第9話 使徒として
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「……ダリル殿、セシリー殿。彼はアルバート・ファルコナー男爵令息です。諸々の事情により、私達の派閥が彼と協力体制を取ることとなり、今後、私達とも行動を共にする事が増えるかも知れません。基本的には、彼はヴェーラと行動を共にすることになりますが……お互いに紹介はしておくようにと言われています」
ある朝、履修する科目別に別れる前に、アルと『託宣の神子』の顔合わせが行われていた。
「改めまして。アルバート・ファルコナーです。既にヨエル殿が僕の家名を明かしていると聞いていたので名乗りましたが……普段はアルと呼んで頂ければありがたいです。あ、ちなみにお二人は家名の名乗りは必要ありません。知らない方が良い可能性もありますので……」
アルは小物風なキャラを捨て、普段から使っている外向きのキャラで行くことにしたようだ。
「フェアじゃない気もするが……まぁ当人がそう言うなら……俺はダリルだ。一応、東方の辺境貴族家とだけ言っておくよ」
「私はセシリーだ。同じく東方の辺境貴族家。……しかし、アル殿は凄いな。目の前に居るのに非魔道士としか思えない。不躾だが、それがファルコナーの秘儀なのだろうか?」
「セシリー、いきなり失礼だろ」
二人共かなり鍛えられている。辺境貴族家に連なる者としては、年齢の平均を軽く超えている。
しかし、それでもアルのマナ制御を見破ることができない。セシリーの無邪気な質問だが、その質問に忸怩たる思いを感じたのはヴェーラだったが……。
「ダリル殿、別に構いませんよ。セシリー殿、これがファルコナーの秘儀かと聞かれれば、違うとしか言えません。突き詰めると奥義とも言えますが、特に秘されていませんしね。単純に“コレ”が出来ないと、大森林では戦いにすらならないので……ファルコナーに連なる者にとっては基本の技なのです。
個人的には……隣り合う貴族家のように、本当はもっと、こう……遠距離攻撃や便利な魔法を開発するなり、戦法に組み込むなりする方が効率的だと思うんですけどね。何故かファルコナーはコッチ方面に特化してしまいまして……はは……」
アルにとっては本気の自嘲。乾いた笑いしか出ない。
何故に魔物と肉薄して殴り合い、斬り結ぶ必要があるのか? わざわざ魔法で身体強化をしてまで……。
もっと距離を取って戦えるだろ。安全に勝てるはず。現に大森林に接する他の貴族家はそうしてる。アルがこの世界で目覚めてからの疑問だ。
「……それが初歩なのか……凄まじいな」
「ファルコナー領では、皆が身体強化……というかマナ制御の熟達者ということか……」
セシリーとダリルは感心しているが、それを横で見るヨエル達は、単純にアルやファルコナーを礼賛する気にはなれない。
特にマナの感知を得手としてきたヴェーラは、アルにしてやられた事で、これまでの自分を……磨いてきた能力が信じられなくなっている。そしてそれは、程度は違うがヨエルとラウノも同じ。
自分達は王家の影として、将来のアダム殿下の近衛候補として育てられた、所謂“特別”だという自負があった。
しかし、辺境貴族家の中には、同年代で自分達を超える能力を持つ者達がいるという事実を知る。
アルだけでは無く、他の生徒にしても、条件次第では太刀打ち出来ないと感じる者達も居たのだ。それも少なくない数。
そんな中で、アルが暫定的な使徒として、『託宣の神子』に関する事では協力体制をとることになった。ヨエル達には、特にヴェーラには複雑な思いがある。
もっとも、彼等は周りを見て自信を失っているが現実は違う。
王家の影であるヨエル達は、総合力では学院においても頭一つ以上抜けている。
アルを相手にしてもそう。
間合いを詰めた状態で始めれば、身体強化でヨエル達は圧倒されるが、間合いが遠ければ普通に『縛鎖』で捕らえられる可能性が高い。
秘されてはいるが、アルの『銃弾』も至近距離ならば、この世界の常識を覆す為に有効な初見殺しとなるが、距離があればヴェーラなら感知できる筈。
「……それでは、これで一応の顔合わせは済んだということで……少し用事もあるので、僕はこの辺で失礼させてもらいます。ダリル殿、セシリー殿、今後ともよろしくお願いしますね」
「こちらこそだ。アル殿」
「また時間があれば、そのマナ制御のコツを教えてほしい。よろしく頼む、アル殿」
アルはダリル達に爽やかな笑顔を交わして去る。
当然、そのまま終わりにはならない。
……
…………
「はぁ。言われた通りにちゃんとダリル殿達と顔を繋ぎましたよ?」
「ふん。コレで貴様も何かあれば二人の前に出れるだろう。例の黒いマナとやらで動く際には、必ず事前に知らせろ。そしてヴェーラと共に動け。いいな?」
結局、アルが『使徒』であるかは不明のまま。教会が秘する女神からの託宣に、アルバート・ファルコナーの名があるかなど、教会に聞いたところで教えてくれる訳も無い。
王家の影……と言ってもあくまでビクター班と呼ばれる者達が、独自でアルとの協力体制を敷くということで落ち着いた。
それが、王家の影を取り仕切る長老衆の一人……『怠惰のクレア』の判断。
怠惰のクレア。
エルフ族でありエルフ族に非ず。
様々な禁忌を冒し、ヒト族の中で生きることとなったエルフもどき。そして、行き着いたのが王家の影の長老衆。
ゲームの正規ルートでは出てこない。
正規ルート以外の様々なルートやフリークエストで少しずつその存在が見え隠れするキャラとして描かれる。
しかし、最終的にはゲーム内でその全容が語られることはなく、投げっぱなしの意味深キャラで終わっている。
「クレア様。アルバートについては、あくまで非公式な使徒として扱い、ビクター班のみで対応し、他の班とは情報を共有しなくて良い。……本当にこれで良いのですね?」
「くは。相変わらず疑り深いなビクター。小僧に関してはソレで良い。ワタシも他の長老衆には言わん。教会にも伏せておく。……此奴はいざという時の便利な手札だ」
命の長さ……時の流れが違い過ぎる為か、普段はそうそうにヒト族の個人に興味を抱く事などない……そんなクレアが、何故かアルバートのことを特別視している。
暫定的な使徒と言いながら、クレアは何らかの託宣を知っているのでは?
そんな風にビクターは感じていた。
しかし哀しいかな……彼も中間管理職者に過ぎない。それも正真正銘のブラックな職場。上位の者の指示には従う以外の選択肢はない。
「まぁ……別に使徒であろうがあるまいが、僕は別に興味がありません。僕の使徒云々の情報をどう使おうとも気にはしませんよ。ただ……その分、僕にも『託宣の神子』の情報を下さい。望むのはそれくらいです。後は……王家の影、ビクター班の指示に従いますよ」
結局のところ、アルの方にも選択肢は無かった。王家の影、その長老衆であるクレアに目を付けられた時点で、彼女の筋書きに乗らざるを得ない。
逆らおうにも純粋に暴力で圧倒されるし、権力においても相手にならない。なら、その中で自身の利点を探すのみ。
「(思っていたのとは全然違うけど……立場としては上々か。主人公達の情報が得られ、必要に応じて関わることも出来る。ゲームの後半みたいに、主人公パーティとして魔族領へ少人数で特攻かけるのとかは勘弁だけど……まぁ魔族との戦争をイイ感じに乗り切れればそれで良い。後はどうとでもしてくれ。どうせこのクレアとかいう化け物にも思惑があるんだろうしさ。
まぁ逆らえない以上は仕方ない。せめてこっちも利用させて貰う。だけど……いつまでも好きに扱えると思うなよ?)」
ゲーム設定や魔族との戦争の不安とはまったく別として……
アルの中の狂戦士の血が騒ぐ。
彼もまたファルコナーの血族。
力で従えられることを是とはしない。
狂戦士を飼えると思うな……と、そんな気概もある。
そして、それはクレアも承知の上。ビクターもだ。
今回の件で、アルに首輪を着けることになったが……それが本当に必要な事だったのか、適切な処置だったのかは、ビクターには分からない。
不吉の影が視える。
そして、その影が誰にとっての不吉なのかも判らない。
……
…………
………………
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「なぁセシリー」
「ん? どうした?」
主人公の、『託宣の神子』の二人。
「何故だか分からないんだが……アル殿とは、いずれ敵対するような予感がある……」
「……いきなりだな。アル殿とまともに話をしたのはさっきが初めてだろ? 何故そんな予感が? 私はアル殿には好感を抱いたぞ?」
セシリーは一瞬、ダリルの唐突な発言を冗談かと思ったが……彼の表情は真剣そのもの。
「分からない。でも……俺の中のナニかが、アル殿との決裂を予感している……これは……師匠の時と同じ感じがする」
「……おいダリル。それ以上は止めろ。馬鹿げた思い込みだ。師匠の事も、アル殿の事も…………お前は、アル殿が師匠と同じだと? 」
若干の怒気が言葉に乗る。
セシリーとダリル。
幼き頃より、東方の辺境貴族家に連なる者として二人の家同士の繋がりも強かった。……勿論、王国や教会に仕組まれていた事だが、二人が幼馴染みとして過ごしたことは事実。その信頼や友誼は確かなモノ。
しかし、だからこそ触れてはならぬ話題もある。
彼等の師匠。託宣による使徒でありながら、彼等を害そうとした者。可能性を操作しようとした者。
「……すまない。そうだな。思い込みだ。アル殿にしても、やはり何処かでファルコナーの噂に引っ張られていたのかも知れない。……たぶん、そうだ」
「近い内に改めてアル殿と話してみないか? あのマナの制御に関しても聞きたいしな」
「それが良いな。相手をよく知りもしないで、勝手なことを考えてしまった」
セシリーは知っている。
ダリルの“予感”は外れない。特に凶兆に関しては。
だがこれまでにも、ダリル程ではないにせよセシリーも似たような“予感”を抱くことはあった。
そして、彼女はアルに対してはダリルと真逆。何故か『共に歩む』という“予感”を抱いた。
二人共、お互いに比べあったことなどはないが、ここまで正反対の“予感”は初めてのこと。差があっても、概ねは誤差程度のモノであり、ダリルの確度の方が上だった。
セシリーは漠然とした不安を抱くが、それが何に対してのモノかは分からないまま。
チュートリアルの終わり。
『託宣の神子』と『使徒』。
ゲーム内の設定にはない関係が、本格的に動き始めている。
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