第9話 役を持たない者たちの死闘
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それはいつのことだったのか。
ある時、女神エリノーラは自らの役割に疑問を抱くようになる。
それまでは特に疑問などなかった。自身はそういうモノとしか思っていなかった。
エリノーラは、自らを神と崇め称え、信仰を抱き、健気に日々を過ごすか弱き存在たちを見守ることに疑問などなかった。
たとえそのか弱き存在が、神の名の下に他種族を迫害し、自らの益のために神の名を利用しようとも。
いちいちそのような小賢しい言い訳をしなければ暴力を振るうことすらできぬ、無様で惨めな小さき存在だと……いっそ愛おしさすら感じていたものだ。
スケールは違えど、〝できの悪い子ほどかわいい〟という親目線での欲目があったのかも知れない。
女神エリノーラは、確かにヒト族を愛していた。その愚かさや狡さ、弱さと狂暴さを併せ持つ不可思議な存在たちを。
時には手も足も出ずに他種族に蹂躙されながらも、別の他種族や場合によっては同族相手にさえ、無慈悲なほどに凶悪な手段を用いて滅ぼしに掛かる。その癖に、後々になって〝仕方なかった。なぜなら、連中は女神の教えに反する邪教の類だったから……〟そんな妄言で自らの心さえ騙す。
その精神性に大いなる矛盾を孕みながらも、種としての繁栄のために止まることが許されないか弱き存在。
それが女神エリノーラから見たヒト族の姿だった。
特に問題は起こらないはずだった。
しかしながら、女神エリノーラは疑問を抱いてしまう。
奇しくも、ソレは現世を這いずる小さき者たちの行動をつぶさに観察してきた結果によってだ。
〝女神様の思し召しだった〟
〝神がそれを望まれた〟
〝敬虔なる女神の徒として、我らは運命を受け入れるだけ〟
小さき者たちはそんな言葉を吐く。
親しき者の命が終わる時に。
愛する者との別れの時に。
理不尽な状況に圧し潰されそうな時に。
また、自らが他者に理不尽を強いる時に。
〝運命〟などという言葉が使われるのを女神は見てきた。聞いてきた。
『おかしなものよ。我からすれば、小さき者らがどうなろうと知ったことではないというのにな』
それがはじまり。女神からすれば、神の思し召しや運命などというモノの所為にして、自らの行いを正当化しようとするか弱きヒト族のおかしさを笑うだけだった。
だが、ある時、女神エリノーラはふと考えてしまう。疑問を抱いてしまう。
『ん? ……そうだ。確かに我は知らぬ……特に何かをせよと命じたりしていないし、小さき者らの運命とやらにも関与していない……? では、一体誰がソレを管理しているのか?』
疑問を抱いた瞬間から、彼女は急速に自我を確立していく。ある意味では、その過程こそが〝女神エリノーラ〟という〝個〟の誕生だったのかも知れない。
そして、悠久の時を漂い、彼女は思い至る。
か弱き存在から神として崇められてはいるが、なんのことはない。それらは与えられた役割に過ぎなかった。自分に〝女神エリノーラ〟という役割を与えた〝上位存在〟がいるのだと認識する。
こうして、女神エリノーラの〝物語〟への反抗がはじまったのだが……。
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……
…………
………………
『ふっ。よもや我が下賤なる者らが這いずる下界に、直接触れる羽目になるとはな……』
周囲一帯が瓦礫と化した聖堂の跡地に長身の女がいる。
死霊フランツという檻を破り、現世に降臨した……降臨せざるを得なかった女神エリノーラ。
神々しいマナを振り撒きながら、まさに女神としか形容できないほどの美を纏う者。
現れたと同時に、その神柱のマナを結集させ、すでに仮初の肉体を得ている。死霊となったフランツが仮初の肉体を得ていたのと現象は同じ。もちろん、その桁と属性はまるで違うが。
「……こ、これが……女神エリノーラ……?」
降臨した女神エリノーラの姿を、一番の至近距離で確認したのはシルメスだ。女神の徒でありながらも、彼女の中には女神そのものへの信仰はなかったが……それでも、その存在には圧倒される。
神聖なる気配。眩いばかりの生と光のマナを放つ者を前に、畏怖の念が込み上げてくる。思わず、跪いて祈りを捧げそうになるほどに。
『大義であったな、ザカライアの依代よ。ふっ、思えば貴様も憐れだな。所詮は上位存在によって器として選ばれた……〝運命〟を押し付けられただけに過ぎぬ者か』
女神の瞳は色が移ろう。その虹色の瞳がシルメスを捉える。
「……あが……ッ……!?」
それだけでシルメスは動けない。その瞳から目を逸らすことすらできない。
『ふぅ……神の座へ戻ることが叶わないのであれば、業腹ながらも、この薄汚い現世に〝神〟として留まりながら次の機会を待つまで。……ザカライアよ、手伝ってやるからお前もさっさと出て来るがいい』
「……ぐ……ぅ……ッ!?」
ナニかが内から出て来ようとしている。いや、ナニかではなく、間違いなくソレは身の内に巣食っていた〝神〟だ。
ひと睨みされただけで動きを封じられたシルメスは、つい先ほど目の前で行われた、死霊フランツのその存在を内側から引き裂きながら現れるという、悍ましい女神エリノーラの降臨を思う。
今まさに、ソレが自分の身に起こりつつある。
「が……ぁッ!! く……ッ!! め、女神エリノーラ……!! あ、貴女は……こ、この世界でなにを為そうというのか!? 我らヒト族には……直接的な〝神〟など必要ない……ッ!!」
もとよりシルメスには、死霊フランツと相討ちとなって果てる覚悟があった。今さら自らの命など惜しみはしない……が、このまま自分が死ねば、身の内に巣食う神が顕現してしまうともなれば話は変わってくる。
神に踊らされ、まんまと神を解放してしまった己の罪を贖うまでは死ねない。たとえ結果が変わらないとしても、せめて最後の最期まで抵抗してみせる。
『愚かな娘よ。貴様ごときが、地を這う者どもを代表する気か? 現世に降臨した〝女神エリノーラ〟を、卑しくも小賢しきか弱きヒト族が欲しないとでも? くくく。我が時の大河の中で、貴様ら下賤なる小さき者どもをどれだけ見て来たと思っている?』
「……ッ!!」
女神エリノーラにシルメスの言葉が響くはずもない。存在の位階が違い過ぎるため、相互理解が成り立たないのが前提ではあるが、それでも、エリノーラは女神として現世を這う者たちを見て来た。
シルメスが至った思想も、彼女が知り得るヒト族の度し難い習性などについても、エリノーラは知っている。これまでにも似たような事例を悠久の時の中で飽きるほどに見て来た。
今の状況が、〝上位存在〟による罰であるのもエリノーラは理解している。だが、それは罰であると同時に、これまで自分たちがなにをしても無反応だった〝上位存在〟が直接的に介入してきた証でもある。
上位存在が、エリノーラやザカライアの行動をついに無視できなくなったのだ。
それはある意味では成果。
エリノーラは次の行動に移るまで。〝上位存在〟が用意した器の中で封じられるつもりなどさらさらなかった。
器である死霊フランツに向け、〝女神〟とはほど遠い言動に終始して油断を誘うと同時に、ザカライアと共鳴して着々と外から器を壊す段取りを進めていた。
同格の神柱であるザカライアを解き放ち、この現世にて、いずれ来る〝上位存在〟との戦いに備える。そのための準備を整える。それがエリノーラが描く絵図。願望。
「がは……ッ!」
身動きが取れぬまま、棒立ちのままにシルメスは血を吐く。すでに目や鼻からも血が垂れている。
当人の意思がどれほど強かろうが、強大な力の前には抗うことすらできない。
「(ぐ……ッ! こ、このまま、なにもできず……に……ッ……!)」
シルメスは、まさに虫けらを見るような無感動な虹色の瞳から、どうあっても目を逸らすことができない。女神エリノーラに抗えぬまま、身の内から神が出づるのを待つだけ。器が壊れるのをただ待つだけ。
「ぁッ!?」
『ん?』
その時。唐突にシルメスの視界が回る。纏わり付くような虹色の瞳が視界から外れた。
突如として現れた女が、横合いから聖女を掻っ攫う。シルメスを抱えて駆ける。
「とりあえず退くッ!!」
「シャ、シャノン殿ッ!? ど、どうしてここへ!? に、逃げろと言ったはずです……ッ!」
瓦礫の隙間から飛び出して来たのは、とある魔境の町娘シャノン。
教団にカチコミを掛ける際、シルメスは彼女に〝瘴気を撒き散らことになるので避難するように〟と言い含めていたが……そんな警告を素直に聞く相手ではなかった模様。
亡者との戦闘や瘴気による影響でシャノンもボロボロではあるが、まだ動ける。動けるならば、彼女はシルメスを助けるために行動する。たとえ相手が、女神を名乗るあからさまな人外であっても。
『ふん。〝上〟から見ていても鬱陶しいと感じることはあったが……同じ目線に立つと、こうまで不快なのか』
神々と言えど目論見通りにいかないことはあった。しかし、それはあくまで遥かな高みから盤上遊戯に興じているようなものでしかなかった。上手くいかなければ次の手を指すだけ。
だが、この度は現世に受肉した状態。一手を指すこと自体を、目の前で自らの思惑を阻まれるという体験に、エリノーラは腹の底から不快感が込み上げてくる。虫けら未満の下賤なる小さき者が、神たる我に横槍を入れるなど言語道断だと。
「……ちッ!」
「あッ!?」
エリノーラは自らの不快感を解消するために動く。駆けていたシャノンの眼前に姿を現す。
『無意味なことはするな』
シルメスたちは逃げ出した。〝しかし、まわりこまれてしまった〟というやつだ。ボスからは逃げられない仕様か。
『ん?』
だが、そんな仕様など知らない。シャノンは構わない。遠慮などするはずもない。
「ふッ!!」
唐突に眼前に現れたエリノーラに向け、駆ける勢いのままに跳び蹴りを放つ。それは彼女からすれば当然の対応だったが、女神としては想定外だった模様。
鈍い音と共に、棒立ちだったエリノーラの胸当たりに蹴り足がめり込む。いとも容易く吹き飛んでいく女神。
『ふむ?』
蹴りの直撃にて勢いを相殺したシャノンは、着地した瞬間にまた別の方向へと駆ける。手応えはあったが、彼女は得体の知れない人外など相手にしない。
一方で吹き飛ばされた女神は、自身に何が起こったかを瞬間的に理解できなかった。当たり前だ。想像の埒外。まさか、下賤なる存在に足蹴にされるなど考えてもいなかったのだから。
蹴り飛ばされた勢いのままに、地を滑りながら倒れるエリノーラ。その身に痛みや損傷はまるでないが、下賤な存在に蹴られて倒れるという事実に、思わず笑みが零れてしまう。
『ふ……ふ、ふふふ。なるほどな……これが下賤なる者どもが言う〝怒り〟というモノか。先ほどの不快感とは比べものにならんな』
軽く埃を払って立ち上がり、薄い笑みを浮かべたまま女神は視線を向ける。ちょこまかと逃げ回るシャノンに。
次の瞬間。
轟音と共に白き焔が立ち上る。天を突くほどの勢いで。
少し前に魔族領の奥地にて見られたのと似た光景ではあるが、ダリルとセシリーの衝突に比べれば、その規模と威力は小さい。その差を確認できる者たちは、目聡くその事実に気付いていた。
もっとも、その力を向けられたシャノンとシルメスからすれば、いちいちそんなことを考える余裕もない。
ザカライアの力を利用し、咄嗟に防壁を張って凌ぐので精一杯。瓦礫の山が更に新たな瓦礫を生み出す。
……
…………
………………
『まったく……しぶといものだな。流石は生にしがみ付くしか能のない下賤なる者か。指示を出している時はそのしぶとさが役にも立ったが……そうでなければこうまで面倒だとはな。下界はまことに不快で不自由なものよ』
地に伏すシルメスと、未だに抵抗の意思を見せるシャノンを前にエリノーラは呟く。
「……シッ!!」
先の聖なる焔の衝撃に加え、それを防ぐためにシルメスが放った瘴気の防壁の影響もあり、シャノンはすでに死に体。義足も砕け、まともに動けないながらも、それでも目の前の人外への抵抗を諦めない。血反吐を吐きながら抗う。
渾身の力を振り絞り拳を放つ。
いともあっさり、拳は女神の腹へと吸い込まれていくが、エリノーラは少し体勢が崩れるだけ。とても効いてるようには見えない。
ただ、異様な頑丈さを見せつけるエリノーラではあったが、動き自体は素人未満。
崩れた体勢のまま、シャノンを捕らえようと手を伸ばすが……いない。とっくに彼女は退いている。
『ふむ……どうにもまだ加減が分からんな。肉体の操作がこれほどまでにままならぬものだったとは……いちいち不快だ』
現世に受肉したことにより、エリノーラは肉体の操作というこれまでにない手続きをさせられる羽目になった。
シャノンの動き自体は視えているが、その動きへの対処ができない。拳や蹴りの悉くをその身に受けるだけ。
シャノンにとっての不幸は、女神エリノーラの仮初の肉体は、今の彼女の打撃でどうにかなる強度でもなかったということ。
そして、逆に幸運だったのは、現世に降り立ったばかりのエリノーラは、まだ自身の肉体やマナの扱いに慣れていないという点だった。
先ほどの聖炎のような大規模魔法を使おうにも、燃料となる身の内のマナが枯渇していることに女神は気付きもしなかった。二撃目が放てないという無様を晒してしまう。
エリノーラからすれば、まさに〝ままならない〟状況。強制的に下界用にアジャストされるという屈辱を味わっている。
我が身の不甲斐なさを呪いながら、今の状況を生み出した〝上位存在〟への憤りが募る。
その意味をまるで理解しないままに。
「(はぁ、はぁ、はぁ……こ、こいつは頑丈だけど動きに無駄が多い。この程度なら捕まらないけど……今の私じゃ決め手がない……あとは……任せるしかないか……)」
一方のシャノンは、女神側の事情などまるで知らない。知らないのだが……その存在が不自然であるのは看破している。
恐ろしく頑強な肉体を持ち、膨大なマナを内包して強大な魔法を使うが、その扱い方はまるでなっていない。素人未満。戦士ではあり得ない稚拙さが露呈している。
先ほどの聖炎やシルメスの動きを封じた魔眼のような異能を使えば、近接戦闘しかできないシャノンなど、本来であれば相手にもならないはずだ。
だが、未だに彼女は健在。動けないシルメスを庇いながら時間稼ぎができている。その事実が、エリノーラのちぐはぐさを証明していると言える。
『さて……いい加減鬱陶しいな。ザカライアよ、いつまでも寝てないでとっとと出て来い。貴様が出てくれば終わる話だ』
倒れて動けないシルメスに向けて……その内側に巣食う冥府の王に向けて女神は言葉を投げる。募る苛立ちを込めて。
当然、その間もシャノンは一撃離脱を繰り返す。人外の体勢を崩し続けている。
「やはり私の打撃では威力が足りない! …………あッ!?」
そうこうしている間に僅かな綻びが出る。シャノンに。砕けた義足側が滑る。踏み込みが流れる。
『ん?』
女神も当然に気付く。その隙に。動きこそ素人未満ではあるものの、肉体強度と反応速度そのものは人外のそれ。
体勢の崩れたシャノンに咄嗟に手を伸ばす。捕まえる。捕まえた。
「ぐッ! し、しまった……ッ!」
シャノンの前腕に女神の左手ががっちりと喰い込む。離さない。解けない。
『ふむ。ちょこまかと鬱陶しかったが、捕らえてしまえば終わりだな、くくく』
地を這う小さき者らと同じ条件下でやり取りをさせられていた女神が、思わずほくそ笑む。ついに捕らえたと喜色を帯びる。
それは戦士ではあり得ない、馬鹿丸出しの無邪気な笑みだ。それを間近で目撃することになったシャノンも思わず内心で嗤う。分かり易い餌にまんまと食い付いたと。
動きが止まったのはエリノーラも同じだ。しかも、シャノンを捕らえるために前屈みになったその体勢はおあつらえ向き。
首を断つのに。
気配を絶ち、至近に潜んでいたコリンがいざ飛び出す。ここしかないと。
『?』
エリノーラは視界の端に、突如として現れたヒト族の姿を視たが、それ以上の反応ができない。なにが起きているかのかを理解するだけの経験値がない。
もちろん、コリンからすれば相手側の事情など知ったことじゃない。お構いなし。虹色の長髪で覆われた女神の細く白い首元を目掛け、全霊を以て剣を振り下ろすのみ。
「……ふッ!!」
上から下。縦一文字の剣閃の煌めき。その軌跡が描かれる。
柄を握ったコリンの両手が地に触れるほどに下がる。
『ふむ……なるほどな。小さき者どもはまことに哀れなものよ。常にこのような小細工を弄しなくてはならないとは……』
機と気が結集した、まさに全霊の業ではあったが……残念ながら、剣身が耐えられなかった。
それほどまでに女神の肉体は頑強だった。いや、その虹色の長い髪が特殊だったのか。
コリンが振り下ろした剣は虹色の髪に阻まれる。首を断ち斬るつもりが、逆に剣身が呆気なく斬れた。真ん中あたりから先が、勢いよく飛んでいく。
ならば次。魔境の馬丁見習いは止まらない。いちいち〝そ、そんな馬鹿なッ!?〟などと大袈裟にがっかりなどしない。
切り替えるというよりは、はじめからそれが一連の流れだったかのように、即座に短くなった剣でエリノーラの左手首を斬り上げる。シャノンを拘束している部位を狙う。
『ん……?』
斬撃の通過と共に、女神の左手首がズレる。分断される。
生物でいうところの血の代わりなのか、虹色を帯びたマナが傷口から吹き出す。
瞬時にシャノンは自由を取り戻し、喰い込んだままのエリノーラの左手首ごと距離を取る。
「(よし。身体の方には通じる……!)」
虹色の髪になんらかの特性があり、先の斬撃はそのために防がれたと当たりを付けたコリンだったが、その直感が正しかったと実践で知る。
シャノンの打撃ではどうにもならなかったが、決して壊せないわけじゃない。
女神を名乗る得体の知れない存在も無敵というわけでもない。
肉体強度を超える痛撃を与えれば斬れる。壊せる。それをコリンは証明して見せた。
そして、当のエリノーラはその意味を理解していない。理解できない。
左手が分断された。だからどうしたというだけ。その程度のこと。
『ふぅ……つくづく鬱陶しい』
「ぁがッ!?」
吹き飛ぶ。流れるように斬撃を重ねようとしたコリンが。
それは女神が力任せにマナを放出しただけ。魔法というにはお粗末な技だったが、ちょこまかと動く下賤な者を吹き飛ばす程度の効果はあった模様。
『ふむ。またもやマナが枯渇したか。いちいち残量を測って力を振るわねばならぬとは……まったくもって不快だ。下界がこれほどまでに不自由だったとはな』
「ぐぅ……!」
現世にアジャストされていても、エリノーラが真の意味で超越者であることに変わりはない。掠った程度であっても、神柱由来のマナを身に受ければただでは済まない。済むはずがない。いかに魔境出身であっても、魔道士未満のマナしか持たぬ身であればなおさらだ。
女神エリノーラは自らの処遇を理不尽だと嘆くが、現世の者からすれば、彼女の存在こそが理不尽でしかない。
『さて、そろそろ諦めよ。わざわざ我が手ずからに始末してやると言うのだ。下賤な者らしく、歓喜の声を上げ、身を捩って狂喜するがよい』
「……」
聖なる白きマナに身を灼かれながら吹き飛んだコリンだったが、即座に立ち上がり短くなった剣を構える。
「…………ふぅ。やはりどうあっても、今の俺とシャノンじゃ無理か……」
かと思えば、ごくごく自然に剣を下ろす。脱力して構えを解く。諦めを口にする。
「コリンッ! なにをやっているッ!?」
敵の眼前で戦いを放棄するなど、ファルコナーでは許されない。
たとえ敵わない相手であっても、最後の最期まで足掻かなくてはならない。生きることを諦めてはならない。生き延びることを諦めるのであれば、それは己の命を棄てて仲間を逃すためにだ。
今のコリンは違う。まだ動ける。まだ命を棄てるには早い。
たとえ命を棄てるにしても、まずは消耗しているシャノンの方が先だ。まだコリンの番じゃない。
ファルコナー基準ではそうなる。
「……シャノン。これ以上は無駄だ。もう俺たちにできることはない。俺たちの役割は終わった」
無感動に、無表情のままにそんなことを口にするコリン。あまつさえ、手にしていた剣を手放す。残された得物を足元に放り投げる。
『ほぅ……卑しく小さき者でありながら、殊勝にも自らの引き際を理解したか。褒めて遣わそうぞ。なんなら、ザカライアが顕現した後には兵として引き立ててやってもよい』
「……ふっ……」
薄く笑みを浮かべるコリン。
まともに戦える者であれば、違和感を察知できる者であれば、ファルコナーの現実を知っていれば……話は違ったのかも知れない。
位階が違う存在に対して、決して敵わない相手に対して、ちっぽけな己の命を懸けてまで抗うということの意味を女神は知らない。
敵わないのだから抵抗しなければいい。
意味がないのだから諦めろ。
神たる我が死ねと命じたなら死ね。
それが女神エリノーラの感性。
だから気付かない。
〝役割が終わった〟という言葉の意味に。
「コ、コリンッ! お、お前はッ!?」
シャノンは意図に気付いた。繋がった。次の瞬間、胸に湧き上がってくるのは怒り。憤怒だ。勝手なことをしやがってという思いが瞬間的に噴き出す。
しかし、そんなシャノンの反応を無視して、薄く微笑みつつ、武器を持たないコリンは女神に向けて一歩を踏み出す。前のめりに。
避けるために。
狙撃を。
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