第1話 クエスト
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『託宣の神子』に張り付いている王家の影、ビクター班。
彼等の本来の目的は王家に連なる者……第三王子であるアダム殿下と学院内で知己を得ることであり、『託宣の神子』に関しては上役達の協議の結果で回された後付けの任務。
しかし、その任務の重要性は、実のところ本来の任務よりも遥かに重い。
元々ビクター班以外にもアダム殿下に接触を試みる王家の影たちがおり、どれかの班が上手くことを運べば済むという話だった。
だが、『託宣の神子』に関してはそうはいかない。王国の上層部のみならず、教会も深く関わっており、女神の託宣は不穏な言葉も多い。ビクター班には失敗が許されなくなった。
神子が王家に連なる者と共に、千年の栄光をもたらすのは良い。しかし、魔族と手を組み、王国に百年の苦難の暗黒をもたらすとは?
女神の託宣によれば、本人たちはあくまでそれらの可能性であって、恣意的に可能性を操作することは許されないとのこと。
王国も教会も、女神エリノーラへの信仰はある。しかし、こればかりは話が違う。女神を出し抜くなど恐れ多いと知りながら、王国も教会も『これは本人たちの可能性を操作するわけではない』……と、そんな言い訳を心に思い描きながら、『託宣の神子』であるダリルとセシリーを少しずつ誘導していく。
神子と共に歩む王家に連なる者については、特に託宣の中で明言はされていない。だが、二人の神子と同じ年齢ということもあり、教会は第三王子であるアダム殿下を王国に千年の栄光をもたらす者だと考えている。
教会は王国と持ちつ持たれつの関係性ではあり、これまでは女神や教義に関しては決して譲らなかったが……今回は違う。託宣でハッキリと魔族との争いが示されているのだ。
教会は……女神の教義はヒト族のモノ。教義の中には『魔族とは女神の恩寵を不当に盗む者達』という内容まである。……あくまでヒト族の都合による後付ではあるが。
そんな神子関連の託宣の内容は、教会がマクブライン王国へ積極的に与することを決定付けたとも言える。
そして『使徒』という存在。
その存在は厳重に秘されており、『託宣の神子』の導き手とも守護者とも言われている。女神の託宣の中に具体的にその名を挙げられている者までいるというが、教会は頑なに『使徒』に関しての情報は開示しない。それが教会側の一線。
神子たちの可能性を操作する。その為に一番手っ取り早い方法。それが『使徒』を使うこと。神子とは違い『使徒』はあくまでただのヒト。特別な女神の寵愛や加護がある訳ではない。
実際に『使徒』であることを当人にも伝え、周りにも注意を促していたこともあるが……その『使徒』は魔族と密かに通じ、神子たちを魔族領へと連れ去ろうとした。結局、それが叶わないとなり、『使徒』が神子を亡き者にしようとしたところで助けが間に合った。
その『使徒』はダリルとセシリーの教育係の一人……二人が師匠と呼ぶ人物。彼は王国と教会の追跡を振り切って魔族領へと逃れたという。
然様な実例もあり、教会側は『使徒』を明らかにしてしまうことが、神子に悪影響があるのでは? 女神の不評を買うのではないか? 可能性の操作にあたるのではないか? ……そんな不安を持つ者も多いという。アルが知れば「今さら何を? バカバカしい」と断ずるだろう。
散々ダリルとセシリーに干渉しながら『使徒』関連には慎重というのが、現状の教会と王国の方針となっていた。
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……
…………
………………
「(チュートリアルが終われば、ゲームでは主人公達がクエストを受けたり、ルートごとのキャラと親交を深めたりと、比較的自由行動が増えることになるけど……この世界では『託宣の神子』としてガチガチに監視&誘導されてる訳だし、どんな扱いになるんだ? 王国と教会は二人をアダム殿下に引き合わせて親交をと考えてるらしいけど……オープニングイベントで、むしろ殿下からの印象は悪いだろ。ゲーム内でも、殿下は序盤から中盤にかけてはダリル達のライバルキャラとして描かれていたと思うし……)」
この世界には、ゲーム内の展開がそのまま反映されることは少なく、何がしらの擦り合せのようなモノが為されているとアルは感じていた。
ただ、中にはダンジョンのように、ゲーム設定通りのモノもあったりして混乱する事もあるが……概ねはこの世界の常識に則ったモノとなっている。
ゲームではチュートリアルが終わった後、イベントクエストをクリアしていき、メインストーリーが進んでいくという流れ。
そして、レベル上げや他のルートへの分岐、隠しエピソードや隠れキャラの開放などの為に、フリークエストをこなしていく。
「(ゲーム内では、お約束な冒険者ギルドからの依頼掲示板でクエストを受諾していた。この世界のギルドは各職業の組合というだけだし、冒険者なんて職業は存在しない。商人や乗合馬車を魔物や賊から守るという護衛団、護衛士という連中が辛うじて近いか? 護衛団ギルドはある筈だけど……? 多岐に渡るクエスト内容が全部護衛関連になっちゃうよな。イベントの広がりもクソもないや。この世界はその辺りをどう処理しているんだ? 少なくともクエストを纏めるような機関はないはず……)」
チュートリアルであるダンジョンでのオリエンテーションが終わり、暫定使徒としてアルに首輪がついてから既に一ケ月が経過。
ヨエル達は北方を由来とする、とある都貴族の伯爵家の派閥という体で、ダリルとセシリーを関係者との顔合わせという名目で度々連れ回しているが、基本的に修習する科目、授業を優先している様子。
この『ラドフォード王立魔導学院』は年頃の貴族家の子女を集め、他地域の家との婚姻による血の交流、魔法の取り込みによる戦力の増強、貴族家同士の横や縦の繋がりの強化や派閥の新陳代謝などが大きな目的となっており、本来の学び舎……「学院」としての機能は多くの者にとってはオマケ程度にもなっている。
もちろん、特別な魔法研究などを行うアカデミックな者たちの受け皿ともなっている事実もあるが、貴族家の若者たちの大規模な交流機関と言っても過言ではない。
そんな中で所謂クエスト……貴族に連なる者たちが、便利屋のように動くことがあるのか?
クエストという形でないなら、どのような形で主人公達が様々な人間模様やエピソードに関わっていくのか?
アルには疑問だった。
「アル様。本日は何を?」
「……あの……何度も言いますけど、別に普通にアルで良いですよ?」
思考の中断。ヴェーラだ。
ヨエルの従者という体だった彼女は上からの指示にて、数日前からアルの従者の真似事をしている。
これはビクターの考えではなく、更に上位者であるクレアの意向。彼女はほんの一時の邂逅にて、狂戦士を止め得る可能性をヴェーラに見たからだが……彼女からすれば『要監視対象に呆気なく倒される監視者』という自分自身に、深く失望している。
「いえ。あくまで私はアル様の従者として付くようにと指示されていますので。他の者達の目もあります。主家の方を呼び捨てには出来ません」
「(相変わらず態度が硬いなぁ。ご主人様からアル様呼びになっただけマシと思うか。しっかし、僕に対しての隔意が隠れてないし、本人も嫌なんだろうなぁ……別にコリンのようにとは言わないけど、こうもべったり張り付かれてコレだと……ちょっとしんどいね。まぁ彼女も任務として嫌々やらされてるから仕方ないんだろうけどさ)」
ヴェーラもある意味では首輪のついた者であり、その首輪に繋がる鎖を別の者に掴まれているとも言える。お互いに信頼があったアルとコリンとの関係に比べられる筈も無い。
「……とりあえず、いつものように黒いマナがチラつく人たちをチェックしていくことにします。ただ、ちょっと気になる事があるので、今日は外民の町へ出てみようかと……」
「外民の町ですか? 承知致しました。何か用意する物はありますか?」
「いえ、フラッと様子を見に行くだけなので……このまま出ます」
息苦しさを感じはするが、さりとてヴェーラを邪険にも出来ない。まるでパーティを組んだかのように彼女を引き連れてアルは外民の町へ。
……
…………
アルが入学までの数ケ月を過ごした「アンガスの宿」。
裏通りが近いため、料金は相場より安いが特別に粗末な訳ではなく、比較的人気の宿。
「……おう。久しぶりじゃねぇか。また裏通りのチンピラ狩りでもするのか?」
「ご挨拶だね。王都の裏社会が甘っちょろい仲良し互助会だと分かった以上、もはや裏通りの腑抜けたチンピラなんかに用はないよ」
「……けっ。相変わらずサラッと物騒なことを言いやがる……で、別嬪さんを連れて本当は何の用だ?」
“アンガス”の宿でありながら、店主の名はバルガス。何でも二代目であり、アンガスは父の名だそうだ。店を継いだときに名前も変えれば良いだろうに。
裏通りが近く、バルガスは隻眼にスキンヘッドという如何にもな見た目だが、百パーセント善良な男だ。やり手であり口は悪いが、暴力には無縁の平和主義者でもある。
「バルガスさん。あんたはこの地域では顔も利くでしょ? ちょっと聞きたいことがあってね」
アルの目的。
クエストの謎。この世界において、クエストはどのように処理されているのか? それを確認するための調査。アルが確実に把握している初期のフリークエスト「廃教会の主」だ。
「……ふん。まぁお前さんにそんなつもりは無かったかも知れんが、あのチンピラ狩りのお陰でこの辺りもかなり住みやすくなったからな。俺で分かることなら、割引料金で教えてやるさ」
「いやぁ人助けはするものだね」
「……ぬかせ」
アルが入学前、このアンガスの宿を拠点として、あちこちの裏通りに出没してチンピラ狩りを行ったことが周辺の治安にも影響を与えていた。もっとも、チンピラたちはたむろする場所を変えただけなので、全体としてではなく局所的なモノだが。
そして、アルに怯えて浮浪者やチンピラが寄り付かなくなった空白の期間を好機と見て、バルガスが近隣住民を巻き込んで教会や治安騎士団に働きかけ、付近一帯の治安の改善を固定させたのだ。
元々それなりに地域の顔役だったバルガスは、それらの一連の動きにより、名実ともにこの地域のまとめ役となったという逸話がある。
「(チンピラ狩り? 住みやすくなった? ……何をやっていたんだこの人は?)」
ただ、従者として控えるヴェーラには話がまったく理解できていない。顔に出すことはないが、疑問は疑問として心に浮かんだのは確かだ。
「聞きたいのはあの廃教会。……フランツ助祭とメアリの死霊のことだよ。かなり噂になっているらしいけど、実際のところはどうなの?」
「……フランツ様とメアリか……痛ましいことだ。……あの二人の死霊かは定かではないが、確かにあの教会に死霊が棲み憑くようになってしばらく経つ。元々かなり傷んでいた建物だったし、民衆区の教会が主導で取り壊しの話が出ていたんだが……その際に司祭様の立ち会いがあったにも関わらず、死霊によって何人か死傷したらしい。教会は頑なに否定しているが、取り壊しの話も流れ、そのまま放置になっている以上は事実なんだろう。
何でも学院に在籍する『神聖術』の素養のある者を見込んで、教会が死霊の討伐の同行させるとは聞いたな。……そっちの方は本当に噂しか知らんが……」
この世界に冒険者はいない。便利屋的な仕事の受注と斡旋を組織として行う冒険者ギルドもありはしない。
しかし、やはりその代わりとなり得る組織はある。今回に関しては教会。
学院に在籍する『神聖術』の素養のある者。ダリルとセシリーがズバリ当て嵌まる。彼等のマナが『神聖術』と由来を同じくするのか、本当のところは不明ではあるが。
「(なるほどね……確かに今回の「廃教会の主」に関しては教会が管轄だ。そして、主人公たちにはそうと気付かれない程度に『託宣の神子』としてあちこちに顔繋ぎをさせられているはず。その中で、各貴族家なり教会なりが「困りごと」を彼等に依頼するということか……? 実際は彼等に手柄を立てさせるためだとか、更に高位の者へ顔を繋いでも不自然と思われないような処置だとは思うけど……恐らくそんな感じがこの世界のクエストっぽいな。
……いや、でもそうなると、一般の民衆たちの困りごとはダリル殿達には届かない? ストーリー的にも、貴族家や教会、学院絡みのクエストは多かったけど、平民や経済奴隷、果ては正体を隠した魔物や魔族といった連中からのクエストなんかもあったはず。それらのイベントは未消化で進んでいくのか?)」
アルはこの世界のクエストの擦り合わせを予想する。当たらずも遠からず。まさに少し前にダリルとセシリーが教会から死霊退治の同行について話があった。
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