第3話 虹色の瞳
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「身請けだぁ? 何だ、お前さんはサイラスたちを外に出す気があったのか? それなら、ジョーイとエリザなら俺が受けてやってもいいぞ? あいつらは客受けも良いしな」
アルはさっそくにバルガスへと相談するが、ある程度の事情を知る彼にも誤解があった。元より説明もしていないから当然ではある。
「え? バルガスさんも? ジョーイとエルザを?」
「あぁ。とは言っても、何かあった時にケツを拭いてやる程度だ。それに給金も今以上は早々に出せんがな。まぁ住む場所と飯くらいは当然面倒はみるぞ」
王都は冷たい。そう思っていたが、そうでもない一面をアルは知る。ここが外民の町だからという注釈も含めて。
「えぇと……一応、聞いても? 何故に彼等の身請けを?」
バルガスの呆れ顔。分からないのか? という顔でもある。
「あのなぁ……お前さんはまるで貴族っぽくはないが、それでも貴族に連なる者だ。にも関わらず、浮浪児たちを保護した。奴隷や玩具としてではなくな。
そりゃ何かしらの見返りはあったんだろうが、サイラス達は昏い眼をしなかった。傍から見ている限りは無償の支援だ。
そして、元浮浪児たちは真面目に働いている。そこらのどら息子や放蕩娘よりもまともなくらいだ。与えられた機会を活かしている。……俺はそんな連中を見て、何も思わんような性根はしていない」
スキンヘッドに隻眼という如何にもな人相のバルガスが、溜息混じりながらも、真剣な表情でアルを見る。知らない者が見れば、明らかにアルを恫喝している図に見えただろう。
「……そんなに高尚なモノでは無かったんですけどね。まぁバルガスさんがその見た目に反してお人好しなのを再確認しましたよ。あ、それなら……僕があの子たちを抱え込んで離さない訳じゃないことをそれとなく流しておいてくれます? 当人が望むなら、身請けの話を聞くと……」
「……いいのか? お前さんは貴族に連なる者である事を隠しているんだろ? そんな話を流すと、話をしに来る奴らに顔が割れるぞ?」
いつの間にか、正体を隠して浮浪児を支援する篤志家のような扱いになっていることに、アルは苦笑いしかでない。また、この付近で貴族扱いされない理由の一つが判明してしまう。バルガスが勝手に気を回していたと。
「いやいや……別に隠してないし。そんな風に見られていたとは……ま、まぁいいや。今夜、サイラスたちと身請けの事も含めて相談してみますよ」
ティムといい、バルガスといい……色々と消耗したが、決して悪い話ではない……と、自分に言い聞かせながらアルは帰る。ギルドへ。
……
…………
「……と、言うわけだ。僕の無知から、君たちへの身請けの話を潰していたみたいでね。既にサジ、ジョーイとエリザに話が来ている」
流石に酒場で働くサイラスの帰りを待ってからの為、この場はアルとコリンに年長組の四人のみ。ヴェーラは年少組を寝かせつけて見張りに立っている。
「……それはつまり……僕達は用済みだと……?」
サイラスが、まるで出会った時のような緊張感を纏っているのがアルにも容易に察せられた。
「はは。何でそうなる? 言ったろ。君達が王都で自立できるならそれを手伝うと。悪いが僕の目的はまだ継続中でね。できるなら身請け先へ行った後も情報は欲しいという下心はあるけど、別にサイラス達が嫌だと言うなら無理強いすることはない。ここに居たいなら居れば良い。それに、ここを出たからといって、はいさようならとなる訳もない。もし先方に不埒な真似をされたら言えば良い。僕もだが、何よりヴェーラが許しはしないさ」
アルは敢えてわかり易く笑い飛ばす。ただ、ヴェーラが許さないのくだりは、年長組にはその意味が解り過ぎるため、違う意味で内心に恐怖を抱いたという。
ヴェーラはサイラス達に優しく慈愛に満ちているが、敵に対してはそうではないと知っている。年長組は何度か彼女が不埒な賊を撃退する様を見たこともあった。
普段とのギャップはアルもだが、サイラス達からすると日常的にヴェーラの優しさに触れている為、敵を前にした冷酷無比な彼女の姿は見たくないと思ってしまう。
「……あ、あの……アル様。俺の身請けを求めているのは、テ、ティム親方……でしょうか?」
オドオドとした小柄な少年……サジが問う。その姿には期待と不安がある。
「そうだ。ティム親方がサジを弟子として……家族として迎えたいとまで言ってくれたよ。あ、ちなみにジョーイとエリザは当然のことながらバルガスさんだ。それで、ティム親方であればサジはどう?」
もう答えは決まっている。アルはそう確信した。ティム親方がサジを求めていることを知った時、彼の眼には喜色が浮かんだ。サジも求めている。
「お、俺は…………。ア、アル様、もし親方の所へ行っても、俺、ギルドに来ても良いんですか?」
「当然だ。サジにとっても、サイラス達は苦楽を共にし、まさに死線を潜り抜けてきた仲間だろ? 来たい時に来れば良いさ。会える時に会うってのはファルコナーの流儀でもあるしな。……とりあえず、別に今ここで答えを表明しなくても良い。仲間たちで相談したいこともあるだろうし。別に考える時間だってある。いまはサジにも選ぶ自由があるからな」
サジは静かに頷き、色々と考えている模様。同じく身請けの話が出たジョーイとエリザも。
ただ、サイラスはまた違うことを考えてた。
「……アル様。僕たちの身請け先については分かりました。……まるで逆の話で申し訳ない上に図々しいことなのですが……実はアル様に保護を求める相談が……」
「僕に保護を? まぁとりあえず聞こうか」
アルとしては気軽な相談のつもり。特にサイラスのもたらす情報はクエストなりイベントなりに通じていることも多く、次は何かな? ……と、そんな程度の気構えだった。
……
…………
………………
「アルバート殿。悪いがこっちも仕事でね。いくらアンタの頼みであっても、そう簡単に引き下がることもできねぇな。俺たちにも面子というモノがある」
「まぁね。それは流石に分かるよ。アンタたちも裏の組織だ。面子を潰されたら引き下がる訳にもいかないだろうさ。特に王都ではその最たるモノが都貴族だろうし。腑抜けてはいても、連中も覚悟を決めるとかなり苛烈なようだからね」
明らかにカタギではない者達にアルとコリンは囲まれている。
室内の調度品はそれぞれが高級品ではあるが、そこに並ぶ連中のガラは悪い。典型的な裏組織の事務所といった風情。
アルが学院に正式に入学する前。アンガスの宿に長逗留していた頃に“仲良くなった”とある裏の組織。
サイラスの相談。アルに保護を求める者。明らかにマズい事件……というか一方的に追い掛け回されることになった父子。
その父子はサイラスが働く酒場のマスターに助けを求め、一時は酒場の二階の下宿部屋で匿っていたそうだが、追手は裏の組織の者たち。結局、その父子は連れて行かれた……筈だった。
「でも、双子だと言う情報なしに一人だけ連れて行って依頼人に大目玉を喰らったってのは……流石に笑い話でしょ?」
「……くッ! ……てめぇ……ッ!」
そう。目当ては双子の子供達の方。双子は兄妹であり、彼等は魔族の血を引く故なのか、はたまた別の理由なのか、突然変異か先祖返りなりで虹色の瞳を持つという。兄が右眼。妹が左眼。片方ずつ。
アルにとって胸糞悪い話ではあるが、とある変態貴族が兄妹の虹色の瞳を“コレクション”したいとなり、裏組織に手を回して父子を追い掛け回していたとのこと。
「(まったく……やたらと人身売買やら趣味の悪いコレクションだとかに関わるよな。都貴族にはそんな変態ばっかりなのか? いっそのこと証拠を集めて聖堂騎士団でも誘導してやろうか? まぁ教会も上層部連中は清廉潔白という訳でもないらしいけど……都貴族家に一気に迫れない治安騎士団よりはまだマシだろ)」
結局、父と妹は捕まったが、兄は逃げ果せていた。そして、その兄の逃走を手伝ったのがサイラス。
彼の手引きにて、かつての浮浪児だったころの横の繋がりで、兄の方は裏通りを転々として逃げ回っている状況。
サイラスも、今となってはファルコナー流のマナ制御をある程度使いこなすことが出来る。その力を持って、いつの間にか外民の町の浮浪児たちの一部をまとめ上げていた。現状、給金もそのほとんどを浮浪児達の為に使っているという。
流石にアルとコリンはその事実を聞かされてサイラスを叱った。早く言えと。その程度は必要経費として払うと。
悶々とサイラスは悩んでいたが……身請けの話が出た際に思い切ってそんな諸々をアルに打ち明けた。幸いというにはどうかと思うが、父子を直接連れて行ったのは、アルも良く知る“仲良し”な裏組織だったという。
「いや、直接関わりのない所でなら、アンタ達の“仕事”自体には目を瞑っておこうかと思ったんだけどさ。僕の身内がその父子を助けてやりたいと言うものでね。ちょっと話を聞きに来ただけだよ。
既に父子は依頼主の元に送られているし、残った双子の兄をアンタ達が血眼になって捜しているってことでイイ? 依頼主の変態貴族を教えてくれるとありがたいんだけど?」
「……おい。舐めるのもいい加減にしとけよ? アンタはヤバい魔道士なのかも知れんが、あくまで俺たちは組織だ。バックには都貴族だってついてる。アンタ自身が四六時中、身内《ガキ共》に張り付いて守ることも出来ないだろ? あんまり調子に乗らないことだな……ッ!」
顔面を寄せながらメンチを切り、アルにとっては微風にもならないマナの発露。明確な悪意に害意。周りの者たちのマナも騒ぐ。
決裂。分かり切ったこと。いや、裏組織の者からすると舐められない為の軽い脅しに過ぎなかったのかも知れない。
アルは情報源の一つとして利用するために彼等を敢えて野放しにしていたが、そもそも彼等と“仲良く”なった経緯もフランツ助祭の始末を断ったことから。その判断が気に入らないと中途半端に手を出してきたのも連中だ。
軽くやり返した後、あまりにも呆気なく白旗を上げられて手打ちとしていたが、彼等の“仕事”が身内に及ぶなら関係は終わり。そもそも暗殺の請負までしている組織。今回も合意のない人身売買。無辜の民への害悪。
そして何より、彼等の情報自体も身内の頼みに勝るモノじゃない。
こうなっては仕方がないとアルはあっさりと諦める。次を探すかと。
「そっか。じゃぁお別れだ。貸していた借りを返してもらうとするさ」
その場に居た魔道士崩れであっても、その瞬間は知れた。
アルとコリンが纏うナニか。
自らの終わり。その“死”。
……
…………
………………
ある日、とある裏組織の事務所と目される場所が襲撃を受けた。
当時事務所に居たと思われる全員が、鈍器のような物による殴打、あるいは剣撃によって殺されているのが発見される。特別なマナの痕跡は感知できない上、被害者達は全員がほぼ一撃のもとで斃されている為、襲撃者たちはかなりの腕を持つ非魔道士ではないかと目されている。
駆け付けた治安騎士によると、別の裏組織との抗争の線でまず調べを進めている模様。
ただ、事務所にあったであろう金品の多くが奪われた形跡もあり、敵対組織とは関係のない、裏組織を敢えて狙った計画的な武装強盗の面も並行して調べを進めているという。
……
…………
………………
「王都とは怖い場所ですね。ヒト族同士の争いがこんなにも醜悪だとは……」
ふと独白のように静かにコリンが呟く。
「コリン、それは連中を利用していた僕のことを暗に批判してるよな?」
「むしろ暗にではなくハッキリとですね。民を害する連中をわざわざ使わなくてもという気はあります。奪った連中の金だって、元々は無辜の民への害意によって得たモノでしょう? ……ま、俺の言っていることが綺麗事だというのは流石に分かりますけどね」
頭では分かっているが、コリンには実感として納得は出来ない。
ファルコナー領では、比較的栄えている領都であっても裏組織のようなモノはない。
良い悪いの倫理の話ではなく、辺境では社会からあぶれた者はそのまま死ぬか軍に入って性根を叩き直すしかない。中途半端なままの連中を許容するほどの余裕がないというのが正しい。
一方、豊かで、魔物の脅威もほぼないという平和な筈の王都では、社会からあぶれた者達が徒党を組み、非合法な手段で利益を得ている。更にその連中には必ずと言って良いほど都貴族の紐がついているという有様。
平民の間では「清廉な都貴族」という慣用句まであるという。意味は“あり得ないモノ”。
アルの語る魔族との戦争はともかく、貴族同士での争乱などについては『流石にそんな事は起きないだろう』とコリンは考えていたが……王都でほんの一ヶ月ほど過ごした程度で、既にその考えは揺らいでいる。
「やられたらやり返す……僕はファルコナーが、大森林の虫ケラ共との殺し合いが懐かしい。別に戻りたい訳でもないけど、あそこは単純明快で良かったよ。王都では我慢しないと駄目な場合も多いしな。ヒト族同士で、同じ国の中でよくやるよ……と、呆れることもだ」
「それでも……貴族家当主にまで手を出すと面倒だと知りながらも、アル様はサイラスの頼みを聞くのでしょう?」
当然のことだとアルは頷く。身内が大事。この一点だけは都貴族にも通じるだろうと皮肉な思いも浮かぶ。
それに、アルには久しぶりに引っかかるものもあった。
虹色の瞳を持つ者。
ゲームでは主人公達に関わるイベントキャラだった筈。アルの記憶が薄っすらと疼く。
「(確か……何らかの便利スキルなり魔法なりの取得クエストの筈だ。でも、こんなに切迫した状況ではなく、もっとこう……ほのぼのとした双子との交流的な内容だった気がするけど……?
まぁクエスト的なモノなら、虹の瞳の子たちを保護できれば、それとなくダリル殿達にも接触したいよな……シルメス殿とも未だに約束が取り付けられてないし……)」
ゲームにおいては、亜妖精の力を受け継いだという虹の瞳を持つ双子と主人公達が交流し、スキルが封入されたアイテムを得るという内容だが、この世界にはそんなアイテムはない。そもそもゲーム的なスキルもない。
そして、もちろんゲームの中では双子を巡っての非合法組織や都貴族との抗争なども描かれてはいない。
ここからは世界の異物。アルのエピソード。
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