第10話 区切り
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「セシリー・オルコットよ。貴殿はマクブライン王家との契約を望むか?」
屋外、それも生々しい戦闘の痕跡が残る荒野と化した場ではあったが、まるで聖堂での儀式のように厳かに問う。『雷』のマナを纏った〈王家に連なる者〉たるアダム・マクブラインが。
「? いえ、私としては特に王家との契約などは望んでいないのですが……?」
問われた側。きょとんとした顔で小首を傾げなら、平然と断ってみせるのは、ボサボサの黒髪と黄金の輝きを宿す瞳のセシリー・オルコット嬢だ。
彼女がその身に纏うのは、白と黒の混在する不安定で不吉なマナ。ジレド曰くの〝反属性の融合〟とやらの影響がありありと残ったまま。つまり、未だに〝超兵器セシリー健在〟というところ。
「おまッ! 何度言ったら分かるんだ! 違うだろ!? これは儀礼的な誓約なんだから、ここは『はい』と答えろと言ってるだろセシリーッ!! 話が進まないだろうがッ!」
本来であれば、諸々の事情込みで離れ離れになっていた幼馴染との再会というのは感動のシーンのはずなのだが、そんなモノとはほど遠い遭遇と説得を経て、ダリルはセシリーと改めて再会した。
そして、絶望する。
セシリーがあまりにも変わってしまったことに。
むろん、見た目ではなく中身がだ。
「あぁ! そ、そうだった……申し訳ありませんアダム殿下。ええと……もう一度お願いできますか?」
素直なのは良いのだが、あからさまに減退した記憶力を見せつけるセシリー。考えるな。感じろ。そして忘れろ。
「あぁ……気にするな。あくまで『雷の審判』の〝契約〟は合意によるものだからな。これで四度目だが……気にしなくていい……ッ!」
つい先ほどまでの話の通じなさと驚異的な暴れっぷりに腰が引けていたアダムではあったが、流石にそろそろイラッとしてきている模様。
「も、申し訳ございませんアダム殿下! ほら! セシリー! 次こそはちゃんと言われた通りにやるんだぞ!」
「ん? どうした? なにをそんなにイライラしてるんだダリルは? はッ! もしかしてまだクレア殿の洗脳の影響が!? 大丈夫なのかッ!?」
「ぅがぁァァッッ! お前のせいなんだよッ!」
介護人のような立ち位置となったダリルが、変わり果ててしまった幼馴染のポンコツぶりを嘆く。
少し離れた位置。神子たちのそんなやり取りを眺めながら、アルたちはアルたちで別の話をしていたりする。
「〝契約〟による縛り……マクブライン王家の秘儀ですか。なるほどね。父上たちが領内に留まっていたのは、なにも戦闘狂って理由だけじゃなかったってわけですか」
「ふッ。ブライアンはあれで計算高い面もあル。粗野な言動や見た目にしてモ、相手の油断を誘う狙いすらあったのかも知れン。若かりし頃の奴ハ、〝王都の貴族連中に力を見せつけ、自身に高値を付けて王家に買わてやった〟などと嘯いていたものダ。まァ半分ほどは負け惜しみだったがナ。流石に王国や王家の秘儀に単独で逆らうのが現実的じゃないのは理解していたようダ」
ダーグ。
見た目は軍装に身を包むただのゴブリンだが、その実態は〝古き者〟と呼ばれる、この世界における正真正銘の超越者にして正統なるチート保有者だ。
また、ルーサム家私兵団の重鎮であり、アルの父ブライアン・ファルコナーの友。そして、マクブライン王家と〝契約〟を交わした者でもあるという設定がてんこ盛りの存在。
長き寿命を有しており、禁忌である〝反属性の融合〟のことも、まさに今、アダムがセシリーに施そうとしている王家の秘儀たる『雷の審判』も知っている。
「興味はありますけど、とりあえず父上のことは置いておき……ダーグ殿、その王家の秘儀なら、今のセシリー殿をなんとかできると?」
ダーグの知る父の話に興味はあったが、アルは喫緊の問題への対処が先だと自制して問う。
「恐らく可能だろウ。反属性の融合が制御不能らしいのは聞いたことがあるガ、今の神子殿はいくぶん怪しいが意思疎通ができル。だとすれバ『雷の審判』による契約と同意で封じれるはずダ。王家の秘儀は領土すべてを陣とした一種の『呪術』のようなモノだからナ。時には理すらも捻じ曲げて見せル。いかに摂理に反する禁忌の術式と言えド、個人の身の内にある程度でハ、流石に王家の秘儀が上回るであろうヨ」
当事者であるダーグから語られるのは、王家の秘儀の反則具合。王国領土を……東西南北に広がる魔境すらも贄として敷かれた、特殊な陣による儀式魔法。特級すらも軽々と超える驚異の呪術。そんな代物。少し考えただけでも、ジレドの〝反則〟よりも反則らしい性能を持っているだろうとアルは思ってしまう。
消える前のジレドからも、一応は聞かされていた。
『アルの旦那ヨ。セシリー殿が自力で反属性の融合を不活性にするのはどうやっても無理ダ。そもそも制御なんかできねェ現象だしナ。可能性があるとすれバ、外部から強制的にマナを封じるくらいしか思いつかねェ』
女神の恩寵を思う存分に使用した上で、冥府の王由来のマナが纏わり憑いていた。
そんな状況でセシリーは我を失って暴走した。
火事場の馬鹿力の負の作用が出てしまい、セシリーは諸々を飛び越え、自身を依り代として相反する神柱のマナを同時に取り込んでしまう。
結果、〝反属性の融合〟という、この世界の摂理の果てに片足を突っ込んでしまうことになったわけだ。
時限装置付きの大量破壊兵器と化してしまう主人公。
彼女を救うためには、兵器の作動を止めるには、外部からの強制的なマナ操作が必要になるらしい。
そして、彼女の付近には、超越者たるダーグとマクブライン王家に連なる王子がいた。
流石にジレドも気付いた。気付かないはずもない。
『今回の件についてハ、色々と〝解決のための手筈〟が整えられてるってわけダ。この分なラ、アダム王子との〝契約〟が成就すれば反属性の融合は不活性化されるだろうサ。どこまで介入があったのかは俺にも分からないガ……この流れこそガ、〝物語〟の科した女神たちへの罰なんだろウ』
〝物語〟は黙して語らず。〝観測者〟であるジレドもまた、超存在の前では駒の一つに過ぎない。
「女神たちへの罰?」
『あくまで推測だがナ。不完全ながらザカライアが顕現したとさっき旦那に言っただロ? 俺も見落としていたんだガ、どうやら女神エリノーラの方も現世に喚ばれたようダ』
ジレド曰く〝物語〟に明確な意思はない。あくまでも自然法則のようなモノであり、個別の事象に直接的に介入するような真似は滅多にない……という設定がある。
しかしながら、この度の託宣騒動については、神々はあまりにもやり過ぎた。上位存在の介入という、滅多にないことが発生するほどには。
ザガーロの目論見は、冥府の王の属性を反転させ、女神を現世に召喚して縛る。そして、死と闇の眷属である自らが、女神由来の生命と光の力を燃料として活用すること。神々への意趣返しと実利を求めた形だ。
一方のクレアは、そんなザガーロの思惑を利用する形で、最後の最後で女神と冥府の王を同時に召喚させ、反属性の衝突による神殺しを求めた。
結果として、黒幕気取りの人外どもの計画はそれぞれに頓挫した。
だが、中間管理職は無理矢理に現世へと喚ばれ、矮小なる者が足掻く下界に閉じ込められた。その上でセシリーは反属性の融合を成した。
ザガーロとクレアの思惑のそれぞれが、微妙に反映されているとも言える。
女神と冥府の王に対しては、まさに御神罰が下ったのだろうとジレドは語る。
「なるほどね。クレア殿とザガーロって奴の計画は、ある意味では神々へ届いたってことか。ま、当人たちからすれば、それが上位存在のお情けっていうのは業腹だろうけど。……で? 結局、女神や冥府の王がどこにどんな形で召喚されたのかは教えてくれないのか?」
『ブヒヒ。マ、今さらではあるガ……俺も上司にこれ以上睨まれたくはないからナ。ここから先についてハ、アルの旦那たちが紡いでいく〝物語〟ダ』
「はッ! 本当になにを今さらな話だな。まぁいいや。とにかく、今回の事態については、なんとか切り抜けられる手があるんだな?」
『そういうことダ。ブヒ。セシリー殿を止めるためニ、俺もできる限りのことをするサ』
そんな諸々のやり取りの末、ジレドの残照はアルの意識から去り、他の者たちへの〝声掛け〟に奔走していたという次第。
その結果が今に繋がっている。
神子であるダリルとセシリーはこの度の騒動を生き延び、女神と冥府の王は現世に封じられて神としての権能を失った。
アルからすれば、ところどころで無茶苦茶な条件が課せられていた気がしないでもない。その上、数々の疑問が残った状況で、後はそれぞれ好きにしろという投げっ放し具合ではあるが……これで託宣騒動の諸々に区切りが付くのだからと、一先ずは飲み込む。
「はぁ……僕個人としてはすぐにでもレアーナを追いたいけど、まずはルーサム家への挨拶が先かな?」
ダリルにがみがみと怒鳴られながらも、なんとか儀式を進めているセシリーをぼんやりと眺めながら、死地を凌いだアルがそんなことを呟く。現実的な先のことを考える。もうフラグ云々は無視だ。
「ふッ。ブライアンの倅もそれなりに暴れ回っていたようだガ、あの神子殿の暴れっぷりに比べればささやかなものダ。別に挨拶云々がなくてモ、ルーサム家の者は特に気にせんゾ?」
「い、いえ、流石になぁなぁで済ますわけには……いくらなんでも礼儀知らずにもほどがありますよ。一応、僕も〈貴族に連なる者〉ですから……」
「そうカ。ふム。そういえばブライアンの奴モ、割りと好き勝手に振る舞いながラ、妙なところで貴族の義務や礼儀なんぞに律儀なところがあったナ」
「まぁ若かりし頃の父上がどうだったかは知りませんが……僕が知る限りでは、確実に僕の方が常識人の範疇だと思いますけどね」
アルとダーグとの何気ないやり取り。お互いに周囲の警戒はしているものの、どこか気の抜けた気楽なやり取りだ。
ブライアンを直接知らないこともあり、話を聞いているヴェーラも今は穏やかに微笑むのみ。
この場にコリンがいないことが悔やまれる。
彼がアルのセリフを聞けば、『いや、アル様も大して変わりませんよ?』と、冷静にツッコんでいたことだろう。
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……
…………
………………
王国を割る東方辺境地での独立騒ぎ。その裏にあったのは、王国と教会が長い時を掛けて実現しようとしてきた『女神の託宣』への反抗。
そこには託宣や神子を巡っての数々の思惑があった。
〝物語〟のほのかな記憶を宿す、とある魔境に生を受けた転生者がいた。
神殺しを企む人外に、神を利用しようとする人外。
その実態は、神々の手のひらの上で踊っていた道化に、筋書きを改変して自らの都合に合わせようとして自滅した道化だったりする。
神々をも縛る〝物語〟によって配された演者たちもいた。
神々や上位存在に対して、義憤に駆られる者もいた。
自らの役割など知らぬと、流れを勝手に断ち切るバランスブレイカーなポンコツもいた。もしかすると、当人には〝バランスブレイカー〟という役割が与えられていたのかも知れないが……真相は謎。
この世界で、ただただ今を生きている者たちもいた。上位存在やその手下たる〝観測者〟などという胡散臭い存在に関与しない者たちも当然にいる。むしろ大多数がそうだ。
大まかな筋書きは確かにあったのだろう。
しかし、皆が皆、〝物語〟の期待する筋書き通りに生きるはずもない。いや、違う。〝物語〟は黙して語らず。上位存在が何を望んでいるかを知る術はない。誰もそれを知ることはない。
神々はありもしない上位存在の繰り糸を断ち切ろうとした。己を縛っていたのは己でしかないことに気付かぬままに。
一部の人外どもは神々を憎み、神々の支配からの脱却を願った。神々の上に超存在があることを知らぬままに。
矮小なる人々は神々が示す偽りの未来を信じた。目先の繁栄に目が眩んだ。神々が間違えるはずがないという思い込みのままに。
結局のところ、女神の託宣にまつわる諸々の騒動というのは、それぞれが、それぞれの〝上位となる存在〟に対し、良くも悪くも正にも負にも……過度な幻想を抱いていただけ。幻想の〝上位存在〟に手を伸ばして大騒ぎしていただけの話だ。
〝物語〟は黙して語らず。
その関与がどれほどのものかは誰にも分からないまま。
だが、それでも神々は罰を受けた。現世に縫い付けられた。
アルはまだその意味を知らない。
ジレドに度々言われていたが、実感などはまるでない。
アルバート・ファルコナーはどうしようもなく思ってしまったわけだ。
〝これで一区切りだ〟と。
それも仕方のないこと。彼の記憶に薄く残る〝物語〟に照らし合わせても、変則的ではあったが魔族領にてラスボス戦のようなモノが実際にあった。つまり、彼がエンディングを意識してもそれほどおかしい話でもない。
残念ながら、アルバート・ファルコナーが紡ぐ物語に区切りはない。少なくともここじゃない。
それがこの世界の現実。
彼はすぐさまにそれを思い知ることになる。
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※すみません。しばし更新を休みます。