第4話 復讐者
:-:-:-:-:-:-:-:
「(もう何だか懐かしいな、この道。ヴィンス殿か。茶飲み話の相手としては魅力のある御仁だったが、一族の長としては少し頼りない印象があったな。まぁ彼等一族にも色々とあるんだろうけどさ)」
黙々とアルは先導する男の後を付いて行く。
道案内などは本来は要らない。学院に来た当初は毎日のように通った道。
学院の敷地の外れ。訓練用なのか他の目的のためなのか、そこには整備された林がある。その林の中へと続く小道。
その小道が行き当たるのは、学院の庭師が使用する仕事道具を置くための小屋と住み込み用の屋敷。
ヒト族の社会に溶け込む融和派と呼ばれる魔族たちの拠点。ヴィンスはその纏め役。一族の長。
アルは彼等のそのような素性までは知らない。しかし、流石にヴィンス達がただの学院の庭師などではないことは理解している。
一介の犯罪組織や王国に敵対する勢力などではあり得ない。そんな連中に学院の中にまで喰い込まれるほど、王国や学院は無能ではないだろうとも思っている。
恐らくは、王家なり大貴族家なりの意向により、何かしらの任を帯びて学院に配置されている者たちだろうとアルは考えていた。
当たらずとも遠からずというところではあるが、ヴィンス達が魔族であるということまでは考えが及んでいない。推測すらできない。
「(いまさら彼等の氏素性を明かされても面倒な予感しかしない。でも、わざわざ隔意を持つ僕に対して火急の用となると……荒事関連か、はたまた王家の影への繋ぎか……う~ん……その程度しか思いつかないな)」
アルはいつもの如くぼんやりと考え事をしながら歩く。先導する男の感情などは考慮の埒外。
「(……くッ! いかにヴィンス老の厳命があるとはいえ……ッ! こ、このようなモノが相手であるなら……いっそ……ッ!)」
が、気の迷い程度であっても、相手に害意が芽生えるなら話は別。
「別に良いですよ? 僕は復讐を否定はしません」
「……ッ!!?」
二人の歩みが止まる。
男は振り返ることができない。自らの感情にかまけて気付くのが遅かった。いまは相手に背を向けている。そして、アルにとってはいっそ呆気ないほど必殺の間合い。男にとっては分が悪すぎる。何も出来ずにただ死ぬだけ。
「相手に害意を持つときは、やり返されるのを想定すべきですね。過去の一件から学んでいないので? 僕が黙ってやられるままの奴だと思われてるなら心外ですよ。
……貴方はヴィンス殿からの命令、与えられた役割を果たす道を選んだ。僕への隔意を抑えて……私心を捨てて役割を果たそうとするその姿は尊敬に値します。
僕を殺したいなら、もっと上手くやることをおススメしますね。ほら、もう屋敷ですよ? ヴィンス殿たちが待ってるのでは?」
「……ぐッ……こ、こちらだ。あ、案内する……」
振り返ることなく、ぎこちなく男の歩みが再開される。激情に呑まれかけていた男は冷静さを取り戻す。そして思い出す。
相手は一族の若手の中での実力者たちを、一切の反撃の余地なく殺した奴だと。
「僕は尊敬に値する方へは敬意を払います。……でも、二度はない」
いっそ独白のような呟き。だが、その一言一句は男の全身に染み渡る。
命を拾った男。その男の案内にて、屋敷へと招かれるアル。
……
…………
「……アル殿。急にお呼びだてして誠に申し訳ない」
学院に来た当初はアルも通い慣れた屋敷。
勿論建物自体は同じ。変わりようもないが、当時とは雰囲気がまるで違う。
ヴィンスをはじめ、一族の幹部連中と思われる者たちがずらりと並んでおり、皆一様にその表情は暗い。全体の雰囲気が重苦しい。明らかに厄介事の匂い。
「お久しぶりですヴィンス殿。まぁ別に呼び出しについては構いせんよ。何やら火急の用なのでしょう?」
「……うむ。……そうではあるのだがのぅ……」
「(何だよ? 呼び出しておいて歯切れが悪いな。こんな雰囲気なんだ。どうせ碌なことじゃないのは分かるんだから、とっとと用件を言って欲しいね。話が長くなるなら茶菓子でも出して欲しいくらいだよ)」
ヴィンス達の深刻そうな様子を見て、逆にアルは気が抜けた。事情は知らないが、何やら重大な悩み事。厄介事。……であれば、自分に出来ることなどそうはないだろうと……アルはそんな風に割り切っていた。
「……まず、こうしてアル殿を呼び立てておいてなんじゃが、わしは未だに話をするかどうかも迷っておる。……気付いておろうが、わしらもしがらみのある身じゃからな。アル殿のことは悪いが調べさせてもらった。当然こちらの手の者のこともアル殿にはお見通しだったようだがの……」
「ええ。何度か見張りや尾行を撒きましたね。僕にも知られたくないことくらいはありますから。ただ、流石に僕が王家の影と接触していることは把握済みでしょう? 頼み事はソッチ関連ですか?」
並んでいる幹部連中と思われる中の数名がピクリと反応した。尾行を撒いたことへか、王家の影という言葉に対してか。
ヴィンスは確かにアルを調べた。
決して害意や敵意を持たぬようにと配慮しながら。結果、アルが王家の影と接触して、協力関係にあることを知った。
だが、逆にヴィンスは困惑することになる。王家の影との接触や何らかの協力関係は今でこそだ。
つまり、自分達と関わった当時は、アルには何の紐も付いていない。ただの辺境貴族家に連なる個人。特段に何処かから密命を帯びて自分達に接触した訳ではない。ヴィンスとの出会いはただの偶然であり、魔族の事など知らない。
その上で、アルは学院内での殺しを躊躇しなかった。外民の町でもだ。『やられる前にやる』『やられたからやり返した』というファルコナー家の流儀とやらで。
常軌を逸している。
ただ、アルからすれば当然の反応。エイダ達の悪意は明確だった。その上であからさまに舐めて油断をしていた。そして、アルは彼女達……ヴィンスを含めてその背景を詳しくは知らない。だからこそ『知らぬ存ぜぬ』を押し通せるという小狡い計算もあった。躊躇する理由もない。
当然、そんな事を知る由もないヴィンス達の困惑は如何ほどだったか。いや、アルの考えを聞いたとしても、常軌を逸している、平静に狂っていることに変わりはないが……
アルは組織の紐付きではない。密命などもない。ただファルコナー家の者だっただけ。
ヴィンスは魔族の中でも先祖返り的に力を得た、ヒト族や他の多くの魔族よりも長命な個体。子供の時分に魔族領本国からマクブライン王国へ流れてきたが、その後、王国内においても各地を放浪していた時期も長い。
そんな放浪の中でヴィンスは聞いたことがある。
王国の南方に広がる大森林という場所。他の辺境地よりも魔物の脅威度が飛び抜けている地域。嘘か真か、大森林の奥深くには古龍すら恐れて近寄らないという逸話まであるという。
南方は主に魔物の脅威により過酷な環境であり、氏族の結び付きも強い。力在る者が力無き者を助けるという気風が強く、ヒト族同士での治安は決して悪くはない。ただ、それでも余所者がふらりと行くところではないと言われている。
そして、南方五家と呼ばれる目立つ貴族領の中にあっても、他の追随を許さないほど先のような気質が突出し、いっそ異質な領があるという。その風評から、ヴィンスは南方を旅したときも、その領を訪れたことはない。
名をファルコナー男爵領。
聞けばその領では、貴族に連なる者は当然として、兵ではない一般の民ですら生活魔法の『活性』を用いて魔物と切り結ぶこともあるという。まさに常在戦場。皆戦士。領民一人一人が戦士の気質を持ち、ファルコナー家に連なる者ともなれば更に頭抜けた戦士であり、畏怖を込めて狂戦士一族とまで言われるようになったという。
遠い昔に聞いた忌み地の狂戦士。まさか平穏に馴染んだ今になって相対することになるとは……ヴィンスは思ってもいなかったこと。
「ヴィンス殿。僕は貴族的な持って回ったやり取りが嫌いです。……もし迷いがあるなら僕はこのまま去ります。話があるなら手短に単刀直入にお願いできますか?」
「……う、うむ。そうじゃな。アル殿はそういう気質じゃったな……」
さてこれから本題かと思われた時、アルの願いが今頃通じたのか、茶菓子とお茶が静かに運ばれてくる。
ただ、流石に一息入れることもなく、ヴィンスは躊躇しながら口を開く。
「……話は二つ。まず一つ目は……エイダが出奔した。恐らくアル殿への復讐を画策しとるはずじゃ」
:-:-:-:-:-:-:-:
……
…………
………………
「エイダ……いや、いまは“ナイナ”だったかな?」
「……どちらでもお好きに。私にはもう特に意味のない名だ」
とある屋敷。薄暗く妖しい雰囲気のある、如何にも“裏”に溶け込む連中のアジトといった風情。
そこにエイダ……いまは“ナイナ”と名乗る女がいる。
短めの明るい茶髪に金色の瞳。その顔にはかつては意思の強さや勝気さが表れていたが、いまは何処か幽鬼のような印象がある。
彼女はヴィンス一族を出奔し、復讐を胸に魔族領本国から流入してきた開戦派にその身を寄せた。
しかし、彼女は暫くして知る。開戦派。ナイナがエイダの頃からやり取りをしていた者たち。この度彼等を頼ったが、実のところ、魔族領本国の開戦派とも少し毛色が違う連中だったということ。
「それで? 次は何を? ……今さら抜ける気はないし、もう頼る相手も居ない。いい加減にアンタらの目的を教えてもらいたい。何故に貴族共と取引を……? ヴィンス老が相手をしている“本当の開戦派”とは違うんだろ?」
「はは。せっかちだね。ナイナは。私たちはあくまで開戦派には違いはないよ。我々を過酷な魔族領に追いやったヒト族への報復を、そして魔族の解放を考える者さ。……ただ、他にも少し用事があるだけ……ってね」
もう一つの人影。少女……というよりも子供という印象。少なくとも見た目は。
ナイナは比較的長身ではあるが、その彼女の腹の辺りまでの身長しかない。だが、纏う雰囲気は決してただの子供ではすまない。
妖しくも強度のあるマナ。
貼り付いた胡散臭い笑顔で、子供もどきがスラスラと白々しい話をしている。
「……まぁそれならそれでいいさ。で、私は何をすれば良い?」
「はは。良いね。そういう割り切りは嫌いじゃないよ。ナイナに次にやってもらうのは、とある貴族の護衛。……どうやら“開花”する前に、仕込みに気付かれたかも知れないモノがあってね。逆に探知されると、こっちの存在まで気付かれそうなんだよ。出来ればその手前で喰い止めたい。……いざとなったら、その護衛対象を……」
口止めとして始末する。語られずとも狙いは判る。
「(……ふん。コレがどう役に立つのかは知らないが……ヒト族を始末するなら喜んでやるさ。いずれヤツを殺す手伝いをしてくれるならな……ッ!
怪しい事この上ないが、こいつ等の実力は確かだ。腑抜けたヴィンス達とは違う。ホンモノの魔族たち……私は自分が弱いことを知った。だが、だからと言って諦めるつもりはない!)」
エイダ改めナイナ。
彼女は魔族でありながらマクブライン王国で生まれ育った者。魔族領本国を知らない者。所謂融和派魔族。
幸か不幸か、彼女には持って生まれた膨大なマナ量があった。ヒト族の古貴族家の力在る当主クラスか、それすら凌ぐレベル。天賦の才だ。
ヒト族に生きる融和派魔族たちは彼女を『真の魔族だ』と持て囃した。いや、甘やかした。
特に不自由もなく平穏に暮らしていたが、ある日彼女はマクブライン王国東方の大峡谷を超えて流入してきた、魔族領本国の魔族たちを知る。
そして、本国の魔族たちが苦しんでいる現状を知り、夢想する。魔族の解放を。ヒト族の生活圏を戦いにて奪い取る。開戦派。彼女はその思想にかぶれて『私が魔族を解放するんだ!』と意気込む。周りは諫めるが、生まれた時から一緒といっても過言ではない同年代の仲間たちは理解を示してくれた。調子づく。
そして、あっさりとその夢想は砕ける。
御大層な抗争の最中という訳でもなく、ただの事故のようなモノ。
勝てない相手に不用意に手を出した。それだけ。
結果として、彼女は苦楽を共にした無二の仲間を失い、自身もそのショックからか夢現の世界へ。そして、次に彼女が正気を取り戻したのは半月を経過した後だった。
彼女は正気に戻った後、怒り狂った。まず一族の者に対してだ。
あの一件でヴィンスは変わった。彼女達は知らないが、戻ったと言うべきか。
怒りに満ちて報復を訴える彼女をヴィンスは相手になどしなかった。それどころかエイダの名を剥奪し、ナイナと新たに名付けるという屈辱を与え、その上で厳罰に処した。それでも従えないナイナを痛めつけて幽閉し、外部との接触を断たせた。一族の者にもナイナとの接触を禁じた。
そして、ヴィンスは長として、一族の中で開戦派と通じていた者たちを厳しく締め上げ、直接自身で開戦派の連中と対話の場を設けたという。
そんな長の方針転換に戸惑う者も多かったし、ナイナと同じく一族の若者を殺したヤツに報復すべきだと声高に訴える者も少なくはなかった。
だが、ヴィンスは許さない。報復など以ての外。殺された者たちが愚かだっただけだと。
一族の者たちにも不満が募り、一部の者が暴走する。
結果、その者たちの手を借りてナイナは出奔。
外に出た後、改めて仇であるアルを確認した。
絶望する。
彼女とて腐っても天賦の才を持つ者。“アレ”は今の自分では勝てない……冷静に視れば分かったのだ。理解できてしまった。むしろ、何故気付かなかったのかと後悔すらした。
しかし、彼女は諦めない。歪んだ執着。自分で勝てないなら、勝てる連中をぶつければ良い。まったくもって愚かな計算。
利用されているのは分かっているが、それでも……と、彼女は戻れない道を征く。
:-:-:-:-:-:-:-:




