第11話 エンディング
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マクブライン王国の王都。その第四区画。外民の町という俗称で呼ばれることが多い元・スラム地区だ。
そんな外民の町の片隅には〝ギルド〟という団体がある。
商人たちの相互扶助の組合組織としてのギルドとはまた違う形のモノ。
とある篤志家が運営を担う保護団体であり、諸々の事情により親や後ろ盾を失い、行き場を無くして街を彷徨う羽目になった孤児たちを支援しているとのこと。
保護した子らには、衣食住を保証した上で教育を施し、まっとうな仕事の斡旋までしている。場合によっては、孤児を身請け元へ繋いだりもしている模様。
外民の町にかつていた、寂びれた教会を任されていた助祭も似たような活動をしていたようで、〝ギルド〟はその活動を引き継いだとも言われているが、その当時と違い、今や外民の町だけに留まらず、別区画である民衆区や貴族区の一部にもその活動が知られているほどとなっている。
託宣の神子を巡っての教会と王家との癒着、都貴族の腐敗の放置、東方辺境地の反乱、魔族領の奥地で繰り広げられた天災級の争い、王都に現れた教団を巡る争乱に、突如として出現した瘴気の結界、受肉した女神の降臨……などなど。
様々な出来事がマクブライン王国を揺さぶり、人々の暮らしにも影響は出たが……終わってしまえば、皆は日常へと帰っていく。
もちろん、騒動の後始末に奔走する者らもいるが、〝ギルド〟は平常を取り戻しつつあった。
「フィリー、本当に出て行くの?」
今や〝ギルド〟の子らの実質的なまとめ役となったサイラスが問う。
「……ええ。命を助けてもらった恩は忘れないわ。でも、やっぱり無理。……フランツ様を殺した貴方たちとは一緒にはいられない」
フィリーと呼ばれた少女の表情は硬い。自身の言葉が正しくないのを知った上で、やり場のない怒りが溢れ出てしまう。
「そう……僕には君を止めることはできないけど……どうか、命を粗末にするような真似はしないで欲しい」
サイラスもフィリーの怒りを受け入れる。いちいち指摘などしない。死霊となったフランツが滅したのなら、直接的ではないにしろ、その原因に〝ギルド〟が関与していたのは事実だ。
「……私の命の使い方は私が決める。君に指図される筋合いじゃないわ」
「分かった。なら、せめて一つだけ覚えておいて。僕らは〝やられたらやり返す〟。相手がフィリーであってもそれは同じ。教団の残党と合流するのは確かに君の自由だけど、僕らに危害を加えるつもりなら容赦はしない」
虚ろな戦気を纏い、サイラスは宣言する。〝《《ギルド》》〟の流儀を。もちろん、彼とて理解している。こんな宣言だけで、フィリーの行動は変えられない。止められない。
「ええ、覚えておくわ。……それじゃ、さようなら」
少女はそう言いながら踵を返す。もう振り返りはしない。ただ前を向いて歩き出す。
決定的な別れだ。
サイラスには、彼女の後姿を見送ることしかできない。
「〝去る者は追わず〟……か。アル様がなにかの拍子にそんなことを言っていたな。どれだけ言葉を重ねようとも、結局のところ、ヒトは自分の意思に従うだけなんだろう」
寂しげなサイラスの肩にぽんと手を置きながら、コリンが声を掛ける。以前に聞いたアル語録を披露する。
「……コリンさん。でも、それでも僕は、フィリーにはちゃんと生きていて欲しいです。フランツ様のいない〝教団〟には、もうフランツ様の思いなんかないはず。そもそも、フランツ様は教会と真っ向から対立するつもりなんてなかったわけですし……」
「たとえその言葉が正しく、想いが真摯であろうとあの子を繋ぎ止めることはできないさ。別にサイラスが駄目とかじゃなくて、今の彼女は恩師の二度目の死を受け入れられていない。誰の言葉も耳に入らないし、心に響きもしない。自身の怒りや復讐の念に支配されている。厳しいようだが、ファルコナーに限らず、〝次〟に死ぬのはそういうやつだ」
「……」
〝ファルコナーでは仇などと口にするな〟
やられたらやり返すとは言いながらも、ファルコナーは復讐の完遂を推奨していない。まずは自らが生き残ることが前提。命を棄ててでも復讐をと望む者は、その望み通りじきに死ぬ。それが大森林での摂理だ。
だが、コリンは王都の暮らしの中で知った。強い念に囚われた者の行く末など、場所や条件が多少違ったところで変わりはしない。自らの意思で止まらなければ、結局は我が身を滅ぼすまで突き進むだけのこと。大森林だろうが王都のスラムだろうが、そこに大差はない。
「サイラス。それでもあの子が気になるというなら……腹を括って関わるんだな」
「……はい。でも、この先フィリーが〝ギルド〟に敵対するなら……僕は迷いません」
サイラスの瞳には虚ろな戦気が宿る。彼もまたファルコナーの子。フィリーへの想いはあっても、それでも今は〝身内〟への想いが優先される。〝身内〟に害を及ぼす存在は許せない。許してはならない。
「ま、無理のない程度にな。しばらくは教団の残党どもも大きな動きは見せないだろう。さ、一応アル様にも報告しておこう。来客もあるようだしな」
「はい」
コリンに促され、サイラスは去って行くフィリーの背から視線を外す。
迷いはないと言い切ったが、それでも彼は、フィリーの前途が健やかであらんと願う。敵対者としての再会の日が来ないことを祈る。
「あの……もし? こちらがアルバート様が運営されている〝ギルド〟だと聞いて来たのですが……」
一人の人物がサイラスたちに……〝ギルド〟の関係者に遠慮がちに声を掛ける。
しばらく前から、一連のやり取りを遠巻きに眺めていた人物だ。当然にサイラスもコリンもその存在には気付いており、なにかしらの用件があり、自分たちに話し掛ける機を窺っていたのも察してた。
別れがあるならば、新たな出会いもまたある。
「はい。どのようなご用向きでしょうか?」
感傷を振り切り、サイラスが敢えて明るい声で応じる。
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……
…………
………………
「アル様。ファルコナー領からの伝書が届きました。差出人はクラーラ様となっていますが、時期的にシャノンさんの便りではないでしょうか?」
柔らかく微笑む従者が、執務机に向かう主にそっと封書を差し出す。
「ああ、ありがとうヴェーラ。ま、母上からの伝書は簡潔でペラペラだからね。この厚みはシャノンやシルメス殿からで間違いなさそうだ」
封書を受け取りながら、アルはその中身に当たりを付ける。
騒動が一段落した後、早々に王都を離れたシャノンとシルメス。一人は帰郷として、一人は贖罪の旅のはじまりとして。
「やっぱりそうだ。特に心配はしてなかったけど、二人とも無事にファルコナー領へ辿り着いたってさ」
「そうですか。それはよかったです」
窓から差し込む陽を背に、アルは封書を解いて中に目を通す。
そこには、まずは無事に帰郷を果たしたというシャノンからの報告があり、しばらくファルコナー領で過ごした後、シルメスと共に次は東方辺境地へ旅立つと書かれている。
また、追伸のような形でシャノンからの指摘もあった。
〝ギルドにはまた顔を出すつもりだけど、王都で暮らすのは懲りたよ。都会への憧れはあったけど、どうにも私の性には合わなかった。ま、アルも王都の生活に飽きたら奥方と一緒に帰郷しな〟
「まったく。どいつもこいつも……」
いつの間にか、ファルコナー界隈ではヴェーラが公然と〝奥方〟扱いになっている。もはやアルも呆れて苦笑いしか出ない。好きにしてくれという心境にもなる。
「ふふ。アル様、シャノンさんに悪気はないと思いますよ?」
一方のヴェーラも少しは慣れた。当初はあたふたするだけだったが、今はまんざらでもないというところ。身内からのイジりにぷりぷりする主を優しく見やる。
「いーや! シャノンには悪気しかないね。ギルドの子たちの前ではいい顔してたらしいけど、僕なんて昔からイジメられてたんだから。シャノンは周りを巻き込んで、人の弱みをイジるガキ大将タイプだ!」
幼き頃のファルコナーでの日々は、アルにとってはそれそのものがトラウマだ。
ファルコナーでの軽いイジリというのは、場所が変われば普通に暴行や傷害事件でしかない。
アルの脳裏には、気持ちのいい笑顔で拳を振りかぶる、義足の幼馴染の顔が浮かぶ。
「私はシャノンさんとは少ししかお話できませんでしたが、特にそういうタイプには見えませんでしたけど……?」
「ヴェーラは騙されてる! シャノンは外面がいいだけなんだ!」
「は、はぁ……」
ムキになる主の姿を見て、〝これはなにを言っても駄目そう〟とヴェーラは諦める。彼女からすれば、こういう無駄なところで頑固さを発揮する主には若干呆れを抱いてしまう。時と場合によっては微笑ましいとも思うが。
「ええっと……アル様、それで……シルメス殿についてはどうなのでしょう?」
アルのトラウマに付き合っていては話が進まないため、ヴェーラは敢えて流す。他の話題を振る。
「え? あ、あぁ……シルメス殿からの便りも一緒に入ってたよ。落ち着きのないシャノンと違い、かなりかしこまった感じだけど……まぁとりあえず、今のところは問題ないってさ」
シルメスからの便りに目を通しつつ、アルは何気ない風に応じているが、その表情は若干硬い。
「……そうですか。私には神々への懲罰などについては分かりかねますが、その……シルメス殿は本当に大丈夫なのでしょうか?」
ヴェーラには詳しい事情は分からない。それでもシルメスという人物が、余人には理解しがたい信仰や信念に沿って行動しているのは分かろうというもの。
「さてね。実のところ僕にだってよく分かってないよ。ただ、彼女の中に宿るザカライアとかいう〝元・神〟の言い分にはそれなりの説得力があったってだけさ。この世界の実質的な〝上位存在〟は自然現象のような感じらしいけど……そもそも〝自然〟ってやつは、僕らのようなか弱き存在からすれば時に無慈悲で残酷だからね。そんな〝神〟からの懲罰ともなれば、元・神たちを下界に顕現させてはい終わり……とは思えない」
生と光を司る女神エリノーラに死と闇を司る冥府のザカライア。
二柱の神は〝上位存在〟からの懲罰として現世に顕現させられた。
それぞれがフランツとシルメスという〝檻〟に封じられる形で。
ただ、その内容に疑問を抱いたモノがいた。
「……無慈悲で残酷な神の懲罰ですか」
神気たるマナは底をつきかけ、下界の小さき者に手も足も出ず、なんなら片手間で始末される寸前。しかも、神である自身を疑ってしまい、その存在そのものが揺らいでしまった。
まさに満身創痍で絶体絶命な女神エリノーラ。
他に手立てもないため、アルが燃料切れまでしつこく蜂の巣にしようとしたところを、シルメスは制止した。待ったを掛けた。
それは女神への情や信仰心などからではない。
むしろ、後の世に禍根を残さぬように封じるため。目の届くところで女神の残骸を管理するためにだ。
「とにかく、今のところシルメス殿は、エリノーラとザカライアの〝檻〟として役割は果たせているらしい。王国の中枢や教会からも距離を取り、このまま辺境地を巡る贖罪の旅を続けるってさ。最終的には、自らを死霊と化して〝お役目〟を果たし続けるという決意表明まで記してある。ま、しばらくはシャノンも同道するようだし……問題が起きればその時はその時ってことで」
シルメスは自らを〝檻〟として差し出した。もとより死霊フランツを討つために命を棄てる覚悟はしていたが……事情が変わった。元・神たちを野放しにはできぬと考え直す。ある意味では、死霊フランツの遺志を引き継いだとも言える。
「酷く身勝手な話ではありますが……私などからすれば、話が壮大過ぎてちょっとついていけません。私としては、サイラスたちが巻き込まれないのであれば、もうそれで良いと思ってしまいます」
「はは。それは僕も同じだよ。元・神たちが周りを巻き込んで騒動を起こさないなら……あとは知ったことじゃないね。シルメス殿のヤバい信仰や〝お役目〟にしたって、他者に理不尽を強いたりしないなら、別にどうとも思わないかな?」
アルもヴェーラも諦めた。割り切った。自分たちが巻き込まれないなら、それはそれで構わない。真に守るべきは、目の前にいる者らの現在なのだと。
結局のところ、自らの手が届く範囲でしか物を考えられない。アルは自分自身の器の限界を知った。
力無き者を援けるという気概や矜持はあるが、アリエルのように大局を動かす視座を持つことはできない。
また、いずれ来るやも知れぬ悲劇的な未来を憂い、信念に殉じて、自身の命を含めた現在あるすべてをなげうつような真似もできない。シルメスのようには生きられない。
シルメスがあの時、アルを止めたのは冥府の王ザカライアからの忠告を踏まえてのこと。未来を想ってだ。
意識を失い倒れていた彼女は、自らの内なる奥底で冥府の王と対話していたのだという。
ザカライアはかく語り。
『我らは罰として現世に縛られた。ならばこそ、仮初の肉体を壊され、蓄えられたマナを使い果たし、〝神〟の自認を失う程度で赦されるのだろうか? ヒト族の魔法で、我らの存在を完全に滅することができるのだろうか? ……我は否と考える。エリノーラは奔放に力を振るっているが……恐らく我らのマナは使い切れば終わる。有限であり、もうもとには戻らない。しかし、かといって力を失おうとも、存在ごと消滅するような気配もない。つまるところ、我らはこのまま存在し続けるのではないだろうか? 神としての権能を失った後も、力無き存在としてこの下界を彷徨い続けることこそが……我らに科せられた真の罰ではないだろうか?』
嘘か真かの判別は付かないままだが、ザカライアはエリノーラとは違い、〝上位存在〟を認識した時点ですでに〝神〟としての自認を失っていたのだという。だからこそ、彼の者は〝神〟であるエリノーラに追従せざるを得なかったのだとか。
真実がどうであれ、少なくともシルメスの中に封じられていたザカライアは、自らを取り巻く状況を冷静に俯瞰していた。
これまでの永きにわたってお咎めなしではあったが、ついにこの度〝上位存在〟から直接的に罰を受ける運びとなってしまった。
エリノーラは無邪気に、ごく当たり前のように〝次の機会〟を窺っていたが、ザカライアにそのような甘い期待はない。今さら都合のいい逆転の目などあるはずもない。
考えれば当たり前の話だ。
罰を与える側が、わざわざ罰を受ける相手が優位になるような配慮をする? あり得ない。
やらかした側に〝次〟などない。
また、ただ滅ぼすだけなら、いちいちある程度の力を有した状態で下界に顕現させるだろうか? もし滅びるだけが元・神たちへの罰ならば、罰を受けた時点で無に還っているはずではないか?
今の状況には、何らかの意図があってしかるべき。
冥府の王のそんな言葉たちに、シルメスは一つの可能性に思い至る。
女神エリノーラという存在は、たとえ神たる力を失おうとも、ヒト族の中では信仰の象徴として強い影響を持ち得る。正真正銘、教会が崇める神なのだから。
そして、当のエリノーラが〝上位存在〟への反抗を諦めないなら、自らを崇める者らを利用しようとするはずだ。
これまでは遥かな高みから盤上遊戯に興じるようなものだったかも知れないが、これからは違う。なにしろ下界の者らは、すでに直接女神に手が届く距離にいる。
とても女神の思い通りに事が運ぶとは思えない。
エリノーラはヒト族の強かさや、煮詰められた邪悪さを〝知識〟としてしか知らない。
神としての傲慢さを保持したまま。か弱き下々の者らを舐めているが、果たしてどうだろうか?
むしろ、ヒト族の中で悪意に塗れた闘争を勝ち抜いて来た権力者からすれば、力を失った女神様など〝世間知らずの便利な駒〟でしかない。
もし、神としての権能を失った女神エリノーラの存在が明るみに出れば、女神(抜け殻)を巡って泥沼の争いが起こるのが容易に想像できる。できてしまう。
シルメスはそんな未来を危惧した。だからこそアルを止めた。
エリノーラを蜂の巣にするのは構わないが、やり過ぎて下手に別の場所で顕現されると面倒なことになる。その身柄を確保できる時に、確実に確保して隔離するべきだとシルメスは訴えた。
「僕があのまま削り続けるよりも、見下していた下賤な存在の中に封じられ、どうにも逃げ出す算段がないというのは……あのいけすかない女神様にとってはより酷い状況だろうさ。それでも、女神が弄んで来た者たちの慟哭に比べれば……万分の一にも届かないだろうけどね」
〝我は神なのだぞ!? 下界の者らは我を崇めていればよいのだッ! や、止めろォォッッ! 待つのだッ!! 神にこのような真似が許されると思うておるのかッ!? ザ、ザカライアァァッッ!! 何故に下賤な者に余計な知恵を付けたァァッッ!?〟
まさに断末魔の叫びを残しつつ、虹の輝きを失ったエリノーラはシルメスという〝檻〟に封じられて逝った。終わってしまえば呆気ないもの。
「神々の心情などは分かりかねますが……神子として振り回されて来たダリル殿やセシリー殿が知れば、多少は溜飲が下がるやも知れません」
「だね。ただ、王国のお偉方に勘付かれてもあれだし、ダリル殿たちに顛末を報告できるのは次に直接会った時になるかな? ま、なんにせよ、これで本当に〝終わり〟……って感じがするよ」
シャノンとシルメスからの便りを丁寧に机に置きながら、アルはわざとらしいほどに大きく一息を吐く。腹の中の空気を出し切る勢いで。
区切りだ。
未だに王都と教会はごたごたが続いており、教団の跡地……民衆区の一部も瓦礫の山と化したまま。
託宣の残党に加え、フランツに心酔してた教団の残党たちも身を潜めた。
東方辺境地で起きた反乱騒動は一応は終息したが、魔族領から流れてきた者らの保護にはまだまだ金も人手も要る。
また、そんな王国の揉め事などどこ吹く風で、辺境地では今もなお、ヒト族と魔物の生存競争が繰り広げられている。ある意味では平常運転だ。
マクブライン王国はまだまだ大小多数の火種を抱えたまま。
だが、アルからすれば、異世界転生からはじまった原作ゲームのシナリオや託宣を巡る〝物語〟の終わりを実感している。
遠い遠い記憶の彼方にある〝物語〟は、その概ねを消化した。そもそも原作などあってないようなものではあったが……アルが認識していたゲーム本編は終わった。誰も改めて正解を用意してくれたりはしないが、彼はそう認識している。
「ふふ。少し前に話されていた諸々の終わり……〝えんでぃんぐ〟というものですか?」
ほっと一息をついて机に突っ伏す主に向けて、微笑みながらヴェーラが問う。
「ん? あぁそうだね。今度こそ〝エンディング〟って心境だよ。とは言っても、今回の教団騒動で〝ギルド〟に保護を求める子たちも増えてるみたいだし……僕らのやることに大きな違いはないかな? あ、そうだ。バルガスさんにも色々と頼みがあるんだった。あと、サイラスにもシャノンから便りがあったことを伝えておかないと……」
「そうですね。シャノンさんがファルコナーへ帰るとなった際、珍しくサイラスが駄々を捏ねていましたから……」
アルからすれば諸々の謎は残ったままだが、その多くは確認のしようもなければ、きちんと解答が用意されているとも思えない。
辛うじて解答をくれそうだった〝観測者〟も退場してしまった。
しかしながら、いっそそれでいいとアルは思う。
「(ここから先は、それぞれが紡いでいく〝物語〟……か)」
ジレドからの投げられた言葉を、内心で反芻するアル。
先行きが分からない。筋書きはない。
世界設定的な特殊な知識を多少得たところで、目の前にある現在を生きていくしかない。
様々な〝イベント〟を経て、結局のところ〝当たり前〟に行き着いただけ。
ふとそんな思いたちが通り過ぎていくが、アルの意識はすぐに現実へと呼び戻される。
わざとらしいほどにゆったりと部屋のドアがノックされた。
「……コリンか。入ってくれ」
物思いに耽ろうとも、当然のようにアルはノックをする人物の気配を少し前から掴んでいた。
気の知れた友であり従者のコリン。
彼がサイラスと共に、見知らぬ気配の人物を引き連れて来たことは把握していた。
阿吽の呼吸の如く、ノックから間を置かずにヴェーラがそっとドアを開け、コリンたちを部屋の中へと招く。
「アル様。〝ギルド〟にて働かせて欲しいという方が来訪されております」
余所向きの恭しい態度ながら、コリンは単刀直入に用件を伝える。アルへの面会を願う人物がいると宣告する。
「ん? 保護を求めてじゃなく、わざわざ〝ギルド〟で働きたいって?」
「ええ、そのようです」
コリンとサイラスの後ろの控えている、見知らぬ気配の人物は少女だ。サイラスより少し年上かどうかという年頃の。
分厚いローブに身を包み、その身に似合わぬほどの大きめの肩掛けの鞄を抱えている。街中では少々目立つほどのあきらかなる旅装であり、いかにも遠方から今しがた来訪しましたという姿だ。
しかしながら、多少の旅の埃はあるものの少女に薄汚れた気配はない。それは単なる見た目だけの話ではなく、身に纏う雰囲気そのものがだ。
少なくとも〝ギルド〟に保護を求める子らとは一線を画している。
どちらかと言えば、見る者には富裕層の子、貴族子弟のような佇まいを感じさせる。
コリンに促され、少女は静かに部屋の中へ……アルの前へと歩を進める。
「はじめまして、アルバート・ファルコナー様。私の名はイノセンテと申します」
名乗りながら、ローブの端を軽く摘まみ、カーテシーにて頭を下げる少女クレアの愛し子。
「これはご丁寧に……すでにご存知のようですが、僕はファルコナー男爵家が第三子、アルバート・ファルコナーと申す者です」
椅子から立ち上がり、返礼として改めて名乗るアル。
僅かな静止を経て、お互いが顔を上げる。
目が合う。
微笑むイノセンテと、ちぐはぐな印象の少女に対して若干の警戒を帯びるアル。
ここから先はそれぞれが紡ぐ〝物語〟。
一虚一盈、生生流転。
アルバート・ファルコナーの〝物語〟はこれからも続く。続いていく
了
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