第5話 ご都合主義と一つの別れ
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「ええいッ! 鬱陶しい!!」
至近距離から『銃弾』をぶつけることで、迫る触手の軌道を変える。逸らす。
飛来する〝礫〟を敢えてぎりぎりで躱し、次に動けるスペースを残す。次も。その次も。同じことを繰り返す。
それらを同時並行でこなす。こなし続けている。
どんどん増えていく黒マナ。アルの動きを学習している素振りがあるが、それはアルとて同じ。
対処に慣れて来ている。相変わらず状況は詰んでおり、逃げ切れないままだが、今のところはまだ黒マナに捕まらずに逃げ延びている。
一度でも触れられると終わる。飲み込まれる。決死の鬼ごっこ。
だが、そんな緊張感はアルにとっては今さらに過ぎない。大森林の深部領域での戦いを知っているから。そこでは呼吸を一つ間違うだけであっさりと死ぬ。マクブライン王国の最強格である、ヒト族の超越者たるブライアン・ファルコナーでさえ手傷を負うのが当たり前の戦場。
比べるのもどうかというところだが、今の状況は多少マシ。むしろ、死と隣り合わせの現状をどこか懐かしいと感じるアルの頭も、残念ながら色々と振り切れて処置なしの状態といえる。
「(不味いな……ダリル殿はともかく、徐々にセシリー殿の気配が弱まっている。黒マナに取り込まれつつあるのか?)」
局所的な対処はともかく、状況は刻一刻とアルたちの不利に傾いている。白き焔を纏うダリルは黒マナを寄せ付けないが、一気に形勢を傾けるほどに押し切ることができない。そこまでは無理。そして、黒マナに囚われたセシリーは抜け出せないどころか、徐々に気配が薄れているという有様。
「(嫌な感じが止まらない。たしか、クレア殿たちが仕込んでいたのは神を喚ぶという術式だったはずだ。色々と不具合ありきだろうけど、セシリー殿がこのまま黒マナに取り込まれたら……その術式が発動する?)」
もはや大幅に流れは変わってしまったが、アルの記憶にあるゲームでのラスボスであるアンデッドの王。この世界においての神の一柱である、死と闇を司る冥府のザカライア。
神たちへのペナルティとして、その顕現自体は既定路線らしいが、とても今の状況が〝観測者〟らの考える正解だとは思えない。
状況は悪い方に整いつつある。
アルは〝観測者〟から『この世界はあくまでゲームストーリーとは別物だ』と聞かされたが、主人公であるダリルとセシリーが敗北して終わる……そんな不穏な物語が頭を過ぎってしまう。
「(考えたらきりがないけど、そもそもジレドの言ってたことが本当かどうかも怪しいわけだしなぁ……くそ。なんにせよ今の僕じゃこの状況を打開できないし、ここはダリル殿に頑張ってもらうしかない……ッ!)」
無駄だと知りつつ、アルは『銃弾』で身を守りながらも、隙を見てセシリーが囚われている黒マナの塊に向けて『狙撃弾』を放つ。
しかと着弾するも、結果は表面を多少揺らす程度。不吉な宮殿のような半球型の黒マナの塊は微動だにしない。巨大な砂山に撃ち込んだようで手応えがない。状況に変わりなし。
逃げ回るアルに向けて、変わらず黒マナの礫が射出されるだけ。
死のお遊戯会は続く。
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東方辺境地の孤児。
ダンスタブル侯爵家の庇護下の子供。
アーサー男爵家の養子。
託宣の神子。
人外たる化生の協力者。
王国に反旗を翻した独立派の一員。
とある異世界転生人から勇者と称えられた。
更に、本人も与り知らぬところで〝代行者〟なる役割を押し付けられた者。
ダリル・アーサーには、成長や成り行き、自身の選択などによって肩書や所属の推移が多数あった。
神々への反抗心があるため、本人は決して認めたくないだろうが……彼にはナニかがある。凡庸な人々が宿命と呼ぶナニかが。この世界においての主人公たり得るナニかが。
「セシリーッ! 負けるなッ!! 俺がッ! 俺がなんとかしてみせるからッ!! それまで持ち堪えろッ!!」
黒マナに囚われたセシリーの反応が徐々に弱くなっている。それは当然にダリルとて気付いている。
聖なる白き焔が猛る。
これでは意味がないのだと。
様々な肩書を勝手に背負わされてきたが、ダリル自身が認識する自分という存在は、今も昔も変わらず〝セシリーの幼馴染〟でしかない。
結局のところ、ダリルというやつは、好きな女の子の幸せのためにと……当人であるセシリーの思いを無視して暴走した馬鹿だ。度し難き馬鹿であり、愛すべきお馬鹿さん。
だからこそ、セシリーがいないと意味がない。彼女が幸せでないと、彼の人生には意味がない。本気でそう思っている。馬鹿だから。ダリルにはセシリーを助けない選択肢などない。
それこそ何を引き換えにしても。
だが、実際のところ状況は厳しい。ダリルに宿る借り物の白きマナは、これまでの戦いで大幅に削られている。消耗してしまっている。そもそも、女神の加護はセシリーの方が強かったという設定もある。我を失って暴走した結果、セシリーは神子として与えられた設定以上の力を引き出した。なのに、今は囚われの身。ザガーロの遺志たる黒きマナの囲いを脱することができない。
疲弊したダリルでどうにかできるはずもない。
いかに馬鹿なダリルでもそのくらいは分かっていた。
「ふっ……たぶん俺は、この時、この瞬間のために生きてきたんだろうな。女神の御意思とやらも、運命や宿命なんてくだらない言葉も、よく分からない上位存在というクソッタレも……もう、どうでもいい」
猛る。周囲の黒マナを焼き尽くす勢いで白き焔が猛っている。ダリルを中心に焔が拡がっていく。
セシリーを内包した黒マナの塊がじりじりと灼けていくが、それでも押し切れない……どころか、塊自体は小さくなりながらも、その密度が濃くなっていく。まるで不純物を吐き出すかのように。
事実、濃くなった中心部分の黒マナは、聖なる焔を物ともしていない。むしろ危険度が増している。
ダリルの〝予感〟が、己の危機をうるさいくらいに訴える。警鐘を鳴らす。
ただ、諸々が慌ただしいそんな状況にあっても、当人の心は凪いでいた。危機に瀕したセシリーを前にして、自身の命にも危険が迫る中、ダリルのその心は、驚くほどの静けさを保っている。
アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢から女神の託宣や神子という存在を聞いた時。
セシリーの傍を離れる決意をした時。
クレアの協力者となった時。
神々に一泡吹かそうと決意を新たにした時。
時々の選択の中でダリルは己の命を捨てていた。その覚悟を持って事に臨んでいた。
事ここに至って彼は思う。
〝振り返ってみると、別に大したことじゃなかったな〟と。
セシリーを救う。それ以外の諸々すべては些末事。
ダリルはどうしようもない馬鹿。
だからこそ、この世界の勇者にして……主人公。
「セシリー。今、助けるぞ」
誰あろうセシリーが望んでいなくても。
ダリルはやる。やり遂げる。
……
…………
………………
その日、後世にまで語り継がれる一つの伝説が生まれた。
現場となる魔族領の森から遠く離れた地にあっても、数多くの人々が目撃したのだという。
天を貫く一条の光を。
奇跡を。
黒き不浄なる瘴気を切り裂く、白き清浄なる焔を。
……
…………
………………
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少し前に吹き荒れていた白き暴虐。
それをやり過ごすことができた、瘴気を物ともしない特殊な魔物に獣や虫、不浄のマナを安寧とする死霊さえもが、その後に現れた黒きマナの猛威にこぞって逃げ惑い、身を潜めていた。
更にその後だ。
白き焔が周囲一帯を照らした。
焔は黒きマナを灼いたが、何故か魔物や獣、虫に草木、漂う死霊ですら……白き焔は優しく包み込み慈しんだ。癒した。
その光を、その焔を、その奇跡を目撃した者の多くが讃えた。
あれこそが、まさに生命と光を司る女神エリノーラ様の御業だと。
地を這う矮小なる者の多くは知らない。分かりようもない。そもそも、女神たちの我が侭こそが、今日に至るややこしい事態を引き起こした要因であることを。
無知なる人々は、奇跡が起こったという事実を讃えるだけ。とにかく、今は蒙昧な人々のことは一旦置いておく。場面を現場に戻す。
神の奇跡の直後。これまでの騒ぎから一転して、今は白も黒もない。
まるで時が凍えているかのよう。ただただ周囲は静けさに包まれている。
無事だった獣や虫どころか、草木さえもが気配を殺して潜んでいた。
奇跡の現場のその中心。そこには二つの人影がある。
人影同士は少し距離を置き、お互いに向き合うような形で佇んでいる。どちらも動かない。動きがない。
「そりゃ僕だってダリル殿に状況をなんとかしてもらうしかなかったわけだし、強く望みもしたさ。でも、流石にこれは…………はぁ……」
佇む二つの人影とはまた別の者の声。重い溜息が漏れている。
静寂の帳が下りた場への闖入者。
アルバート・ファルコナー。今しがた起きた奇跡を、おそらく一番の至近距離で目撃していたヒト族の狂戦士。
「ダリル殿からすれば、セシリー殿を救うための当然の行いだったのかも知れない。……でもさ、他に手がないにしても、この結末をセシリー殿は望んだかな? 僕にはとてもそうは思えない。それに、僕個人としても……はぁ……身勝手な感傷だけどさ」
アルは呟く。今、この場に自身の呟きに応える者はいないと知りつつ。
佇む二つの人影。女神の神子たるダリルとセシリー。
黒きマナに囚われていたセシリーは解放された。ただ、先の奇跡の反動なのか、これまでの消耗の所為なのか、立ったままに気を失っている。動きはないが、そこには弱々しくも命の息吹がある。生き延びた。
一方のダリル。勇者。奇跡の実行者。
彼もまた、自身の両の足でしかと大地を踏みしめて立っている。立ってはいるのだが……そこには灯がない。白き清浄なる焔の気配が微かに燻るのみ。燃え尽きた灰。
ダリルは……白く白く真っ白に燃え尽きた灰の如き抜け殻と化してしまっている。
それなり以上に距離はあったが、アルは見た。
凝集された聖なる焔が天を突く様を。
女神の神子にして勇者たるダリルが、躊躇うこともなく己の命を燃やす様を。
そして、まさに彼の命そのものと思しき真白き聖炎が、巨大な一振りの剣となって黒きマナを切り裂く様を……アルは見た。しかと見届けた。
セシリーを取り込まんと密度を高めていた黒きマナの塊は霧散し、アルの周囲で活動していた分にしても、降り注ぐ聖炎の余熱で灼けた。
まさに勇者による会心の一撃。
おかげで、命の捨て所を模索するほどだったにもかかわらず、アルはあっさりと生き延びることが許された。
詰んでいた状況を脱することができたのだが……その過程と結果に、彼自身は納得していない。個人の感情的な納得など、戦場においてはこの上なく贅沢な話だと理解しながらも、それでも悲しみと悔いが残る。承服しがたい思いが込み上げてくる。
「……駄目だな。いつまでも感傷に浸ってもいられない。ふぅ……勇者ダリル殿。勇壮なる戦士よ。アルバート・ファルコナーは、命を賭して戦い抜いた貴殿に、深く深く敬意を表します。……はぁ。本当はセシリー殿の方が適任なんだろうけど、彼女は彼女でしばらく動けなさそうだし……ダリル殿。一先ず、僕が貴方を清めるのは我慢して欲しい」
切り替える。とにもかくにも、戦いの中で果てた戦士には敬意を。その戦士が、戦場を共にした仲間であればなおさらのこと。その亡骸を清めて家族の下へ帰す。帰さねばならない。
戦士の死に立ち会った者として、葬送の礼節を守るためにアルは気怠い体を引きずって動こうとした。今は動いてないとやってられないという気持ちも強い。
静寂に包まれた場。凍える時。
ダリルに向かって一歩を踏み出そうとして……アルはようやくに気付く。
違和感に。既視感に。認識が加速させられていることに。
「よウ。今回は気付くのがちょっと遅れたナ。世紀の決戦とダリル殿の死ハ、やはりアルの旦那でも堪えたみたいだナ」
「……ここにきて、またジレドかよ」
いつの間にかアルの横には〝観測者〟がいた。気配も匂いも音もなく。それは上位者の権能によるものなのか、レアーナの空間転移も真っ青な所業。
「で? 今度は何の用だ? 悪いけど、今の僕はくだらない〝物語〟のルールとかを聞く気はないからな?」
異能が発現したこの場においては、ジレドを害するのは不可能。だが、ここ以外であれば、ジレド自身が語っていたように〝観測者〟は普通に死ぬ。殺せる。
さっさと本題に入れと、アルはジレドに視線で促す。
「いちいち脅さなくても分かってるゼ。今回の件についてハ、俺にだって思うところくらいはあるサ。マ、とりあえズ……ダリル殿をこのまま死なせる気はないと言っておク」
「……〝観測者〟ってのは、死者蘇生までできるのか?」
「いヤ、ピンポイントの死者蘇生なんてのは流石に無理ダ。ダリル殿が完全に命を喪う前ニ……手遅れになる前に状況を停めただケ。厳密にハ、まだダリル殿は死んでなイ。確定してなイ」
ジレドはそう言いながら、アルの反応を待つよりも先にダリルに向かって歩を進める。
「ちょっと待ってくれ。確か今のコレは、あくまで僕やジレドの認識を加速してるだけで、実際に時間を停めているわけじゃないとか言ってなかったか?」
「ブヒ。その通りダ。アルの旦那の理解は間違っちゃいないゼ。今から俺がやるのハ、権能として許された擬似的な時間停止なんてモンじゃなク……ただの反則ダ。旦那と違っテ、明確にルール違反と分かった上デ、正真正銘、真正面から反則技を行使すル」
「……」
のっしのっしと歩を進めるジレド。その背にアルもついて行く。ジレドが何をするにしても、アルはそれを見てることしかできないのだから。
「(はぁ……〝代行者〟とか言う役割を押し付けられてる割には、僕個人としては何も知らないし、何もできないまんまだな。ま、ダリル殿を助けることができるならそれに越したことはない。今さらご都合主義だのなんだのと文句は言わないさ)」
神々を縛るほどの上位存在から、ご大層な役割を与えられても、結局のところアルは状況に振り回されるばかり。誰からもダリルのような主人公的な役回りを望まれていないのは確かだ。もっとも、そんなモノを望まれたところで、アルは真っ平ゴメンだと文句を付けるだろう。
しかしだ。目の前で命尽きた(ジレド曰く厳密には死んでいないらしい)ダリルを、上位者が反則とやらで何とかできるというなら、どうぞどうぞとお願いする。自分にとって都合がいいなら、ご都合主義も大いに結構。大歓迎のアルだ。
そんな益体もないことをつらつらと考えている内に、ジレドの歩みが止まる。眼前には仁王立ちのまま、命を燃やし尽くした……燃やし尽くす寸前のダリル。
「〝しがないオークのジレド〟……カ。アルの旦那、俺も長い間この世界で転生を繰り返シ、〝観測者〟とか言うくだらない役割を演じてきたんだガ……いい加減飽き飽きしてんダ。理不尽な出来事で命を喪っていくやつらヲ、ただ傍観者として眺めているだケ。ルールを分かり易く教えないくせニ、無自覚な違反者を上位者の権限で容赦なく処罰すル……そんな役割にナ」
アルに背を向けたままのジレドから言葉たちが漏れる。口調こそ普段通りの軽いものではあったが……そこには、積もり積もった憂いようなモノがこびりついていた。
上位者と言えども、所詮は彼も更なる上位者から役割を与えられただけ。中間管理職の悲哀があるとかないとか。
「ジレド?」
「ふゥ……アルの旦那ヨ。お別れダ。俺はルールを破って現地のごたごたに直接介入すル。ダリル殿の命を繋ぐ可能性を残ス」
そう溢しながら、ジレドは振り返る。目が合う。その瞬間、アルは悟った。
「ルール違反も今さらだシ、アルの旦那にはついでの諸々も伝えておくゼ。まズ、マクブライン王国を巡るこの新たな物語ハ、別にここがエンディングってわけでもなイ。そもそも筋書きなんてモノもないしナ。さっきのダリル殿の渾身の一撃だってそうダ。別にゲームや漫画みたいニ、アレですべてが終わるというほどじゃなイ。滅し切れなかった黒マナの一部は現世に残ってるシ、僅かとはいえ術式に吞まれたセシリー殿にハ、歪なままの〝神を喚ぶ術式〟が刻まれたままになっちまっタ。それかラ、死と闇を司る冥府のザカライアハ、すでに不完全な形でこの世界に顕現していル。今回の術式によってナ。なんだかんだと言いながラ、ザガーロやクレアの目論みはそれなりの成果を出したってわけダ。たぶン、俺が〝反則技〟を使ってモ、この辺りの結果ハ変わらねぇと思ウ」
つらつらと独り言のようにジレドは語る。〝伝える〟と口にしながらも、アルに伝わるかどうかなどまるで気にしていない。あとは好きにしてくれと言わんばかりの投げっ放しな素振り。
「え? は? 可能性を残すって? まだ黒マナが残ってる? セシリー殿に術式? いや、それよりもザカライアはもう顕現してるだって? えっと……雑に情報が多いんだけど?」
矢継ぎ早にそんなことを言われても、アルとて当然処理できないし、受け止めきれない。『僕に言われても困る』という心境になってしまう。
「ブヒヒ。マ、せいぜい頑張ってくれヤ。後はアルの旦那たちガ……この世界に生きる者たちガ、それぞれの〝物語〟を紡いでいくだけダ。良くも悪くも自由自在ってわけだナ。ブヒヒヒ」
「……なにが自由自在だよ。どうせ、本当に好き勝手にしてたら、後で手痛いツケを払わされる類の自由だろ?」
「ヒヒ。ご名答ダ。〝観測者〟は他にもいるしナ。だがまァ、アルの旦那ヨ。〝生きる〟ってのハ、そもそもがそういうモンだロ?」
悪戯っぽく笑うオーク。それは人懐っこく嫌味のない笑み。
「はは。確かにそりゃそうだ。自力じゃどうしようもない理不尽なんてあって当たり前。上位存在なんてインチキがいようがいまいが、結局、自分の面倒は自分で見るしかない」
アルも自然に笑みを浮かべる。それは得体の知れない〝観測者〟に向けてではなく、ただの〝友〟へと向ける表情。
「それで? ルール違反を犯したジレドはどうなるんだ?」
「さてナ。前にいたダンジョンに戻されるのカ、この世界でまた転生を繰り返すのカ、それとモ今度こそ本当に死んで消える失せるのカ……どうなるかはさっぱりダ。だがまァ……もう二度と旦那らと会うことがないってのは確かだろうナ」
気の良い小柄なオークのジレドは、朗らかに、軽やかに別れを語る。その瞳には迷いや恐怖、悔いのような不純物はない。
「どうであれジレドとはここでお別れってことか。正直、諸々の事情は僕には全然分からないけど、ジレドの先行きに善きことがあらんと願っておくよ」
詳細は知らない。知りようもない。それでもアルは理解した。ジレドは消える。もう会えない。これが永劫の別れになるのだと。
意味合いは違うかも知れないが、覚悟を決めた死兵のような匂いを感じたから。
「おウ。アルの旦那も奥方様と仲良くナ」
「うん。まぁ色々あったけど、ありがとうジレド」
お互いに笑顔で別れの言葉を送り合う。
あっさりとしたもの。
その瞬間、ぶつりとアルの意識が途切れる。
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