第3話 フラグを立ててしまった者
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それはまさしく白と黒の狂宴。
周囲の地形を変えるほどの応酬。
魔王と勇者の最終決戦。
ただし、どちらが勇者でどちらが魔王なのかは、見る者によって判断は変わるだろう。
「そ、総帥を援護しなければ……ッ!!」
「馬鹿野郎が! 無駄に滅するだけだッ! むしろ、俺たちが邪魔でザガーロ様が自由に動けない! 今の俺たちができるザガーロ様への援護は、一刻も早くこの場を離れることだッ!」
「くそッ!! ここまで何もできないとはッ!」
一方は、仲間のために、消えつつある存在を燃え上がらせ、肉体と魂を擦り減らしながら強大な敵を食い止める。
「う、嘘だ……あ、あんな……化け物が……め、女神の神子だなんて……ッ!」
一方は、凶悪で強大な白き暴威を撒き散らす存在。こうなってしまった発端こそ深い情によるものだったのかも知れないが、今や相対する者からすれば、彼女は純粋な暴力の化身だ。
死と闇のザカライアの神子ザガーロ。
生と光のエリノーラの神子セシリー。
果たしてどちらが〝死〟を司っているのやら。
「ぐ……ッ!? な、何故……だ……ッ!? ヤツのマナは何故に尽きないのだッ!?」
黒き瘴気を巧みに操り白の暴威を辛うじて凌いでいた……一定範囲に抑え込んでいたザガーロだったが、その歪な均衡が崩れ始める。耐え切れなくなってくる。
劣勢に押し込められたザガーロは勘違いをしていた。
セシリーはブチギレて、考えなしにマナを放出しているように見えるが、そもそもマナの総量自体は消耗前のザガーロに敵うはずもないのだ。
風属性を得手とする故にか、セシリーは白きマナを大気に散らし、循環させることで周囲への影響力を増している。
あくまで、常にマナを放出しているように見せているだけ。上げ底のようなモノ。範囲が広域に及んでいることもあり、術の構成が認識し辛く、図らずも他者の目を欺く形となっている。
もっとも、一旦その驚嘆すべき暴威にさらされてしまえば、術の構成がどうのと言っていられない。それどころじゃなくなってしまう。
大峡谷にて、彼女はある意味では脳筋タイプに覚醒したが、これまで培ってきた魔道士としての技量……その精微なマナ制御を疎かにもしていない。
ヒト族の魔道士としての研鑽と、人外の領域に踏み込んだ反射との融合。噛み合った相乗効果。
今のセシリーは、魔道士として一つの理想形を体現するに至っている。
つまり、周囲からすれば超迷惑な存在だということ。
「……なぁ。教えてくれないか? ダリルはどういう状況で逝ったんだろうか? 遺す言葉はなかったんだろうか?」
虚ろに彷徨う、白きマナを操る勇者。
彼女の瞳には黒きマナを有する者たち……復讐相手しか映らない。
「なぁ? お前は知っているんだろ? 何せ、ダリルを殺った張本人なんだからなぁぁッッ!!」
吹き荒ぶ白き風。
「ぐぅぅッッ! ダ、ダリルを殺った張本人……だとッ!? あ、あの神子の片割れのことかッ!?」
神子同士。お互いに必殺の間合いの内側。だが、現実としてザガーロは一方的に圧倒されてしまう。
ヒトの身を捨てた直接的な死と闇の眷属ということもあり、彼には反属性により滅されるという性質上の不利はあったが、今回は単純な出力の差や相性、戦法が問題だった。
白きマナを大気中にばら撒いたセシリーが、この時、この場面においては、術者としてザガーロの上を行ったというだけ。
もし、セシリーがザガーロと同じように、圧縮したマナを直接操るような戦い方をしていれば……あっさりと彼女は屈していたはず。本来の術者としての質自体は、ザガーロの方が圧倒的に上なのだから。
もちろん、そんな可能性の話は、今のザガーロにとっては何の慰みにもならないが。
「ぐ……ぶ……ッ!! け、結界が……肉体が……持たん……ッ!!」
押し寄せる白。斬り裂く風。
ついに、とうとう、決定的に……濃密な黒き瘴気の膜が食い破られた。
ザガーロは白き風の浸食に屈する。
「ぐがぁぁぁッッ! ごッ! ……がッ! ぐ……ッ!」
身を鎧う瘴気を散らされ、暴風の余波で巻き上げられた木々と共に、ザガーロもあっさりと吹き飛んでいく。荒れ果てた地をバウンドしながら転がっていく。
ザガーロ当人やその一味にとっては、間違いなく悲劇的な場面ではあるが、白き暴威の余波にビクついていた者たちからすれば、それはまさに僥倖。
荒れ狂っていた白き風が凪いだのだから。
標的であるザガーロをほぼ無力化したことによってか、勇者が一旦立ち止まる。
災害の一時停止だ。
「ダリル……見ててくれ。せめて仇は取るから……もし、お前が遺した言葉があるなら……必ず聞き出して見せるから……ッ!」
残念ながら、そんな言葉はない。
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荒れ狂っていた白き暴威が収まり、一転して静寂に包まれる魔族領。
まず、ザガーロ一味が仕掛けた瘴気の侵食により都が放棄されたことが始まり。
その後、ザガーロ一味とルーサム家の戦いがあり、魔族たちの都にはアル(とダリル)の『狙撃弾』の雨が降った。そして、ザガーロによる大質量の瘴気の津波ときて、トドメが白き魔王の降臨だ。
大峡谷を抜けた先については、便宜上すべて魔族領と呼ばれていたが、資源の少ない地域でもあるため、元々魔族たちが暮らせるのはごく限られた一部でしかなかった。
そんなごく一部の魔族たちが暮らしていた生活基盤の整った地域は、この度の一連の騒動によりほぼ壊滅してしまった。
もはや、元・魔族領という惨状。
そんな元・魔族領に静寂の帳が下りている。
安穏とした静謐ではなく、言うならば嵐の前の……あるいは嵐の後という類の静けさ。
周囲には息を潜めて様子を窺う者たち。各々の緊張感が場に満ちている。
「(無茶苦茶だな……一体、セシリー殿に何があったのやら……)」
ただし、アルは違う。ザガーロ一味ほどの強い緊張感はない。
何しろ傍観者である彼は、いざとなれば逃げるだけだし、そもそも逃げ切れる自信のある範囲までしか踏み込まない。
結果として、アルは決死の覚悟でセシリーに近付こうとするダリルをかなり遠くから見送る形となった。もちろん事前の約束通り、セシリーの気を逸らす程度の協力はするつもりだが……想像していた以上に神子の間合いは遠かった。
セシリーを中心として、ドーム状に展開された薄い靄のような白きマナの結界。
その防衛圏。大気中に散布されている白きマナの靄に触れると、白き風が半自動的に襲い掛かって来るという凶悪な仕様。
相手の攻撃を防ぐこと、身を守ることに主眼を置いていない。
攻撃してきた奴を始末すれば良いと言わんばかりの、攻撃は最大の防御を地で行く超攻撃型の結界。
今や超越者の領域に片足を突っ込んでいるアルではあったが、セシリーの結界に踏み込むことなどできない。踏み込みたくない。〝たとえ父上であっても、アレは流石に躊躇するだろ〟……と考えるほど。
「(ま、『狙撃弾』でようやく届く距離だ。自動反撃の風魔法もここまでは届かないだろうし、セシリー殿が向かって来るにせよ、肉薄する前に流石にダリル殿には気付くだろ)」
アルは楽観していた。
ジレドから聞いていたから。余計な情報を知ってしまったから。
〝代行者〟は他にもいるという情報。
当人たちに直接的な情報開示はされていないが、今回の件では神子たちが〝代行者〟として選ばれているのだと。その中でも、本命となるのはザガーロ……冥府のザカライアの神子。
この度、神子同士が争うという構図にはなっているが、ジレドたち〝観測者〟……ひいては〝物語〟は、現状を肯定しているのだとアルは考えていた。これも女神たちへのペナルティの一種のようなモノなんだろうと。
違う。
この世界は各種様々な〝物語〟をベースとしているが、それはあくまでも参考程度のこと。この世界に生きる者たちにとっては、ここはどうしようもないほどに現実なのだと……〝観測者〟にも言われていたはずなのに。
アルは致命的な思い違いをしてしまった。
クレアに情報を伝えた上で引導を渡した。この〝物語〟において、自分が〝代行者〟としてやることは終わった。後はダリルにセシリー、ザガーロという神子……要は別の〝代行者〟が女神たちの鼻っ柱を折るんだろう……と、そんな風に気を抜いてしまっていた。
今の状況が、〝観測者〟たちにとっても想定外の事態であり、〝物語〟のルールなどが一切関与していない事実を彼は知らない。
勇者セシリーの降臨など……誰の筋書きにもなかったのだ。
「(なるほどね。ダリル殿なら、白いマナを同化させて気付かれずに結界に侵入できるのか……ま、ここからが本番だね。僕の嫌がらせでどれだけセシリー殿の気を引けるのやら……)」
一旦収まりはしたが、それは能動的に攻勢に出ないというだけで、セシリーの展開した結界は未だに健在。
そんな結界に対して、同質の白きマナを纏い、感知をすり抜ける形でダリルが踏み込んで行くのをアルは確認した。見送った。
勇者との約束は守る。約束通りにヤバければ逃げる。そのつもりで気を抜いてしまった。
その上で……
「(とりあえずこの騒動が終わったら、王都よりも一旦はファルコナーへ戻るか? でも、大森林をあちこち飛び回ってる父上に会えるかは微妙なところだし、ギルドのこともあるからなぁ……コリンに任せっぱなしというのも……あ、その前に、御当主へ直接とまではいかなくても一度ルーサム家の関係者にも挨拶しておかないとダメだな。非常事態とは言え、領内で暴れまわってしまったのは事実だし。クスティ殿への言付けだけで終わらせるのは流石になぁ……)」
ごちゃごちゃとアルは考えてしまった。失念してしまっていた。
これまではジンクスを大事にしていたのに。
戦に望む際や待機状態においては、決して先のことを考えないようにしていたのに。
『この戦争が終わったら……』
それは外の理なのだから。
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「……答えろ。ダリルはどんな状況で逝った?」
白と黒の邂逅。復讐者の尋問。
「な、なんの……こと……だ……?」
瀕死の……存在が消えつつあるザガーロ。尋問される側となった彼にとっては、女神の神子の発した問い掛けは意味不明。身に覚えのないこと。
愛しい想い人の最期を知りたい。
その遺した言葉を知りたい。
想い人を殺した奴を許せない。
それらはごく当たり前の情動。誰にとっても有り得るモノだ。
しかしながら、この度のセシリーには力があった。
〝物語〟なり女神なりに一方的に与えられた、当人が望んでもいない借り物の力ではあったが、色々と吹っ切れて、その力を振るうことへの躊躇がなくなってきていた。
結果として彼女は暴走。ブチギレ。我を忘れて狂ってしまったとも言える。情動のままに敵を追い詰める復讐者。魔王。
そして、彼女には足りなかった。もう一つの一面があった。
想い人たるダリルの死亡。
その前提が間違いだということに、まるで気付かないポンコツ具合を大真面目に晒してしまう。
あわてんぼう、早とちり、勘違い、思い込み強め……等々のままに魔王化するという体たらく。まったくもって迷惑極まりない。
俯瞰して観れば紛れもなく喜劇的なのだが、だからと言って……
『セシリーは本当にあわてんぼうさんなんだから☆』
……では済ませられない者たちがいる。
「ダ……ダリルとは、もう一人の女神の神子……き、貴様の……片割れのこと……だな?」
現在進行形で魔王に詰められている者。死と闇の属性の神子ザガーロ。
大の字で地に伏している。もはや起き上がる余力もない。その肉体はボロボロであり、所々が白きマナによって浄化……崩壊までしている有様。半死半生どころではない。七割以上が死んでいる。
「そうだ。貴様が殺した神子ダリルのことだッ!」
「……」
流石にザガーロは気付いている。自身を見下ろす暴虐の神子が、決定的な勘違いをしていることに。そして、それを指摘したところで最早どうにもならないということも。
女神と冥府の王、それぞれの陣営に別れて神子同士が争うというのは、そもそもが託宣の筋書きであり、彼の計画にも沿っていたことなのだから。
神子同士が戦う〝動機〟など、いっそ些末事。
規格外過ぎた女神の神子に不覚を取り、圧倒されてしまったのは確かに業腹であり、自身の未熟を嘆くばかりだが……ザガーロからすれば、今、この状況は〝計画〟からそれほど外れているわけでもない。想定していたよりも、自身にまったく余裕がないという以外は。
「あ、あの者の最期……か。ふっ……余力を残そうとしていたとは言え、奴は私の全霊の……災害級の魔法を凌いで見せた。て、敵ながら……見事な戦士だった……」
「……」
ポツリ、ポツリとザガーロは語り始める。目の前の神子が聞きたいであろう〝物語〟を。計画の最終段階。そのための時間稼ぎとして。
そして、ようやくに聞きたい話が出てきたことにより、セシリーはまんまと引っ掛かる。周囲への注意が疎かになる。……いや、これは正しくないか。彼女は元よりうっかりさんであり、気配の感知については疎かクイーンだ。
今も結界に同化しつつ、そろりそろりとビビりながら近付くダリルにも気付かない。
「あの後、すぐにでも決着をつけようとしたが……お互いの消耗が激しく……しばらくは睨み合ったままだった……」
「……」
ザガーロ一味の計画の仕上げ。冥府のザカライアをこの世界へ喚ぶ。現世に顕現させる。
召喚陣の起動。
最後の鍵はザガーロの存在と紐づいている。
彼の〝器〟が壊れる時だ。
その瞬間にザガーロは賭ける。それ以外に逆転の目はない。
最後の最期で機会を狙う。
女神の神子。
目の前の白き暴虐を道連れにしてやる……と。
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