組織の実行部隊の女の話では、引き渡しは庭で行い、屋敷の中には足を踏み入れていないとのことだったが……アルは庭園部分の地下にかなり広いナニかを感知する。恐らくは空洞、地下室のような場所だろうが、外からは中まで感知できないように阻害されている。
そして、当然の反応もあった。
アルが感知したということが感知される。
所狭しと敷設された感知魔法の魔道具たちが良い仕事をした。
「(魔道具は優秀だね。文句も言わずに一日中働いてさ。いまから休んでたら良いよ)」
お互いに感知し合ったことで、アルも魔道具の位置を把握。その魔道具に狙いを付けて『銃弾』を低出力でばら撒く。
警備を担当している者たちはその際のマナの揺らぎに気付けない。それを知るのは壊れゆく魔道具のみ。
「(地下室……そこが“コレクション”の保管場所? 観賞用なんだったらもっと堂々としておけよ)」
魔道具の異常に気付いた警備の者たちが動き出す中、アルは気配を消しながら白昼堂々と敷地内への侵入を果たす。
「(この木々は侵入には便利だけど、単に外部から見られないためのモノか。つまり、侵入者を中で撃退する自信があるということかな?)」
アルは鬱蒼とした庭園に潜みながら周囲を観察するが、地下の空洞以外に引っ掛かるのは、多量のマナを持つ者が屋敷の中に三人。それも三階の同じ部屋。確実に貴族に連なる者。ただし、それが護衛なのか変態貴族当人なのかは不明。
「(地下の入口もわからないし、とりあえずあの目立つ三人を目指すか)」
当座の目標をアルが見据えた時、不意に気配。慌ただしく魔道具の具合を確認する警備の者。今は見つかるよりも潜入が先とばかりに、更に気配を薄くして隠形の域へ。
ほんの少し前を通り過ぎる警備の者。アルには気付かない。
「(大森林では浅層部の虫けらにも通じ難かったんだけど……ここの連中相手なら割といけるな)」
侵入者は潜みながら静かに進む。
:-:-:-:-:-:-:-:
……
…………
「それで? 片割れは見つかったの?」
マガニー・バルテ子爵。
妖艶な女。アルの標的。変態貴族。
子爵夫人ではなく、彼女が主として爵位を持つ本家筋。
ちなみに彼女の夫はバルテ子爵配と呼ばれる。爵位は持つがあくまでもマガニーの配偶者として。
「……申し訳ございません。実のところ、任せていた“手”を一つ失いました。このタイミングで別の組織の者に襲撃されたのかほぼ全滅したと……」
「それで?」
報告をする初老の男。しかし、彼の話はマガニーには響かない。問いに対して肯定以外はあり得ない。そういう意思が言葉に乗る。
「……あ、明日には、必ずや良いご報告を……ッ!」
「そう。なら、明日までは待ちましょう」
つまり、明後日には彼の命はない。それが彼女の当たり前。
たとえバルテ家に連なる者であっても、古くから仕える者であっても、そこに例外はない。
初老の男は、自らの命運を決するために退室し、廊下を駆ける。彼女の期待に応えられなければ、即座に逃げると心に決めて。
「バルテ子爵。大通り沿いの門と庭園内の魔道具が壊されたようです。侵入者がいるはず。念のために避難を」
「あら……貴方が護ってくれるのでしょう?」
彼女は甘えた声で撓垂れ掛かる。傍に控える男に。男性に引けを取らぬ長身であるマガニーよりも、頭二つ分以上高い背丈。偉丈夫。
「予期せぬ危険があるやも知れません。申し訳ありませんが、一流の魔道士が相手ではここの警備はそれほど厳重ではありません。
俺ならば、警備を抜けて単独でこの部屋まで来れます。それも僅かな時間で。侵入者は既にこの部屋に迫っている恐れすらあります」
「……そう。貴方がそこまで言うなら従いましょう。私を安全な場所へ」
偉丈夫の胸板を堪能していたマガニーは、彼の言葉に真顔になる。即座にスッと手を差し出してエスコートを求めた。本能的なモノ。危機を感じ取る。
「……では失礼ながら。一旦は観賞室へ」
「ええ。それでいいわ」
ただ、偉丈夫……ニクラスは勘付く。既に危機はそこにあると。彼がマガニーの手を取って一歩を踏み出すことはなかった。
「……遅かったようです。敵がいます」
:-:-:-:-:-:-:-:
……
…………
「(動きが止まった。気付かれたか? 出てきた所を狙い撃ちにしてやろうと思ったのにやるじゃないか。さっき出てきた奴とは違う……もう一人の方はマナ量だけのようだけど……アレが変態貴族その人か? 当たりなら良いんだけど)」
気配を消して潜み、廊下に出てきた所を必要最小限で仕留める算段を取っていたアル。
ちなみに先程部屋から出てきた初老の男は、慌てて駆けていった廊下の先で既に亡骸となっている。明後日を待たずに彼の命運は尽きた。
即座に方針転換。アルは部屋の中に向けて、待機していた数十発の『銃弾』を開放。乱射。
アルの『銃弾』は魔法であり発砲音はないが、邸宅の扉や壁を突き破り、室内の調度品に当たれば、当然の事ながらそれらの壊れゆく音がする。隠形を見過ごした警備の者でも流石に気付く程の音。
「しゅ、襲撃だァッッ!!」
「屋敷の中だ!」
「マガニー様を守れェェッ!!」
アルは『銃弾』の乱射が止まらない間に部屋の中に飛び込み“敵”を見る。
「(手応えが無いと思ったら……まさか『銃弾』を正面から防ぐとはね。あれは砂か?)」
相手を確認したということは、相手もアルを確認したということ。先ほどの魔道具と同じ。
砂を操る偉丈夫のニクラス。
彼はアルの『銃弾』をマナで構成された大量の砂で厚みのある壁を構築して防ぎ、その上で部屋に飛び込んで来た敵を迎え討つ。
意思を持つかのように、アルへ向かって砂がその形を変えながら、複数の槍となり鋭く伸びる。
「(見た目はパワー系な大男なのに、魔法は技巧派か。砂て……どれだけマナの制御が精密なんだか。汎用性もかなり高そうだ)」
迫る砂の槍を躱しながら、アルは室内を駆けて『銃弾』をばら撒く。……が、その全ては砂の壁に阻まれる。ニクラスが操る砂の塊は厚みがある上に常に流動しており『銃弾』の衝撃を吸収する。
貫通して攻撃を届かせるには連射する『銃弾』では威力不足。そして流動する砂を一瞬散らすことができても“壊す”ことはできない。
ニクラスの砂は粘土細工や流れる水のようにその形を変えるが、瞬間の強度はアルが日常的に纏う身体強化を突き破るほど。砂の槍がかすめた際に皮膚を薄く裂いた。
砂の槍、砂の鞭、砂の剣、砂の盾、砂の壁。
ニクラスは砂を操り、形を変えながらアルの動きや『銃弾』にすら対処している。そしてそれはアルも同じ。
「(……都貴族には辟易していたけど、それでもこれ程の強者が居るのは少し安心する。魔族との戦争においては間違いなく王国の戦力だ。……まぁ彼が戦争で活躍することはないけど)」
「(コイツ……俺の『操流砂』の動きをこの距離、この短時間で見切ったか……)」
ニクラスはまず敵の排除をと考えていたが、アルの動きに砂が追い付いていない。
攻撃の悉くが躱される。当たらない。躱され続ける。点ではなく、砂を拡げて面で捕えようとしても、アルの動きを捕捉できない。それでも止むことなく攻め続ける。
「(ふむ。バルテ子爵を先に逃がすか……)」
マガニーはニクラスの創った砂の球体の中。何度か『銃弾』がヒットするが、ほんの一瞬砂が飛び散る程度で、直ぐに砂が流動して穴を埋める。防御系においてはかなり有能な魔法。
「(あの砂の球体の中に居るのは重要人物か……これは本当に当たりかもな)」
アルは阻まれるのを承知の上で『銃弾』を乱射しながら、今は部屋の中央付近にて最小限の動きで砂の槍やら剣を躱し続けている。『銃弾』がここまで通用しないのはヒト族相手では初めてのこと。ニクラスはナイナと違い、明確にその“技”によって正面から『銃弾』を防いでいる。
ニクラスは至近距離からの未知の魔法を防ぎ続けており、この短時間でアルの僅かなマナの揺らぎを看破し、『銃弾』が射出される兆候すら既に感じ取っている。
砂の攻撃がアルに躱され続けているが、ニクラスは特別に焦りもない。相手の攻撃も防ぎ続けることができると踏んでいる。
敵を認めているが、自らの能力にも自負がある。強者。
「ニクラス。飽きてきたわ。まだなのかしら?」
「……バルテ子爵。しばしの御辛抱を……」
不意に砂の球体から声。そして子爵と。アルは当たりだと確信する。
「(終わりだ。ヒト族の魔道士とは戦い慣れていないけど……いい勉強になったよ。虫ケラとはまた違う強さがある。この大男、相性もあるけどヴェーラでは決め手が無かったかもね。こんな至近距離で、初見の相手にこうも『銃弾』を完封されるとは……本当に強い魔道士だ。侮れない)」
アルはこれまでと同じように砂の攻撃を躱しながら、『銃弾』を乱射。その悉くが砂に阻まれる。同じことの繰り返し。通じない。
しかし、ニクラスには強い警戒。何か仕掛けてくる。そんな気配を感じる。守勢にまわる。砂の壁、その厚みを増して流動を激しくする。
砂の壁の隙間から覗く姿。ふと、ニクラスの眼には敵の姿が陽炎のように揺らいで見えた。
次に彼がアルの姿を確認したのは、自身の腹に風穴が空いた後。
致命の一撃を喰らったその後。
:-:-:-:-:-:-:-:




