第1話 王家の影
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オープニングイベントを目撃したことにより、アルは改めてこの世界がゲームストーリーに沿って進んでいることを確認した。
ただ、同時に、その細部には差異もあり、全てがゲームの通りではないことにも気付いている。
そもそも、ゲーム内にはステータス、レベル、ジョブ、スキル、クエスト、インベントリ、好感度などがあったが、アルはそんなモノを見たことも聞いたこともない。
そして最大の違い。ゲームでは普通に蘇生魔法があり、主人公やパーティメンバーは甦る。ゲーム内でも一応は『死んでから数時間以内』『女神の祝福が強い者に限定』などの説明はあったようだが……要は“死”に関するイベントの整合性を取り、感動を打ち消さないためのご都合設定でしかない。
この世界には蘇生魔法などない。死者は死霊などでしか蘇らない。死んだら終わりの現実。
そんな世界で、アルは中盤から終盤にかけての「魔族との戦争」に関して焦点を絞ってナニかできることがないかと考えていた。
戦争は国家の全てに影響を及ぼす。もし、戦争に敗れることがあれば……自分自身は勿論、この世界においての故郷であるファルコナー男爵領とてタダでは済まない。
また、ストーリー通りに戦争に勝利したとしても、国土が焦土と化してしまえば民の生活が立ち行かなくなる。タダでさえ、この世界は魔物との生存競争が激しく、ヒト族に優しくない世界なのだから。
前世の記憶。ゲーム設定の記憶。それらを持つ自分がこの世界に生きているのは、それなりの理由があるのだろうと感じ、この世界の貴族に連なる者として、アルは力無き者たちを護る結果を求めていた。……活動の経過がやたらと血生臭いのは気にしていない。
だが……ゲームのオープニングイベント。主人公たちのその姿を“視て”、少し考え直す。
「(はぁ。アレほどの“存在”なら、勝手にこの国を正しく導いてくれそうだ。単純な戦闘能力はまだ僕の方が上だろうけど……アレには強さとかあんまり関係ないだろ……眩しい存在。まさに光の勇者様だ)」
既に主人公たちを目撃してから数日。かなり前から手続きを済ませていたアルも、手続き締め切り最終日をもって正式に「ラドフォード王立魔導学院」の在籍となった。
入寮のバタバタも落ち着いてきた頃だが、アルは未だに男主人公であるダリルのことを寮の中で遠巻きに見やるだけで、直接の接触は果たしていない。
女主人公についても未接触のまま。こちらは女子寮にいることもあって、オープニングイベントから姿を見てもいない。接触以前の問題か。
ちなみに、王家の慣習により、アダム殿下も通常グレードの寮を使用することになっているが、やはり警護の問題もあり、殿下は最上階である五階フロアをほぼ貸切で使用となっている。その煽りを受けて、無料である通常グレードの寮に入れずに今期の入学を諦めた者たちもいるらしい。
迷惑な慣習ではあるが、ゲーム内においてアダム殿下と接触を増やすための措置だったのだろう。
「(実のところ……もう印象深いイベントやエピソードくらいしか覚えてないんだよな……出くわせば思い出すかも知れないけど、先回りして何とかっていうのは無理そうだ。それに、あの主人公二人とは直接関わらない方が上手く行く気がする。世界に愛されているようだし……うん。今後は正規ストーリーに関わるイベントには触れない。魔族との戦争にのみ注視する。……この方針で行こう。主人公たちや重要キャラへの接触も、この世界の常識に則っての場合だけにしよう。
不自然に出しゃばらなくても、主人公たちに任せれば何とかなりそうだと……それが解かったのは僥倖だ)」
改めて自分自身の行動方針を定める。
そもそも、ゲームならいざ知らず、この世界においては学院内であっても、あまり他家の者とは深く交流しないのがマナーとなっている。
もちろん、結婚相手や出仕先を探す場合は別となるが……それらもあくまで紹介が必要。いきなり『俺を家臣にッ!』『結婚してくれ!』などと言って許されるのは、ゲームの主人公くらい。他の者が同じ行動を取ってもただの阿呆として総スカンを喰らうだけ。
もっとも、アルは直接知らないが、実のところ「ファルコナー」の家名を出せば、結婚相手はともかく出仕先に困ることはない。引く手数多という現実もあったりする。
「(さて、そうと決めたら、明日の入学式までは寮に籠っていよう。下手な接触はしない。どうせ辺境貴族家とそれ以外でクラスは区別される。その後だったら、辺境貴族家同士ということで自然に主人公たちと挨拶もできるだろう)」
正規ストーリーのイベントにはなるべく触れないと言っても、主人公たちの動向については適宜情報が欲しいのも事実。出来れば軽く話をする程度の関係性は築きたい。
これが殿下と知己を得たいなどであれば困難を伴うが、主人公たちとは辺境貴族家という共通点があり、家の爵位もそれほど違いはない。下心を隠せば、特に問題ない筈だとアルは考えていた。
……
…………
「アルバート・ファルコナー男爵子息だな?」
明日までは部屋に……アルの思いとは裏腹に招かざる客。明らかに不穏な空気を纏う者達。
先日、アルが大ホールで認識したアダム殿下の隠れた護衛達。
「ええ。確かに。僕に何用でしょうか?」
「(コイツ……明らかに無作法な誰何をされても気にもしない。やはり我らのことを知っているな)」
彼等はアルの予想した通り影の護衛。王家に仕える者達であり、彼等に対して命令することが出来るのは極僅かしかいない。
彼等は『王家の懐刀であり秘されし盾』などと評されている存在。
流石にそこまで知らないが、アルは彼等が只者ではないことは判っている。身分的にも、恐らく男爵子息如きは問題にもしないだろうということも。
「……話が早くて助かる。とりあえず来てもらおうか?」
「分かりました。(先日の大ホールで認識されたことだろうなぁ……)」
相手は三名。
一人は貴族然とした振る舞い。
二人は従者のように控えているが、その一人が大ホールでアルに気付いた者。白銀の髪と深い藍色の瞳を持つ、儚げな印象の男装の少女。恐らく三人の中で一番の使い手。
「(どうなることやら……?)」
都貴族にとっては、王家の影は国家直属の監察官のような存在。目を付けられるだけでも身の破滅、一族の凋落に繋がりかねない一大事。
しかし、アルはさほど気にしない。そもそも知らないのだから当然だが、たとえ彼等がどのような存在かを知っても『だからどうした?』となるだけ。
暴かれて困る秘密は前世やゲームストーリーだが、そんなモノはただの狂人の戯言にしかならない。
辺境の田舎者には、都貴族と同じような“失って困るもの”はない。敢えて言うならその命ぐらいか。
アルは前を行く貴族然とした者に素直に従う。その後ろに従者を装った二人。配置としては連行されている気分。
「(まぁ逃げる気はないけど……こんなモノか? 大ホールで視た時はもっと……こう、「凄い使い手」のように感じたんだけど……なんか普通だな……いや、僕が読めない程に巧いのか……?)」
アルは気付かない。
大ホールでは比較対象が彼等の周りにいたから、飛び抜けた実力者と感じたのだと。
実際に王家の影は、都貴族社会では同年代で比肩する者はほぼいない程の使い手たち。彼等はゆくゆく、アダム殿下と学院内で自然に知己を得て、彼の近衛となる予定……そういう計画で動いていた。
近衛に抜擢される者とは、文武に長け、貴族社会の表と裏を泳ぐ能力も持ち合わせている。その上で汚れ仕事も厭わないという逸材たち。
辺境の、ファルコナー領での強さとはまた別種の……質の違う強さを持つ者達。
もっとも、その質の違う強さは狂戦士の興味を引くモノではないが。
……
…………
学院の敷地内を散々歩かされた挙げ句、目隠しをされて馬車に。
馬車に揺られてしばらく後、アルは気付かないが到着したのはとある屋敷。
その屋敷内の応接室のような場所で、ようやく目隠しを外されるという念の入れよう。
既にアルには、この屋敷が学院の敷地内なのか、あるいは王都のどの区なのかも判別できない。
「(かなり慎重に事を運ぶ。上からの指示なんだろうけど大変だね……宮仕えも。こんな手間を掛けずとも、どうせ王家に連なる者が関わっているんだから、その御威光を振りかざして知りたい事を聞けば良いのに……何なら寮の部屋で済む。
暇を持て余した古貴族たちが、無駄な儀礼を増やして王家や新興貴族家と宮中で対立しているとゴシップ的な噂で聞いたけど……この有様じゃ、王家側も似たり寄ったりじゃないのか?)」
アルは動じない。それどころか『無駄な時間を使うなぁ』と、彼等が縛られていることを憐れみ、王家への批判すら内心に出す始末。
沈黙のままに監視を続けている者の一人が、そんなアルの「呆れ」のような感情……マナの揺れを感知し、ピクリと反応する。
「(この人は何なんだ? こちらの正体にある程度気付いているだろうけど……何故ここまでマナに揺れがない? 若干の反応があったかと思えば……呆れ? 何に? ……我々に対して呆れている?)」
男装の少女ヴェーラには、アルの内心が、そのマナの在りようが解らない。余りにも不自然に映る。
常在戦場の精神は、王家の影である彼女たちにもある。しかし、それはあくまでも対人を想定したもの。言葉の通じる魔道士やヒト族の不埒な輩どもが相手。
だが、アルたちのような辺境貴族家は魔物が相手。
言葉など通じない。ヒト族の怒り、悲しみ、焦り、憎しみ、諦め……そんな感情を魔物が考慮することはないし、ヒト族側も魔物の感情など知ったことではない。生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。
場所によっては、ゴブリンやオークなど一定の意思疎通が可能な魔物もいる。それに、ドラゴンなどをはじめとした“古き魔物”たちであれば人語すら解する個体や種族もいるというが……ファルコナー領が接する南方の大森林で展開されるのは、ヒト族と魔物の純粋な殺し合い。生存競争のみ。
深き大森林の中では、感情の揺れがそのまま生死に直結する。
目の前で無二の戦友が命を散らそうが、自身の五体が千切れようとも、ただひたすらに平時と同じ思考、同じ戦いをするのみ。
辺境貴族家の中でも、特にファルコナー家は狂戦士との呼び声が高いが、戦いの渦中においては、彼らは誰よりも冷静で冷酷。状況が好転するなら、自身の命すらその判断材料でしかない。平熱で狂気を纏う者たち。そして、彼らには常在戦場の心構えが宿る。つまり、戦いの渦中と平時を区別しない。
能力はともかくとして、その思考や在り様については、他の辺境貴族家や王家の影から見ても異質に映るのは必定。
「……ええと。この後はどのように? なにぶん田舎者なため、王都の貴族社会の礼儀には疎く失礼があるやも知れません。不快に思われる御方がいらっしゃるなら、事前に必要な立ち居振る舞いを教示して頂きたいのですが?」
部屋に通された状態で目隠しを外されたが、周囲には先ほどの三名のみ。彼等も待機している状態であり、この後に誰かが来るだろうことが予見される。
「……まず、アルバート殿。先ほどからの数々の非礼を詫びる。私の名はヨエルだ。後ろの二人は男がラウノ。女がヴェーラ。……悪いが本当の家名を明かすことはできない。貴殿も気付いているだろうが、我々は『王家の影』であり、公的には私が伯爵家に連なる者。二人は私の従者で、子爵家に連なる者として扱われている」
まず、三人の中でのリーダー格と思われる、貴族然とした少年のヨエルが、ここにきて初めて意味のある言葉を口にする。
「これはご丁寧に。非礼についての謝罪を受け取ります。ただ、言わせてもらえば、僕は別に気にはしていませんけどね。ヨエル殿たちにも立場があることは承知しております。それで……結局この後、ヨエル殿たちの上役の御方がいらっしゃるので?」
「そうなる。礼儀については特別なことは要らない。ただ、聞かれたことに答えてもらうことになる。先に言っておくが、こちらは貴殿のマナの揺らぎすら感知している。嘘や誤魔化しは、即座に知られると思って欲しい」
ヨエルは注意を促すが、実際にマナを感知しているヴェーラからすると『この人の嘘や誤魔化しは感知が難しい』……と、内心で嘆息する。もちろん、それを外に出すことはないが。
「王家に連なる御方が関わる以上、嘘や誤魔化しなど口に出せるはずもありません。僕は真実のみを口にすると誓いますよ。(まぁマナ感知なら何とかなるだろ。たぶん。実際に感知しているのは後ろのヴェーラという子だな。さっきから彼女からの干渉を微かに感じる)」
さっそくしれっと嘘と誤魔化しを口にするアル。しかし、ヴェーラはその揺らぎを感知することができない。
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