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第3話 黒いマナ

:-:-:-:-:-:-:-:



「ふひぃ……こ、この者がか? ……この者からは『神聖術』に類するマナは感じぬ。『神子の光』が認識出来たとは到底思えんのぅ……それよりも本当に魔道士なのか? マナ量が少ないではないか……」

「(おいおい。そういう僕にはお前のどす黒いマナが視えるぞ? なんだコレは? 今までマナの感知はしてきたけど、こんな変な風に視覚化されたことはないんだけど……?)」


 アルは司祭服を着た、でっぷりと腹が出て脂汗をかく中年男に黒いマナを視た。

 そのマナは僅かに指向性があるのか、徐々に自分の方にうねうねと伸びてくる。ハッキリ言って気持ち悪い。虜囚の身であるため、じっと我慢して動かないが……虜囚でなければ、相手が司教でなければ……『気持ち悪い』と対象者をぶん殴っている。


「司教殿。それはまことか?」

「ふん。この程度のマナの判別もつかぬとは……ご立派ですな。何度でも言いましょう。この者に『神聖術』を扱うことは不可能。よって『神子の光』を見たなどは全くの詐称に違いない!」


 どうやらヴェーラ達の上役の初老の男と、このでっぷり脂汗な司教は余り仲がよろしくないようだ……と、そんな二人のやり取りは置いておき、アルは這い寄ってくる黒いマナを視ながら『さてどうするか』と思案する。


「あの、ヴェーラ殿? 少しお聞きしたいのですが……」

「……なんでしょうか?」

「いえ、この巻き付いている鎖なんですが……反応するのは僕のマナだけですか? それとも外部のマナに触れても反応します?」


 アルは右手をプラプラさせ、手首に垂れ下がっている『縛鎖』を示す。


「……どちらのマナであっても反応するとだけ言っておきます。(気配は感じていたとしても……何故この人は活性化していない『縛鎖』の姿をここまで明確に認識できるんだ?)」


 アルに対しての言い知れない不安と警戒がヴェーラの中で積みあがっていく。

 本来、彼女の『縛鎖』は活性化しない限り不可視であることが一つの強み。しかし、アルは不活性の『縛鎖』をその形状などを含めて明確に認識している。


「なら、少し借りますね?」


 そう言いながら、アルは未だにあーだこーだと上役の男に嫌味を言う司教の足元に、『縛鎖』を軽く投げる。うねうねと蠢く黒いマナに向けてだ。もっとも、周囲の者には黒いマナはおろか『縛鎖』の姿も見えていないため、アルが軽く手を振ったようにしか見えていないが。


 黒いマナに触れた瞬間。ばちりと音がして『縛鎖』が実体化する。……かと思えば、あろうことかそのまま司教に絡みつこうとする。


「ほへぇッ?」

「なッ!!?」


 ヴェーラは咄嗟に魔法を制御して停止させるが……これは明らかに敵意・害意を持つ相手への反応。『縛鎖』には術者の任意の操作の他に、マナの活性と害意に関して反応する性質が付与されている。

 つまり、相手がマナを活性化し、害意を持って相対していれば半自動的に追尾して捕縛することも可能。


 当然、そのような『縛鎖』の性質は上役の男も同僚である影の二人も承知しており、次は司教への警戒が強まる。


「ッんがッ!! ……な、な、なにをするのじゃッ!!? し、司教である私に魔法を向けるとはッ!! ビクター殿ッ!! これは由々しき問題ですぞッ!?」


 ヴェーラの制御により、かなり手前で『縛鎖』は停止したが、日常的に戦いのたの字にも触れぬ司教からすれば、紙一重の距離に見えたことだろう。全く持って反応は遅かったが、大きく後ろに仰け反ったことにより、腹に引けを取らぬその大きな尻を地面に打ち付けることになった。実は少し失禁もした模様。


「ヴェーラッ!! 今のは『縛鎖』の反応で間違いないのだなッ!?」

「……ッ! は、はいッ! 自動反応です!」

「ぶ、ぶほッ!!?」


 流石は王都においての常在戦場。彼らは戦えぬバーナード司教ですら警戒し、一定の距離を取る。殺すわけにも下手に傷付けるわけにもいかないが、さりとて放置もできない。それほどまでにヴェーラの感知能力と『縛鎖』に付与された性質への信頼が王家の影たちの中にはある。

 周囲の思わずの臨戦態勢により、司教もマズい空気を感じ取り黙ってしまう。


「アルバート! 貴様は何をしたッ!?」


 初老の男が怒鳴る。


「いえ。司教殿から黒くて気持ち悪いマナが出て、それがこちらに向かっているようだったので……嫌だなと……それだけですが?」


 一方でアルはいたって平静。その姿が初老の男……ビクターと呼ばれた者を余計に苛立たせる。


 そんな彼等の苛立ちはどうでもいいとばかりにアルは司教を確認している。いまは更にハッキリと視えている。

 腰を抜かして座り込んでいる司教の右手。そのむちむちな指に食い込んでいる装飾の少ない古びた指輪。俗物であるバーナード司教のような者が嵌めるには余りにもシンプルな一品。

 ソレが黒いマナの発生源。恐らくは呪術的な曰くのある品物。


「(さてさて……なぜ僕に“こんなモノ”が視えるようになったのやら……元々の素質とかではないはず。もしそうならフランツ助祭を看破してた……まぁ彼が本当に死霊術を使ってたのかは不明なままだけど……)」


 アルはどこか一点を凝視するということはあまりしない。大森林での戦いにアジャストした結果、ボンヤリと全体を観るようにしていることが多い。弊害として、本当にただぼーっとしているように見えてしまうが。


 今も司教の指輪に注視はしているが視線がそこに固定されている訳でもない。

 だが、遅ればせながら、アルが司教を観察していることと、先程の『縛鎖』の反応により、感知能力に長けたヴェーラも気付く。異様な黒いマナに。アルが視ているだろうモノに。


「ビクター様! 何か異様なマナが司教様から放出されています!」

「あ、右手の指輪。人差し指のヤツね」

「……ッ! た、確かに……!」


 ヴェーラはアルとは違い、その感知能力の延長として、元々マナを視覚化して捉えることが出来ていた。アルの指摘通り、司教の指輪に纏わり付くような黒いマナを視る。


「ビクター様、もう少し下がって下さい。何が起こるか判りません。司教様の指輪が元凶のようです。詳細は不明ですが、少なくとも女神様に由来するモノでも、『神聖術』に関するモノでもありません。……ここは呪術祓いに長けた御方の協力を仰ぐべきかと……」


 ヴェーラの瞳は、もはや異様なマナを完全に捉えている。

 これほどまでに具現化したモノは見たことも感知したこともないが、彼女はコレを呪術に類するマナだと判断した。まさに高位の聖職者……『神聖術』の使い手の協力が要る。


「ぶほッ!? じ、呪術祓いじゃと!? わ、私が禁忌を冒しているなど! ぶ、ぶ、ぶ、無礼にも程があろうッ!!」


 その必死な姿を見て、皆が思ったという。


『あぁコイツ、ナニかやってるな』……と。



 ……

 ……………

 …………………



 案の定、バーナード司教の指輪は呪術に関するモノであると認定された。

 ただし、その出処や術者は不明。バーナード司教も金で釣られ、人伝に受け渡されただけ。呪術が籠められた品物であることは認識していたが、その術式については知らされていなかったという。

 当然、司教も『神聖術』を扱う者であり、自身に害が及ばないこと、普段は他者から看破されない事は確認済みだった。


 そして、その肝心の呪術の内容は単純明快。


『託宣の神子に関する者に憑依せよ』


 あの気持ちの悪い黒いマナを、託宣の神子に関係する者に憑依させる為の術式。呪い。

 しかし、肝心となる、憑依した後にナニをするのか? 黒いマナにナニをさせたかったのか? ……などについては不明なまま。

 高位の呪術であり、その構成も複雑怪奇。この度、即座に駆けつけることが出来た呪術祓いのできる司教の力では、最後まで術式を追跡することができなかった。解析の途中で自壊の式に触れてしまい、呪術も指輪も崩れて砂となって消えてしまう。


 当然のことながら、バーナード司教はその位階を即刻停止され、教導審問官と呼ばれる、異端審問官の一歩手前の暗部たちによってじっくりと取り調べが為されることになった。名目は取り調べではあるものの、その実態は拷問の末の死。……あくまで噂に過ぎないが、教会の暗部は『死霊術』すら会得しており、彼等に目を付けられると、死を迎えても、死霊として現世に留められ永劫の責め苦を負うという……あくまで噂。


 幸か不幸か、呪術祓いのために来た司教がアルの中に『神子の光の残滓』のようなモノを視たことと、呪術がアルを狙っていたことにより、神子の情報を与えられた間者のような者ではないだろうと判断された。

 ただし、あくまで現時点では……という注釈は付いたまま。王家の影による要観察対象扱いは変わりはない。


「……ファルコナーに連なる者よ。貴様はどうにも気に喰わん。しかし、現時点では特に処置はない。学院では精々おとなしくしておくことだ。学院に入り込んでいる王家の影は、ヨエル達だけではないことを覚えておくがいい」

「ええ。胸に刻んでおきますよ。何度も言いますが、僕は『託宣の神子』にも、この王国にも、決して仇を為す者ではありませんから。むしろ、この国のために力を使いたいと思っていますよ」


 アルの言葉に偽りはない。心からの本音。


 しかし、ヴェーラだけではなく、上役であるビクターも彼に対して不安を覚えていた。何かが違うと。この少年の言葉は正しいのだが、何処かでその行動に破綻があるような気がしてならない。


「(いや、私はファルコナーの家名に過敏に反応しているだけだ。それに、王国の盾、南方五家と評され、大森林の魔物たちから王国を、民たちを守っているのは事実。狂っているだの、狂戦士だのと言われているが、確かに彼らは王国のためにその血を流している者たちだ。何を不安に思うことがあろう?)」


 ビクターもまた、アルの背後に不吉な影を幻視している。それらは噂に振り回された自分の心が見せたモノ。……そう自分に言い聞かせ、無理矢理に蓋をする。その判断が正しいのかは分からない。


「まぁ当然ながら、『託宣の神子』だのなんだのは他言しません。彼らと殿下の縁を結ぶ“計画”があるというなら、そもそもどちらにも近づかないようにしますよ」

「……ああ。それで良い。もう、このような形で会わないこと願う」


 念の為の確認をして別れる。



 ……

 …………



 来た時と同じように目隠しで馬車に揺られる。

 何だかんだと時間を取られたが、日が変わる前には寮に辿り着いた。


「これでお別れだ。アルバート殿。分かっていると思うが、我々と学院で会う場合は、その時が初対面だ」

「ええ。承知しています。僕は今日、貴方たちとは会っていないし、王家の影なんて聞いたこともない。バーナード司教についてはその存在すら知らない。『託宣の神子』についても決して触れない。殿下を含めて、彼らにはなるべく近付かない。……もちろんよく理解していますよ」


 ヨエル達とも当たり前の確認をして別れることに。

 しかし、お互いに確信している。これで終わりではないと。


 ヨエル達は、引き続きアルのことを要観察対象者として警戒することになる。特にヴェーラは、彼を野放しにする気はない。むしろ恐れていると言っても良い。


 アルとしても、この世界で主人公たちに『託宣の神子』という御大層な肩書があるならば、彼らのストーリー進行やイベントの進捗状況を知るのに、王家の影を利用することを考えている。

 元々のゲーム設定である「辺境貴族家に連なる普通の少年少女」であるなら、アルは自ら彼らと接触しようとしていたが……

 自分以外、それも組織的に主人公たちをマークする存在があるなら、態々自分一人で動く必要はない。それどころか、自分よりも遥かに確かな情報を得られるはずだと思っている。


「……では、お元気で」

「ええ。アルバート殿も」


 御者となったラウノの合図で、静かに馬車が出る。一つ一つの部品の質の良さ、設計の新しさ、魔道具による改良などもあり、馬車は夜の静寂を邪魔しない。そして、そのまま闇夜に紛れて見えなくなっていく。


「(『託宣の神子』ね……あの黒い変なマナが視えたのは、主人公達の存在感や光を視たせいか? それ以外に理由が思いつかないな。

 この世界で主人公達は特別だと認知されている。そして、それを良しとしない勢力もあるのか? 僕は主人公達を守る側として女神やら世界やらに、何らかの使命を受けている……とか? ……まぁ好きにするよ。女神だの世界だのは主人公達に任せる。僕は魔道士として戦場で働くさ)」


 何故か、アルが決意を固めれば固めるほどに不吉の影が差す。



:-:-:-:-:-:-:-:

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― 新着の感想 ―
[一言] 「いや、私はファルコナーの家名に過敏に反応しているだけだ」 ファルコナー家の三男に対する謂れのない取り調べは、同家に対する無礼とならないのかな。
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