第8話 化け物には敵わない
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「アルバート殿。ご同行を願えないでしょうか?」
ヴェーラの訪問。
一人での訪問の為、以前のような数による圧迫感はない……が、その本気度は比ではない。
既に『縛鎖』を発動して待機。アルには不活性の状態でも見破られることを承知の上でのこと。臨戦態勢。
「穏やかではないですね。……まぁ勿論、ヴェーラ殿に従います。馬車ですか?」
「……協力に感謝致します。本日は学院内の……《《とあるサロン室》》です」
要観察対象から容疑者へ。ころころと肩書がよく変わる。主に悪い方へ。
「(うーん……最悪は『託宣の神子』を害するマナがうんたらで逃げるか? そこまで微温くはないか……はぁ)」
「では参りましょう」
流石にこの時点でヴェーラも『縛鎖』をアルに仕掛けたりはしない。一応はまだ疑いの状態。形としては連行に近いが。
災害個体の発生の隠蔽。
それによって、故意に辺境貴族組の新入生達に危害を加えようとした。
幸い、新入生により災害個体が討伐された為、事なきを得たが……それで終わりには出来ない。
例年であれば、もし死者が出ていたとしても学院内でなぁなぁに済まされていたのだろう。事実、これまでは大きな問題になっていなかった。このような事が横行していても。
しかし、今期は違う。『託宣の神子』に王家に連なる者まで在籍しているのだ。王家の影が学院に入り込んでいるのはそれなりに事情が分かっている者達も承知の上。今期から数年は大人しくしようと考えるのが普通。
それらの事情を全く考慮しない阿呆が居ただけの話。それが例の教師四名。
ただ、王家の影としては、派閥のパワーバランスもあるだろうと、後ろ盾となるワディンガム家の者に注意を促して終わりにするつもりだった。
四人の教師達が派閥から見放されるなり、居心地の悪い思いをするなりで終わる筈だった。
なのにどうだ。
行方不明にダンジョンでの不審死。
捜査を開始して数日後には残りの二人も不審死。しかも同時にサロン室でだ。
これが派閥内の粛清ならそれでも良いが、決してそうではない。やり口が違い過ぎる。
それに腐っても貴族家に連なる者……特に都貴族であれば横の繋がりもあり、命を以ての粛清などは滅多にない。
報告を受けたビクターは、災害個体を撃破したアルバートの仕業だと考えたという。そしてそれはヴェーラも同じく。
王家の影の関係者二人が同時に疑っているというのは、それだけで取り調べに値する。
「(まぁ割と雑なやり口だったからな。疑われるのも無理はないか。科学捜査はないけど、魔法なんて不思議パワーがあるんだ。一定範囲の過去の出来事を読み取る魔法とかあってもおかしくはない。……もっとも、マナの痕跡は丁寧に消しているから、マナを媒介とした魔法なら誤魔化せそうだけど……さて、どんな証拠が見つかったのかな? それともまだ嫌疑の段階か?)」
アルは自分が疑われることも想定はしていた。冷静な狂戦士。魔道士が集う学院で完璧に隠蔽が出来るとは思っていない。
ただ、最終的にはファルコナーの流儀。『やられたからやり返した』を発動し、まだ辺境の癖が抜けていなかったのだなんだと言い訳をするつもりでいた。……行き当たりばったりもまた、ファルコナーの流儀か。
……
…………
連行中もアルはヴェーラの緊張を感じ取っていた。既に『縛鎖』は実体化して彼女の腕を中心として体に巻き付いている。
「(僕のマナの揺らぎが少ないことを見越して、いつでも仕掛けられるようにしているんだろうけど……ちょっと警戒し過ぎじゃないかな? まぁ容疑者である僕が言えたことじゃないけどさ)」
「(アルバート・ファルコナー。彼に対しては『縛鎖』の自動反応では遅い。いや……ファルコナー家の身体強化は災害個体より上だと聞く。この距離で本気の彼に追い縋れるか? マナの揺らぎが少ないから動き出しが読めない……ッ!)」
お互いに語る言葉はない。
アルも彼女の警戒を痛いほど感じるため、余計な動きは一切交えず、ただ歩くのみに専心する。
そして、目的地であるサロン室へ到着。
アルはどこ吹く風だが、ヴェーラの緊張は解けない。むしろここからが本番。
「ビクター様。アルバート殿をお連れしました」
「……来たか」
「(おうおう。険しい顔だね。初対面の時はもう少し余裕のある上役って感じだった気がするんだけどねぇ)」
サロン室には上役であるビクター。アダム殿下の近衛候補だという王家の影の若年組のヨエルとラウノ。
そして、もう一人。サロン室の主と化した者。
化け物。驚異。人外。
「(……本物か。父上以外の化け物と、こんな間近で対面するのは初めてかも……)」
ヴェーラは感知する。これまでもマナの揺らぎがほとんど見られなかったアルのマナが……その一切の動きを止めた。
「くはッ! おいビクター! コイツ、ワタシを殺る気だぞ! はは! 血が滾るな!」
アルの瞳から光が消える。虚ろな瞳。狂戦士の本領。
「ッ!!」
これが狂戦士の動き出しのサインだ!
そう感じた瞬間、ヴェーラは『縛鎖』をアルに差し向ける。……筈が、何故か彼女の瞳は天井を映していた。
その意味を理解する前に背中に痛み。同時に首に何かが触れる。呻き声を上げることもできないままヴェーラの視界は暗転。意識が途切れる。
「……これは正当防衛ですよ? 『やられる前にやれ』っていうのがファルコナー家の流儀なので。ヴェーラ殿から《《何故か》》攻撃の意図を感じましたので、先にやりました」
「……なるほどな。呼び出すのはもっと広い場所にするべきだった。この距離……この部屋程度は、既に貴様の間合いという訳か……どうりで先日に関しても余裕だったわけだ。貴様は術者であるヴェーラを、『縛鎖』の反応より早くどうとでも出来たということか……」
辛うじてビクターが平静を保っているが、ヨエルとラウノの内心はそれどころではない。
ヴェーラの『縛鎖』を超えた動き。有り得ない。しかも、彼女は既に『縛鎖』を実体化していた。攻撃の意図が事前に察知されたとしても、何もできずに無力化されるなど……そう、無力化だ。ただ殺すだけではない。そこにはまだ余裕がある。
一方アルの動きは至極単純。『縛鎖』を躱しながらヴェーラに組み付き、足を払って床に叩きつける。そして、そのまま首を瞬間的に圧迫して意識を飛ばした。
ただそれだけのこと。その速度がヨエル達の反応を上回っていただけ。
当然、部屋の主にはその動きは全て感知されていた。
「小僧。そのくらいで止めておけ。どうせ私に勝てないことくらいは分かるだろう?」
「……そうですね。まさか父上が命を懸けないと殺せないような化け物が待っていようとは……つい気が昂ってしまいました」
「くはッ! その言い草だと、お前の父とやらが命を懸ければ私を殺せると?」
サロン室の主。
ビクターよりも上位の者。
透き通るような美しさの金色の髪。
まるで人形のように整った顔の造形。
長身だが細身の体躯。
特徴的な尖った耳。エルフ族。
さりとてタダのエルフ族とは思えない。
血のように紅い瞳。
「ええ。恐らくは。貴女が仮に不死の属性を持っていても……父上が命……いえ、片腕を犠牲にする覚悟で斬り込めば、その命に届きそうです。まぁ、あくまでこの距離ならば……ですけど」
淡々と答える。アルは事実を。目の前の化け物の底は知れない。しかし、父であるブライアン・ファルコナー男爵の底も見えない。
恐らくこのエルフもどきの方が底は深いだろうが、今の間合いであれば、その底を見せる前にブライアンであれば届く。その命に。
「くは。まったく持って笑えぬ話だ。……だが……小僧はファルコナーだったな。つまりお前の父は現当主のブライアンか。……確かにあやつなら、この間合いであれば……私の命に届き得る。忌々しいことだがな」
「父上を御存知で?」
アルの瞳には光が戻らない。狂戦士の臨戦態勢。そのマナに揺らぎはない。
「ああ。まだ男爵位を継ぐ前だがな。あやつがその後も、大森林での実戦の中にいるのだとしたら……小僧の評価も分かろうものよ」
「(こりゃ無理だな。この人にはどう足掻いても届かない。部屋に入るまでその存在を知る事すら出来なかった。僕よりも遥かにマナの制御が巧い。この分だとあの四人の始末もバレてるな。下手な言い訳も無理か……)」
諦める。
何をやっても敵わないと判断。
同時に、ただ罪人として裁かれることもない……と、アルは確信する。
「クレア様。この者はアルバート・ファルコナー男爵子息です。……もうお判りですね?」
「はぁ……相変わらずつまらない奴だなビクター。……そうだ。この部屋に微かに残るマナの痕跡はこの小僧のモノだ。他の二人は流石に痕跡を追えなんだが、この部屋で死んだ二人は小僧の手によるモノだな」
あっさりと断定。
だが、明らかにこれで終わりではない。
「それで? 何か申し開きはあるのか?」
ビクターの冷たい目が容疑者へ向けられる。しかし、外見からそうは見えないが、ビクターは後悔している。クレアを、自身の上役をこの件に関わらせたことを。もっとも、彼の立場でそれを止める事など出来なかったのだが。
「敢えて言うなら……やられたからやり返したというだけですね。いやぁ、もう少し誤魔化しが効くと思っていたんですけどね」
アルは開き直るしかできない。後は目の前の化け物の意思によって、自身の処遇が決まると確信している。決定権はビクターにもないのだということは分かる。
「連中は異常個体の発生を……それも災害個体を放置した。そして、貴様はダンジョン内でその個体を倒した。しかもクローディア達を助ける形でだ。……あぁ、言っておくが彼女達は別に口を割っていない。貴様のことは知らぬ存ぜぬを通した。こちらの特殊な手段により、従者の一人から密かに記憶を読んだだけだ。
一連の流れを見るに、少し遠いが貴様には確かに『やり返す』権利もあるだろう。しかし、ここは辺境ではなく王都だ。辺境の理屈が通じないことも承知はしていた筈だ」
まるで判決前の事実確認。
「ええ。仰る通りです。最終的には辺境の理屈でごり押しすればいけるかな? ……と、安易に考えていましたね」
あっさりと語る。
はじめから誤魔化すつもりであったこと、知らぬフリを決め込むつもりだったことを。
「既に我々が動き、連中には罰が課せられる算段だった。それでも貴様は動いた。何故だ?」
「…………」
アルはふと迷う。……が、クレアと呼ばれた人外の上位者。彼女の紅い瞳が自分をじっと見ていることを改めて認識し、言葉を発する。
「……単純に僕自身が奴らの事を気に入らないっていうのと……連中からは微かに『託宣の神子』への害意が見られたからです。例の司教の黒いマナよりはずっと微弱なモノでしたが……」
クレアがにたりと笑う。やはりか……と。
「……貴様は四人からあの黒いマナが視えたのか? ヴェーラですら視えなかったのに? それを信じろと?」
疑問形ではあるが、どこかビクターには諦めがある。もう決まり、終わりだという諦念。当然、アルもそれを察知している。
「視えますね。実は先に提出した、災害個体の魔石にも黒いマナがチラチラと視えていました。ヴェーラ殿がそれに気付いていないのも知っていましたよ」
「それをどうやって証明する?」
苦し紛れのように追い縋るビクター。
魔法やマナ、それらを感知したことについて、他者への証明を求めるなら、そもそもこの部屋のマナの痕跡を感知したクレアについても同じことが言える。彼とてそんな事は承知の上での発言。
「往生際が悪いぞ、ビクター。もう分かっているだろう? その小僧は『使徒』の一人だ。我らで罰することはできん。むしろ、神子を護るための処置だったと言えば終わりだ。教会の連中は称賛すらしようぞ」
「しかし……クレア様。この者が現れるという託宣や啓示は無かった。少なくとも教会からはその存在を開示されていません。ここで勝手に使徒だと認める訳には……」
使徒。
教会が女神からの啓示、託宣により存在が明らかにされた者たち。
ここでビクター達が言う使徒とは、『託宣の神子』の守護者、導き手のことを指す。
アルの言う主人公達。この世界での『託宣の神子』。
女神による託宣にて、彼等がこの世界で認識されると同時に、その託宣の中には、神子達の為に遣わされたという使徒の存在も伝えられた。
そして、神子に深く関わる使徒達の情報は教会によってかなり厳重に管理されているという。下手をすれば神子の情報よりも徹底してだ。
「(何やらキナ臭いな。使徒? 僕がか? 話のニュアンスからすると、神子に仕える的な者達か? そりゃ僕は確かに主人公達を応援はしてるさ。でも、だからといって直接関わり合いたい訳でもないんだけどな……それこそ陰日向で良いよ)」
「しかし……では……」
「分からん奴だな……何も……」
クレアとビクターの意見の擦り合せは続く。
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