第5話 アル、魔族を知る
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「……はぁ。エイダ……ヴィンス殿が庇った者でしたね? その彼女が出奔して、僕への復讐を企てていると?」
アルからすれば『だからどうした?』という話。
確かに今ではサイラス達を抱えているため、彼ら彼女らを標的にされると泣き所ではある。サイラス達にも基本の“技”は指南しているが、流石に魔道士相手にどうこう出来るレベルではない。
……が、仮にあの一件からエイダが急成長を遂げたとしても、警戒するヴェーラをそう易々と抜けるとは思えない。勿論、エイダが他の者を伴って組織的に動くとなれば、守れない子も出てきてしまうが。
「……然様。ちなみにエイダの名は剥奪し、いまはナイナじゃ。あの者がどう名乗っておるかは知らんがの。アル殿には興味はないかも知れんが、生まれた時に付けられた名を剥奪するというのは、わしら一族の中では重い処罰でな……まぁそれは良いとして、ナイナが出奔しただけなら一族の問題でしかない。あの者をアル殿の眼に触れさせないと約束したのはこちらじゃ。わしらも見つけ次第……あの者を始末する方向で動く。しかし……事はソレだけでは済まん……二つ目の話にも通じるのじゃが……」
ヴィンスはハッキリとナイナを始末すると言った。その言葉に対して、周りの幹部連中のなかには、明らかに不満を感じている者もいる。流石にアルにもそれは察せられた。だが、それでもヴィンスはまったく揺らがない。以前にあった甘さのようなものが無くなっているとアルは感じていた。
そんな彼がまたしても言い淀む。流石にアルも早く話をしろとせっつくこともない。言い淀みはしているが、ヴィンスにはある種の覚悟が決まったのが分かったからだ。出された茶に口をつけながら、静かに待つ。
「(もう話をすることは決めたみたいだけど……そこまで重大な秘密でもあるのか? エイダ……いや、ナイナか。あの彼女が悪意を持って僕に向かってくるのは、あくまでも彼女と僕の問題に過ぎない。殊更にヴィンス殿たちに責任を問うような真似はしないつもりだけどな……? まぁ一族のケジメと言えばそうなのかも知れないけど……)」
つらつらと考え事をしながら待っていると、ヴィンスが改めて口を開く。
「……アル殿。まず最初、わしは其方を何かしらの密命を帯びた者だと勘違いしておった。しかしそうではなかった。アル殿はわしと偶然出会い、知己を得ただけ。……まことにこの世は、良くも悪くも不可思議なことだらけじゃ。
アル殿よ。其方は………………わしらが『魔族』であることを知らんままじゃな?」
沈黙。ヴィンスの言葉がアルに染み込むのにしばしの時を要した。
「(…………は? まぞく? ……って、あの魔族か? え? ヴィンス殿たちって魔族なの? なんで?)」
混乱はあるものの、ついにアルは魔族を知る。もっとも、ヴィンス達からすれば今更過ぎる話ではあるが。
……
…………
アルはお茶と茶菓子のお代わりを貰い、ほっと一息ついて気を落ち着ける。マナは平静さを保っているが、心情的に混乱するのはまた別の話。
ヴィンス曰く、アルとのあの一件以来、一族の方針を転換したという。それに不満を持つ者たちがナイナを連れ出して出奔したとのこと。
先にヴィンスが述べた通り、それだけなら一族の問題に過ぎない。アルに注意を促しつつ、自分たちでナイナ達を狩り出せば良いだけ。
だが、すんなりとそうはいかない問題があった。融和派と開戦派の諍い。
「……わしらはヒト族の社会に溶け込む道を選んだ魔族じゃ。便宜上融和派と呼ばれておる。そして、出奔したナイナたちを抱え込んだのは、魔族領本国から密命を帯びて王国へ入り込んでおる、開戦派と呼ばれる連中……と、思うておったのじゃが、そうではないようでな」
「はぁ。融和派に開戦派ですか……(確かゲームでも出て来てたな。魔族同士でも諍いがあってなんたらかんたらと……でも、本格的に魔族が出てくるのは中盤以降だった気がするんだけどな。いやいや、もうゲームの細かいストーリーは参考程度にしかならない。無理に考えないでおこう。考えるとどうしても引っ張られてしまう。この世界にはこの世界の設定と流れがある)」
アルは魔族を知り、少し拍子抜けしてしまったのは事実。なんだ、ヒト族と変わらないのか……と。
同時にヴィンス達が言い淀んでいた理由も分かる。それはそうだと。
「実のところ、最近では王国内……特に高位貴族の間で反魔族の機運が高まっておるようでな。わしらの立場を保証してくれていた王国の協力者……“庇護者”と呼んでおるのだが、その方々とも連絡が付きにくくなっての。そういうこともあり、わし自らが開戦派と接触し、目立つ行動を控えろ、わしらに構うなという対話の場を持った。
そこで発覚したのじゃ。ナイナたちに数年前から接触しておった開戦派を名乗る連中が別に居たとな。正規の……という言い方もおかしいが、わしが交渉した開戦派とは違う連中じゃ。そやつらの目的が分からん」
「(……反魔族の機運は確実に『託宣の神子』絡みだろうな。なんだっけ? 魔族と接点を持ち、王国に百年の苦難の暗黒がなんたら……だっけか。そりゃ神子を魔族から遠ざける為にも、反魔族にもなるわな。もしかすると、ゲームで描かれていた貴族家同士の内乱に近い暗闘ってのは、コレが原因か? いや、まぁこの世界で実際に内乱が起こるかも分からなくなってきたけど。それに、開戦派を騙る魔族たちか……モロに魔族側の“暗躍する敵役”って感じだな。テンプレ的に四天王とかいたりして……)」
ヴィンスの話を聞きながら、益体のないことも含めてアルは考える。……が、結局は『面倒くさいな』となってしまう。アルも一応、今では体制側の協力者。王家の影に情報を渡せば、ある程度はその暗躍する敵役たちを炙り出すこともできるだろうと丸投げの思考。
仮に敵役側が一部の都貴族たちと結託していても、そこは体制側の強み。捜査機関を動かすこともできる筈。アルにすれば『ビバ権力』となっており、あまり危機感はない。
それよりも、アルの頭の中では、魔族との戦争について考えが廻っている。勿論、魔族との戦争についても、もはや本当にゲーム通りに勃発するかも不明瞭な状況ではあるが……。
アルは思っていた程に魔族がヒト族と変わりがないと知った。つまり、やりようによっては、都貴族が腑抜けであっても、数の均衡さえ取れれば渡り合えるはずだと。少なくとも、この屋敷にいるヴィンスや幹部連中が全員で束になっても、父であるブライアンの敵ではない。いざという時の安心感が違う。そういう算段がアルの中を巡る。
「……つまりヴィンス殿は、開戦派を名乗るまったく別の魔族組織があることを……僕から王家の影へ情報を上げてくれということですね? これが二つ目の話ということで?」
「……端的に言えばそうじゃ。王国に対しては“庇護者”の了解もなく、わしらが直接動くことは出来んからの。ナイナを始めとした一族を出奔した者たちはわしらも追うが、やはり王国側にも情報は伝えておかぬと、わしら諸共『魔族』という一括りで処分されかねんという危機感もある」
既にヴィンスには長としては甘さはない。拾った命の意味を理解できなかった。そんなナイナを本気で狩り出すつもりではある。しかし、王都で活動する以上は、それこそ体制側にある程度の根回しも必要であり、その橋渡し……せめて情報のやり取りだけでも、アルに頼みたいということ。それが今回のヴィンス達の相談事。
「まぁどうせ僕が上げた情報なんてのは、王家の影が更に真偽を精査するでしょうし……別に今の話を彼等に伝えるくらいはしますよ。どうせ近々別の用件で会うことになるでしょうから、そのついでということで……」
「すまぬ。アル殿。忝い。本来はわしらで完結せねばならぬことではあるが……御助力に感謝致す。……流石に王家の影ともあればわしらのことは把握しておるじゃろうし、得体の知れぬ開戦派を名乗る連中のことについては、本来の開戦派の者たちとも情報共有程度の協力体制は敷いておる。何か続報があれば適宜連絡できる」
融和派と言いつつ、開戦派とも調整ができている。ヴィンスの長としてのバランス感覚は本物。
このまま王国に反魔族の機運が高まり、どうしても王都を離れないといけなくなった際を想定し、ヴィンスは一族の為に選択肢を一つでも多く残すように動きつつある。選択肢の中には、開戦派を頼る……すなわち魔族領本国も含まれている。王国の各辺境地もだ。あ、ファルコナー領は考慮外です。頼まれても行きません。
「……さて、これでわしからの話は一段落となるのじゃが……アル殿はわしらが魔族だと知ってもあまり驚かんのぅ……いや、別に驚いて欲しいという訳でもないが……」
「いえ、驚きはもちろんありますよ。ただ、失礼ながら、僕は魔族というのは角が生えていたり、鉤爪を持っていたり、獣の特徴があったり……そんな勝手な印象を抱いていたので……」
アルの魔族のイメージは、まさにゲームで登場する魔族の姿。
ヒト族と同じようなビジュアルの者も居たが、基本的にはヒト族よりも強靭で異形な者達として描かれていた。だが、そのイメージのままであれば、とっくにヒト族と魔族のバランスは崩壊している。今頃ヒト族は魔族に隷属して生き延びるのみだろう。
しかし、この世界においては大多数の魔族はヒト族とそう変わりはない。平均的にはヒト族よりも、多少はマナ量が多く、魔法の扱いに長けているが……それでも総合的には、貴族家のように血統や秘儀の魔法を継承し、体系だった魔法知識を集積しているヒト族の方に軍配が上がる。
「ほほ。まぁ教会が言う魔族とはそんなモノじゃな。実際にはヒト族と然程変わらん。この中にも角や鱗を持つ者も居るが、髪の毛や衣服で隠せる程度だったりする。実のところ、アル殿の思う魔族……そういう特徴を強く持つ者は『真の魔族』と言われ、俗に“魔人”などと称されておる。
融和派魔族の中には数人しかおらん上、目立つ故に皆王都を離れておる。……そのマナ量から一時はナイナがそうだと思うたこともあるがの……魔人については、恐らく魔族領本国においてもそう数は居らんはずじゃ。ヒト族で言うところの、古貴族や大貴族の力在る当主クラスといったところかの……」
「へぇ〜そんな違いが……真の魔族……魔人……ですか。(う〜ん……その魔人とやらが父上クラスだと安心は出来ないな。一人で戦況を変えそうだ。せめて普通の大貴族家の当主クラスであって欲しいね)」
アルはあくまでも戦力として魔族を測っている。そこに差別はない。区別があるだけ。敵か味方かという冷徹な線引き。
「(……アル殿は魔族の力に興味がある様子……彼は魔族との戦いを望む者だったか? いや、わしらが魔族と知っても特に態度に変わらない。熱心な女神信仰者という訳でも、魔族の排斥を訴える者とも違う……はて?)」
「(ヴィンス殿達は王国の庇護を受けているとは言え、今後の情勢次第では分からないか……まぁそれも仕方ない)」
話を続けながらも内心ではそれぞれに思うことがある二人。
ヴィンスは王国の庇護が無くなるのであれば、一人でも血族を残すため、生き延びれる者を一人でも多くする為に動く。その為の準備は既に始まっている。
そして、そういうヴィンスの長としての覚悟はアルにも薄っすらと察せられた。
庇護を失えば、自分達の足で歩くしかない。ヴィンス達がその時、王国の敵となる道を選んだとしても、それは当たり前のこと。生き延びる為の選択に過ぎない。その決断自体を誰も咎めることなど出来ない。
アルは敵となった者に容赦はしないが、相手がその道を選ぶこと自体に頓着はない。尊重すると言っても良い。座して滅ぶより、よほど賢明だとも思う。
「ヴィンス殿。エイダ改めナイナのこと、開戦派を騙る連中のこと……しかと承知致しました。僕が口を挟むことではありませんが、この先、ヴィンス殿たちがどんな道を選んでも、僕はその選択が間違いだとは思いませんよ。出来れば敵味方に別れて会いたくないですが……それはそれ……ということで」
「……ほほ。もはやわしも覚悟の上よ。じゃが、ナイナのことや怪しい開戦派連中については、アル殿や王国の利に背くことはせんと誓おう。そこはケジメじゃ」
アルは当然のこと、ヴィンスも気付いている。彼等の会話を納得できぬと不満を募らせている者たちが周りにいることを。
融和派魔族の長として、ヴィンスは覚悟を決めた。
王国内の反魔族の機運の高まりにより、王国の庇護の下に安穏と暮らせる時代に終わりが近付いているのをひしひしと感じている。
もはや一族の存亡の危機と言っても過言ではない。そんな最中にあって、自身の感情を優先して長の指示に従えぬ者を、ヴィンスはもう優しく叱責したりはしない。
「ヴィンス殿。改めてお伝えしておきましょう。僕は礼を尽くされると礼を返す。尊敬に値する者には敬意を払う。そして、害意には害意を。悪意には悪意を返す。それがファルコナーの『やられたらやり返す』という流儀です」
「アル殿。分かっておる。わしは、アル殿の、ファルコナーの流儀とやらを十分に理解しておる。……そういえば以前に言うておったな……『勝てない魔物に手を出して返り討ちにあった』と。アル殿に手を出すということは、そういうことなんじゃろうて……」
ここにアルとヴィンスの間で成立した。
アルはヴィンス一族の者であっても、害意を持って向かってくるなら殺す。そして、ヴィンスはそれを容認する。
まさに殺人許可証の契り。
アルとしては、王国の庇護下にいる魔族であることを承知の上でやり返すと、後々の始末が面倒くさいと感じていただけだったが……
珍しくもファルコナーの流儀に限定的とはいえ、正当性が生まれた。
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