第14話 相手を間違えるな
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「……遅いな。ベラたち、勢い余って現場で殺したりはしてないだろうな?」
「ふふ。流石に心配のし過ぎでは? エイダ。いくら相手が貧弱なヒト族と言えども、彼女たちはちゃんと弁えていますよ。……ベンには一抹の不安がありますが……他の二人がちゃんと止めるでしょう」
外民の町の一角。
奇しくも「フランツとメアリの愛の巣」のご近所。他の家々からは離れた立地にある、寂れた一軒家にエイダたちはいる。
ヴィンスたちにも伏せている、開戦派との会合で使用するセーフハウス。既に外民の町だけではなく、民衆区にも同じような拠点を持っている。
彼女たちは開戦派との話を本格的に進めるため、その事前の段取りは水面下で進行させていた。そしてそれらは概ね完了に近いところまできていたのだ。
後は長であるヴィンスの了承を得られれば、ヒト族の社会で雌伏の時を過ごす同胞たちへ、反撃の狼煙をあげるときが来たと喧伝できる。
彼女は夢想する。
マクブライン王国で隠れ潜む同胞たちを解放し、ヒト族を駆逐する。魔族の誇りを取り戻す。
そして、本国の者たちからの称賛を浴び、晴れて英雄として遥か遠き故郷へ凱旋する……そんな自分の姿を幻視している。
既にアルのことなど眼中にない。
あの脆弱なヒト族は、エイダにとってはただの道具に過ぎない。ヴィンスとの交渉を有利に進めるための便利な道具。道具に対して、殊更に彼女が何を感じるということもない。
そう。多くのヒト族がかつて魔族に対して考えていたこと。
魔族は奴隷。奴隷はモノであり、所有者がどのように取り扱おうが、所有者の自由だ。
今となっては遠い昔。マクブライン王国がまだ帝国の一地方に過ぎないほどの昔。魔族たちはそんな暗黒時代を過ごしてきた過去がある。
結果としてヒト族の支配領域から脱し、新天地を見つけ出したという魔族たちの歴史があるのだ。
しかし、エイダの言動は、魔族も所詮はニンゲンに過ぎないということの証明。自分たちが行うことは正義であり、ヒト族に対しては何をしても許される。何ともニンゲンらしい思考。いまの彼女はヒト族よりもヒト族らしい。
彼女は気付かない。そんな自分自身の姿に。
「うーん……流石に遅い。ちょっと様子を見に行ってみるか……」
「エイダは心配性ですねぇ……」
「そこまで心配なら俺が行こう」
大男が応じる。融和派の中の若い戦士たちの中でも、エイダとも互角以上に渡り合うことができる実力者。
「ガロン。悪いけど頼める? ベラたちの尻を蹴っ飛ばしてきて」
「……ふっ。任せろ」
ガロンがニヒルな笑みを浮かべて請け合い、立ち上がった瞬間。
窓が破れる音。
ガロンが腹付近で千切れて二つになる。
瞬時に《《モノ》》へと変わる。
一瞬の静寂の後、どちゃり……と、上半身と下半身が床に落ちる。
血に汚れてしまった床。さてさて、一体誰が掃除をするのやら。
至近距離からまともにガロンの血と贓物をその身に浴びたエイダ。
ただ茫然と立ち尽くすのみ。
同じくもう一人の魔族の少女グレタもまた、メデューサに睨まれたかのように動けない。思考の停止。
「……は……い?」
「…………えっ?」
彼女たちは知る。この世には、自分たちでは理解できないモノがあると。
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……
…………
「(はぁ……エイダだったか? あのマナ量だけは凄い子。ヴィンス殿のお気に入りっぽいからサービスしたのに……全然なってないな。状況判断が遅すぎる。……まったく……そろそろヴィンス殿たちも嗅ぎ付けたようだし、とっとと終わらせるか……)」
アルは気付いている。急激に近付いてくる気配たちを。目星も付けている。恐らくヴィンスの一族の者たちだろうと。だからと言ってどうにもならない。
やられたらやり返す。
やられる前にやれ。
躱してからやる。
気配を感じたらやれ。
ファルコナー家の流儀。
アルは知らない。
彼女たちにどんな事情があり、何故自分を襲ったのか。興味もない。
説明は要らない。言い訳も不要。謝罪など論外。ただ死ね。
アルは瞬間的に身体強化を全開にして、振りかぶって全力で投げる。片手の指がない死体を。
先ほどの『銃撃』により破れた窓からかなりの速度で死体が屋敷にインする。轟音と共に着弾した死体はナマモノらしく弾けた。流石にエイダたちも今度のは躱した模様。
「ああぁぁッッ!!!?」
「……ッ!!!!」
まったくもって不甲斐ない。パニックになって右往左往するだけか。アルはますます《《都貴族》》に対しての失望を露わにする。
「……はぁ。情けない。もうサービスは終わりだ」
発動待機してた数十発の『銃弾』を僅かな時間差を付けて解き放っていく。
『銃弾』の連射。ただの暴力。ただの破壊。
……
…………
この日、外民の町の外れにある、とある一軒家がいきなり瓦礫の山と化した。
すわ、死霊の仕業かッ!? ……と、一部の人たちの間では少しだけ死霊説の噂も流れたが、大半の人は信じなかったという。それもそうだ。死霊の仕業にしては直接的に過ぎる。
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……
…………
アルはヴィンス一族の者たちが到着する前に、マナの痕跡を丁寧に消してから場を去った。流石に着弾した際の魔法の痕跡は残るが、直接の目撃者が《《ほぼ》》居ないので良しとしたのだが……
なんと、エイダはアルの『銃弾』斉射を生き延びた。
生存本能が為せる業なのか、瞬間的にその膨大なマナ量任せで障壁を展開して凌いだのだ。
魔法としてはまったくもって稚拙なモノではあったが、生き延びたことに違いはない。そこは称賛されるべきこと。
もっとも、ガロン、ベン、グレタという仲間たちが肉片になっていく様を特等席で目の当たりにするという特典があったようだが……。
目を閉じれば障壁の展開に支障をきたすかも知れない……そんな打算と恐怖によって、彼女にとっては永劫とも思える時間が与えられることになってしまった。
まぁグレタ以外は既に肉片と化してたんだから、そう気に病むことはない。アルなら平然とそう言ってのけるだろう。
「……あっああ……あ……は、は……はぁは……ッ」
ガチガチと震えが止まらずに歯が鳴る。目の焦点も合っていない。瞳の前で手を振っても反応がない。失禁もしている。垂れ流し。完全なショック状態。
「……エイダだけです。ほ、他の者は……そ、その……判別もつきません……」
「……なんということ……い、いや、惚けてもいられない。あとの判断はヴィンス老に委ねる! 早急に撤収するぞ……ッ! 可能な限り痕跡は消せッ!」
異常を察知したヴィンス一族の者たち……魔族たちが駆け付けた時には、瓦礫の山と化した場所で正気を失い震えるエイダがいるだけ。
ここで何が起こったのかは判らない。ただ、何らかの魔法により一方的に嬲られたのだろうことは見て取れる。
彼女は何とか耐えることができた。しかし、他の者たちはそうではなかった。それだけのこと。
バート、ベラ、ベン、グレタ、ガロン。
確かに彼ら彼女らは、魔族の誇りだの、ヒト族の支配からの脱却だのとピーピーと囀って、ヴィンスたち大人を困らせてはいた。しかし、ここまでか。ここまで呆気なく、一方的に殺される程の悪童ではなかったはず。
ヴィンスの一族の者たちにも昏い想いが宿る。そう。やはり魔族もただの人。ニンゲンに過ぎない。
しかし、アルにはそのような論理は通じない。
やられたからやり返しただけ。
ごくごくシンプルな行動理念。先に手を出した側が被害者ぶるなど……アルからすれば失笑ものだ。
……
…………
………………
「いやはや。昨日は参りましたよ。まさか学院でいきなり襲撃に遭うとはね。更に驚いたのが、襲撃を仕掛けてきた側のなんとも弱っちいこと弱っちいこと。いや~ヴィンス殿の一族はあのような弱く馬鹿げた者などいないのでしょうが……」
「………………ッ!」
次の日。そう次の日だ。
アルは学院の大ホールでの日課を終えた後、その足でヴィンスの屋敷を訪ねた。何食わぬ顔で。
流石に屋敷に近付くにつれて殺気立つ面々を目の当たりにしたが、アルにとっては意味が解らない。本当に。
「……ッ! く……アル殿、本日は何用かの?」
「ははは。分かってるでしょう? ………………あのバカどもの後始末ですよ」
アルの瞳からふっと光が消える。
マナは凪いでいる。平穏。殺気も怒気もない。熱もない。ただただ、静かに語り掛ける。
「ヴィンス殿。あの者たちはヴィンス殿の一族の者ではない。関係もない。知らない者たち。金輪際、何があろうと関与はしない……それで良いか?」
「……う……ッ!」
ヴィンスは魔族だ。二百年の時を経た魔族の中の魔族。融和派の長。
だが、いまはアルに吞まれている。つい先ほどまで殺気立っていた周囲の者たちも、彼の異常な雰囲気に口も挟めない。何もできない。
「……そ、そうだと言ったら……アル殿はどうするのだ?」
「エイダという女を殺す。流石だよ。生き延びたんだろ?」
「……ッ!! そ、それはッ! ……ア、アル殿ッ!! あの者たちは確かにバカを仕出かした! しかし、罪は十分に……その命で贖ったはずッ!! 伏して謝罪する! ど、どうかこれ以上はッ!!」
何だコイツ。
アルは思う。こいつも腑抜けているのかと。
「はぁ? 命で贖った? 彼女はまだ生きているでしょ? ヒトを害そうとすればやり返されても文句は言えない。単純明快で簡単なことだ。子供でも知っている理屈。当然ヴィンス殿だってご存知でしょう?」
アルには分からない。ヴィンスが何故躊躇うのか。
一族の者。後継者などであれば確かに惜しいだろう。単純に血族として、家族としての愛情もあるだろう。
なら、仕掛ける相手をちゃんと選べと、ヴィンスはエイダにきちんとそう教えるべきだった。今回は間違えた。だから許してくれ。そんなことがまかり通る筈もない。アルの論理。
「世の中、間違えましたゴメンナサイで済むなら、法律も暴力も要らないでしょ?
……そうだ。このように考えては? エイダは敵わない魔物に手を出した。だから死んだ。返り討ちに遭って。……ほら、こう考えれば分かりますよね?
魔物に対して謝罪しますか? 魔物に道理を説いて分かってもらおうとしますか? その個別の魔物を憎んで復讐しますか? ……まぁ復讐は分からないでもないか」
「……ア、アル……殿。貴方は……どうしてもあの子を殺す……と……?」
「(当然だろうが? なに言ってんだコイツは? メアリのような職業暗殺者ならいざ知らず、完全に自分の利得都合で人のこと襲っておいて、敵わないと知った途端に殺さないでってか? アホか。そういう意味では、まだメアリの方が潔かったぞ。彼女は完全にビジネスとして殺しをして、自分が返り討ちに遭って死ぬことも勘定に入れてるようだった……まぁ弱かったけど)」
アルは腑抜けたヴィンスの問いに心底呆れる。
そして思う。ヴィンスとは決定的に噛み合わないなと。
「はぁ……何だよ。ここまで腑抜けなのか? 王都ってのはどうにも性に合わないね。ヴィンス殿、もう遅いの。エイダを助けたかったら、もっとず~っと前に、ちゃんと躾ておくべきだったの。『相手を間違えるな』『勝てない相手に手を出すな』ってさ。そんなことまで言わせるの? 僕に?」
「……あぁ……(ダメだ……この者には何を言っても通じないのか……)」
ヴィンスにも分かっている。
アルの言う事は戦士の理屈として筋が通っていると。
だが、やはり目の前でこれ以上若い同胞が殺されるのを見過ごすことは出来ない。
それに、エイダは屋敷に戻ってきてから無理矢理に眠らせ……それからまだ目覚めない。もしかすると、目が覚めても心が壊れていることも考えられる。
バートとベラは頭を消し飛ばされ、ヴィンスたちはその遺体を見て不憫だと考えていたが……
ベン、グレタ、ガロンなどの遺体は、まともに遺りもしなかった。ベンの指が遺されたのがまだマシな状態とは……そして、この上エイダまで……
「……アル殿。やはりエイダを殺させる訳にはいかぬ……ッ! あの子は間違えた。その間違いは正されるべきであるが、生きて過ちを反省させたい。それが長であるわしの判断じゃ……ッ!」
ヴィンスも腹を決める。瞳に決意をのせ、正面からアルを見据えて否定する。マナの昂りを隠さない。
「(ふん。はじめからそう言え。グダグダとくだらない謝罪や言い訳なんかより、一族の長として『殺させない。引き下がれ』と言えば良いだけだろ。そんな事すら分からないとは……ヴィンス殿も都暮らしで腑抜けたクチか……)」
「…………」
周囲の者たちもようやくヴィンスと共に覚悟を決めた様子。
返答によってはアルを始末する。その為に緊張感が高まる。
一方のアルは、ようやくかと……冷めた思いでヴィンスたちを見る。その瞳にまったく熱はない。ただの確認作業。
「なら、精々気を付けることですね。僕はやられたらやり返す。それだけ。割と忘れっぽいし、もうエイダの姿なんてうろ覚えだけど……次に彼女を認識すれば、問答無用で……ね?」
まるで中身のない茶飲み話、天気の話でもをするかの如く。
「…………承知した。アル殿がエイダを見ることは金輪際ないと誓う」
「はは。ヴィンス殿。そんな貴族ごっこは要りません。あんなバカで軟弱な連中を散々野放しにしておいて、今更そんな誓いを信じろと?
暴力には暴力を。理不尽には理不尽を。情には情を。
今回はヴィンス殿の情に報いるということで、ここらで手打ちにします」
あっさりと引くアル。
瞳には既に光が戻っており、纏う空気が弛緩する。
実のところ、アルにはエイダなどどうでも良かった。ただ、一族の者に自由を許しているなどと……腑抜けたことを言うヴィンスに釘を刺したかっただけ。
まさかアルも、ヴィンスの言葉が謙遜や自嘲ではなく、本当に一族としてここまで阿呆だとは思ってもいなかったが。
「(何が根無し草な気風だ。若い連中に寛容さをアピールしたいだけだろ。それは甘さだ。締めるところは締めろ。若輩が勝手を仕出かすと自分の命で贖うだけじゃない。一族の者、共に戦う者達にも迷惑をかける。これが戦場なら、勝手をしたエイダたちを始末するのはヴィンス殿の役目だっただろ)」
光の戻った瞳で真っ直ぐに射抜く。
流石にヴィンスも、ここに至ってはアルの意図に気付く。そして自分たちの甘さにも。
「(……舐めていた。ヒト族を。いや、アル殿のような真に戦う者たちを。長らくの平穏によりわしらも緩んでいた。若い衆には自由を与えたいと考えていたが、その考えが彼らを殺すことになるとは……ときには断固たる意志を示すのが長の役割か……すまぬ。愚かな長を許してくれ……)」
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……
…………
魔族の融和派。ヒト族の中で生きる魔族。
ゲームストーリーでは、彼等は魔族領本国からの呼びかけに内部から分裂していく。開戦派の台頭だ。
長をはじめ古参たちは若い衆の暴走を止められず、結局、ヒト族と魔族の同胞のどちらかを明確に選ぶことも出来ず、その場しのぎが続き……最終的に融和派の長や古参たちは、主人公の活躍の影で、魔族の同胞である開戦派の手によってその命を散らす。最期までヒト族との共存を語りながら。
アルは知らない。気にもしない。
何故なら、やられたからやり返しただけ。そのこと自体に大した意図はない。条件反射のようなモノ。
しかし、今回の件が融和派に与えた影響は大きい。……ゲーム本編の始まる前に。
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