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第4話 必然のぼっち

:-:-:-:-:-:-:-:



 学院の正式な入学式。

 だからと言って、特に大々的な式典はない。今期の入学生が集まり、ざっくりとクラスが振り分けられて説明を受けるだけ。

 そもそも、この学院は二年で修了となる者もいれば、最長である四年の在籍となる者もいる。修習する内容も人によってバラバラ。


 辺境貴族家に連なる者であれば、殆どが戦うことそのものについてはクリアしている。他家の魔法、戦法に触れるという程度。

 ただし、座学としての基礎的な魔法学やマナの操法については学ぶ事が多いと言われている。


 逆に日常的に戦わない、俗に言う都貴族家であれば、合同や個別での戦闘訓練が主になり、見知った内容が多い座学についての量は減る。


「(やはり日本の学校みたいな感じではないな。たしか、ゲームではもっとキッチリとクラス分けがある……高校のようなイメージだった。クラスメイトに関連するイベントなりも多かった気がする。

 必修の科目はあるけど、他は自分に必要なモノを選ぶ……というのは、どちらかと言えば単位が緩めの大学……という感じか。

 こちらの世界的には、様々な私塾が固まっているようなものとも言えるし、能動的に過ごさないと得る物は少ないだろうな)」


 この世界の学院には、生徒個人に対しての優しさというモノはあまり無い。生徒は自ら動かなければ、質疑応答すらままならない。


 自分のことは自分でしろの精神。


 もっとも、大貴族家……特に都貴族家の者は従者をぞろぞろ引き連れたり、取り巻きの者を侍らせていることも多く、自分がするまでもないという価値観も根付いてきている。


 そんな価値観もそうだが、必要な科目の違いという理由により、辺境貴族家と都貴族家とで、まずクラスを大雑把に振り分けられることになる。


 あと、基本的に学院側は生徒たちを家名では呼ばない。

 これは学院において生徒同士は平等に……という夢見がちな理由ではなく、単にトラブルを回避する為の配慮。家名、家同士の関係によるトラブルがあっても、学院側は関与しないという意思表示でもある。


 もっとも、王族をはじめ、力在る大貴族家や口煩い古貴族家に連なる者は、自らの家名を振りかざして誇示するが……ほとんどの生徒は学院側の意図に従う。自発的に家名を明かすというのは『相手への信頼の証』という風潮さえある。


「(さて、順調に主人公達は辺境貴族組へ。しかし……初日のような眩しさは無いけど、いちいちキラキラした光が視界に入るのは鬱陶しくて仕方ないな……この機能は制御できないのか?)」


 大ホールにて、事前に振り分けられた整理券のような札を貰い、アルは辺境貴族組の集合場所である大部屋へ。

 そこには当然主人公達もいる。

 アルには主人公達を包む光が視える。明らかに異常であり、他の者にはそのような光は視えない。

 高位の『神聖術』の使い手であれば、主人公達の光を認識できるようだが、聞くところによると、アルのようにハッキリと視える訳ではないらしい。


「(僕に『神聖術』の素養はない。でも……少し制御について教会関係者に聞いてみるかな? まぁすんなりと教えてはくれないだろうけど……聞くだけはタダだ。それに、主人公達を一人で追い掛けなくても良いなら、学院生活も割と暇になるだろうし……)」


 アルは少し気が楽になっていた。主人公達……『託宣の神子』を見守るのは自分だけではない。現に、今もヨエル達が辺境貴族組としてこちら側にいる。


 彼等の設定は北方の辺境貴族家という事になっている。当然の事ながら、風土や地域の事なども全て頭に入っているが……その上で、ここ二年は《《何故か》》北方の辺境貴族家からの新規となる学院在籍者がいない。


 そもそも、ファルコナー家のように良くも悪くも名が知られていなければ、地域の違う辺境貴族家のことなど、他家の者はほぼ知らない。……にも関わらず、一般の多くの者には秘密のままで、これほど広範囲に影響力を発揮できる者達が『託宣の神子』やアダム殿下を見守っているということ。


 逆を言えば、それだけのことを内密に進めるからこそ、利害の一致しない者や家同士が、お互いの足を引っ張り合うために暗闘を繰り広げているとも言えるが……アルはその辺りは関与しない。することが出来ないと割り切っている。


「(ヨエル殿たちの目がある以上、僕は自発的に主人公達と接触しない方が無難。……というか、今度こそ密かに消されそうだし……大人しくしておこう。重要キャラっぽい者以外で、別の辺境地の者にでも声を掛けるか? 大森林以外の魔物にも興味があるしなぁ)」


 アルはいつもの様にボンヤリと周りを観察しつつ、黙々と考える。


「そこのアナタ」

「…………」


 これもベタなイベントか? そう思い、アルは一縷の望みを掛けてナチュラルに無視する。

 ……こういうところが他の者をイライラさせることに彼は気付いていない。そういうとこだぞ。


「貴様ッ! クローディア様の御声が聞こえぬのかッ!?」

「どこの田舎者かッ!?」


 取り巻きを連れたお嬢様。

 アルがベタなイベントと思った理由。


「(やっぱり僕に対しての声掛けだったわけね。しかしまぁ……周りにいるのはほぼ辺境貴族家ばかりなのに田舎者呼ばわりとはね。……いや、辺境地域であっても、西方は都会的な発展をしているとは聞く……西方の力ある貴族家か?)」


 アルは、如何にもいま気付きましたと言わんばかりに、はっとして振り返る。


「こ、これは申し訳ございません。つい考え事に没頭しておりまして……そ、それで……ぼ、僕に何用でしょうか? え、ええと、ご、御令嬢?」


 力ある貴族家の御令嬢に遜る小物。少なくとも取り巻きはアルのことをそう判断した。

 しかし、アルのことをさり気なく監視していた者の意見は違う。特に多少なりとも彼の本質に触れたヴェーラは、アルのそのような態度に不信を募らせる。


「……気付かなかったことは良しとしましょう。それで、アナタ……その程度のマナで辺境貴族家に連なる者だと? 何処の者なの?」

「……は、はぁ。南方の……大森林と接する辺境領とだけ……家名はご勘弁を……」


 おどおどとした小物的な態度を続ける。アル自身『もう少し普通にすれば良かったか?』……と、多少後悔もしたが、このままのキャラで行くことに。


「貴様ぁッ! クローディア様に家名を明かせぬだとッ!?」

「(おいおい。まずそのクローディア様は何者だよ? ……というか、やはり学院は自主独立の気風が強いな……周りは総じて知らん顔ってか。

 うーん……服の感じからこの連中は温暖な場所っぽいな。やはり西方の貴族家? いちいち知らないんだよなぁ……他地域の貴族家なんて)」


 取り巻きの高圧的な態度に更に萎縮する……という図式。もっとも、アルは敢えて俯き加減だが、冷静にいつも通りに周囲の気配を探っている。


 実のところ、アルが特別と言う訳でもなく、他にも似たような事が起きている。取り巻きを連れた者が他の者に声を掛けて、威圧するなり、宥め賺すなり、ギブアンドテイクな交渉をするなり……謂わば他家の者を取り込む為の動き。


 都貴族組はその意味が少し違うが、辺境貴族組は戦力として他家の者を求める。仮に弱い者であっても、別地域の貴族家であれば、自分達とは系統の違う魔法を持っていることも多い。それらを自領に取り込むのだ。


「南方……大森林。……そう。なら用はないわ。アナタ、もう行ってもいいわよ」

「は、はいぃッ!」


 そそくさとその場を離れるアル。


 彼女達はアルの予想通り西方の貴族家一行。


 王国の西方。海と面する辺境地域。主にオールポート伯爵家が一帯を束ねている。

 辺境とは言いながら、そのオールポートの領土は豊かであり、海運、漁業により発展してきた地域。


 特にその領都の繁栄は目覚しいモノがあり、王都の都貴族が別荘を構える程になっているという。


 他の貴族家はそれぞれに領土を持っているが、そのほとんどがオールポート伯爵家に帰順し、かの家の判断にて各地の差配が為されているという。


 王家に対して不敬ではあるが、一部ではオールポート西方王国などと評されることもある。もっとも、オールポート伯爵家は古貴族家の一つでもあり、マクブライン王家が王家となる前……帝国時代に遡るほどの昔から主従関係の付き合いがあり、その関係は目先の利益や甘言に踊らされるほど脆くはないとも言われている。


 そして、そんな発展を遂げているオールポートの領都に限っては、人々は魔物の驚異からも遠く、その意識も王都とさほど変わりはしない程となっている。


 しかし、やはりそれでも辺境地には変わりはしないため、地域では魔物との生存競争は現実に、確実にある。


 基本的に相手となる魔物は水棲が多いが、最大の敵は魚人族。


 一応魔物という分類はされているが、ヒト族や魔族と遜色のない知能や社会性を持った連中であり、水辺では無類の強さを発揮する者共。

 他の魔物を使役することもあり、事実上、西方は魚人族との生存圏を掛けた戦争状態にあると言っていい。


 そんな西方辺境地域では、水辺で魚人族と切り結ぶのは完全に不利であり、遠距離攻撃を可能とする魔法が重宝されている。

 ただの火魔法ではなく、魚人族の水魔法を凌駕する灼熱の魔法。

 エリアを限定して水を毒化する魔法。

 畏れ多くも、王家に伝えられる「雷」の魔法。……などなど。


 一方で、南方の大森林では狭い木々を縫っての精密な攻撃や気配を消すなどが主。西方においては、特別な魅力のある魔法ではない。比較的魔物の傾向が似ている東方以外では余り需要がない。


「(ふぅ。助かった……流石に出身地で嘘付くと、すぐにバレるからなぁ……南方に興味がない連中で良かった。それに、あのクローディア様……僕の記憶にはないけど、金髪で縦巻きロールのお嬢様って……モブキャラじゃないのは確定だろ……)」


 ふと見れば、先ほどのクローディアとその取り巻き連中が他の者に対して、同じようなやり取りを繰り広げている。

 ちなみに、先ほどはアルの周囲にクローディア一行以外の他の者たちも居たが、アルの回答を聞き、『南方なら要らん』とばかりに離れていった。


「(いやぁ、南方が不人気で良かったよ。そりゃ身体強化だの森林地域での戦いの為の魔法なんて、割とどこの貴族家でも使えるもんな。わざわざ引き抜く必要もない。南方地域の魔法なんて、その多くは訓練や実戦で磨かれるモノ。他家からするとあまりレア感はないのも分かる。

 それにしても……外民の町で過ごしていた時から、ずっと一般人に擬態したままだったけど……これはこれでアリか? マナ量が一般人並な南方出身者なんて、大貴族家の引き抜き連中は目もくれないよな。力ある貴族家の派閥とかじゃなくて、細々とした、数人くらいの集まりに混ぜてもらえれば御の字か?)」


 怪我の功名として、アルは一般人並のマナ量しかない小物風な者としてやっていくことに。



 ……

 …………



 今期の新入生たちは大部屋……ちょっとした運動なども出来そうな広さがある場所……に集められて待機を命じられていたが、言ってしまえば、これは力のある貴族家の引き抜き合戦のための時間。


 学院側としても、生徒一人一人に構うより、所属する派閥なりグループなりがハッキリしている方が生徒たちの管理が楽という思惑がある。連絡事項なども、各派閥の者に伝えればそれで済むし、もし、問題が起きたとしても、学院としては、派閥の中でキチンとけじめを付けろと言えば概ねそれで済む。


 形としてはもちろん違うが、ゲーム内にあった一組二組といった『クラス』の設定が、この世界では各貴族家の派閥のようなモノに置き換わっているとも言える。


 当然、派閥に属さない、属せないような連中も出てくるが……今期についてはアルのみという結果。彼の思惑とは違い、逆に悪目立ちする羽目になっている。


「(う、嘘だろ? ここまで南方は不人気なのか……いや、調子にのって一般人並のマナ量に擬態した所為か……? いやいや、それでも誰か一人ぐらいは見破れよ! それでも魔物と血で血を洗う辺境貴族家に連なる者かよ!)」


 既に引き抜き合戦は一段落してしまった。

 主人公達に関しても、王家の影であるヨエルが、北方の伯爵家としてキチンと交渉し、同意をもって陣営に引き込んでいた。流石のアルでも、ソコに近付くことはしなかった。というよりヨエル達の『オマエは来るな!』という眼力により、近付けなかったというべきか。


 他にも緩やかにつるむ、派閥というには小規模な者たちもいたが、アルはそんな連中にも悉く袖にされていた。

 実のところ……アルと出自を同じくする南方の辺境貴族家の者たちもチラホラといたのだが……

 その者たちは、アルをファルコナー家に連なる者であることを看破しており、更には、自身の派閥に彼を入れないようにさり気なく誘導したり、ただ沈黙を守っていたりする。


 他家の者たちに秘伝の魔法とまで言わしめるファルコナー家の身体強化。

 身体強化の即時展開とその有り得ない強度。実のところ、それらの要は精密なマナ制御にある。


 現在、アルのマナ制御は自然体であり、感知されるマナ量を一般人と同程度に抑えており、それを見破ることは中々に難しい。そんな彼のマナ制御を看破した南方の者たちは、それぞれが特別に感知能力に優れているという訳ではなく、ただの経験則。ファルコナー家に連なる者を見たことがあるというだけ。


 アルはおどおどした小物的な態度でありながら、そのマナは揺るぎもしない。態度とまるで釣り合っていない。

 もちろん、それを不自然と感じる者はいたが、南方出身者以外はその場では特別に気に留めなかった。しかし、南方の出身者は皆が思った。


『あ。あの静かな感じはファルコナーの狂ったマナだ』……と。


 南方の辺境貴族家に連なる者たち、それも南方五家に含まれない規模が小さく戦力が薄い貴族家にとっては、『ファルコナー』は忌み名のような扱いとなっており、その静かなマナは狂気の証。とにかく『あいつらはヤバい』というのが共通の認識としてある。


 なので、アルが思っているように、決して擬態を見破れなかった者たちだけではない。そして、看破した者たちはバカでもない。


 ファルコナーの名前だけしか知らない者たち……他の辺境地域の者、派閥の長などに彼の擬態のことを伝えると、何らかの興味を持たれるかも知れないと考え、敢えて何も知らせていない。沈黙は金。触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。


 そんな秘された駆け引きがあったことは知らぬまま、アルのぼっち学院生活が始まる。



:-:-:-:-:-:-:-:

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― 新着の感想 ―
この機能は制御できないのか? ははははは。
[良い点] 普通こういう場面で、主人公の凄さを理解するものが全く居なかったりして、ムキーっとすることも多いのですが、さりげなく分かっている者たちの「静かなマナはファルコナー」という認識に、しびれました…
[良い点] ほんと驚くほど悪名、じゃなくて勇名高いですねファルコナー家。 それにしてもご近所さん(南方の辺境貴族たち)の、ファルコナー家への認識と対処が的確かつ賢明すぎました。
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